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午後10時近く。

やはり映像の中は何も起こらない。

夕飯も終えた私たちはどこか気が抜けたまま映像を見ていた。

ジェシーも今回は映像を見るためにまだこちらの部屋にいた。

昼の明かりがなくなった廃墟は確かに不気味さはある。夕方を過ぎたあたりから、映像は暗視カメラに切り替わっていた。

廃墟の周りは木々に覆われているし、明かりというものが何もない。暗視カメラなくては中は真っ暗だろう。

高性能なカメラのおかげで中は形はよく見える。しかし暗視カメラは室内の色をなくし、全体がグレーに覆われている様がこれまた不気味さを加速させる。

幽霊がいる、いないにしても、この映像は誰が見たって怖い。

「何も起こりませんね」

つまらなそうにエルは言った。他の事件の資料を見ながら、物音すらしない映像を時々眺めている。

「こんなに何の動きも収穫もない監視は初めてです。いや。収穫は少しはありましたが…」

「やっぱり幽霊なんていないのかなー不気味なんだけどなー」

ソファに座ったまま私は伸びをする。小説は小説の中だけか。ま、それでいい。現実はそんな恐怖いらない。

「でも私は結構楽しんだな、日が落ちてからの廃墟と言ったらなんだか不気味でさ…ホラー妄想が広がって」

「はじめて聞いた単語です、ホラー妄想」

「ふふ、私が作ったの」

「あなたが楽しめたらそれでいいです。この依頼の目的はそれです」

やや呆れながらもエルは微笑む。

なんだかんだ私自身は楽しませて貰ったしありがたい。人探しの方はどうなってるか分からないけど…

「エル、ジェシー、紅茶飲む?」

私が声を掛けると、ジェシーが立ち上がる。

「私が入れるわ。あなた座ってて」

立って大きく伸びをすると、ジェシーはキッチンへと入っていく。

エルはそばにあったチョコレートを摘み上げた、その時だった。

チョコを持つ手を止めて、彼が目を見開く。

それを見て私も振り返った。

「…あ」

エルが凝視していたのはモニターの一つだった。1階部分にあるひび割れてくもりきった窓ガラス。ほとんど外が見えないほどになったそこから、子供の顔が見える。

よく見えないけど、あれは。

「ハルくん…?」

呆れて呟く。小さな顔に短い髪。顔はハッキリ見えないけど、それは昼間に出会った少年だった。

もう来ないって約束したのに…懲りない子だ。

時計はもう22時を指している。

「こんな遅くに!」

子供とは本当に凄い。私はこんな暗い中幽霊屋敷に来るだなんて絶対に嫌なのに。

「恐怖心ないのかな…」

「中には入ってきませんね」

「カメラとかあって普段と様子が違うのが分かったのかな」

「それにしてもこれは暗視カメラなのでよく見えますが、実際は真っ暗で何も見えないはずですが」

「体は見えないけど、懐中電灯でも持ってるんじゃない?」

その顔は中を少し覗き込んだあと、ふいっと下に下りてしまう。

中に入ってくる様子はなく、そのまま彼はもうカメラに映らなかった。

エルはチョコレートを頬張って言う。

「しかし中には入ってないから約束を破ってはいませんよ」

「屁理屈…」

「子供とはそんなものです。私は性格が幼稚なので分かります」

「大きな子供ですね…」

ふうとため息をつく。家をこっそり抜け出したんだろうなぁ。

「ご両親が気づいたらびっくりしちゃうよ」

「心配されるでしょうね。」

「私は子供の頃夜家を抜け出すなんてできなかったなぁ」

「真面目なんですね」

「え、普通だよ…」

「あなたの子供の頃も見てみたいです」

「私だってエルの子供の頃見たい」

エルが子供か。想像するだけでちょっと笑っちゃう。

背後からジェシーが紅茶を持ってやってくる。

「何?あの少年懲りずにまた来たの?」

「うん、すごいよね。何しに来たんだろう」

「子供の行動に理由なんてないわよ。」

