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まるでテレビドラマみたいだ、と思った。
パイプ椅子にアクリル板、私の斜め後ろには相沢さんが座っている。さっきまで何も緊張してなかったのに、この部屋にいるだけでなんだかドキドキしてきた。居心地悪い。
こんな場所に入れる経験はそうはない。無駄にキョロキョロしてしまう私を、相沢さんが優しく声をかけた。
「珍しいだろう、こんなの」
「ええ、とても…テレビドラマに入った気分です」
「はは、緊張しなくていい。すぐに部屋を出てもいいんだからな」
「はい、ありがとうございます」
恐らくかなり厳重な警戒態勢になってるだろうし、身の危険を感じる事はないが。
慣れない場所と空気はやはり変な感じだ。
モジモジと座っていると、突然扉が開いた音がした。
はっとして前を見る。手錠をかけられた男が、警官に連れられて入ってきた。
見覚えるのある目がそこにあった。
顔を見たのは初めてだった。思ったより若い…30代半ばくらいだろうか。短髪に黒い肌色をした男だ。彫りが深く、ハッキリした顔立ち。
ちらりと私を見て、目が合う。一瞬胸が鳴る。
彼はゆっくり椅子に腰掛けた。
正面から眺める。やはり、カイドウだと思った。どこか威圧感とオーラのある男。彼は私をじっと見ると、ふんと鼻を鳴らした。
「まさか会えるとは」
「…こんにちは」
その声と話し方で先日のことが蘇る。
「お前。やはりただの女じゃなかったな」
突然言われてえっ、と声を漏らす。
「助けに来たのはお前の仲間だろ?」
エルたちの事だ、と思った。エルと私の関係は夜神さんたちしか知らない。私は慌てて否定した。
「いや…私は本当に一般人ですよ。あの時現れた方々はなんだったのか…」
「とぼけるか。まあいい。」
口角を少し上げて笑うカイドウに、私は首を傾げる。
「…あの。なぜ私を呼んだのですか?」
尋ねれば、彼の口が結ばれる。しんとした沈黙が流れた。
じっと私を見たまま何も言わない。私はその目を見つめ返した。
答えそうにないカイドウを察して、私から話しかける。
「…あなたの神様…本当にいたんですね。私てっきり、こう…」
「妄想だと思ってたか」
「はい」
「正直だな」
ぷっとカイドウが笑った。目出し帽より、その笑いはどこか柔らかく見えた。
目出し帽の姿しかずっとみていなかったから酷く違和感を感じた。これが、この人の素顔だったのか。
「俺も死のうとしてた」
突然出た言葉に、私は目を見開いた。
彼はぼんやりどこかを見つめながら、低い声で話す。
「人生いい事なんもないからな。楽しいと思えた事もない。人に虐げられ、蹴落とされ、笑われた人生だった」
「……」
「友情だとか恋だとかもよく分からない。愛したことも愛されたこともない。俺は圧倒的に何か欠けてる人間だと分かってた」
「…そんなとき、神様に出会った?」
カイドウは少しだけ上を向いて微笑んだ。
「どうせ死ぬなら人に迷惑かけようと思って、電車の飛び込みをしようとしてた。そこで止められた。優しい声で、諭すように。最初は面倒だったから適当に巻いて違う日にまた死のうと思ってたんだが…」
「神様は、あなたに何を言ったの?」
カイドウがゆっくりこちらを見る。
「俺は欠けてないと。周りのやつらが不必要な、歪んだやつらなんだと。俺を嘲笑って蹴り落としてきたやつらこそ欠けている、存在価値のない人間なんだと言われた」
つい眉を潜める。
「俺をボコボコに殴って飯も与えず殺そうとした親も、見えないとこでいじめを仕掛けてきたやつらも、俺の生い立ちを馬鹿にした教師も、全ての奴らが。存在すべき人間じゃないと教えてもらった」
「…それで、彼女に心酔して…」
「俺は人生で初めて認められたんだ。初めて。」
どこか切なげに言ったその言葉に、私は涙が出そうになるのを堪えた。
誰もいなかったのか。
この人の人生で、土井みさ以外…誰もこの人を支えてくれる人がいなかったのか。
親も友人も教師も。誰も彼に愛を教えなかった。
「あの人が逮捕されたと聞いてやはりこの世は歪んでると思った。きっと罪も仕立て上げられたんだ。あれほどのお方を世間から離すなんて…」
「それで計画したの?」
