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「##NAME1##さん?」

髪から落ちる水滴が容赦なくその襟を濡らしていくけれど、そんな無頓着な様子までもがなんだか色っぽく思えてくるから困った物だ。

エルは私の顔を覗き込むように猫背をさらに丸めた。

自分の顔が熱いのが分かる。

「あの。なんていうか」

「はい」

「………かっこいいです」

私が言った途端エルは目をまん丸にさせた。

言った瞬間ぶわっと自分の顔が熱くなるのを感じて俯く。

「似合ってます……正直、かっこいいです…」

「………」

エルの新たな顔。黒い髪と瞳がさらに際立っている。

少し見るのが恥ずかしいくらいだ、どうしよう。

しばらく沈黙が流れたあと、エルは大きくはあーと息を吐いた。

「作戦失敗です」

そんなことを言うもんだからきょとんとして彼を見る。

エルは口を尖らせてどこか拗ねたようにこちらを見ている。

「え?作戦?」

「普段と違う服装を着て##NAME1##さんをときめかせよう大作戦です」

「作戦名で内容全てが分かるね」

「惚れ直させてたまにはあなたに夜迫ってもらおうと思ってたんですが」

「急に下世話だね」

「まさかそんな可愛い反応をされてこちらがときめいてしまうとは。まるで立場が逆転です」

エルはそれだけ言うとスタスタとソファに移動して座る。

あれ、なんで拗ねてるの?褒めたんだけど。

私は慌ててエルの隣に行く。新品のシャツが眩しいほど白い。

エルは私が置いておいたアイスティーを飲むと机の上にあるマドレーヌを頬張る。

「まったく。##NAME1##さん相手には私の作戦も推理も通用しません。」

「エル?何で怒ってるの?」

「あなたに怒ってるんじゃありません。自分に呆れているんです。いつになったらあなたに翻弄されずに済むのかと」

エルは私の方をゆっくり向くと、少し強めに私の腕を掴んだ。

「分かってますか。私は苦しいほどあなたが好きなんです」

「え、エル…」

普段無造作にされている髪は濡れているせいで水の重みで顔に張り付くように真っ直ぐ降りている。

それもまたなんだかかっこよく見えて、エルの白い肌に映える。

悪ふざけとは違った真剣な目でこちらを見てくるもんだから言葉を無くした。

「…まあ翻弄されてるのも楽しいからいいんですけどね」

パッと私の腕を離す。

「しかし私は負けず嫌いなので、たまにはあなたを翻弄したい」

「……」

「また新たな作戦を考えねば」

「エル」

私の呼びかけに、彼はこちらを向いた。

「決めつけないでください」

「はい?」

「私があなたに翻弄されてないなんて、決めつけないでください」

いつだって苦しいほど好きなのは私も一緒なのに。

ちょっと服装が違うだけで、髪が濡れてるだけで、こんなにドキドキできちゃえるのに。

いつ私が翻弄されないなんて言った??

「言っておきますが私は翻弄させられっぱなしです。そんなシャツ着てトドメの一撃です」

「……」

「だから、その作戦は…大成功、なのでは。」

「##NAME1##さん」

言ってしまってから非常に恥ずかしくなる。私は慌てて視線を逸らした。

「…仕事してるLも甘いエルもどっちも素敵だよ」

「…またあなたは」

つい笑みが溢れる。エルも釣られて笑った。

「では今夜はあなたが迫っ」

「髪乾かさないと。風邪ひくよ」

私はまた下世話になる前に立ち上がる。エルは不服そうにこちらを見ていたが無視した。

洗面所からドライヤーとタオルを持ってくる。

元々エルは自分で入浴すら満足にしない人だった。初めてそれを知った日には驚きで気を失うかと思った。

ワタリさんが作った大きな洗濯機みたいなやつで全自動で洗って乾燥してもらってたらしい。

ちなみにイギリスの家には例の機械がまだある。時々使ってる。

そんな彼が一人でお風呂に入れるようになったのは大した成長だと思うのだが、なんせ身の回りのことには無頓着なのでしっかり拭いたり髪を乾かしたりができない。(いや。する気がない)

