おねだり2
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「エル、欲しいものがあるんです」
私ははっきりと発音して言った。隣に座っていたエルが勢いよく振り返る。その目はなぜか爛々と輝いていて、楽しそうにさえ見えた。
「はい光さん、待ってました。今度こそ高級なものですね?やはり別荘くらい買いましょうか、時々休みをとってあなたと二人ゆっくり過ご」
「エル。
体重計を置いてください」
私がキッパリ言うと、エルはピタリと言葉を止めてゆっくり前を向いた。都合が悪くなると視線を逸らすエルのお決まりの行動だ。
私は負けじと続けた。
「日本で使ってたのは破棄して来てしまったのでワタリさんにお願いしたら、体重計は置くなとエルにキツく言われてる、って申し訳なさそうに謝られました」
「………」
「エル。私、体重計が!欲しいんです!」
エルがなぜこんなに頑なに体重計を置かないか私は知っている。以前4キロも太ってしまったのでダイエットをしたところ彼に強く止められたのだ。
何故かは分からないがエルは私が痩せようとする行為をとても嫌う。綺麗でありたいと思うだけなのに。
それが原因ではじめての喧嘩へと勃発したのも懐かしい。
結局その喧嘩は私が2キロ痩せた所でダイエットを断念して終わりを迎えた。エルも謝ってくれたので引き分けな結果だ。本当はその痩せた2キロまた太れと彼は言っていたのだし。
だがきっと彼は未だに私のダイエットに過敏なのだろう。まるで理解が出来ない。普通恋人に体型維持してもらいたいものではないだろうか?
「あなたには必要ありませんよ」
「あるから言ってるんです。」
「またダイエットなどという行為をされ始めては敵いませんので」
「ですから何故そこまでダイエットを毛嫌いしてるんですか」
分からない、エルのこだわりが本当にわからない。
言っておくが私は大変健康的なダイエットだ、決して無理なことはしない。
エルはダイエットの話をしているというのにケーキを大きく頬張って言う。
「女性は痩せることに美学を抱きすぎです。私としては光さんにはもっと丸くなって頂きたいくらいです」
「はい?!」
「体重計があればあなたはもうそれ以上体重を増やさないでしょう。ですから置きません」
つまりは私を太らせようとしている!?
ヘンゼルとグレーテルみたいに太らせて食べるつもりか!
私は驚愕の目で彼を見る。
そんなの嫌だ、絶対に引けない!
私は強くエルを睨んだ。
「エル、私のおねだり聞いてくれないんですか」
「あなたも中々言うようになりましたね…それ以外ならなんでも叶えますよ」
「エル、太ると言うことは健康を害する可能性もあるんですよ!」
「もしあなたが相撲取りぐらいになってしまったらさすがに指摘してあげます」
「相撲取りぐらいになったら自分で気づくよ!」
「ではこうしましょう」
エルは飄々と続ける。
「毎晩私があなたを抱き抱えて寝室へ連れて行きます。そこで増えたと感じたら指摘します。これで体重計は必要ありませんね」
もうどこから突っ込んでいいのかまるでわからない。
世界の名探偵のくせに言ってることぐちゃぐちゃだ。
そもそもエルはこれだけ甘味をとってるくせに細い。かなり細い。測ったことはないが、その数字は恐らくとんでもないだろう。
だから太る恐怖などわからないのだ。食べるもののコントロールだってしたことない。
「…エル。」
「はい」
「そこまで言うなら私も体重計なしでこの体型をキープしてみせます。今日から絶対に甘味はとりません、あなたと並んで食べることはしません」
私が言い放つと、エルはこちらを向いて目を見開いた。
「一緒にカフェも行きません。ケーキバイキングも行きません。どうぞワタリさんと二人で行ってきてください」
「光さん…!」
「これで一件落着です。体重キープどころか痩せるかもしれませんね。私としては万万歳な結果です。そうします」
言い放ってソファから立ち上がろうとする私の手を、エルが握りしめた。
彼はゲンナリと言った表情でうつろにどこかをながめている。
「…絶対にこれ以上は痩せないと約束してください…」
「(普通逆では…?)は、はい分かりました」
「できればあと2キロほどは増やして貰いたいくらいですが」
「故意に増やすことはしません」
「はあ…分かりました。ワタリに用意させます…」
勝った…!!私は心の中でガッツポーズを取る。
これでようやく体重計が手に入る!女の必需品!!
私は笑顔でエルにお礼を言った。
翌日、ワタリさんが早速浴室に体重計を置いてくれた。
ここ久しく体重を測っていなかった私はほっとして彼にお礼を言った。だってやっぱり、太るって女は怖い。エルはああ言うけど、すらりとしたスタイルは女の子憧れだもの。
お風呂上がり、私は増えていない事を祈りながら久しぶりにその小さな箱を睨みつけた。
(なんだかこっちに来てあまり動いてないからなぁ…増えてないといいけど…)
恐る恐るそこに足を乗せてみる。ああどうか、増えていませんように…!
祈るようにしながらデジタル表記を見れば、予想外の数字がそこにはあった。
「…あれっ!?」
なんだ!!
