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「でも本当偶然だねー、こんなことってあるんだ」

ようやく届いた吉沢くんたちのメニューは、葡萄のパフェとコーヒーだった。

ハルくんの前に置かれた高さのあるパフェは、小さな少年が見上げるほど。

椅子の上で立ち膝になりながら目を輝かせて食べるハルくんは本当に微笑ましくて可愛い。

「そうだね。ほんと偶然」

「ちょうど俺仕事がお盆休みに入ったんです。それでよく来る兄貴のところに。竜崎さんもお盆休み?」

「はいまあそんな感じです」

エルはいつものように膝を立てて座ってるが、吉沢くんは何も言わず気軽に話しかけ続けた。

彼のその性格には頭が上がらない。私ですら最初エルを見たときは避けたのに。

「ハルくんは何歳?」

私が話しかけると、口の端に少しクリームをつけた彼は笑顔で答えた。

「7歳!一年生!」

「へえ!はじめての夏休みだ?」

「うん!海行ったんだ!」

「いいね。泳いだの?」

「まだ泳げないから練習中…」

いつぞやのサイコパスな10歳児のトラウマが、心の中ですうっと薄れた。

無邪気で元気で可愛い。つい目を細めちゃうな。

「今イギリスにいるって##NAME2##から聞きました。あ、待てよ。もう##NAME2##じゃないか、竜崎さん?が二人になっちゃうか」

「ああ〜…えっと、そうだね。紛らわしいから##NAME2##でいいよ」

「じゃあ##NAME2##で。」

コーヒーを飲みながら笑う。

「吉沢さんは##NAME1##さんとは卒業以来でしたね」

「そうですねーほんと久しぶりです」

「今度同窓会を開くとか」

「まだ分かりません。計画中ってところですね。みんな##NAME2##みたいに遠くに行っちゃったやつらも多いし、連絡取ろうと思うだけで大変ですからねー。でもそのうちはやりたいです!」

「そうですか」

「##NAME2##もこれたらいいですけどね。イギリスだと中々からないかなぁ」

「そうですね。時々は日本に帰ってますがタイミングは難しいかもしれません」

パフェを食べながら淡々と話すエルを、ハルくんはやや不審そうに見た。怪しい人に声を掛けられてもついて行ってはいけません、と学校で散々教わってるだろう。まさに今、怪しい人、がここにいる。

