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未だ絶望に打ちひしがれている会場内で、一際しゃくり上げて泣いている女性がいた。
綺麗なウェーブの髪を揺らし、白い肌を赤くしているのは遠藤美樹だった。
頬には沢山の黒い涙が伝っていた。唇は震えて青くなっていた。
「私のせいだよ…藍川さん…」
幾度も幾度もそのセリフを繰り返していた。近くにいる友人たちは眉を潜めて彼女を慰め肩を抱く。背後から小さな声で呟きが聞こえた。吉沢巧という青年だった。
「…大丈夫だよ…きっと無事だよ…そんな気がする…」
気休めだと分かっていた。テロリストに一人連れ去られ無事なわけがないと思っていた。
自分がこんなところを会場に選ばなければ。
一人何度も繰り返し責める。気が緩んだら泣いてしまいそうだと思った。
最後に凛とした態度で立ち去ったクラスメイトの姿を思い出す。彼女は泣きそうな顔もせず、むしろ微笑んで自分たちを安心させるようにしていなくなった。
…彼女があんなに強い人だったとは。なぜ防げなかったんだ、こんな事態を。
自責の念で一杯にしつつ、彼はふと男たちの様子に気がついた。
会場には7人の男たちが銃を持ったまま人質たちを制圧していた。殆ど言葉を発することはなく、時折騒ぐ人質たちにうるさいと怒号を浴びせるくらいだった。
そんな彼らがどこか困ったように小声で会話していた。
すこし、今までと様子が違う。表情はうまく見えない、けれど伝わる雰囲気で、どこか彼らが戸惑っているのが分かった。
吉沢巧には、その声は届かない。
「…カイドウさんから返事がない…」
一人の男は心配そうに言う。しかしだからどうした、と反応する男がいる。
「もう警察との交渉も終わりで殆ど待つだけだろうし、さっき連れてった女と楽しいことしてんだろ」
「…こんな時にか?」
「まあどうせあとで一緒に空に行くんだ、俺たちも楽しめるだろ」
「しかしジェット機は間に合うのか?もう約束の2時間は過ぎた。時限まであと15分だぞ…あのお方の解放もまだなんじゃ」
「うむ…それはな…人質を撃ち殺すにもカイドウさんの指示なしではな…」
戸惑ったようにボソボソと会話を交わす。
さらに一人の男が言った。
「あと15分あれば屋上に行って乗り込むだけならいけるだろ。早すぎてもよくないしな。しかしそろそろ動かないとな。カイドウさんは何をしてるんだ」
「カイドウさんの周りには見張りは何人かいたし、この状況で何かあったとは考えにくいが」
「しかし誰が様子を見に行ったほうがいいんじゃないか?」
「それもそうだな、7人もいるし、誰か一人…」
そう言いかけた時だった。
上の階から、ずしんというような大きな音と地響きが聞こえてきた。会場内は一瞬で叫び声に包まれる。
その場にいた全員が分かった。それは、初めに経験した近くで爆発が起きた衝撃と同じだった。
男たちはあわてて人質たちに叫ぶ。
「おい静かにしろ動くな!」
とりあえず何発か発砲する。悲鳴はまたたくまに泣き声へと変わった。
だが混乱しているのは人質たちだけではなかった。男たちも、オロオロとどよめいた。
「なんだ今の音は」
「時限までは15分あるはずだぞ。それに例のあれなら、もうとっくにホテルごと吹き飛んでるはず」
「でもどう聞いても爆発の音だったぞ、しかも上から…!」
混乱は混乱を呼ぶ。必死にカイドウに通信を試みるが、彼は答えなかった。
司令塔がいなくては自分たちはどうしたらいいのか。何かトラブルが起きているのは間違いなかった。果たして、どう動けばーー
「誰か様子見に行け!」
「でも爆発だったら上に行ったら危ないんじゃ」
「ここにいても危ないだろーがよ!」
揉め始める男たちを、どこか冷静に吉沢は見ていた。
