それからいくつかお菓子を作ってエルにあげたあと、私はジェシーと共に街へ出た。

エルと出かけるのも楽しいけれど、同じ女性と出かけるのも私はとても心が踊った。

ジェシーに車を出してもらい、私は街へ繰り広げて洋服や雑貨など、久々に様々なお店を見て回っていた。



「うーん、この店高い。他行こう」

ちらりと値札をひっくり返したあと、私は小声でジェシーに言った。彼女は呆れたように肩をすくめる。

「あなた分かってる?値札なんて見ずに買ったっていい立場なのよ?望むならこの店ごと買ったって竜崎は喜ぶわよ」

「や、やめて…貧乏性ってそう簡単に治らないんだから」

私はジェシーの隣で歩きながら言う。街並みは若い女の子たちで溢れかえっている。その中でもジェシーは頭ひとつ飛び出ていて、更に誰よりも綺麗で老若男女問わずすれちがいざまに彼女を見つめる。

女優を目指したとしてもきっと大成功するだろうなぁ。

「竜崎と服買いに来た事ないの?」

「何度かあるんだけど…」




『あ、このお店見てもいい?』

『どうぞ』

『あ、結構好きかもなぁ、えーと…』

『では買いましょう』

『!!?ちょっと、待ってまだ決めたわけじゃ…値段も見てないし…』

『構いません、さあ次はどれがお好きですか。あのミニスカートなんか特に似合いそ』

『待って待って、まだゆっくり吟味するから!』

『##NAME1##さん。そんなことする必要はありません。私は今すぐこの店の全ての商品が買えるのですよ。そうしましょうか。すみません、ここのお店全てをくだ』

『うわーー!な、何でもないです、これだけ頂きます!!』



「…てな感じでジェシーが言うような流れになるし」

「女の夢じゃない」

「夢は見てる時が一番楽しいんだよ…実際叶いそうになれば恐ろしくて…竜崎はあの服しか着ないくせに」

「変な子ね…素直に喜んで散財すればいいのに」

「大概は雑誌とかテレビで下見しておいて買うか、あとは勝手に竜崎が贈ってくれる」

それに彼と買い物に行くと、やたら似合う、可愛い、綺麗だと褒め倒され、周りの目が気になるのもやや辛い。

だからあまりエルとは買い物に行ったことがないのだ。

歩きながらまた好きそうな服屋を見つけ、ジェシーと共に入る。

彼女はいくらか服を見たあと、一枚取り出して私に当てた。

「こういう色似合うわよ。」

「え、ほんと?」

「ええ、靴も合わせてみたら?ほら、これとか」

やっぱり女性同士の買い物は楽しい。何でも似合うと言ってくれるエルも嬉しいけど、こうやって似合うものを第三者視点で勧めてくれるのはありがたい。

ジェシーが手に持った靴を貰って、近くにあった椅子に腰掛ける。

「ねえ、あなたは竜崎のどこが好きになったの?」

靴を試着してると、突然尋ねられる。

「え」

「気になってたのよ」

「そうだな、見えないところで優しいとこかな。不器用な優しさって感じ」

靴のサイズは少し大きい。私は隣の靴を手に取る。

ジェシーは私の隣で立ったまま感心したように腕を組んだ。

「なるほどね。やっぱりあなたには敵わないわ」

「え?」

「だって私、彼のことは優しいとかどうとか以前の前に、やっぱり世界の人だという尊敬が一番なの。でもこれって竜崎には失礼なのかもね」

「そっかあ…」

「でも私の感覚が普通だと思う。あまりに肩書きが大きすぎるのよ」

確かに世界のLという肩書は秀でている。それに憧れるのも勿論いいことだけどな。

「でも、頭が良いところが好きって事でしょ?それはそれで全然いいと思うけど」

「好きかといえば好きだけど、竜崎に恋をしてるのかと聞かれれば疑問ね。やっぱり憧れなのかも」

「そうなの?」

エルも似たような事を言っていたけど…

