迷い犬
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「…どうしました、それは」
Lが珍しく驚いたよにうに呟いた。
それも当然だと思う。
「ワタリさんとここに来るまでの間に出会って…どうも懐かれちゃったみたいなんです。」
私は視線をさげた。
ニコニコしたような顔で私を見上げるその子は、ゴールデンレトリバーだった。
まだ成犬になってないくらいだろう。子犬というほどでもないが、体の大きさや顔立ちがあどけないように見える。
尻尾をパタパタと振りながら、私の足元でくるくると回っていた。
ことの始まりはこうだ。
雨の中ワタリさんと二人買い物に出かけていた。エルは仕事が佳境だったようで留守番をしていた。
食材や生活用品を買った後、私は車の中で揺られてれいるだけだった。
そんな中、通っている道が突然渋滞し始めたのだ。どうやら少し先で大きな事故が起こったらしい。
道は進まないのでなんとか迂回し帰宅時間がだいぶ遅くなっていた。
さてようやくエルの待つ家に着き、車から降りてエントランスに入ろうとした時だった。私に突進してきた影があった。
それが、この子だ。
なぜか私に飛びかかって嬉しそうにしている姿は可愛すぎてメロメロだったわけだが、あたりに飼い主らしき人はいない。
しばらくワタリさんも一緒にその場に待った。それでも、飼い主は現れなかった。
毛並みは綺麗で首輪もしている。飼い犬である事は間違いないのだが。
寒空の中あてもなく待つのもよくないとワタリさんに言われ、この子をとりあえず部屋に連れてきたのだった。
「で、どうやら首輪に電話番号が書いてあるからかけてみようかと。」
「そういうことでしたか。仕方ありませんね」
「エルのお仕事の邪魔にならないようにします。とりあえず電話を…」
「私がかけましょう光さん」
隣で聞いていたワタリさんが言った。私は素直にお願いする。すぐに携帯を持ち出してワタリさんがボタンを押していく。
私は蹲み込んで犬の頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細める様子がたまらなくかわいい。
(か、可愛い…ワンコ…)
動物に目がない私はつい嬉しくて撫で続ける。暴れることもなく賢そうだし、人懐こいし最高。
しばらくたったところで、ワタリさんが困ったように言った。
「何度もかけているのですが一向に出ませんね」
「そうですか…探してる最中かな…」
「携帯にかけてるのですがね。留守電を残しておきました、気がついたらかけ直してくるでしょう」
「わかりました。それまで、ちょっと保護ですね」
私が微笑んで犬に言うと、言葉がわかるようにしゃんとおすわりをした。
だがしかし。
夜がふけても、相手からのコールバックは無かった。
「これは今晩はうちで預かりましょうか」
ワタリさんが言う。
「そうですね。もう遅くなってきたし…」
「再び電話して留守電にその趣旨を入れておきます。連絡は明日まで待ちましょう。」
「そうですね」
「そうなれば私は必要なものを手に入れてきます、この時間ならギリギリ空いてる店はあると思うので」
「え!す、すみませんワタリさん…!」
「光さんが謝ることは何もないですよ。動物に好かれるなんてあなたらしい」
ワタリさんは優しくそう笑うと、そのまま家を出て行ってしまった。
…さて。
じっと黙って聞いていたエルが口を開く。
「私は犬など飼ったことありませんが大丈夫ですか」
「実は私も…。でも、かなり好きだからいつか飼いたいと思って知識はそれなりにあります!一晩なら大丈夫かなぁ…エルもごめんなさい、こんな事に」
「謝ることは何も。動物にも優しいあなたはさすがですね。もはや聖母マリアに見」
「さて、わんこくん!お泊まりするなら、まずその汚れをどうにかしようか?」
私が話しかけると、犬は少し首を傾げた。
見るからに手入れはされてる毛並みに見える。が、外は雨が降っていた。そんな中走っていたため、足元は泥だらけだったのだ。
「犬用シャンプーないから、とりあえずお湯で綺麗に流そうか」
私が言った途端、エルがなぜか勢いよく振り返った。
「…光さんが入れるんですか…?」
「え?もちろんです。このままで動かれたら家の中汚れちゃいますからね」
「なんなら私のヒューマンウォッシャーを使」
「ヒューマンじゃないでしょ。さて、ちょっと行ってきます。ピカピカになろうね!」
私が言うと、座っていた犬は立ち上がって嬉しそうに尻尾を振った。なんて、可愛い!!