何か、状況が変わった気がする。
かと言ってやはり銃を持つ男たちに敵わないこの立場は変わらない。
その時、男たちの耳に焦った男の声が機械越しに響いた。
『誤爆だ!爆発した!』
それはカイドウの声ではなかった。けれどもそれを尋ねるより、今聞こえた言葉に男たちは騒めいた。
『例のアレが誤爆だ!第二波がすぐ来る、次はホテルごと吹き飛ぶ!ジェット機が来た、屋上へ行け!カイドウさんは行った!』
一声にそんな声が聞こえたかと思うと、通信はプツンと音を立てて切れてしまった。
男たちは一瞬だけ顔を見合わせた後、すぐさまわっと叫びながら足を回転させそこから走り出した。
吉沢たち人質は、訳も分からず唖然とそれを見ている。彼らには通信の声は聞こえていないからだ。
「急げー!屋上だ!」
ソマディアたちは叫びながら情けないくらいに怯えて会場から飛び出した。
男たちは次々会場を飛び出しまだ稼働するエレベーターを呼び出した。
「誤爆ってなんだ!?」
「分からん、分からんけど急げ!」
「間に合うか?各階の奴らもくるんじゃ!乗り切れねぇよ!」
「乗れないやつは知らん、階段だろ!」
開いたエレベーターに、我先にと男たちは乗り込む。人質の事など頭の片隅にもなく、そして先ほど聞こえた通信の声が、……仲間の誰のものであるかなど、誰も考える暇はなかった。
男たちがいなくなったあと、会場は一瞬しんとした。
だがここにいる人質たちは、裏口が一つ空いている事を知らない。誰しもがただ呆然と立ち竦んだ。
そこへ沢山の足音が突如響く。反射的に構えるも、それが保護しに来た警察だと気付くのはすぐだった。
沢山の警察たちが雪崩れ込んだのを見て歓喜の声が沸く。みな嬉しさに泣き崩れた。
「もう大丈夫です、落ち着いて!落ち着いて!」
笑顔が見える人々の中で、勢いよく数名が警察に詰め寄った。先頭は遠藤美樹だった。
テロリストに連れ去られたクラスメイトの存在を必死に訴えかけている。
その迫力にのけぞりながら警察は言う。
「だ、大丈夫、大丈夫だから、きっとその方も保護します」
なだめる声も聞かず、彼女たちは泣き喚め続けた。
地響きが聞こえたとき、なんとか11階にたどり着いた私たちは、しゃがみ込んでその衝撃を足の裏に感じていた。
エレベーター前にはまだ気絶した男たちがいた。…一体何をしたらこんなにしっかり気絶させられるの。
私とエルとジェシーは、急いで駆け上がってきた足を労わりながら(どうやら疲れてるのは私だけのようだが)話した。
「ワタリさんは?一芝居って、どういうこと?」
エルはいつのまに取り出したのか、飴を口の中に入れて話す。こんな時でも甘味を忘れてこない彼はさすがだ。
「とりあえず今重要なのは1階にいるソマディアたちです。彼らを屋上に集めたかった。そこで、爆発を起こしました。彼らは一気にパニックに陥るはず」
そりゃ思っていた時間とは違うときに爆発の音が聞こえればパニックにもなる。
「そこへ、カイドウが使用していた通信機から声を流しました。『爆弾が誤爆した、第二波が来る、屋上にジェット機が来たから行け』…パニックになってる時にそう言われれば大体の者は信じます。普通に考えれば一つしかない爆弾の誤爆など意味不明ですがね」
「…えっ、ワタリさんがその通信を流したってこと!?」
「変成器で声はやや若い男の声に変えてます。カイドウからの指示でない事に疑念を抱くかもしれませんが、まさかカイドウがこの状況で捕らえられてるとは思わないでしょう。さらには爆発によってだいぶ冷静さを失ってるはずなので。爆発がなければ恐らく上手くいきません、声で仲間じゃないと気づくでしょう」
「た、確かに、…だから爆発が必要だったんだ…」