私は苦笑いした。

「##NAME1##さんは学生時代どんな人でしたか」

「え?そうですねー、大人しい子でしたよ。」

「あまり話したことはなかったとか」

「うん、もちろん行事の時とか、日々の連絡事項とかそういうのは話したことありましたけどね。他はほとんどないかなぁ…」

懐かしむように目を細める。

「あ、でもグループ学習で一緒の班になったことあったね!黙々と作業するタイプで助かった記憶がある!」

「あ、あったね、そんなこと」

「グループ学習、とは」

「え?グループに分かれてなんか授業で出されたお題を調べてまとめてー…あ。竜崎さんって日本の方じゃないんでしたっけ」

「ええ」

「##NAME2##から聞いてたんでした。日本語何も違和感ないから忘れてた」

エルはぱっと見日本人ぽいしな。仕方ない。

私はケーキを食べながらなんとなく冷や冷やして吉沢くんとエルを見守る。エルが何か変なことを言い出さなければいいのだが。

今度は吉沢くんがエルに尋ねた。

「二人はどこで出会ったんです?」

「あるカフェで。」

「カフェですかなるほど。とゆうか竜崎さんめちゃくちゃ甘党ですね?それ一人で食べるんでしょう?」

「頭を使うには糖分が一番なので」

「はあ…?」

不思議そうに首を傾げる吉沢くんに、私は慌てて話題を逸らした。

「懐かしいね!連絡とってる子いる?」

「ああ、宮川とか、山田とかよく会うよ」

「ああ、仲良かったもんね。」

「今度会ったら##NAME2##のこと伝えとく。みんな驚きそう、まだまだ独身ばかりだし、##NAME2##が既婚者って」

「あ、あはは…私なんて覚えられてるかどうかだよ…」

「え?そんなことないよ、行事とかいろいろ、陰で黙々と作業するタイプなのみんな知ってるよ。助かってたことたくさんあるよ」

驚いて彼を見た。吉沢くんはどうしたの?と言わんばかりにこちらを見ている。

…なんか、凄い人だな、やっぱり。

確かにあまり人と関わらず表立ったことはせずに過ごしてた。それでも行事とかは役に立ちたくて、裏で色々作業していたことは多々ある。

まさか、気付いてくれたなんて。

心が温かくなると同時に後悔した。

やっぱり…もっと心を開いて友達を作れば良かった。予知なんて気にしないで。

「##NAME1##さんらしいです」

ふ、とエルが微笑む。なんだか恥ずかしくなって私は俯いた。

「真面目でしたよ!色んな意味で!今もだろうけど」

エルはパフェを食べながらじっと耳を傾ける。

「では例えば昔##NAME1##さんのことを好きだったとかありませんか」

「エ…竜崎!」

私は慌てて諫める。本人は飄々としてケーキを食べた。

吉沢くんは一瞬目を丸くした後、すぐにわらった。

「あはは!さては俺下心あると疑われてます?」

「すみません多少は。私、独占欲が強いもので」

「ごご、ごめんね吉沢くん!気にしないで!竜崎ちょっとこういうとこ変わってるの!」

彼は特に機嫌を損ねた様子はなかった。未だ面白そうに笑っている。

「いやいや、大丈夫だよ。そうですね、正直に言うと特にそう言うことはなかったです。可愛い子だな、ぐらいの認識です」

当たり前だった。いつも人と関わらず端にいる私に、こんな明るい人が想いを寄せているはずがない。

竜崎を無言で睨んだ。恥ずかしい思いをしてるのは私だ。

「まあ他に##NAME2##に憧れてるやつはいたかもしれませんけどねー?」

「!」

「でも関係ないですよ。もう結婚してるんでしょ?誰も知らない##NAME2##のいいところ竜崎さんは知ってるんだろうし」

「確かに、彼女は世界一の女性です」

「おお、さすが。日本人じゃないですね!」

吉沢くんは笑う。私は顔から火出そう。

「それに昔より今の方が、##NAME2##断然明るいですよ!竜崎さんのおかげかなって昨日も話してて。それだけで十分でしょ?」

エルは驚いたように吉沢くんを見る。当の本人はハルくんがこぼしたアイスを丁寧に拭き取っていた。

面倒見がいい、クラスの中心。

その面影はこれでもかというほど残ってる。

「ハル、半分この約束だろ」

「はーい」

「全部食べたらお腹壊すぞ」

エルは少しだけ息を吐いて、本当に吉沢くんに下心などないと理解したようだ。

やや脱力したように紅茶を飲んだ。

「…すみませんでした」

「え?いえいえ!微笑ましいですよー、俺も早く結婚したい!」

「あなたなら選り取り見取りなのでは」

「まさかー。ちょっと前もフラれたんですよ。聞いてくれます?他に好きな人が出来たとか言って」

「なんとそれは。」

吉沢くんのコミュ力の高さのおかげで、あのエルが人と普通に会話をしている。私はつい顔を綻ばせた。

わかった。吉沢くんって、ちょっと松田さんに似てる。

人懐こくて場の空気を和ませる。

松田さんに空気を読む力とリーダーシップを付け足したのが吉沢くんかな。

…しまった、なんか松田さんに失礼なこと思ってしまった。反省。

「ねえお姉さん、巧兄ちゃんの友達?」

