ハンバーグ
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エルとワタリさんと共にイギリスに飛んですぐの頃。私は立派なお家に感激していた。
何より広々としたキッチンに大きなオーブンは腕が鳴る。そして仕事ができるスーパーなワタリさんは、私のために炊飯器や日本の食材もたくさん用意してくれていた。
浮き足立ちながら、それを見て回っていた。
「わあ、調味料もたくさん……! お醤油とか味醂とか、ワタリさん本当にありがとうございます!」
冷蔵庫やパントリーを開けて嬉しさに声をあげる。ワタリさんはいつものように優しく笑いながら言った。
「欲しいものはなんなりとお申し付けください。光さんが暮らしやすいよう最善を尽くします、国が違って最初は戸惑うと思いますから」
「そんな……ワタリさんやエルが助けてくれるから全然大丈夫です。本当にありがとうございます!」
頭を下げると、ワタリさんの隣にのそのそとジーンズの裾を引きずってエルが現れた。彼はポケットに手を入れたまま私にいう。
「光さん、これからは私にも三食作って頂けますか」
オーブンを開けて中身を観察していた私は、つい振り返ってエルの顔を丸い目で見た。聞き間違いかと思ったのだ。
「……え、エル?」
「量はあなたの半分程度で構いませんから」
「エエエ、エルが食事を取るんですか!?」
あまりの驚きに声が裏返る。ワタリさんは優しく笑って私たちを見ていた。
だって、エルといえば世界一の甘党人間。私に促されながらイヤイヤ食事をとっていた人なのに、まさか本人から提案してくれるだなんて思いもしなかった。
彼は親指の爪をかみながら言う。
「キラ事件は脳をつかうので特に甘味を求めましたが…あれほどの難事件は中々ありません。ケーキたちはもちろん毎日頂きますが、以前ほどの量でなくていいかと」
「凄いですエル! 人間みたいです!」
「私は人間ですが」
「そうなればイギリスの料理とかも勉強したほうがいいかなあ……エルも食べるなら…」
「いいえ、あなたが作るものはなんでも美味しいですから、構わず日本食でいいですよ。ああ、素手で握るおにぎりなど特においし」
「本当ですか! 食べたいものとか、味に注文があったらなんなりと言ってくださいね!」
私は飛び跳ねたい気持ちでそう言った。エルの血糖値が常日頃心配でならなかったからだ。
こうして、エルも私と共に食事をする習慣ができた。あまり量は多くはないが、彼は私が出す料理はなんでも口にしてくれた。
肉じゃがも炊き込みご飯も、ビーフシチューも餃子も文句言わずに。私は毎日喜んで彼に食事を作っていた。
「エル、食事の支度ができました」
ソファに座ってパソコンと睨み合いをしている彼に声をかける。はい、と短く返事をし、エルはそこから飛び降りた。
彼とテーブルを囲むことにもようやく慣れてきた頃だった。最初はあまりに珍しい光景で感激してしまい食事が進まなかったくらいだ。
今日はワタリさんは外に仕事に出ているようで二人でダイニングテーブルの席につく。時間が合えば三人で食事を取ることもあるのだ。
エルは食卓の上のおかずを見た瞬間、ピタリと一瞬停止した。
「頂きましょうエル」
「……はい」
やけに間がある返事だった。私は首を傾げて机の上に並んだメニューを見る。ハンバーグにサラダ、スープといったごく普通のメニューだ。
「どうかしましたか、エル」
「……いいえ」
と、言うわりに彼は指を口元に置いたままじっとハンバーグを見ている。もしかして、苦手だったのだろうか。
「? 苦手でしたっけ、ハンバーグ」
「いいえ、そんなことありません。頂きます」
エルはそういうと、フォークをつまみ上げた。そして私のより二回りほど小さいハンバーグを口に入れる。そのまま彼はしっかりと、ハンバーグを完食してくれたのだ。
……では、あの反応はなんだったのだろうか?