熱い紅茶が目の前に置かれる。エルは早速砂糖を放り込んだ。

「さっきまでそこの窓から覗いてたの」

「今日散々叱られたのにね。まあやんちゃそうな男の子だったけど」

肩をすくめてジェシーは笑う。

「まさか今までも夜に入り込んでたのかな?勝手に昼間に入ってるんだと思い込んでたけど」

「だとすればやはり怪奇現象など嘘ではないですか。入り込んでいた本人は何も言ってませんでしたから」

「子供には優しい幽霊なのかも」

「随分理性のある幽霊ですね」

「あはは、確かに!」

甘い甘い紅茶をすすって、エルはまた他の事件の資料を眺め始めた。

ジェシーは近くに座り足を組んでいる。

「ジェシー、もう上がって構いませんよ。録画してますし、明日また見直せばいいですから」

「そうですね…今のところ何も起こりそうにありませんしね」

「油断は禁物だよ!丑三つ時らへんがやっぱり期待値高いんだから!」

「だからあなたは何でそんなに楽しそうなのよ!」

ジェシーは笑いながら立ち上がると、素直に小さく手を振った。

「では、私はお先に休ませてもらいます。お休みなさい」

「はいお疲れ様でした」

「おやすみ!」

彼女は颯爽と部屋から立ち去った。このすぐ下の部屋で休むのだ。

ジェシーがいなくなってすぐ、エルはポツンと呟いた。

「まるで別人ですね、彼女」

「え?」

何も動きのない暗い画面を見ていた私はエルを見る。

「以前会った時と。棘もないし素直です」

「ああ…まあそうだね」

「本当にあなたと仲良くなったんですね。正直会うまであまり信じてませんでした。」

「あはは!そうだよね。初めあんなに打ち解けれなかったからね」

最初は敵意剥き出しで、エルへの尊敬も剥き出しで、正直全然馴染めなかった。

今は壁なく話せるし、エルへの尊敬は変わらないだろうけど随分私の存在を考えくれていると思う。

「あなたの凄いところですよね」

「え?」

「キラの時も捜査員みんなに愛されていた。初めは探り探りだったお互いがいつの間にか打ち解けている。##NAME1##さんの魅力です」

「そ、そんなんじゃないけど…」

エルがゆっくりと顔をあげる。少しだけ上がった口角が、優しい顔を作っている。

「私にはない力です。あなたは本当に素晴らしい人です」

「や、やめてくれる…」

「私は今少し困っています」

「…え?」

「日を追うごとにあなたの魅力を知って好きになるので。困るほどに愛しています」

背後では不気味な映像が並んだモニターの前でそんな甘い言葉を吐かれて、何となく締まりが悪いな、なんて思う。

私はつい笑った。

「私だって…そうですよ」

私の事を変わらず愛して真っ直ぐに言葉をくれるあなたが。

やっぱりずっと大好きです。

「エルが大好きすぎてつらいです」

「……」

「ちょっと心配性が過ぎるけどね。まあ自業自得だけど」

「…##NAME1##さん」

エルは私の名を呼んだ瞬間、優しくキスを落とした。

甘い紅茶の味が口に広がる。

そっと彼の手が私の髪を撫でた。

ゆっくり顔が離れたところで、彼は困ったように口を尖らせる。

「あなたはいつまでも私の心を揺さぶりますよね」

「え、ええ…?」

「可愛い事ばかり言って、確信犯ですか?」

「さ、先に言ったのエルだよ!」

「欲情してきました。抱いていいですか?」

「な!」

どストレートな!

「か、監視は!」

「言いましたよ。録画してあるので明日見直せばいいんですよこんなの」

「こんなの呼ばわり!」

「いただきます」

「ちょい!お風呂入ってない!」

「分かりました一緒には」

「いらない!」

私は慌ててソファから立ち上がった。エルはつまらなそうに爪を噛む。

「風呂ぐらい今更ですよ、一緒にはい」

「らないって!」

「幽霊屋敷を見たあとですよ、怖くないんですか」

…さてはエル。

私が怖がって一人で風呂も入れなくなるのを期待して屋敷を見に行ったのか?

その手には乗らない!

