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「L、そろそろカフェに着きます。」

「葡萄のパフェが有名みたいです。行きましょう」

目を爛々と輝かせてエルは言った。

うん、やっぱにわかには信じがたい。甘いものに目がなさすぎる子供みたいな人が、世界を動かせる人だなんて。

私はつい笑った。







「わあ!ケーキも美味しそうだね竜崎!」

「ケーキも頼みましょう。ジェシー、あなたも好きなものを」

「いいんですか仕事中に」

「糖分を取らねば頭が回りませんよ」

のどかな木々に溢れる道を過ぎたところに、そのカフェはあった。

少しへんぴなところにあるが、すでに人はそれなりに多く入っていて、有名だということが証明されていた。

私たちが滞在する都会に比べて大分涼しい。日差しは暑いが風がどこかひんやりしていて肌をかすめる。

私たちは3人車から降りると、少し古びた、けれどもどこか懐かしさのあるお洒落なカフェへ足を踏み入れた。

中でお茶してた人のチラチラとした視線を感じた。エルはもちろんのこと、多分今はジェシーも注目の的なのだと思う。こんな綺麗な外人、普通なら見てしまう。

エルはショーケースをじっと凝視し、やや店員さんが引いていた。つい苦笑する。怪しいですよね。すみません。

「葡萄のパフェとショートケーキ、ガトーショコラにします」

「相変わらず食べすぎ」

「せっかくここまで来たのですから」

まあ、仕方ないかな。確かに頻繁に来れるところじゃないし、私が喜ぶからってこんなところまで来てくれたんだし。

私は特に何も言わず、自分のタルトを注文した。ジェシーも嬉しそうにケーキを頼む。こうして見ると、彼女も女の子なんだなぁ、としみじみ思ったり。

「お席までお持ちしますので、お好きなところへどうぞ」

ジェシーが黒いクレジットカードで支払いを済ませると、私たちは店内を少し歩いて席を見た。

あまり広くない店内はそこそこ人もいてやや窮屈だ。私は外を指差して言う。

「いっそテラスにしようか?ここならあまり暑くなさそう」

「いいですね」

私たちは3人で外に出て、テラス席を確保した。やはり、都心とは違い日陰だとあまり暑くもなくむしろ過ごしやすい気温だ。

気持ち良さについ伸びをする。仕事で来てるんだけどな、忘れちゃいそう。

エルは椅子にいつものように座り、ジェシーはその長い足を組んで座る。はたからみればなんだこの3人の組み合わせは、と疑問に思うだろう。

「例の場所はここから近くなの?」

「すぐよ。あまり人気のない道を通らなきゃいけないけどね。」

「ふーん。まあ真夏にしては少し涼しいしのどかだし、別荘っていうのはちょっと分かるかな」

3代続けて政治家をしてるあの家系だ。別荘などという金持ちの道楽をしてるのはなんら不自然じゃない。

「本日の午後、カメラを仕掛けに入る予定なので、仕掛け終わり次第家でその様子をみましょう。恐らくですが、この事件の解決はすぐだと思います」

確かに今回、エルも大分肩の力を抜いてる感じがするしな。息抜き程度に受けたのかもしれない。

「でもこんな穴場のカフェも来れちゃってほんとラッキー」

私は笑う。エルがそれを微笑んで見ている。

「テイクアウトすればワタリさんのお土産も買っていけるけど…この夏場に1時間以上車は怪しいかなぁ…」

「ワタリはあまり甘いものを食べませんし、大丈夫ですよ」

「ワタリさんは仕事してるのに、私はお茶だなんて申し訳ない…ジェシーは運転してるし、竜崎はもちろん頭で仕事してるけど、私何もしてないのに」

「ですからあなたの仕事は私の隣にいることだと何度言わせるんですか」

「もーそんなの仕事じゃないよー」

嘆きながらテーブルにひれ伏した時、店員さんの声が響いた。

「お待たせしましたー」

パフェやケーキ、ドリンクなどが運ばれる。テーブルに乗せられたパフェは確かに、有名なものだというのが納得の凝ったビジュアルだった。

