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中々の急な坂道を少し上がったところに、それはひっそりとあった。
周りは生い茂った木々や草たちに覆われていて、やや人目に付きにくい。
屋敷、と呼ぶにはこじんまりとしてるように思えた。だが日本でこの大きさの別荘を持つのは中々だ。
平家の木造の家だった。建築されてからそれなり経っているとは言え、その痛み具合は中々のもので、壁は剥がれ落ち元々は赤色に塗ってあったであろう屋根は色落ちし、不気味なワイン色になっている。
庭は無駄に広かった。ガーデニングが出来たらずいぶん華やかになるだろう。今は生い茂った雑草と捨てられたゴミで埋もれている。
それなりに立派な門構えがあったが、とっくに壊され中に入るのは容易そうだ。「まさに」幽霊屋敷の名がふさわしいビジュアル。
その家がかろうじて見えるくらいの場所に車を停めて、私たちは一旦降車した。
少し離れたところには、黒い車が一台路上駐車してあった。
「服部あきらの車です。」
「え、あれが!?」
「すでにワタリが扉を開けて中を調べています。」
「何かあった?」
「開けてほとんど飲んでいないコーヒーがありました。やはり本人の意思とは反して失踪してますね」
目を凝らして先にある家を見た。つい、身震いする。あそこのヒビの入った中身すらよく見えない窓ガラスから、誰かが覗いていたら、なんて…
やっぱりホラーってフィクションが一番だなと再確認。現実にそんなスリルいらないや。
「実物はじめてみた…やっぱり怖い」
「ただの廃墟ですよ。古びた家を見るとそう連想しがちですが」
「まあね、噂しらなかったら特にここまで身震いしてないかも」
隣に立つジェシーを見れば、彼女はやはり眉を潜めていた。気の強いジェシーが幽霊怖がるなんて、不思議。
「ジェシーほんと苦手なんだね」
「信じてるわけじゃないけどね。アメリカとかは幽霊とかの感覚なくて悪魔だったりするし、統一性がないのわかってるんだけどね」
「本能だよね、得体の知れないものへの恐怖って…」
「それにしてもここに一人で入るだなんて、さっきの少年度胸あるわ。将来大物かもよ」
「あはは!いえる」
ジェシーと話してる隣で、エルはじっと家を見つめた後、さほど興味なさそうに爪を噛んだ。
「はあ…幽霊が本当に出るのかどうかは分からないけど、出るかもって思うだけでぞくっとする…!エル全然平気そうだね」
「今ここに幽霊が現れてくれたら私も驚きますよ」
「どうするの?走って逃げるの?」
「ええ、それはもう。全力で叫んで逃げますよ」
「あはは!絶対そんなことしない。そんなの想像つかない!」
真夏にしては涼しい風が頬をかすめる。
木々がさざめく音は心地よい。
…のに、どこかやはり気味悪さが隠せない。
それは本当にここに幽霊というものがいるからなのか、私の先入観がそう感じさせてるのかわからなかった。
「ここに監視カメラ仕掛ける人たちも凄いな…」
「夜なら尚不気味でしょうが、昼間なのでまだ良いのでは。」
「まあ、そうかな」
「さ、暑いので車に入りますか」
「うん、楽しかった!ありがとう!」
「やはり楽しかったのですか…」
「めちゃくちゃね。」
「さすがです。」
暑い日差しから逃げるように、私たち3人は車に乗り込んだ。少しの時間だったのに額には汗が浮かぶ。しかしエルは平然としていて、(長袖なのに)そういえばエルってあまり汗をかかないなぁなんて思い出す。
「この屋敷の経歴は分かりましたかジェシー」
「はいL」
運転席に座るジェシーはハンドルに手を置いて淡々と話し出した。
「ここは依頼人の祖父が別荘として建てたものです。大変気に入っていて妻とよく滞在していました。が、ある年から妻はめっきり足を運ばなくなっています。
その後屋敷は祖父が時折様子を観に来る程度でどんどん劣化が進んだ、と。」
「依頼人のおじいさんって生きてるの?」
元有名な政治家だ。亡くなればニュースにでもなるだろうが…
「元気よ。80超えてるけど全然そうは見えない。体も頭もしっかりしてる」
