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パトカーのサイレンの音が近づいてきて少し経つ。
その音が聞こえてきたとき、男たちはどこか楽しそうな表情をしたように見えた。
人質となった私たちは涙を流しているのに、その前で平然とニヤけるだなんて。狂ってると思った。いや、狂ってなければこんなこと出来ないか。
相変わらず遠藤さんに強く握られた手のひらに熱さを感じながら、私は小さくため息をついた。
ただ見張られて神経をすり減らしながら待つ。待ってるだけが、これほど辛いなんて。
Lが今どうしているのか気になった。もう警察と連絡は取ってるだろうけど…
この事態をどう奪回すればよいのか。私の頭では何も分からなかった。
こちらの状況が分かるよう緊急サインを送ったけれど、ただ無言で待たさせるだけで、エルたちに有益な情報が渡っているとは思えなかった。
まあ、私の無事を伝えれてるだけでもいいけど…
警察との交渉とは。違う場所でもう行われているんだろうか。
ふと一人の男を見れば、手元を口に寄せて何か話しているのが分かった。
小さく頷きながら小声で話す。仲間との通信だろうか。
ぼんやりとそんな光景を見ていたとき、その男が動き出した。
ただ立っているだけだった見張りの男が急に歩き出したのを私たちは恐怖におのめきながら眺めた。
(…??誰かを、探してる?)
その男の動作を見てるとそんなふうに思えた。
ゆっくりとした歩調で、しゃがんでいる人質たちの顔をじっと見ている。
恐らく100人はゆうに超えている人たちを眺めながら歩調を進めている。
誰を探してるんだろう。
この状況で、誰を…
みな恐怖から目を合わせないように俯く。
そんな男の足と目が止まったのは、私たちが座ってる場所から近かった。
(…なに?)
私は視線を逸らすことなく盗み見た。男はじっとこちらをみて、微かに頷いたのが分かった。
次の瞬間、男はひしめき合って座っている人々の中に足を入れた。
小さな悲鳴が上がる。そしてズンズンと進んできて止まったのは、目の前だった。
心臓が止まりそうなほど高鳴る。ついに私も視線を逸らした。
黙った男はしばらくこちらを見下したあと、突然腕を伸ばした。
「きゃあ!」
隣から悲鳴が上がる。はっとして見ると、遠藤さんが震えながら上を見上げていた。
彼女の白い腕を、男はしっかり握っていた。
布に隠れた顔からはよく表情が見えないが、その目元は面白がってるように見えた。
「ちょっとあんたには別室を用意してる」
「な…な…?」
「上の時間潰しに付き合ってもらう」
瞬時に察した。この男は、品定めをしていたんだ。
遠藤さんは誰でも目を引く美少女だ。この会場で一番綺麗な子を品定めして、遠藤さんを選び抜いたのだろう。
時間潰し、とは。…綺麗な女性を選んでいる段階で、考えたくもない結論が思い浮かぶ。
遠藤さんは必死に私の腕にしがみついた、
「いや、いや!」
「犯しゃしねーよ。あの方もそんな時間ねーから」
男は強い力で遠藤さんの腕を持ち上げる。彼女は痛そうに顔を歪めた。
周りは息を飲んでその光景を見つめている。
「従わないなら撃つ」
非常な男の声に、彼女はひっと恐怖の声を漏らした。
「私がかわりにいきます」
そう立ち上がって声をあげたのはほとんど無意識だった。
ぎょっとした顔で遠藤さんは私を見上げる。
男でさえも、少し驚いたように私を見た。
私は自然と男の視線から逃れるようにして左手の指輪を外した。なんとなく指輪がない方が連れて行ってもらえる気がしたからだ。
指輪はポケットにしまった。
不思議と恐怖心はなかった。もしかしたら感情がこの状況に追いついてないのかもしれなかった。
「彼女に比べると大分期待値下がるのは申し訳ないですが。彼女は腰が抜けて立てませんし」
「あ、藍川さん!た、立てる、立てるよ!」
すでに涙で顔をぐちゃぐちゃに濡らした遠藤さんは立ち上がろうとするがその力は入らない。
私はゆっくりそれを制した。
そして男の目を見た。細い一重の目だった。
声をあげたのは反射的だった。でも今こうして考えてみると、なかなか賢明な判断だと思った。
ここでただ人質になっているより、この組織のボスと少しでも近づけるなら。エルにいい情報を提供できると思ったのだ。
私の左手の時計からエルに繋がってる。彼ならきっと、音からだけでも何か受け取ってくれるはずだから。