「パニックになりながら屋上へ向かってもらえればこちらのものです。裏口が一つ空いてますのでそこから警察が人質の保護。屋上での確保はうまく行くかどうかは警察次第です」
「そうか、客室の人たちの保護は後でもいいもんね…」
「しかしこの作戦、一つ大きな穴がありまして」
Lは指を噛みながら言う。
「ボスである土井みさの解放がなされていない事です。もし『ボスが解放されないのであれば己の命はどうでもいい』と忠誠心が強ければ、1階から動かない可能性もあるのです」
「…だから60%の成功率って…」
「カイドウは中々の忠誠心だと分かりました。それにあの男は中々頭が回る。あのような漢が1階にいればこの計画の怪しさに気づくかもしれません。ただ今回の指揮者であるカイドウも屋上へ行ったと聞けば大半は同じように動くとは思いますが…」
Lはじっとエレベーターを見つめた。私とジェシーもつられて見る。
どうか、上手くいってほしい。…みんなを解放して。
見つめていると、目の前のエレベーターが点滅し、1階へ降りて行くのが分かった。下で呼び出されたのだろう。
「!呼び出しが!」
ジェシーが嬉しそうに言う。しかしLは冷静に言った。
「まだ分かりませんよ、数人は登ってもまだ残る者達がいるかもしれない…」
エレベーターは1階で少し停止したあと、すぐに上がっていく。光る数字は時々どこかの階に止まったようだが、どんどん上昇し、ついには屋上へたどり着く。
屋上での警察がどう対処してるのかは分からなかった。そこはプロに任せるしかない。
背後から足音がして振り返ると、ワタリさんが歩いてきていた。
「ワタリさん!」
「計画はどうですか」
「まだ分からない、何人かは屋上へ行ったのは間違いないが」
こんな時だというのに、私はこの優しい口調のワタリさんがどうテロリストの真似をして通信したのかが非常に気になった。この上品さを隠し切れたのだろうか。
私たちはとにかくその場で待った。もう待つしか出来ることはない、打つ手はLがやりつくしたのだ。ソワソワ落ち着かない心をなんとか沈める。
どれほどか時間が経った頃、突然非常階段の扉が大きな音を立てて開かれた。咄嗟にジェシーは銃を構える。
しかしそこから見えた顔は、私の知っている顔だった。
「…夜神さん、相沢さん、模木さん…!」
3人は私たちの顔を見たあとほっとしたように緩めた。走ってきたのか、3人とも額に汗を浮かべている。
「ゆづきさん!本当に無事だったんだな、よかった!」
相沢さんが笑顔で言う。私は大きく頷いた。
夜神さんがすぐにエルに向き直る。
「竜崎、1階にいる人質は全て保護できた。全員屋上へ登ったからな。みんな無傷だ」
それを聞いた瞬間、私はわっと声を上げてジェシーに抱きついた。彼女も嬉しそうに笑う。
「屋上の確保はいかがですか」
Lは冷静にきく。
「まだそこは連絡がきてない…だが何とか待機は間に合った。」
「さすがです」
「カイドウはこっちか。カイドウたちの確保をして、我々は客室にいる人質を保護する。これだけあるから時間がかかりそうだ」
「1107の浴槽です。」
「わかった。行こう」
去ろうとして、模木さんが思い出したように言った。
「ゆづきさん。1階にいる子たちがひどく心配してたぞ」
「え…」
「また後で顔を出してやってくれ」
短くそう言って微笑むと、彼らは足早に去っていった。これからまだまだやる事が沢山だろう、頭が上がらない。
…そうか、心配掛けちゃったかな。
エルが隣で言った。
「すぐに行かせてあげたいですがもう少しここで待機してましょう。こんなタイミングで外に出ては、私がLだと警察たちに顔を示すようなものです。客室にいる人質たちに紛れて出ましょう」
「あ…そうだね」
「まだ屋上の確保もどうなるか分かりませんし。油断は禁物です」
エルはそう厳しい目で言った。
