「エル、久しぶりに和菓子にしてみました」

朝。朝食を食べ終えた後、私はエルのスイーツをいくつか作った。

もう当たり前になった毎日で、それが私に与えられた唯一の仕事なのだった。

私が差し出すと、エルは驚いたようにこちらをみた。

「和菓子をリクエストしようと思ってました」

「あ、よかった」

「さすがですね。私の心を分かってます」

完全にたまたまなんだろうけど、エルは嬉しそうに頬張るもんだから私は笑った。

そっと彼の隣に腰掛ける。

「今日もおいしいです」

「よかったです」

「##NAME1##さん、少し区切りのいいところで出掛けませんか」

「え!いいの?」

私は目を輝かせてエルを見た。彼はお菓子を口いっぱいにしている。

「最近篭っていたので。どこか行きたいところはありますか」

「えっと…どこだろう」

普段出掛けたいと常々思っていても、いざ聞かれると思い浮かばないものなのだ。

うーん、どこがいいかなぁ。

「あ、紅茶の茶葉買いに行きませんか。香り見て色々選びたいなーって。ダージリンがもう少しで無くなりそうで」

「いいですね。ワタリに車を出すよう連絡しておきます」

エルはもぐもぐと食べながら言う。

私はそんな彼を見て笑った。

「どうしました」

「ん?いや、お出掛け楽しみだなーって」

「茶葉の買い物がですか。」

「デートだからね」

「…はあ、またあなたは…」

エルは呆れたように眉を潜めた。

「いつまで経っても…私の心臓を鷲掴みにして…」

「普通の発言だけど…エルの心臓弱すぎない…?」

「どちらかというと鋼の心かと自負してますが」

「…まあ、心臓弱かったらLできてないか」

最後の切り札、世界の名探偵L。

難事件相手に次々向かう彼はちょっと手段を選ばないとこもあるし、確かにメンタルは強い方だろうな。

「こうなってはさっさとこの仕事を終わらせねば。気合が入りました」

Lは真面目な顔でパソコンを眺める。真剣な瞳はLの目だ。

私はそれを隣で眺めた。

誰も解決できないような事件を一人解決させてしまう世界のトップ。

今日も彼は変わらず事件に立ち向かってる。

(さて…昨日途中まで読んだ小説の続き読もうかなー)