パフェを半分食べ、吉沢くんに食べるのをバトンタッチしたハルくんが笑顔で話しかけてきた。

「うん、そうだよ。クラスメイトだったの」

「へー!僕ねー、クラスに友達たくさんいるよ!」

「いいね!学校楽しい?」

「めちゃくちゃね!」

「あはは!めちゃくちゃか。」

無邪気に話しかけてくる少年が可愛い。ずっと黙っていたジェシーが、ハルくんに聞いた。

「ここの子なのよね?幽霊屋敷、知ってる?」

茶色の髪をしたジェシーに少し戸惑ったようだが、ハルくんはすぐに得意げに鼻を鳴らした。

「知ってるよ!有名だもん!」

「どんなところなの?」

「お化け出るって。子供とかー、女の人とか!」

小学生でも知ってるとはなかなか有名らしい。いや、子供だからこそ知ってるのかな。私はハルくんに聞く。

「ハルくんお家近いの?」

「歩いて行けるよ!パパもママも近寄るなって怒る」

「そりゃ…心配だろうからね」

「僕強いから大丈夫なのに!お化けとかやっつけれるのに!」

胸を張る小さな姿が微笑ましい。

「ふふ、強いね!」

「大きいお家なんだよ、幽霊屋敷。なんか昔はお金持ちのおじさんが住んでたけどいつのまにかいなくなって、お化けが沢山住み着いてるみたい!」

隣で最近の恋愛模様を話していた吉沢くんが、こちらの話が耳に入ったようで突然会話に入ってきた。

「え、もしかして行くの?幽霊屋敷」

「えっ…いや、ちょっと興味があるだけで…」

「え!なんでまた」

ぎょっとしたように驚かれる。うーん、なんてごまかそう。

「あー、竜崎ね、あのー、小説家なの!ミステリーとかホラーとか!それの、ネタ作り!」

意外とイケてる嘘だと思った。吉沢くんも感心したように頷く。

「なるほどね!作家さん!天才肌って感じするもんな、納得!そりゃ頭使うわ」

「そ、そうなの。色んなネタ収集のために海外住んでたり…」

「読んでみたい、なんて名前?」

「り、竜崎は知ってる人に読まれるの好きじゃなくて…いつかたまたま出会えたらいいね!あはは!」

これ以上突っ込まれてはボロが出そうだった。ジェシーが横からスムーズに話題を変える。

「そう、だから少し外観だけでも見に行くだけ。イメージ膨らみやすいでしょう?」

吉沢くんは腕を組んで唸る。

「まあ遠くからならいいと思うけど…俺も詳しくは知らないけどヤバイって有名らしいよ」

「と、いうと?」

「んー出る!って。」

ざっくばらんな話し方に笑ってしまった。

「出るんだ!」

「たまに肝試しに行くやついるみたいだけどね?なんか呪われた家で、行くと帰り事故るとか、気がふれるとか…」

まさに小説通りの幽霊屋敷の姿だ。ここまでその通りなのも珍しい。

ジェシーが足を組んで聞いた。

「中どんな感じなのか知ってる?」

「いや俺は入ったことないしなぁ。」

「中はね、ゴミがいーっぱいあるよ!」

突然出された舌足らずな口調に、みんなの視線が集まる。

ドヤ顔してたハルくんだが、すぐにはっとした顔になった。

「…ハルくん、入ったことあるの?」

「……」

嘘をつけない子供ならではの反応だ。

しかもこれ、多分一度や二度じゃなさそう。

吉沢くんが呆れて言った。

「お前…兄さんや姉さんたちに止められてるんだろ」

「た、巧兄!パパたちには内緒にしといて!お願い!!」

手を合わせて祈る。吉沢くんは困ったようにためいきをついた。

確かに好奇心旺盛な子供なら、近くにそんな幽霊屋敷があれば入っても見たくなる。ハルくんは結構やんちゃそうな男の子だし、納得といえば納得だ。

「分かった。その代わり二度といくなよ。幽霊だけじゃなくて、あんな古い家、床腐ってたりして危ないかもしれないだろ」

「…はーい…」

ションボリとしたハルくんについ口角が上がる。可愛いな、なんて。叱られて落ち込んでるのにごめん。

私はハルくんに尋ねた。

「一人で行ったの?」

「うん。暇な時」

「す、すごいね…怖くない?」

「怖くないよ?全然。」

「何度か行ったの?」

「うん、実はしょっちゅう行ってる」

吉沢くんが頭を抱えた。

これはまた度胸の座った子だ。

ジェシーが苦笑した。

「そんなところで一人何するの?」

「秘密基地みたいな感じなんだもん。漫画とお菓子持って入るの」

楽しみ方はなるほど子供だ。この年ごろは確かに秘密基地に憧れるもんな。

「僕以外の子は怖いみたいで会ったことないから、ほんとに自分だけの場所って感じで面白くて…」

「ふふ。気持ちはわかるよ、秘密基地楽しいよね」

「ね!そうだよね!」

「でも危ないところはやめておこうね。それにあそこはあれでも人の持ち物なんだよ。勝手に入ったら泥棒と一緒」

「!…分かった」

小さく俯いた頭をそっと撫でた。

可愛いなぁ。私も弟とか妹とかいたら、楽しかっただろうなぁ。

正直なところ、子供大好きです!ってタイプではない。

でも子供の無垢なところは癒されるし、唯一無二の存在だとは思う。
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