なぜか恨めしそうにしているエルをそのままに、私たちは浴室へと移動して行った。
「はあー終わった!結構大変でした〜でも楽しかったです!」
達成感に満ちながら私はエルの待つリビングへと向かった。洗った後ドライヤーで乾かすのも時間がかかったし、長毛犬は大変だなぁ。
でもはじめての体験にワクワクした。暴れることはなく可愛かったし。
エルがこちらを振り返る。
「!光さんも一緒に入ったのですか…!」
着替えを終えた私の格好を見てエルが驚く。
「いえ、洗ってたら私も濡れちゃって。この子乾かした後ささっと入りました。脱衣所で大人しく待っててくれましたよ!賢い子ですねー」
私は再び頭を撫でる。つぶらな瞳でこちらを見上げる顔は胸をキュンキュンさせてくれる。なんて可愛いんだろう、欲しくなってきた、犬。
エルはじっと黙ってこちらを見ている。
私はエルの邪魔にならないようなるべく遠くのソファに腰掛けた。犬もそれについてくる。
「名前ないと呼びにくいんだけどねぇ…飼い犬なら下手に呼ぶと混乱しちゃうからなぁ。」
その子はニコニコしたような顔で私を見上げると、ぴょんと私の膝の上に乗ってきた。
そして顎を舐めてくれる。確か犬の顔を舐める仕草って、信頼してる証拠…とかじゃなかったっけ!
「わ、可愛い…!」
ワンコは器用に私の膝の上でくるりと1回転し、小さく丸まりそのまま膝の上で寝そべった。
いやほんと、人懐こすぎ。顔が緩んでるのを自覚する。
「……光さん」
ぽつんとエルの声が聞こえる。見上げると、いつのまにか彼は私の近くに立っていた。
「まさかとは思うのですが…その犬…オスでは…」
「え?そういえば性別見てなかったですねー」
丸くなる子を一度持ち上げて確認する。エルの言う通り、その子はオスだった。
「あ、男の子ですね!エルよく分りましたね!」
私が言うとまたワンコは顔をぺろりと舐めた。つい笑う。
しかしそんな私と反してエルは驚愕の表情をしていた。
「まさか…」
「え?」
「本当にオスだったとは…!光さんと一緒にお風呂に入りキスをして膝の上に乗るだなんて…!他の男にそんなことをさせるだなんて…!」
「エル、男じゃなくてオスです」
「あなたにだけべったりで私やワタリには見向きもしない…!このオスはわかってるのですよあなたの魅力を。」
「エル、犬相手ですよ」
「でもオスです」
「でも犬です」
「でもオスです」
「でも犬です」
エルはゆっくり爪を噛む。
「…そこの犬。光さんの膝は私のものです。すぐさまどいてください」
「私の膝は私の物ですよ」
呆れて突っ込んでみるもエルはきいていない。しかしワンコは分かっているのか、エルの方をゆっくり見上げた。
そして、
つん、と顔を背けて私の膝でまた伏せた。
「…あれ、こんなに懐こいのにエルには無愛想ですね…」
「………」
エルは負けじと更にわんこに近づいた。じっと近くで見つめて言う。
「いいですか、この人は私のものです、そこにいると私が光さんを抱きしめられないのでどいてください」
ワンコは目を閉じて顔を上げることもしない。
「私ですら光さんとお風呂に入ったこともなく膝枕もしてもらってないのですよ…!」
彼はやはり身動き一つしない。
「そこをどいてください、私の膝を返してください」
するとワンコは頭を持ち上げた。エルをじっと見る。そして一声。
「ワン!」
そう吠えたかと思うと、エルを恨めしそうに見ながら頭を下ろす。
…その光景はどう見ても、エルに反抗的に見えた。
エルはじっとりと目を座らせる。
「いいですか、私を怒らせないでください、動物相手でも容赦しません」
「ワン!」
「犬だろうと猫だろうとネズミだろうとプラナリアだろうと光さんの膝は渡しません」
「私プラナリアには膝貸しません」
「彼女をそろそろ充電しないと私は電池切れで働けなくなります。この損害が犬であるあなたに分りますか?」
「ワン!!」
「分かったならどいてください、あなたはあちらの椅子にでも座っててください」
エルが淡々と言い続けるのを聞いていた私は、ついにそこでぶはっと派手に吹き出した。
堪えきれない笑いが口から溢れる。
「あははは、か、勘弁してくださいエル…!犬相手にちゃんと敬語でっ、会話して…!お、面白すぎですから…!」
お腹がよじれるぐらいに笑う。
そんなの、ひょいってワンコをどければ済む話なのに、必死に説得するなんて。まるで人間相手に話してるみたい。
こんな面白い光景中々見れない。正直、あのエルが敵わない相手と話してる様子は初めてだ。
「…光さん、笑いすぎです。私には死活問題ですよ」
「す、すみません…!こんなに丁寧に犬に接する人初めて会ったから…!」
「動物など触れ合ったこともないので」
少し拗ねたように言ったエルを見上げて、私は笑顔をみせた。