やや気になったが、私は特に突っ込まずに自分も食事を続けたのだった。
夜。
お風呂から上がった私は、広々とした浴室に気分よくしながらリビングへと戻った。そこには相変わらず仕事に打ち込んでいるエルが座っており、彼のために新しい紅茶をいれようとお湯を沸かす。
自分は冷えたお水を飲みながらふとエルを見ると、どこか彼の表情は翳っている。
それは普通なら気づかないような小さな変化。でも、流石に一年も一緒にいれば彼の表情に違いにも気がつく。
ハンバーグだ。
ハンバーグを食べた後から、どうも彼は落ち込んでいる。
ハンバーグ以外のご飯やサラダも完食してくれたし、お腹の調子が悪いわけではないと思う。その後お菓子も食べてたし。
そうなるとやっぱり、味が舌に合わなかったのだろうか。苦手だったのかなあ。
私はすぐにエルの隣に移動し腰掛ける。私の存在に気がついたエルがこちらを見た。
「ああ、すみませんが、新しい紅茶を淹れてもらえ」
「エル、どうしたんですか?」
単刀直入に尋ねた。彼は目をまん丸にしながら私を見ている。
「何がですか」
「エル、嫌いなものは嫌いって言ってくれていいですよ」
まあ、彼からしたら甘くない食べ物は全て苦手なものだろうが、それでも特に嫌いなものはあるはずだ。頑張って食べてくれているから、それくらいの配慮はしてあげたい。
「ハンバーグ、苦手なら今後作らないようにしますから。私も鬼じゃないから、多少の好き嫌いは配慮しますよ、最近エル頑張ってご飯食べてくれてるし……」
「光さん」
「この際だから、苦手なものは全て教えてくれませんか? エルと楽しく食卓を囲みたいです」
別に正直に言ってくれればいいのに。私は思う。
キラ捜査中は確かに厳しくエルにご飯を食べさせたりしたけど、今は他の物を食べてくれてるんだし……
私が真剣な眼差しで言うと、彼は体ごとこちらに向き直った。曲げた膝の上に両手を置いたまま、言う。
「……いいですか」
「ええ」
「私は本当にあなたが作るものはなんでも美味しいと思います。恐らく虫を使った料理ですら楽しく食せます」
「そんなもの作りませんよ」
「ハンバーグだって好きですよ」
断言した言葉に疑問を持つ。だって、明らかにハンバーグを食べてからどこか元気ないのに。
不思議そうにしている私を見て、エルはキッパリと言った。
「ハートにしてください」
「…………」
しん、と沈黙が流れた。私がさっき沸かしたお湯がそろそろ沸きそうな音だけ聞こえる。
「以前キラ捜査中作ってくれたハンバーグはハートでした。なのに今日のは楕円の形でした……味はどちらも美味しいですが、やっぱりハートの形だとあなたの愛がこもっていると実感できるからか気分が高揚します」
ペラペラと話しているエルを見て、ああ、と思い出す。
そういえばキラ捜査中ハンバーグを作ったことがあった。あの頃は、エルは甘いものばかり食べていたからなんとか普通の食事を取らせたくて、ハートの形にしたら食べるんじゃないかと模索したのだ。
結果、食べてくれたんだよね。
……え、ハートの形じゃないから拗ねてたの……?
私は呆れた目でエルを見る。反対に、彼の瞳はキラキラと輝いているようだった。
「できる範囲で構いませんから、ハートとか、ラブとか愛とかしてください」
「私がそういうキャラに見えますか、あの時はエルに食べさせるのに必死だったからハートにしたんです」
「そんなキャラじゃない光さんがやるから燃えるんです。お願いします、私の推理力が格段に上がります」
「…………」
子供か。と突っ込みたくなったのを懸命に飲み込んだ。
確かにエルは最近頑張って食事を取っているのだから、それくらい私もやってあげればいいか、いやでもよくよく考えたら食事を取るって生き物として最低限の行為なのにそれを褒められるエルがおかしいんだよね、まあでも確かにまた前みたいな食生活に戻られても困るし、でも正直ワタリさんに見られたらめちゃくちゃ恥ずかしいんだけどハートとか……
………
頭の中でぐるぐるといろんな意見が回った結果、私は言った。
「…分かりました。今後ハンバーグはハートにします」
「!」
「これでいいですか」
「ありがとうございます、これでスッキリしました」
エルは口角を上げて笑うと、嬉しそうにパソコンとの睨み合いっこを再開した。
まあ、いいんだけどさ。
私は苦笑しながら、ふと思ったことをエルに尋ねる。
「あの、エル」
「なんでしょう」
「このハートルール、もしかして、私おばあちゃんになってもハートのハンバーグ作らなきゃいけないんでしょうか? なんか恥ずかしい気が…」
困ったようにそう呟いたのだが、その瞬間エルが勢いよくこちらを見た。目を見開いて私を見ている。その形相についのけぞってしまった。なに、なんでそんな反応?
「え、エル?」
「……またあなたって……」
「え?」
「サラリと最後にとんでもないセリフを放り込みますよね、襲って欲しいんですか?」
「何を言ってるんですか?」
冷静に反論したけれど、なぜかエルは嬉しそうに微笑んだ。すっと私に手を伸ばし、髪を撫でられる。
「はい、おばあちゃんになっても私にハートのハンバーグを作ってください」
「は、はあ、やっぱりそうですか」
「約束ですよ」
そう優しく言ったエルは、軽く私の頬に口付けた。
何がそんなに嬉しいのかわからないけれど、まあ彼が喜んでハンバーグを食べてくれるならまあいいか。
私はそう一人納得した。