私はエルの髪を乾かすのが日課になっていた。

ソファの背面に立ちコードを伸ばした。タオルでエルの髪を包んで拭く。

エルはされるがまま座って膝に手を置いている。

もうほんと。これが世界のLだなんてね。

「作戦はまずまず成功だったとして、やはりこの服はなんだか違和感です」

「まあ。365日季節問わず着てる服から変えたら違和感残るだろうね」

わしわしとエルの髪の水分を飛ばす。

見た目より柔らかい髪質は意外だよなぁ。

「しかし##NAME1##さんからあんな言葉を引き出せたこの服は中々の仕事ぶりです。また着ます」

「推理力落ちちゃうんじゃないの?」

「推理力よりあなたの愛です」

「最後の切り札が言っちゃったね」

笑ってドライヤーの電源を入れようとしたところで、急にエルがこちらを見上げてきた。

「…当たり前です。あなたは私の全てなんですよ」

またこんな歯の浮く台詞を。この人はやっぱ日本人じゃない。

「あ。ありがとうございます…。」

「私はこの服をたまに着ますからあなたはミニスカートを履い」

「かわかしまーす」

ドライヤーからの音でエルの言葉は消えた。

温風になびいた髪に顔を覆われて、エルはまた不服そうに口を尖らせて私を笑わせた。






「えー!あのライバルとそんなに仲良くなれたの?」

大きな声でおどろくミサは相変わらず顔が小さくて美少女だ。細いしさすがは売れっ子。

仕事で多忙なミサの家にようやく遊びにこれた私は、泊まらせてもらうつもりで寛いでいた。

半年前に日本に来た時はあまりゆっくり会えなかったから、ようやくまったり話せている。

最近女優としても頭角を表しているミサとは外でなんか会えない。イギリスにいると疎くなるが、かなり有名人なのだ。

「うんもうすっかり!」

「ミサそんなことできないよー。恋のライバルだったんでしょう!?」

「うーん?何か恋っていうか憧れだったみたい?」

「ミサ恋にしろ憧れにしろわかんないや…あの竜崎さんに…」

正直なことを言う彼女に大きく笑った。

竜崎をLと知らないミサはとことんエルに辛辣だ。だがそれが面白い。

ミサはクッションを抱えたまま釣られて笑った。

「でもまあ!こうして##NAME3##ちゃんのために日本に来てくれてるし?そのおかげで会えてるから感謝してるよ!優しいとこあるんだよねー」

「まあ、そうだね。そうかな」

「まっつーとかとは会った?」

「一度みんなで食事したよ。松田さんなんか大人びてカッコよくなってたよ」

「ええー!そうなの?ミサ全然会ってないからなぁー」

「まあミサの好みではないと思うけど」

「だろうね!」

笑うミサの背後にある棚には、月くんの写真がたくさん飾られていた。

笑顔だったり隠し撮りだったり、懐かしい顔だった。

私たちがみんな成長して老いていく中で、彼だけは変わらない。永遠に。

彼が記憶を失っていた頃の生活を思い出す。エルと手錠で繋がれて一緒に過ごしていた。

黒いキラなんていなくて、爽やかで真っ直ぐで、とても素敵な青年だった。

…いけない。感傷的になってしまう。

少しそこから目線を外して、私はあえて違う話題を話した。

「こっちで偶然、高校の頃の同級生にも再会してね」

「へえ!」

「同窓会に誘ってもらえて、今度行こうかなぁと思ってるの」

「え゛っ!!!竜崎さん許したの??」

目を見開いて驚くミサはエルの事をよく分かってると思う。

「初めは少し心配してたけど、いいよって」

「珍しいこともあるもんだ!でもよかったね!楽しめるねー!」

「大して友達もいなかったからどうなるか分からないけど…」

「##NAME3##ちゃん優しいし可愛いんだから友達なんてすーぐ出来るよー!…そしたらミサさみしーい」

ミサは眉を潜めていう。

「友達できてもミサとも遊んでね?」

「当たり前だよ!ミサは1番の友達だよ!」

一番古くで、イギリスに行ってからも頻繁に連絡を取ってくれてた唯一の友達。

私自身彼女にはとても助けられている。

ぱっとミサは表情を明るくさせた。

「ほんと?!もーうれしーい!!」

笑顔になるミサは可愛くて可愛くて。同性なのに見惚れてしまう。こりゃ女優でも大成功だろうなぁ。

「ミサは相変わらず可愛いな…女優なんて凄い」

つい心の声が漏れてうっとりとしてしまう。

「ええ?##NAME3##ちゃんだって可愛いよ!」

「ど、どうも。女優ってどう?大変?」

「うーん?ミサ意外と向いてるみたい!」

思えば。彼女は昔からなかなか度胸のある子だった。

ヨツバの幹部を招いて宴会を開いたり、面接をしてcmを勝ち取ったり、私以上によく働いていたんだよな。

あの時も思ってたんだ。ミサって女優向いてるかもって。
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