「凄く、いいと思います」
エルが真顔になる。
「接し方が分からないのに無理に触ったりするより、ずっといいと思います。ちゃんと話しかけるの大事ですよ。ワンコを対等に見てるっていうか。そういうエル、私凄くいいと思います」
「………」
確かにエルはどう見ても動物が好きなタイプには見えない。でも邪険に扱うでもなく、むしろ喧嘩相手のように会話してるのが可愛いと思ってしまった。
子供みたい。子供が初めて犬と触れ合ってるみたい。
「…あなたにそんな事を言われては何も言い返せません。」
エルはため息と共にそう呟き、諦めたように私の隣に座った。
そして膝に手を置いたまま、じっとワンコを見下げた。
「…一日だけ貸しましょう、光さんの膝」
「まず第一に私の膝は私のものです」
そう私が突っ込んだ瞬間、ずっと伏せていたわんこが起き上がった。
そして突然、くるりとエルの方を見やると、前足を彼の膝に乗せてその頬をぺろりと舐めたのだ。
エルはギョッとしたように目を丸くし、固まる。
ワンコはそのまままた、私の膝で丸くなった。
「…あはは!エルも懐かれてるじゃないですか!」
「…私がキスされて喜ぶのは光さんだけです」
「愛情表現ですよ。」
少し困ったように眉を潜めるエルの反応が珍しくて可愛くて、私はいつまでも笑っていた。
翌朝
早朝、ワタリさんの元へ飼い主から連絡が届いた。
どうやら飼い主さんは昨晩体調不良で寝込んでおり、庭にいたワンコの脱出に気付けなかったようだ。
夜遅くに留守電に気づき、朝すぐにコールバックした、ということだった。
ワタリさんと共に犬を飼い主の元へ連れて行った。
私によく懐いてくれてると思っていたが、当然ながら飼い主さんに会った時の喜びは比べようもないほどだった。
引きちぎれそうに尻尾を振りつつ飼い主さんに抱きつくワンコを見て、微笑ましくも少しだけ寂しくなった。
「…というわけで、無事犬は届けてきました」
「よかったです」
帰宅後、家で仕事をしていたエルに事の詳細を告げた。彼はあまり興味なさそうにお菓子を食べながら聞いていた。
「これでようやくあなたの膝が私の物に戻りました」
「ですから私の膝は私の物ですよ。」
何度言わせるつもりですか。呆れてエルを見る。
「あなたの物ですが突然現れた男よりは恋人である私の物と主張するのが正しいのではないかと。」
「犬を男呼ばわりするのやめてもらっていいですか」
そう言いながら、私は小さく笑った。エルは変わらずケーキを食べ続けている。
私は笑いながら、昨日一晩共に過ごしたゴールデンレトリバーの顔を思い出した。
「それにしても犬ってほんと可愛いです…!人懐こくて癒されたし…」
寝る時はちゃんとベッドの下で伏せて寝てくれた。特に賢い子だったんだろうけど、まるで「守ってますよ」と言ってくれてるような安心感があったのだ。
元々動物は好きだが、尚憧れてしまう。
私の言葉を聞いたエルは少しだけ眉を潜めた。
「…あなたの望むことは何でも叶えたいと思っているのですが…もし犬を飼えば、昨日のようにあなたの意識が犬に移り、膝は取られ、思うように抱きしめる事も出来ないのかと思うと私は…」
「あー大丈夫です、飼おうとは思ってませんから」
「そうですか安心しました。あなたも私に触れる機会が減るのを残念に思ってくれてたんですね」
そうじゃない。仕事で海外を飛び回る事もある私たちが犬なんて飼えるはずない。
しかも私は一人の外出さえ認められないんだから、散歩もワタリさんの仕事になるし、とんでもないことだ。
…それに。
私は心の中で話しながらちらりと隣を見る。
エルは生き生きとしながら話し続けている。
「あなたは常に私の隣にいて貰わねばなりません。他の物に意識がズレるなど正気でいられない。あなたは私のお菓子を作る仕事がありますしね。犬とあなたの膝を取り合うなど私としては無駄な労力使いたくないので」
「………」
うちにはもう、犬(と同類のもの)がすでにいる。
生活力はフォローしてあげねばならず、やたら懐き側にいて、独占欲と忠誠心が強く、…可愛い。
だから新しい犬なんて必要ないよ。
エルを見つめながらそんなことを考えていると、彼に耳と尻尾が生えてる様子が想像ついた。
あれやだな。意外と似合ってる!
「…どうしましたそんなに笑って」
エルが不思議そうにこちらを見ている。私はくっくっと一人小さく笑っている。
「いや…エルって、犬っぽいですよね」
「そうですか?」
「前も思ったことあったんですけどね。」
「あなたが言うならそれでいいです。あなたに飼われたい。飼ってください」
「変態みたいな発言やめてください」
そう突っ込んではみたものの、実は少し犬を飼ってる気分であるとは、さすがに言えなかった。
世界一可愛くて賢いワンコ、ですかね。