出会って一年
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「知っていましたか、今日、私とあなたが出会って一年です」
朝、エルのためにタルトを焼いている時、パソコン前の彼がそう言った。視線は捜査資料から逸らされていない。
私は顔を上げる。エルの横顔が目に入った。何やらパソコンを操作したあと、エルが再び言った。
「一年前の今日。あのカフェであなたと会いました。あの頃はただの協力者とLの関係でしたが」
「……あ」
「覚えてましたか」
「すみません、忘れてました」
私は正直に言った。まさかそんなことを言われるだなんて思ってなかった。
だってあの頃の私は生きることに疲れてて、死んじゃおうって考えてて、最後に寄ったカフェでLと出会った。初めは予知力を疑われて軟禁状態にされて、……と色々ありすぎたのだ。
エルと初めて出会った日のことは強烈だが、日付まで気が回っていなかった。そうか、一年前の今日が私とエルの出会いだったのか。
しょんぼりとしている私に対し、エルは特に気にしてない様子で言う。
「いえ、気にしないでください。私は記憶力が無駄にいいので」
「無駄ではないと思いますけど……」
「なんでも忘れられないのです。特に、あなたとのことは」
パソコンから目を離さず親指を齧りながら言ったその言葉に、なぜか私は喜びを感じて心を跳ねさせた。
一度お菓子作りを止めてキッチンから出る。エルはそのまま続けて話した。
「基本日付感覚もあまり無いんですがね。それでもやはり、光さんとの出会いは衝撃的だったので覚えています。あの頃はまさかあなたと付き合うなんて夢にも思ってませんでしたが」
「ふふ、それは完全に同意です。私も想像してませんでした」
「あなたもですか」
「今だからいっちゃいますが、初めてエルを見た時、あんまり近寄らないでおこうって思ったんです」
「なんと」
「だって寒空の下テラスでコートも着ないで膝抱えてるんですもん」
あの時の光景を思い出して笑ってしまう。なんだあの人はって思っちゃったんだよね。変な人がいるから近寄らないでおこう、なんて。
そんな人と今一緒に暮らしてるんだから、人生何が起こるかわからない。
エルはパソコンを見ながら懐かしむように少しだけ目を細めた。
「まあ、妥当な判断です」
「あは、自分で言っちゃうんだ」
「ですがあなたこそ、突然現れてとんでもない力で私を引っ張ったので、なかなかの印象でしたよ」
「そんなに強い力でしたか?」
「ゴリラのようでした」
「もっと例え考えてください!」
私は笑いながら答えると、その白い背中に抱きついた。エルが一瞬驚いたようにこちらを見る。そんな彼にもお構いなしに、私はただエルの腰に強く腕を巻き付けた。
温かなエルの体温がそこにある。いつもと変わらない白い服。細い腰に甘い匂い。慣れたエルの体。
その服に頬を擦り付けると、私は言った。
「ごめんなさい、一年記念なのに覚えてなくて」
「あなたから抱きついてもらえるなら、そんなことなんてどんどん忘れてください」
「ふふ、日付は忘れてたけど、あの日エルと出会えた光景は一生忘れませんよ。あなたがいなくては……私は今生きてませんから」
死のうと思ってたんだ。あなたが生きる希望をくれなければ、きっとそのままいなくなってた。
でもエルに出会えたことで私は幸せを得られたから。
今こうして暮らしていることがたまらなく嬉しい。
腰に巻き付いた私の手をエルがそっと握った。相変わらずちょっとひんやりした大きな手だった。
「その言葉そのままお返しします。光さんがいなくては私は死んでました。ワタリも。感謝してもしきれません。
出会った日なんて忘れていいんです。忘れるくらいこれから先一緒にいましょう。たくさん時間を共有して、新しい思い出を作ればいいんです」
囁くような優しい声が私を包む。心地よさにそっと目を閉じた。
ああ、幸福。
きっとこういう時間のことを言うんだ。
「まあ私は忘れませんがね。忘れることは不得意です」
「言ってみたい、そんな言葉…」
「それより、背後から抱きつかれるというのは本当に男の気持ちを掻き立てますね。やはり背中に当たる柔らかな感触がなんとも言え」
私は背後からエルの頭を叩いた。ロマンチックな空気だったのに、また急に変なことを言い出すんだから、もう。
痛そうに頭をさするエルに笑う。すると彼がようやくこちらを振り返った。エルも嬉しそうに微笑んでいた。
彼の唇がこちらに降ってくる。温かなキスを幾度も交わす。角度を変えるだけで味が変わる気がするそのキスは、いつだって私を翻弄してくれる。
しばらくして名残惜しく離れると、エルが小さな声で言った。
「あなたを愛しています。これから先も。
永遠なんて無責任な言葉だと自覚していますが、それでもいいたい。永遠に愛しています」
一年、三年、五年、十年。
もっと先だって。
私はあなたと時間を共有して思い出を増やしていく。
いつか色褪せる思い出たちも、遠くなったって悲しいことじゃない。
あなたが隣にさえいてくれれば、未来に溢れてるから。