ワイミーズハウス
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メロから受け取ったお皿を洗っていると、彼と入れ替わりにワタリさんが戻ってきた。
「あ、ワタリさん!」
「光さん、お疲れ様です」
「今さっきメロ来てたんですよ。完食してくれました」
「そうですか。特に光さんはケーキが得意ですからね、気に入ったのでしょう」
せっかくの誕生日。少しでも喜んで貰えてたらいいけど。チョコレートが好きだったという偶然はよかったな。
私は微笑みながらお皿を拭き終えると、ようやく今日ずっと付けていたエプロンを外した。
今度こそ終わりかな。
エプロンをアイリーンに返そうかと思った時、ワタリさんが言った。
「光さん、申し訳ないのですが」
「え?」
「一つ頼みごとをしたいのです」
「えっ、どうしました?」
ワタリさんから頼まれるなんて!?私がワタリさんに頼む事はあっても、逆なんてはじめての事では!?
私は驚いて彼に聞き返す。ワタリさんは微笑んで答えた。
「本日の昼食を、届けてほしい者がいまして」
「え?」
「高熱があって食堂に来られなかったようです。部屋に届けてもらいたいのですが」
「あ、それくらい全然いいですけど…」
答えながらなんだか違和感を覚える。
ワタリさんがわざわざ頼み事なんていうから身構えたけど、ごく簡単な事だ。
簡単だからこそ、ワタリさんが私に託すのは変な気がした。彼ならささっと自分でこなしてしまいそうなのに。
「ここを出て右手にまっすぐ進んでください。一番奥の部屋です」
「は、はい」
「その者も日本語は話せますから気兼ねはいりません。お願いできますか」
「分かりました!」
引っかかりはあるが、まあいい。ワタリさんがやる事や言う事に間違いはないのだから。
私はアイリーンにお願いして昼食の残りをお盆に載せてもらった。高熱があるならばと、彼女に許可を得てフルーツを簡単に剥いて添えた。コップには氷を入れておく。
それを両手に持つ。
「ではよろしくお願いします。終わりましたらロジャーの部屋で待っておりますので、そちらへ来てください」
「分かりました!」
私は今度こそ…今日最後の仕事だと意気込んで厨房から出た。
沢山並ぶ扉を追い越し、私は一番奥の部屋を目指す。
廊下は誰もいなかった。もしかして授業中なのだろうか。
私の歩く音だけが響き、長い廊下を突き進む。
ようやくたどり着いた部屋の扉は白い扉だった。お盆を片手でバランスとりながら、私はなんとかノックをする。
少ししてから、中から小さく返事が聞こえた。私は片手をかけてゆっくりと扉を開く。
「し、失礼します…」
扉を開けた先はベッドや机がある、よくある部屋だった。窓から日差しが入り込んでいる。窓が開いているのかカーテンが大きくなびいていた。
そんな部屋の中央に、少年が一人裸足で座り込んでいた。片足を曲げて抱えるようにしている。
部屋の壁紙に溶け込んでしまいそうな「白」が目に入る。
白い服、白いズボン。そして白い肌に白髪。眩しいと錯覚してしまいそうだった。年は12.3だろうか。どこかまだあどけない顔立ちに見える。
少年はこれまた真っ白なパズルをしていた。
…絵がないパズルって。どういうこと。どうやって完成させるの。
唖然としながらも自分の役割を思い出し、慌てて声を掛けた。
「あ、の、昼食を持ってきました!」
「そこへ置いておいてください」
少年の声が響く。綺麗な日本語だった。メロもだけど、本当にこの施設の子たちは凄い。英語すら話せない自分が恥ずかしい。
でもメロと違い、敬語なのが印象的だった。それにあまり抑揚もなく、どこか…エルを感じさせる話し方に思える。
「えっと、熱を出してる子がいるって聞いたんだけど…」
私が尋ねるも、彼はこちらを見ることもせずパズルをはめていく。
「はい、私ですが」
「……へ」
パチン、とピースが置かれる音が響く。
私はようやく理解して、近くの机にゆっくりお盆を置いた。
そして許可も得ないまま、少年の元へドシドシと近寄る。
私の足音に気付いてようやく彼は顔を上げた。なるほど、近くで見てみれば、白い肌は少しだけ紅潮していた。
私は無言で彼の額に手を置く。
しかし置いた瞬間手を引っ込めた。あまりの熱さに驚いたのだ。
「熱い!」
「急になんです。発熱してると言ったではないですか」
無表情で私に言う。しかし声色はどこか不機嫌そうにも聞こえた。
私は呆れて言う。
「こんなに高い熱を出してながら!遊んでる人がどこにいるの!」