「へえ…」
「それで、うわさ自体も祖父がここを使用しなくなった頃からで始めてるようなイメージです。噂が出たから使わなくなったのか、使わなくなったから噂が出たのか…」
「内容は」
「バラバラですよ。ありがちな女や子供の幽霊だの、声が聞こえる、入ったら帰りに事故に遭う。よくあるパターンで別段珍しいものはありません」
エルは爪を噛みながらじっと聞いている。
そしてふうと短くため息をつくと呆れたように言う。
「…推理のかけらも必要なさそうですね」
「え、な、なぜ?」
驚いて隣に座るエルをみるが、彼は何も教えてくれなかった。
「まあとりあえず屋敷内のカメラを見ましょう、そうすれば自ずと答えは出てきます」
「こ、答え?!」
「まあもし本当に怪奇現象など起きたらまた新たな謎が出てきますけど。どうせならそれくらい盛り上げてほしいですね」
それだけ言うと、エルは色のない目で遠くに見える屋敷を見つめた。
ジェシーの車でまたマンションに戻ってきた私たちは、残って仕事をしていたワタリさんから屋敷のカメラの設置が終わったと伝えられた。
広いリビングにはまたいくつものモニターが運び込まれており、エルはソファに飛び乗った。
「どうでしたか、あちらは」
ワタリさんが笑顔ではなしかけてくる。
「面白かったですよ!遠目から見ただけだけどゾッとしました!」
「これはこれは、楽しそうに話されますね」
「楽しかったんですよー!」
話す私をワタリさんは笑う。
話しながら私は朝作っておいたタルトを取り出してエルのために切った。
ジェシーたちエルはすでにモニターを鋭い眼差しで見ている。
紅茶もいれると、私はそれを持って二人の元へと急いだ。
「どんな感じ??」
不謹慎だが、あの屋敷の中を見るのはワクワクする。返事も聞かないまま、自分でもモニターを見た。
カメラは中継で見れるようになっている。まだまだ日のある今は明るく、内部がよく見えた。
ハルくんが言っていたように、ゴミが散乱している。家具はそのままに置いてあった。埃を取ればかなり豪華なものだっただろうタンスやソファ、テーブルがそのままだ。
食べ終えたお菓子の袋にタバコの吸殻、よく分からない木の板や布きれなど、さまざまなゴミが踏み潰された痕がある。命知らずの肝試しをしにきた若者たちのゴミだろう。
部屋の隅々には蜘蛛の巣も張り巡らされて、中はそうとう埃っぽいだろうな、と思った。
まさに廃墟、といった感じで、映像越しでは先ほどのゾッとする恐ろしさは感じられなかった。
「ハルくんはよくもまあこんなところに一人で入ったね」
呆れて私は言う。
「子供は大人が思う以上に夢みがちですからね。恐怖より好奇心の方が圧倒的に強かったのでしょうね」
爪を噛みながらじっと画面を見つめ、エルは話す。
黒目を忙しく動かせながら様々な画面を見つめたかと思うと、ジェシーに言う。
「ジェシー、4番のカメラ、右端をアップにしてください」
「はい」
「それから2番のここ、あとここも」
ジェシーはパソコンをなにやら操作し、その画面をLに見せた。
ちらりとエルは眺め、少し考えたあとふうとため息を漏らす。
その表情はやっぱり、というように見えた。エルにはこの屋敷の全貌が見えていてるようだ。
「わかってきた?」
「ええ大体は。あとは本当に怪奇現象などが起こるかどうかです。馬鹿馬鹿しいですがとりあえず一晩は様子をみましょう。何も無ければ明日にでも動きます」
エルはタルトをフォークで切って食べる。
私には何が起こっているのか全然分からない。エルは何が判ったんだろう。
とりあえずは聞くのを辞めて、私も画面にかじりついた。
今のところ画面上何も動きはないし、日差しの入るそこは穏やかな様子すら感じれる。
「でもエル、監視カメラでは何も起こらず、実際足を運んだ時だけ何かあったらどうするの…小説では大概そうだよ…」
「その時はその時ですよ。」
サラリと言うこの人はやっぱ幽霊なんて信じてないんだろうなぁ。
どうしてもホラー思考の自分は色々考えちゃうけど。
苦笑しながら画面を見つめる。そんな中、夜は更けていった。