「怖くないよ、私を誰だと思ってるの!」

堂々と言い放った私を残念そうに見ながらエルは言った。

「来る日も来る日もホラー小説読んでるホラーマニアです」

「その通りです。行ってきます」

私が親指をぐっと立てて頷くと、エルは珍しく少しだけ声を上げて笑った。










「さて、一晩分の映像には案の定何も映ってなかったので一気にかたをつけます」

翌朝、ジェシーとワタリさんが部屋に来、みんなで早送りしながら映像を確認した。

不審なものはやはりなにも映らず、ただ寂れた廃墟を延々眺めるといったシュールな光景となってしまった。

エルはつまらなそうに(実は私も)ため息をついて、モニターの電源を落とした。

「ワタリ、頼んでおいたものは」

「こちらです」

ワタリさんが差し出した資料をエルは手に取りさらさらとめくって見ていく。

一気にかたをつけるとは。服部さんが見つかるのだろうか。

私はまるでついていけてない展開にただエルを見守った。

少しの間資料を凄い速さで読み、エルはぽいっと机の上にそれを投げた。

「さて、私の思惑通りならなかなかの大事件です」

「えっ…ど、どういうこと?」

私は前のめりになって聞いた。

エルは爪を噛みながら上を見上げる。考え事をする時の彼の癖だ。

「ワタリやジェシーに散々調べてもらいましたが服部があの屋敷に行った後は何の足取りもつかめません」

「うん…」

「タクシーの利用状況など勿論、周辺の防犯カメラも何も映らず。来る途中の服部はカメラで確認することが簡単にできたのに」

私がはしゃいでるあいだにもしっかり調査は進んでいたらしい。

今更だが一人楽しんでたのが申し訳なくなってきた。

「どこに行っちゃったの…?」

「どこにも行ってないんじゃないですか」

エルは目の前のマシュマロを頬張る。

私はきょとんと見る。

「へ?」

「どこにも行ってないんですよ、服部は。」

「…????」

それなりに長くエルとはいるけど、やっぱり世界の名探偵の言うことは分からない事が多い。

背後で立ったまま聞いていたジェシーが言う。

「つまりはここにいるんですか」

「そういうことです」

エルはパソコンを操作して何やら画像を出した。私とジェシーが覗き込めば、昨日見ていた廃墟の映像だった。

「ここは埃とゴミが散乱してます。まあ時々訪問者がくるようですが、ほとんどは手付かずの状況ですね。」

「うん…」

「見てください」

長い綺麗な人差し指を画面に当てた。

昨日、ジェシーにアップにしてもらっていた場所たちだった。

「この大きな箪笥。他の家具の上は全て大量の蜘蛛の巣が作られているのにも関わらずここだけほんの少ししかありません」

「た、確かに」

「ここ最近、誰かが動かしたのでしょう。床に関しても、この周りだけ踏みつけられた跡が他より強い。更にはこの周りだけゴミが落ちてません」

「な、なぜ?」

私がきくと、エルはまたマシュマロを頬張って口をいっぱいにさせながら言った。

「あなたの出番ですよ、##NAME1##さん」

「え?」

「ホラーだけでなくミステリー小説が好きなあなたなら。中々の広さの屋敷に、大きな箪笥の裏には何があるのが鉄則ですか」

「やっぱり…隠し扉?」

まさか、と思いながら答えた。だってそれはエルが言うように、ミステリー小説では出尽くしたお決まりのパターンだ。そんなパターンでは読者も呆れるほど。

しかしエルはにやりと笑った。

「え…まさか本当に?」

「外からここを見た様子と監視カメラから見る様子に違和感があったんです。大きさが一致してない」

「この箪笥の裏に隠し扉!?まさか服部さんはここにいるの??」

「まあ隠し扉、といいますか。一部屋を家具で無理やり隠したんでしょうね」

そう自分で言った途端、はっとする。

ここに、いる、となれば。

重そうな箪笥は外側からぴったりくっついている。そして彼は自分の意思ではなく不本意に失踪したと言っていた。

みるみる顔が青ざめるのが自分で分かる。

昨日実物を離れたところからとは言え楽しく眺めた自分を思い出す。
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