私は彼が持っていたパズルのピースを取り上げる。
「寝て!水分とって!食べて!寝て!」
少年は不愉快そうに少しだけ目を細めた。
「突然やってきて日本語で捲し立てて誰ですか」
「き、今日限りの厨房のヘルプの藍川光と言います。冷蔵室が壊れたから手伝ったの。あなた名前は?」
「………」
「人に物を尋ねておいて自分は答えないの?」
「…ニア」
「ニア。まずはベッドに上がって。」
触った感じでは39度超えてそうな熱さだった。なのに寝もせずパズルだなんて、悪化したらどうするの。
ニアは無表情でじっと私を見ていた。その姿が出会った頃のエルを思い出させる。
「パズルしたいなら早く治してから。せっかくのいい脳味噌、熱でやられたらどうするの?」
「…母親ですか」
「奇遇にもさっき同じツッコミをされたばかりです。もう母親でもなんでもいいから。寝る。」
私はベッドを指差す。ニアはようやくゆっくり動いた。素直に従っておいた方が早いと分かったのかもしれない。
私はポケットに持っていたハンカチを取り出して、
厨房から運んだ氷を包んで冷やした。
ニアという少年はめんどくさそうに天井を見上げている。
「寒気は?」
「いいえ」
「じゃあ冷やす。」
私はハンカチをニアの額に乗せる。
「はい水分も取る」
お盆に乗っていた水を差し出す。ニアは少しだけ体を起こして水を飲んだ。
「食欲は?」
「いいえ」
「でもフルーツくらい食べないと。ほら。」
私はお皿に乗ったフルーツを手にとり、フォークにオレンジを刺した。
そのフォークを彼に差し出す。
相変わらず無表情だがどこか諦めたような顔をしたニアは、私が差し出したオレンジを口を開けてパクリと食べた。
「…あ」
彼はめんどくさそうに食べる。食にまるで執着がなさそうな食べ方だった。
…それより、私はフォークを差し出したのであって、食べさせるつもりはなかったのだが。
なぜか一瞬少しだけ恥ずかしくなったものの、すぐに思い直した。相手は子供だし病人なんだから。
私はまたフルーツを刺して差し出す。ニアはめんどくさそうに食べる。
…うん、なんとなくだけどこの子…エルみたいに生活力ないように思える…
噛む動作すら面倒だと言わんばかりのニアに呆れながらも、とりあえずフルーツを差し出せば彼は意外と素直に口を開けた。
これぐらいの年の男の子なら、食べさせてもらう、なんて行為嫌がりそうなのに。少なくともメロは絶対そんなことさせてくれなそう。
「はい、食べました」
「え?あ、ああ、はい。他の物も食べれるときに食べてください」
「はい」
「もう一度水分とって。よく取らなきゃだめですよ」
ニアは素直にまた水を飲む。
「日本人はみなこんなに世話焼きなのですか」
「ふふ、私が特別そうかも。ちゃんと寝ててね」
私は空いたお皿をお盆に返して、その場から立ち去ろうとする。
「あなた何者ですか」
ニアが背後から尋ねてきた。私は振り返る。
彼はベッドで横になったまま私を見上げている。
「英語も話せない一般人がどうやってここのヘルプを任されたのです」
「え…」
「ここは特殊な施設なので新しい者を雇うのにかなり慎重です、それがただの厨房の雑用でも。」
どこか気怠そうな話し方とは裏腹に、その視線は鋭い。まるで子供には見えない。
そうか、ワイミーズはスタッフさえも選び抜かれた人たちばかりなのか。まあLの後継者を育てる施設なのだと思えば納得だ。
とはいえ…それを指摘してくるなんて、なんて鋭い子だろう。
私はニコリと笑う。
「ここの卒業生の知り合いです。たまたま見学に来て、人手が足りないようだから立候補したの」
「卒業生とは?」
「だいぶ前に出たから、あなたとは面識ないと思うよ。ちゃんとロジャーさんにも許可を得たし、怪しい者じゃありません」
ニアは何も言わなかった。あまり表情が見えない、納得したのかどうかも分からない。
しかしポツリと、小さな声で言った。
「…最近まで日本で仕事をしていた者といえば…
キラ捜査をしていた、L」
どきりと胸が鳴る。
子供だと思っていた彼が突然年相応に見えなくなる。
ニアはじっと私を見ていた。私はしっかりと平然を装い、言った。
「L…って、なんですか?」
自然な声だったと思う。でも、彼から見てどうだっかは分からない。
ニアはしばらく黙っていた。私も目を逸らさず彼を見つめ返す。
「…いいえ、何でもありません」
ニアは言った。私はニコリと笑う。
もう一度ニアに近づき、少し癖のある髪に手を置いた。
「ちゃんと寝てね。」
やはり彼の肌は未だほんのり紅潮していた。