キラキラと宝石のような飾り付けのパフェは可愛らしい。

「すごーい、綺麗!」

「パフェこそ持ち帰りができないので希少価値があります」

エルはパフェ用の長いスプーンを摘み上げて早速食べる。その可愛い見かけを崩すのが勿体ないなんて、これっぽっちも思ってなさそう。

無言でどんどん手を伸ばす様子をみると、かなり美味しいらしい。

「そういえばパフェって作ったことなかったね。今度家でやる?」

「!本当ですか##NAME1##さん」

「私の腕ではとんでもない飾り付けになりそうだけどいい??」

「たまりません、またあなたの不器用な面が見れるなど」

「ストレートに不器用言うのやめて貰えますか」

私とエルの会話を微笑みながら聞いてるジェシーは、ブラックのコーヒーを少し飲んだ後、ふと動きを止めた。

じっと店内を見つめている。

「どうしたのジェシー?」

「ねえ、あの子…」

珍しく目を開いて見つめてるその先に私も視線を動かす。

そこには、見覚えのある顔があった。

 


「…あれ、吉沢くん?」




私が呟いたと同時に、テラスへ繋がる扉を彼が開いた。目が合い、吉沢くんもぎょっとしたように私を見た。

「え、嘘、##NAME2##?」

吉沢くんは片手に店から配られる番号の書かれた札を持っていた。そして隣には、小学生くらいの男の子が立っていた。

私は持っていたフォークを置いて立ち上がる。

「え、え、うそ。何でここにいるの?」

丸くした目をすぐに細めて、彼はあの人懐こい笑顔を見せた。

「こっちの台詞!何でここに?」

その瞬間、いつの間に立ち上がったのか、竜崎がぎゅんっと吉沢くんの前に立って近寄った。吉沢くんは少しのけぞる。顔がひいてる。あの吉沢くんが、引いてる。

エルはいつものテンションで言った。

「はじめまして。竜崎です。」

「は、はじめまして…」

未だかつて誰かに引いてるところを見たことがない吉沢くんにレア感を感じながら、私は苦笑してエルの白い服を掴んで引いた。

「竜崎。近いですよ」

昨日の話を聞いているエルは完全に吉沢くんに敵意をもった目で見ている。正直すぎる人だ、もう少し大人になってほしい。

「あっ…はじめまして、吉沢です。」

「昨日は##NAME1##さんがお世話になりました」

「あっ、もしかして##NAME2##の?」

やや驚いたように言った吉沢くんは、すぐに笑った。

「話は聞いてました!凄く優しい人だって」

屈託のない笑顔に、ややエルも力を抜いたのがわかった。

黙っていたジェシーが立ち上がる。

「昨日ぶりですね。なぜここに?」

「あ、ジェシーさん昨日ぶり!いやこの近くに結婚した兄が住んでるんです。あ、こっちは甥のハル。遊びに来てるんです!」

隣に立つ少年を見た。活発そうでよくいる男の子、といった感じの子だ。白いTシャツに迷彩柄の半ズボン。戦隊モノが書かれた靴。

短髪に頬にできた擦り傷が微笑ましい。

私は腰を屈めて笑いかけた。

「はじめまして。##NAME2## ##NAME1##です。ハルくん。」

やや恥ずかしそうに、しかしにこりとわらった。可愛い。

「竜崎さんたちは?」

「観光みたいなものです。ここの葡萄のパフェが有名と聞きまして」

「えー凄い偶然ですね!確かに美味しいですよ、俺夏のたびにハル連れて食べに来てますもん」

あのエル相手に物怖じせず人懐こく話す吉沢くんて、やはりコミュ力の化け物だと思った。

竜崎はじっとそんな彼とハルくんを交互に見て、意外にも言った。

「よければ一緒にどうですか」

エルがそんなことを言うのはあまりに意外すぎて、私はつい彼の顔を見た。

絶対エルの口からそれは出てこないと思ったのに。

吉沢くんは笑顔で言った。

「いいんですか?じゃあ、お邪魔しちゃおうかハル!」

こうして隣にあったテーブルを繋げて、私たちは全員で腰掛けたのだった。
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