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「とりあえず、ね?何も無いんだし私も連絡とらないし、やましい事ないから報告したんだよ。」

「…そうですね、報告されずにその貰った連絡先とやらを発見した日には私の力全てを使ってその男を調べ倒してましたね」

怖いよ。

私は素知らぬ顔でケーキを頬張るエルに、心の中で突っ込んだ。

ジェシーの言う通り、ちゃんと初めに報告しておいて大正解だった…

そんな時、背後で扉が開く音が聞こえた。振り返れば、ワタリさんが立っている。

「ワタリさん!お帰りなさい」

「ただいま戻りました」

外は猛烈な暑さだというのに、彼は汗一つ流さずいつも通り涼しげな表情で現れた。

ようやくこの長い吉沢くん事件の話にピリオドが打たれそうだ。

「L、こちらを」

ワタリさんが何やら資料を渡す。エルは受け取ってすぐに読み始めた。

私は紅茶を入れるためにキッチンへ入る。

「なるほど。本人の意思での失踪は可能性が低そうだな」

エルはすぐに資料を置いて少し考え込む。

例の行方不明になった人だろうか。

すでに沸いていたお湯を注ぐ。

広がる紅茶の香りに少し癒されて、それをエルの元へ運んだ。

「行方不明の人ですか?」

「はい。##NAME3##、明日出かけます」

「へ」

エルはゆっくりこちらを向く。

「みにいきましょう、幽霊屋敷」

「〜〜!!!」

持っていた紅茶を零すかと思った。それほど、私の心は未だかつてないほど急上昇した。

エルはそんな私を見てまた呆れる。

「本当に…顔の筋肉の緩み具合が凄いですよ…」

「わわ、だって初めてなんですよ!本物みにいくの…!」

なんとか机に紅茶をそっと置いた。

「中には入りません、超常現象など信じてはいませんが、危険の可能性が1%でもあるならあなたを入らせるわけにはいきませんので。遠くから観察するだけです。」

「十分です!!」

背後から困ったような声が聞こえた。

「##NAME3##何でそんなに喜んでいるの?信じられない」

見れば肩を抱きながらどこか怯えたようなジェシー。あれ意外、こういうの苦手なタイプなんだ。

「あはは、好きなの。ホラー。」

「あなた時々意外性が強すぎるのよ」

私はエルに促されとなりに座る。置いてあった資料を手に取って彼は言った。

「まあ暇つぶしにもいいでしょう。明日実物を見た後、手配して中に監視カメラを取り付けます」

「監視カメラ??」

「一応、この屋敷も捜査依頼の一つですので。馬鹿馬鹿しいとは思ってますが、とりあえず観察ぐらいせねば。あなたも見てみたいでしょう」

「はいすっごく!」

「とんでもない食い付きですね。特に何も起こらなければ取り壊して構わないとの事ですのですぐに壊しましょう」

「ところでカメラって誰がつけにいくの?まさかワタリさん?!」

そんな怨霊が溢れ返る(イメージ)場所に行っては危ないのでは…!?

ワタリさんの身に何かあれば…!

私が慌てて聞いたら、エルはサラリと答えた。

「金で雇った者たちにやらせます。ワタリもそんなに暇ではないので」

ほっと息をつく。その雇った人たちはいいのかと聞かれれば、冷たいようだがワタリさんが行くよりいい。

エルは少し考えるようにして爪を噛む。

「しかし…気まぐれに受けたはいいものの…幽霊屋敷の調査など何をすればいいのか…」

「でも主は行方不明になった人の捜索なんでしょう?」

「まあ、そうです。##NAME3##隣に座ってください」

私は言われた通りエルの横に腰掛けた。

エルは先程ワタリさんから貰った資料を今一度開く。

「不明者の名前は服部あきら36歳独身。調べたところでは人柄も良く借金などのトラブルなし。恋愛関係や友人関係共に問題なく真面目な仕事ぶり。失踪したのは彼自身の思いではなさそうです」