「ダメですか?」
私が言うと、背後から私の手を掴んで名前が呼ばれる。吉沢くんの戸惑った声だった。
男は私をじっと見て鼻で笑う。
「まあいい。来い」
男は踵を返して歩き出す。私は少しだけ振り返って、とんでもない顔で私を見上げている吉沢くんと遠藤さんに微笑みかけた。
「大丈夫だよ」
しっかり私の手を取る吉沢くんの腕を払い、私は男の後をついて行った。驚愕したような、同情するような周りの視線が痛かった。
無言で男の背を追っていく。その足はすぐに会場を出た。
エレベーターの前につき、ボタンを押して呼び出す。
「オトモダチの身代わりか、馬鹿め」
笑いながら男は私に話しかけた。
私は答えなかった。
さっきまでは恐怖心はなかったのに、男の声を聞いた瞬間足が震えてきたのがわかった。
後悔はしてない。でも、やはり恐怖を感じないのには無理がある。
一つ深呼吸をした。男はそんな私を面白そうに眺めている。
安心感を得たくて時計に触れようとした。エルを感じられる唯一のものだった。
が、ふと私はそれを止める。
今から組織のボスに会うにあたって懸念せねばならないことがある。それはこの時計の存在だ。
普通にしてれば気づかれることはない、だが私の言動で怪しまれ、これが調べられたら。
私の命はその場で断たれるだろう。それどころか、この音声の届いている相手をもどうにかしようとするかもしれない。
この組織にとって唯一の計算外は、人質の中に世界のLがいるという事実だ、私たちの勝算はそれしかない。
決して悟られてはならないと思った。時計にしろ、私がただの一般人ではないということを。
ミサのセリフが蘇る。
『とにかく堂々と。私は間違ってないぞ!って感じでやるの。絶対視線を逸らさない。自信ないと中々視線って定まらないけど、そうすると演技だとバレやすいからね!
あと手先とかもフラフラしちゃいそうになるけどダメ!』
視線、手先。
この時計に移ってしまいそうな視線と手先をコントロールせねば。触りたくなった手をぐっと握って抑えた。
目の前のエレベーターが開いた。男が乗り込む。私も続いた。
「…何階ですか」
自然と聞いた。エルに階数を伝えたかったからだ。
しかし男は答えず自分でボタンを押してしまった。エレベーターの扉が閉まる。
11のボタンが光っている。
エレベーターが上昇していくのを感じた。
銃を持った男と密室になったと自覚した途端額に汗が浮かんだ。何をされても私は抵抗すら出来ないだろう。
ああ、また時計に触りたくなる。
しかし男は意外にも何も言わず、そして私に近づこうともしなかった。ほんの数十秒がとんでもなく長く感じたが、エレベーターは無事11階に辿り着いた。
「出ろ」
私は言われたままエレベーターを降りる。男は私をすぐに追い越すと、スタスタと前を歩いていく。
ただの客室の並びだった。
私は男の背中を追いかける。しっかりと地面を踏み締める。あまり履き慣れていないヒールの音が響いた。
しばらく廊下を進んだ所で、男の足が止まる。
見上げれば、「1107」と書かれたプレートが見えた。
テロリストが滞在してる部屋の番号に、110が入ってるなんて。私は心の中で少し笑った。こんな時なのに意外にも冷静なのだと自己分析した。
半年前に誘拐されて度胸がついたのかもしれない。
男が扉を叩くと、すぐに中から開いた。
ぐっと息を飲む。同じように銃を構えた目出し帽の男だった。
「ほら、入れ」
圧迫感に一瞬息を忘れる。しかし一度大きく唾を飲み込むと、私は部屋の中に足を踏み入れた。
背後でドアの閉まった音がする。あの一重の男は部屋に入らなかったみたいだった。私を送ったきただけらしい。
中に招き入れた男は先ほどの男と違って二重の大きな目をしていた。これが、ソマディアという組織のボスなのだろうか。
私を上から下まで舐めるように眺めたあと、彼は言う。
「中へ進め。お待ちだぞ」
それを聞いて、こいつではないんだ、と思った。
私は言われた通り足を進める。
数歩進んだ所で、あまり広くないツインの部屋が見えた。ベッドに窓際には小さな机と椅子が2脚。ありふれたホテルの部屋だ。
意外だと思った。勝手なイメージで、テロリストのボスはきっといい部屋にいるんだと想像していたのに。
椅子の上に一人、男が座っていた。