「元々は神がお教えくださった物に少し色を足しただけだ。恵まれた人間を消し飛ばして、この世の歪みを整える。それが俺の使命だった」
カイドウはふうと息を吐いて気怠そうに椅子にもたれ掛かる。
「失敗したがな。」
「…なぜ私にこの話を?」
1番の疑問だった。
ただの人質の女に、なぜこんな身の上話をしたのか。
カイドウは私からそっと目を逸らした。
「言ったろ。神以外に興味を持った人間はお前くらいだ。どうせなら興味ある人間に聴かせたい」
「なぜそんなに私が」
「すべて神とは逆の事を言ってたから」
彼の冷たい目が私を見る。
「…綺麗事をいうやつらは今までも沢山いた。くそくらえだと思ってた。そんな中で唯一お前は、その綺麗事に行動が伴っていた」
「……」
その目はどこか子供のような、不思議な色をしてると思った。
しっかりその視線を受け止め、私は一言言った。
「あなたは欠けている」
カイドウは何も反応しなかった。むしろ、すぐ後ろにいる相沢さんがたじろいだのがわかった。
男はじっと私を見ている。
「何があっても周りの人を殺そうとするのは最も重く歪んだ罪です。それも不特定多数の、関係のない人を。」
「…俺は欠けてるか」
「ええ。欠けています。
…ただ。欠けてしまったのはあなたのせいではない。あなたの周りにいた人たちもまた、欠けていた」
少しだけカイドウの目が揺れる。
「欠けたものは補えます。きっと。でも補おうとしてくれる人がいなかったのはあなたの最大の不幸です。唯一補おうとした土井みさに心酔するのは致し方ないこと」
私はこの男より、今は首謀者の女に強い怒りを抱いてた。
欠けた心につけ込んで満たした悪意。
この人はきっと誰より弱かったのだ。誰からも愛されず育ってきてしまったこの人は。
…私は、両親が沢山の愛情をくれた。
友達がいなくても、恋人がいなくても、母は笑顔でいつも私の味方でいてくれた。
だから私は生きてこられた。
あれが無ければ…私も欠けていただろう。想像もしたくない、そんな辛い日々。
この人はそれもなく、ずっと一人ぼっちで生きてきたんだ。
「罪を償ってください。そして欠けているものを探してください。補うのに遅いことはないです」
「何十年も補えなかったものが出来るわけないだろ」
鼻で笑う。私はそれをこの男の強がりだ、と思った。
あまりに哀れで、心が痛い。
「…あなた、あの時私を犯す気なんてなかったですね」
言った途端、ピタリと男が止まる。
エルたちが来る直前。私の紺色のワンピースに手をかけた時、カイドウは布を持ったまま一時停止していた。
戸惑っていた。私に乱暴することを。
私はそんなカイドウを見上げながら不思議に思ってたんだ。なぜここで、たじろぐのだと。
すぐにエルたちの計画で私から離れたけれど、きっとあのままでも私は無事だったんじゃないかと思う。
「…いや」
「戸惑ってましたね。」
「……」
そっと微笑む。
やはり、そうだ。
「…あなたは欠けている。でも、あの時生じた戸惑いは…その欠けている物を補うために必要な心だと思います。
あなたは補える。必ず。補う人に、出会えなかっただけ」
恋でも、友情でも、なんでもいい。
この人が心から許せるたった一人と出会えればきっと人生は変わる。
「土井みさは決してあなたを補ったわけではない。欠けているあなたに欠けていないと気休めを述べただけです。一瞬あなたの心は救われたかもしれない、でもそれは本質の改善にはならない」
「……」
「あれだけの大きなことを成し遂げようとしたなら、認めたくはないけどあなたは頭はいいし部下を上手く使うカリスマ性はある。他の事に使えばいいのに」
「…お前やっぱり変わってるな」
「褒めてもらってありがとうございます」
男は小さく笑った。
「可愛げのない女だ。やっぱりあの時犯しておけばよかった」
「思ってないくせに」
またカイドウは笑った。私も釣られて笑う。
「…私は愛をたくさん貰って育ったから…あなたの苦悩を理解することはきっと永遠に出来ないけど。それでも、あなたには前を向いて欲しいと思ってます」
「俺はお前を散々苦しい目にあわせた。なぜそう言える?」
「また言わせるんですか。私が今幸せだからですよ。」
「耳ダコだ」
「聞いてきたのはそっちでしょう」