エルはショートケーキを一口頬張る。

「彼は一人車を運転して廃墟へ向かいました。その車は未だ廃墟の隣に止まったままです」

「えっ…」

「廃墟に実際足を踏み入れたかどうかは定かではないですが、そこまで運転してきたのは間違いない。例の廃墟はまあまあのどかな場所で、車なしで一体どこへ行ったのか…」

「それって、何か事件に巻き込まれた可能性が…」

「非常に高いです。95%の確率で」

私は寒気がした気がして腕をさすった。

「でも、コイルに依頼してきたってことは、まさかまだ警察に届けていない?」

「まさにです」

紅茶をそっと手にして啜る。

「以前言ったように有名な政治家ですから、メンツを気にして警察沙汰を避けてます。独身ということもあってまだ行方不明になったことが周りにバレていない」

いくら有名な政治家といえど、これほど不可解な状況の失踪を隠しているとは。

「どうやら中々のクズな政治家のようですね。ジェシー、この屋敷が建てられてから今までの経歴と、噂がどのように蔓延してるのか調べてください」

「はいL」

「依頼を受けたからには遂行しますが…警察のお世話になるのも時間の問題かもしれません」

エルはそう言って、親指を噛んだ。








翌日。

よく晴れた暑い日だった。

私とエルはジェシーの運転する車に乗り込み、例の場所に移動していった。ワタリさんは他の仕事があるとの事で別行動していた。

そこは私たちが滞在しているところから車で1時間ほど走らせたのどかなところで、どうやら依頼人の祖父は別荘としてその屋敷を建てたということが分かった。

「まさかエルと幽霊屋敷を見に行く日が来るとは思ってなかったよ…」

ジェシーの運転する揺れの穏やかな車の中で私は呟く。エルは棒付きの飴を舐めながらこちらを向いた。

「正直、実物を見に行く必要はゼロです。##NAME1##さんが喜ぶと思いまして」

「すんごく喜んでる」

「………」

「いや、遠くから見るだけなんだよね?中に入るって言われたらさすがに喜べないけど、遠くからなら…昼間だし」

運転席のジェシーが呆れたようにちらりとだけミラーでこちらを見たのが分かった。仕方ないでしょ、好きなんだもの。

エルは飴を舐めながら前を向く。

「まあいいです、あなたとのデートのつもりです」

「幽霊屋敷のデートなんて!面白い!」

「デートでいいんですね…突っ込まれるかと思いました…」

「あはは、やっぱり変わってるよね私」

「いいえ、控えめに言って最高です。ちなみに屋敷に行く前に少し寄るところがあります」

「へ?」

「パフェが有名なカフェがあるので」

さては。エルはエルで楽しみがあったから出掛けたんだな。

そのパフェが食べたくて来たに違いない。

私はついふふっと笑ってしまう。

でも、悪くない。エルとドライブしたことは多々あるが、短い時間が多く、これだけゆっくり車に揺られていることはあまりない。

彼の隣に座っている、というのは別に室内にいても変わらないけれど、それでも気分は多少違う。

たまにはこういうのも楽しいな、なんて。

「はじめてエルとドライブしたのは、東応の入学式だったね」

「そうでしたね。あなたは美容室の帰りでした」

「懐かしいなぁ…エルその格好で入学式だったね」

「私はいつ何時もこの格好なので」

白い服にジーンズはここ数年ずっと変わらない。多分この人は死ぬまでこの格好だと思う。

そこまでこだわる理由は正直分からない。私も袖を通させてもらったことはあるが、別段特別な着心地ではなかった。

「##NAME1##さんは私に他の服も着て欲しいと思いますか」

「えっ」

「他のデザインの服です。」

「エルが他のデザインの服かぁ…」

あまり想像つかないなぁ…見てみたいとは思う。黒っぽい服とか全然イメージ変わりそう。

…しかし、エルのビジュアルで黒なんて着た日には、ちょっと怪しさが倍増してしまうかもしれない…

「見てみたい気もするけど…もうそれに慣れちゃった…でも機会があれば少しはいいかも」

「どんなものが似合うと思いますか」

「えっ」

想像したこともなかった。突然言われて戸惑う。

淡い色はダメだ、この人は肌が白いから浮いてしまいそう。黒はさっき想像した通りでしょ、スーツ?猫背がなんだかなあ…前着た救急隊員は似合ってたけどあれじゃコスプレだ。

私は頭の中でエルを着せ替え人形のように色々当てはめるが中々ピンとくるものがない。

かろうじてまあ似合うかもしれない、と思ったのは…

「白いシャツ、とか」

「今とあまり変わらなくないですか」

「襟つくだけでちょっとイメージ変わります。うん、それがいい」

「ではワタリに頼んでおくので##NAME1##さんが着替えさせてください」

「じ、自分で着替えてよ!」

「いいではないですか今更。というか何度かあるではないですか」

「あ、あれはエルが中々服着ずに動き回ってるから被せただけ!」

「では今度から常に全裸で動き回ることにします」

「そんなことする変態にもうお菓子は作りません」

運転席でふふっと笑いが漏れたのが分かった。見れば、ジェシーが肩を震わせて笑っている。

今日も大きなサングラスをかけた彼女は女優のようでみとれてしまう。

「あは、ごめんなさい。面白くてつい。」

「お、面白いかなぁ…?」

「ワイミーズのみんなが見たらぶっ倒れるかもね。あの人に興味なかったLがこんなに誰かに執着してるなんて」

「ねえ、ワイミーズのエルってどんな感じだったの?」

私は体を前に乗り出して聞く。聞きたいと思ってたんだ、昔のエル。以前はジェシーと中々打ち解けれなくて聞けなかった。

ジェシーは運転しながら口を動かす。

「ワタリ以外の人と話すことあまりなかったみたいよね、見かける事すらほぼなかった。彼は幼い頃から特別だったのよ」

「へえー」

「ワイミーズは将来有望な才能を持った子たちの集まりだけど、Lは秀でてたから、すごい噂になってたわ。たまに見かけれたらラッキー、話なんて出来たら幸運が訪れる、なんて」

「もはや幸運をもたらす壺みたいな…」

「あはは!そうね。とにかく人には興味ない人ってイメージだった。私も話したことなかったし」

隣に座るエルを見た。飴を舐めながら私に言う。

「今でもあなた以外興味ありませんよ」

「は、はあ…」

かなり今更だけど、そんな天才肌の人がなぜ私なんかを好きになってくれたんだろう。疑問。

「だからそんなLを惚れ込ませたあなたが一番凄いわ」

「い、いやいや…」

「今なら分かるけどね、あなたの魅力」

「や、やめてくれる…恥ずかしいから…」

俯く私を、少し微笑みながらエルが横目で見る。

こんな世界の人と一緒にいれるなんて、未だに信じられないなぁ。

…エルが世界の人というのも未だに信じがたいけど…

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