「別に抱いてくれるって言うなら喜んで抱かれるけどね」

「でた奔放」

「だって気になるじゃない。あの人の夜の様子なんて。ね、どんな感じなの?」

「あ、このサイズピッタリ。買ってしまおうかなージェシーが勧めてくれたし」

私は聞こえないフリをして持っていた靴を持って立ち上がる。ジェシーは逃さないとばかりに眉を釣り上げて腕を掴んだ。

「気になるじゃない!ほら、減るもんじゃないんだし教えて!」

「お、オヤジみたいだよジェシー!」

私があたふたしてるところに、背後から声が聞こえた。

「##NAME2##?」

ここずっと殆ど呼ばれることのない名前に、私は振り返る。

そこには、背が高く短髪で、爽やかな顔立ちをした青年が立っていた。

一瞬固まるも、私はすぐにその人を認識した。

「あ…吉沢くん!?」

「あ、やっぱり。##NAME2##だった」

白い歯を出して人懐こく笑った。頬にできる小さなえくぼが可愛らしい。私も釣られて笑顔を見せた。

「久しぶりだね!卒業以来!」

「ほんと。でも##NAME2##すぐ分かった。」

再会にわっと気分が上がる私たちの隣で、ジェシーはキョトンとしている。…そういえば、ジェシーは私の本名すら知らないんだっけ…

私はジェシーに声を掛けた。

「えっと、高校生の頃のクラスメイトだったの。吉沢くん」

ああ、とジェシーはうなずく。吉沢くんはジェシーを見て一瞬驚いた顔をした。私はすぐ説明する。

「ジェシー。友達なの。日本語ペラペラだから大丈夫」

ほっとしたように笑う。彼は少し頭を下げた。

ジェシーは初対面の吉沢くんにもまるで物怖じせず堂々と挨拶した。

「ジェシーです。よろしく。」

「女優さんみたいだね。吉沢巧です」

もうどれくらいぶりになるだろうか。10代だったクラスメイトは当然ながら立派な大人になっていた。

高校3年生の頃。クラスの端っこにいる私に、中心にいる吉沢くん。正直あまり関わることはなかったけれど、行事などで時々言葉を交わしたことはある。

彼は誰にでも隔たりなく接することの出来る爽やかな人で、友達も多いその姿は憧れでもあった。

思えばこの街は私が前住んでいた場所からそう離れてはいない。こういった再会はそこまで驚くほどの偶然ではなかったのだ。

「それにしても久しぶり。懐かしいな」

「ほんとだね。吉沢くん全然変わってない」

「それを言うなら##NAME2##も」

「え、そうかなあ?!嬉しい」

笑う私を見て、吉沢くんは少し意外そうにした。

「でも何かこう…物静かなイメージだったけど、凄く明るくなった感じする」

「え…」

確かにあの頃はまだ毎日のように見える予知にうんざりしていて、友達も適度な距離を持って接していた。

予知のなくなった今、私は人と距離を置く必要はない。

「それに…結婚したんだね?」

吉沢くんは私の手元をみて笑った。あっと、私はなんとなく自分でも手を眺めて笑う。

「えーと…まあ、そんな感じ、かな」

「あはっ、何その曖昧な言い方」

隣で私たちを眺めていたジェシーが口を開いた。

「隣のカフェでお茶でもしたら?久しぶりの再会なんでしょう?付き合うわよ」

「え…でも」

私は吉沢くんを見ると、彼はまたえくぼを作って笑う。

「ちょうど俺は暇してたんだ、嬉しいな」

「あ…じゃあ、ちょっとこれだけ買ってくるから待っててくれる?」

私は慌てて靴を服を持ち、レジへと向かって行った。

まさかこんなところで昔のクラスメイトと話す事になるとは。

嬉しいような困ったような不思議な感覚に、私は頬を緩めた。




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