私は心で呟き、そばに置いてあった本を取り出した。

ワタリさんが仕入れてくれた分厚い小説だ。

Lが難事件を解いてる隣で私は優雅にも読書をするのが日課となっていた。

エルはいつも私に隣で座ってるよう望んでくれるので、隣にいながら時間を潰す方法がこれくらいになるのだ。

いや、多分映画見てようがゲームしてようがLは全然気にしないだろうけど。さすがに私の良心が痛む。せめて静かにしていたい。

私はページをめくった。

エルも「本当に好きですね」と少し呆れるほどの私の好きなジャンルはホラーだ。

恐怖心を掻き立てられるとはなぜこんなにも楽しいのか。時々後悔するほどの良作に出会うと落ち込みながらワクワクする。うん、何言ってるのか意味わかんないな。

映画もだが読書もかなり好きなのだ。

じっと真剣に読んでいると、エルが声を掛けてくる。

「面白いですか。それ」

エルはこちらを見ずに聞いた。私は本から顔を上げた。

「え?ああ、すごく面白いよ!怪奇現象の起こる呪われた家の話で…」

「よくあるパターンですね」

「よくあるパターンなのに怖いのが技術なの。ありふれた設定なのにねー面白い!」

「相変わらず好きですね…」

「自分でも思うよ…もう少し可愛らしい恋愛小説に胸をときめかせるようでいたかった…」

昔から読む本はホラー、ミステリー、サスペンス。

女の子が好きなジャンルに興味ない。

「さすがです##NAME1##さん。ありふれたそこらの女性とは違います」

「褒めてる?それ」

「もちろんです。」

褒められてる気はしないが、エルは皮肉は言わないので彼は本気で褒めてるんだろうな。

受け止めておこう。

「褒められてるならいいや。エルこそそこらの男とは違うし」

「どう違いますか」

「語り始めたら1日かかりそう」

「たまりませんね。私のことを1日語って頂きたいです、そんなあなたを眺めていたい」

「何そのシュールすぎる絵面」

私は笑いながらページをめくる。

「…まだ慣れてなさそうですね」

「え?」

「頻繁に、触ってます」

エルがちらりと私の指元を見た。ああ、と左手をみる。

「付けたことないから…最初は慣れないかな」

「私も気持ちがわかれば良いのですが…」

「あはは、無理しないで」

どうもエルは靴下に限らず何かを身に付けるものが苦手らしく、私の分だけ購入した。

何とか付けてみようと目を見開きながら指を通す彼の光景には笑わせてもらった。結局断念したのだ。

「あとね…単純に、触りたいから触ってるの。嬉しさを噛みしめてるの」

私は本に目を落としながら言った。

「…そんな可愛い事を言われては理性が飛びます、仕事がまだ区切りがついていないのに」

「茶葉買いに行きたいから頑張って」

「…そうでした」

エルは素直にパソコンに見直した。

私は笑顔でその様子を見ていた。






「おはようございますワタリさん!」

外に出ると、すぐ前に車が停まっていた。ワタリさんが立って待っていてくれる。

「おはようございます」

いつもの優しいニコニコ顔で、車のドアを開けてくれる。

「車ありがとうございます。すみません、忙しくなかったですか?」

「全然構いません。さあ、どうぞ」

私は促されるまま車に乗り込む。すぐに隣にエルも乗り込んだ。外出するというのにいつもの格好だ。白い服にジーンズ。

ドアが閉められ、ワタリさんが運転席に座る。

エルは早速L座りになる。

「さて、どちらに参りますか」

「あ、茶葉を買いに行きたいんです。」

「承知しました」

ワタリさんはゆっくり車を走らせる。私はシートにもたれかかりながらポツンと言った。

「私が運転出来れば、出かける時も楽なのかなー」

エルがこちらを見る。

「##NAME1##さんは免許持ってましたよね?」

「うん、ただとってから一度も運転してない…ペーパーなの…車も持ってなかったし」

完全に身分証明書のためだけに存在した免許。

「…##NAME1##さんに運転はさせられません。事故でもあったら…」

「遠回しに私の運転が怖いって言ってるね」

「遠回しではなくストレートに言ってるつもりです」

確かに。私は口を尖らせた。

「まあ、これだけペーパーじゃそう思われるだろうけど…また練習したら大丈夫だと思うけど」

「いいえ、いけません。練習するのも何かあったらどうするんですか。」

出た、心配性。

「そういうエルはそういえば免許持ってるの?」

私が尋ねると、エルはキッパリと言った。

「持ってません。でも運転できます。」

「…それは運転できないって言うんです」

「やり方は分かってます」

「そういう問題じゃないし怖い事いうのやめて」

まあ確かに、エルが教習所に通ってる姿は想像できない。

エルが…教習所…

「…どうしました、そんなに笑って」

エルが隣から不思議そうに覗き込む。

「いや…エルが教習所に通う姿は想像したら…面白くなっちゃって…!」

「…まあ一生ないでしょうね」

「すっごくシュールな絵面…!」

エルが教習所で誰かに教わりながら運転するだなんてありえないよね。

一人で笑うと私を、エルは微笑んで横目で見た。

「あー笑った。まあでも、ワタリさんがいれば運転する機会なんてないかー」

「そうですね。私は移動中も頭の中で仕事してますし、運転する暇ありません」

「それ言われると何とも言えない…」

私とこうして話しながらも事件のこと考えてるんだろうなぁ…

私は窓から景色を眺める。

「##NAME1##さんはこんな簡単な外出で、楽しそうですね」

エルが言う。  

「楽しそう、じゃなくて楽しいの。エルとワタリさんとのお出かけ」

「無欲な人ですね」

「エルは楽しくないの?」

「楽しすぎて死にそうなくらいです」

「私以上じゃない…」

「ただし##NAME1##さんの美しい姿を街中に見せるのは心配です…どこであなたに惚れる男が現れるか…」

「…(呆れ)」

「部屋の中で見るのとまた違った魅力が出てきますからね、太陽の下のあなたは眩しくその太陽ですら敵わないほどで」

「あ、そろそろ着くね」

見慣れた景色に声を上げる。

「はい、こちらのお店でよろしいですか」

「もちろん!ここの紅茶美味しいですよね」

「私はちょうどこの近くに用がありますので、少し離れます。またお迎えに上がりますので」

ゆっくり車が停止する。颯爽とワタリさんがドアを開けてくれた。

エルは足を下ろして外に出る。私も続いた。

そこは小さいながらもおしゃれで高級感のある店だった。私も何度かきた事がある。うちにある茶葉もいくつかこのお店のものだ。

「さ、いきましょう」

そう言ってエルが歩き出したのを、たまたま通りかかった人々がちらりとみた。

これは慣れっこ。とんでもないクマと猫背に、多くの人は目を奪われる。

私は苦笑しながらその隣に続いた。

街中でもエルは本当に変わらない。

我を失わず真っ直ぐだ。人目だって気にしない。

店の前につき、エルが扉を開けて私を促してくれる。先に店内に足をふみいれると、ぶわっとお茶の香りがした。

相変わらずいい香りだなーこのお店は。
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