むしろ、痩せてるじゃん!!
急に気持ちが軽くなる。あまり外にも出ないし、その割にはよく食べてるし、増えてるかと思ってたのに。
表記された数字は思っていたものより2キロ軽かった。
「はあー…安心したなぁ」
私はほっと息をついて体重計から降りる。上がった気分で洋服を身に纏う。
でももしエルに痩せた事がバレたらまた煩くなるのかも。内緒にしておこう。私は一人笑いながら思う。
以前は私が2キロ痩せたとき、何も言ってないのに気づいてくれたけどなあ。今回は気づかなかっ…
………
ふと、足元の箱を見た。
じっと考える。
潜めた眉に掌を当てて唸る。
(…まさかとは思うけど)
私はきっと顔を上げると、浴室から出た。その足でリビングへと向かう。
扉を開ければ、エルがソファで紅茶を飲んでいた。
「出ましたか光さん」
エルが話しかけてきたのも無視した。私はパントリーに入り、未開封のお米を見つける。
日本食が好きな私のために購入してくれてる物だ。内容は10キロ。
無言でその大きな袋を持ち上げた。
「光さん?どうしました」
背後でエルの声がするけれどそれにも返事をしなかった。お米を持ったまま歩き出す。
「!光さん、そんな重い物持って怪我でもしたらどうするんですか、一体何を…」
「ちょっと確かめたくて」
私はズカズカと歩き廊下に出る。エルがソファから飛び降りたのを背後で感じた。
私は再び浴室へと入り、体重計の電源を入れた。
そして10キロのお米をその上へと乗せたのだ。
………
「……光さん」
背後でエルの小さな声がする。
私はゆっくりゆっくり彼を振り返った。
「…エル…仕組みましたね…?」
「…なんのことでしょう」
「ワタリさんに。仕組ませましたね…?」
10キロの米が乗った体重計は、8キロの表記をしていた。
つまりはこの体重計は、2キロ軽く表示されるのだ。
そういえば体重計を持ってきたワタリさんはなんだか申し訳なさそうにしてた。
おかしいと思ってた。私は完全に運動不足なのに体重が減ってるし、エルもそれに気付いてないなんて。
エルはゆっくり私から視線を逸らす。
「エル!騙しましたね!」
「…あなたの柔らかな抱き心地が懐かしくて…」
「2キロ痩せたと思い込ませて私が油断して太るのを期待してたんですね!」
「あなたは痩せすぎだからもっと増えればいいのです」
こいつは!!反省してない!!
私はお米を持ち上げてエルを睨みつけた。
「こんな小細工私には効きませんからね!てゆうか私を太らせようとさせすぎですよ!エルデブ専なんですか?」
「私はあなた専ですよ」
「新語作るのやめてください!そもそも人の体重ばかり気にかけて、エルはどうなんですか!」
「私はほとんど測ってませんから」
「不健康な生活して!ちょっときてください!」
なんだかムカついた私はエルの腕を引っ張って体重計の上に導いた。彼はされるがまま私に引きずられる。
見た目からしてかなり細身だけどそういえば具体的な体重は知らなかった。この際だから測ってやろう、と思い立ったのだ。
エルが素足で白い体重計に乗る。私はそれを覗き込んだ。
「人の体重より自分の事を…!」
小言を言おうとした瞬間、私は黙る。
じっと表記された数字を見つめた。
…え
この身長で、この体重??
ポカンとしてエルを見上げる。彼はいつものように親指を噛みながら数字を眺めていた。
「1年ほど前に測ったのと変わりありませんね」
「……エル」
「私何してても体重なんて変わらないんです。増えもしないし減りもしない」
「かっ…軽すぎですよ…?」
だらだらと汗が額に流れる。鏡に映る自分の顔は青ざめていた。
さすがに彼よりは私の方が軽かった。でもそれは大きな差ではなくて、これほど身長の違いがあるのに数字は近しい。無論あの2キロは計算しても。
嘘でしょ。エルこんなに身長あるのに!?私と大差なし!?軽いだろうなとは思ってたけど想像を絶してた。
てゆうかこれ油断したらエルに追いつく日も来るかもしれないんだけど!!
私は表情を固めてエルに言った。
「エル、あなたこそ体重を増やしましょう」
「私は何しても変わりませんよ」
そういえばあれだけカロリー取っててこの体重てどういうこと?本当に頭使えば太らないの??病気とかじゃ…いや、少し前に全身の健康診断やったばかり、エルは異常なしだった…
……
いやだ!!!恋人と同じ体重だなんて!!
「いえ!太らせます!エルを、この人生をかけて太らせます!!」
「私はいいので光さんこそもっと太」
「糖分取りすぎもよくありませんけど…!ぷ、プロテイン飲みますか!芋系とかおかずに増やしますか…!」
まさかここまでエルの体重が軽いなんて。
私は絶望に打ちひしがれた。
ちなみにこのエルを太らせよう作戦は、
その後1年以上経っても1キロも変わることなく私をさらに絶望させることになるとは、
この時はまだ知らない。