カイドウはじっと視線を下ろして俯いた。
彼の睫毛が少し揺れる。
耳が痛くなそうなほどの沈黙が流れた後、彼は言った。
「…あの時俺を助けたのがあの方ではなくお前だったら…今どうしてただろう」
ポツンと呟いたそれを聞いて、私はとうとう耐えきれず涙が溢れた。
哀れな人だと思った。
やったことは許されないし、今回被害が出なかったのはエルのおかげであって、本来なら凄い数の人を殺した人だ。
でも弱い心につけ込んで洗脳のようにさせられたこの人が、とても哀れだと思った。
親にも殺されかけ、誰にも心を開かず生きるとはどれほど辛いのだろうか。
私が涙を溢したのを見て、カイドウが驚いて目を見開く。しかしすぐ気まずそうに視線を逸らした。
「ほんとにどんな女だよお前」
「普通ですよ」
「普通なわけあるか。出会ったことねーよ」
「運が悪かったんですね」
「ああ最高に運が悪かった。」
カイドウはそう言うとガタンと立ち上がった。パイプ椅子がズレる。
じっと私を見下ろし、言う。
「…人が滅びればいいと言う思考は変わらない。俺は間違ってない」
「……」
「ただし、滅びなくてもいい人間がいるとは学んだ。」
カイドウは真剣な瞳で私を見つめていった。私はそれを聞いてゆっくり微笑み返す。
それでいい。一つ一つ、補っていければいい。
簡単には埋まらないその穴を、少しずつ。
カイドウは部屋から立ち去ろうとして、ふと思い出したように私を振り返った。
「お前結婚してたんだな」
「えっ」
私ははっと左手の薬指を見る。
「あのときはしてなかったろ」
「ああ…あなたの部屋に行く前に外したんです。なんとなく、無い方が連れていってもらえる気がして」
「はあ?そこまでして人質になりたかったとかどんな思考してんだ」
「は、ははは…」
「散々幸せだとか大事な人がいるとかほざいてたが、結婚相手のことか。」
「…は、はあ、まあ」
「そんな相手いるのに簡単に自分の体売るんじゃねぇよ。馬鹿かよ」
「………」
私はぷっと笑い出す。
「なんだよ何がおかしい」
「だって…やっぱりあなた、意外と人間の心持ってる」
「………」
カイドウは不愉快そうに眉をひそめると、ちっと舌打ちした。
「褒めてるんですよ」
「馬鹿にしてるだろ」
「いいえ。少し嬉しいんですよ。欠けた物を補え終えたあなたをいつか見てみたいです」
私が笑いながらいうと、彼は少しだけ息を吐いて笑った。
「変な女」
それだけ言い残して、彼は部屋から出て行った。
しんとした静けさが流れる。
「…でようか」
背後で相沢さんが言う。私はカイドウの後ろ姿を見送り、小さく頷いた。
これからどうなるかわからない、どれほどの罪になるだろう。
それでもいつか、彼が生きててよかったと思える出来事に出会えて欲しいなと思えた。
たった一つだけでも、大切なものができて欲しいと思った。
もし神の声が聞こえても、振り払えるくらいに。
ゆっくりと立ち上がる。相沢さんに誘導されて部屋を出た。
そこには、夜神さんが立っていた。恐らく、私たちの会話はどこかで聞いていたのではないかと思った。
「夜神さん!」
彼の姿を見て駆け寄る。優しく笑っていた。
「とても助かった。いや、なんと言えばいいか、君は凄い」
夜神さんが言う。
「いえ、私は何も…」
「何があっても人を助けようとする姿勢がカイドウにも珍しかったんだろう。言葉も出ないほど素晴らしい。まだ取り調べはしてないが、おそらくこれでやつはもう素直に話す気がする。」
「なら。よかったです…」
相沢さんが感心したように腕を組んだ。
「あんな犯罪者の心に取り組むとはえげつない才能だな」
「本当にたまたまですよ。いつぞやのサイコパスな少女よりずっと人間らしさがあったから…」
会話にすらならないあの少女とは違う。
…そう思えば…欠けてる物を補えるのは必ず成功するとは限らないな…あの子はきっと補えない気がする…
相沢さんがほっとしたように息をついた。
「何事もなく解決してよかった。他の人質たちも無事だし、ゆづきさんも無事で… 」
「ほんとです…警察の方達は今からまだまだ大変だと思いますが、頑張ってください」
「ああ。落ち着いたらまたみんなで飯でも行くか。」
「はい、ぜひ!」
私は笑って答えた。