そいつもまた顔が見えないよう布で覆われていたが、武器は何も持っていなかった。
ゆっくりとこちらを見る。心臓が跳ね上がる。
先入観なのか分からない。だが、その男はオーラがやはり別格だと感じた。
鋭い目つきだった。やや釣り上がった三白眼だ。
あまり身長は高くないように見えた。目元と口元だけではよく分からないが、そこまで年はいってないように思う。とはいえ若者という感じもしない。
男は私をみた瞬間ふっと口を歪めて笑った。
「来たか」
声を聞いて、先程の館内放送の男だと分かった。はやりこいつがボスなのだ。
机の上には沢山のアルコールが並んでいた。ワインやブランデー、ビールもある。
赤ワインの入ったボトルのラベルを見ながら男は言う。
「俺はあの会場で一番いい女を連れてくるように言ったんだがな」
ええ、すみませんね、遠藤さんに比べればレベルが落ちまくりでしょうけど。
ちょっと失礼な男の物言いに、なぜか恐怖心が薄れた私は彼をしっかり見て言った。
「すみません。期待外れで」
私の声を聞いた途端、男はピタリと動きを止めた。
そしてゆっくりと、こちらを見る。
冷たい目で、しかし少し驚いたような目で私を見つめた。
「お前今口をきいたか」
「…すみません」
反射的に謝る。謝ることはないのだけれど。
少しだけ視線を逸らした。また時計に触れたい衝動をなんとか堪える。
男は持っていたワインボトルをそっと置いた。
「この状況で口がきけるとは大した女だな。オトモダチの身代わりに立候補しただけのことはある」
私がここに来た経緯を知っていたらしい。
男は鼻で笑う。
「まあいい。そこまで期待外れなレベルでもない。なんでここに呼ばれたのか分かるか」
「……」
「この状況で、一番いい女を連れてくるよう指示したとなれば、一つだな?」
私を見て笑いながら言った男を見て、なぜかは分からないけれどからかわれているんだ、と感じた。
私をどんな人間か見てる。そんな気がした。
「…犯さないって聞いてきました」
「信じてきたのか」
「とりあえず今は。これから警察との交渉とか色々忙しくて、そんな暇ないかと」
彼らは警察にある条件を持ちかけると言っていた。テロリストとの交渉がそんな短時間で終わるはずはない。
パトカーがここについてまだそんなに時間は経ってないはず。まだ交渉前なのでは、と私は考えた。
男はへえ、とわざとらしくいった。
「冷静だな」
「……」
「ま、今のところは正解だ。酒をつげ」
男は背もたれにもたれて反り返った。手元には冷えたグラスがある。
私はとりあえず素直に動いた。テーブルに近づき、酒を見渡す。
「何を」
「まずはビールだ。交渉前に気分を高めておくか」
言われた通り缶ビールを手に取って開けた。
まさか人生で、犯罪組織のボスにお酌をする日がくるとは思ってもみなかった。
そっとグラスに注ぐ。
注がれていくアルコールを見て、私は頭の中で冷静に考えた。
さっきの男の言ったことが本当なら、やはり乱暴するような時間もないらしい。
それもそうだ。どこの世界にテロを起こしながら女を抱くボスがいる。
…だとすれば、なぜ人質を一人招き入れたんだ?
まさか本当に酒の酌をするだけのために呼んだわけではあるまい。
グラス一杯に注がれたビールを男は一気に飲んだ。私はそれをただじっと見ている。
「座れ。」
少し躊躇したが、言われた通り男の向かいに座る。
じっと見渡せば、部屋の出入り口には二重の男が立って見張っていた。
ベッドの上にはノートパソコンが一台。それと部屋の隅には大きなスーツケースが寝そべっている。
「お前名前は」
「…藍川光です」
「藍川か。」
「…なぜ人質の一人をここに?酒の酌をするためだけではないでしょう?」
空になったグラスにまたビールを注いだ。男はまたそれを飲んで小さく笑った。
「お前警察関係者か」
「え?全然ですが…」
「この場で俺に尋問とは。」
「…尋問のつもりでは」
機嫌を損ねた様子はなかった。むしろ、どこか面白がってるように感じる。
意外だと思っていた。テロリストのボスの元へ連れてこられたら、どんな酷い扱いを受けるかと心を括ってきたのに。
今のところは、男は私に何もする様子はない。
「気の強い女は嫌いじゃない」
それだけ言うと、男は私の質問には答えずに立ち上がった。
そしてもう一人の見張りと思しき男に声を掛けた。
「そろそろ警察も揃ったろ。交渉を始める。準備しろ」
