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そっと目を開けた。
まだ部屋は暗い。カーテンからも光は漏れていない。
眠い目をこすった。
寝起きの回らない頭で今何時だろう、と考える。
そんな中微かな振動がする。
ふと隣を見ると、ベッドに腰掛けている人が見えた。
暗闇の中のため、うまく表情は見えない。
ぼんやりとした視界の中で、その人がこちらを見たのが分かった。
「すみません、起こしてしまいましたか」
いつもの声に、いつもの話し方。
私は動かないまま言った。
「ううん…平気」
寝起き特有の掠れた声を自覚した。ちらりと目線だけで時計を見る。デジタル表記のそれは、午前2時を現していた。
「もう起きるの?」
起きる時間とは程遠い時刻。彼はそんな時にもう起き出す。
共にベッドに入ったのは12時過ぎ。殆ど寝てないではないか。
「ちょっと事件も佳境なので。あなたは寝ていてください」
「そう…無理しないでください」
私がそういうと、エルは何も答えず横になってる私の髪を撫でる。
そしてその手はゆっくり、右の肩に触れた。
「痛みませんか」
聞かれて、ついふふっと笑う。
「もう半年前のことだよ…とっくに完治」
「なら、よかったです」
暗闇の中で、エルが微笑むのが分かった。
傷なんてとっくの昔に治ってるし痛みも感じたことはない。
なのに未だに時々聞いてくる。この人はなんて心配性なのだろうか。
「もう私は元気だから…心配しないで」
「そうならいいのですが。どうしても気になってしまって」
「ふふ、ありがとう。優しいね」
「相手があなただからです」
そう言うと、エルは再び私の髪を撫でた。
「おやすみなさい、光さん」
彼は小さな声で呟く。今から仕事をしに行く人におやすみなさい、なんて、なんか申し訳ない。
しかし私は素直に頷いた。
エルは立ち上がると、ゆっくりと歩き寝室から出て行った。
彼がいなくなった部屋に静寂がながれる。
私は一度寝返りをうち、再び眠るために目を閉じた。
日本からイギリスへ帰ってきて半年近く。
私たちは変わらずの毎日を送っていた。
あまり寝ることもなく難事件を解決に導くエルに、お菓子を焼く私。
穏やかで、幸せな日々。
困ったことといえば彼の心配性が加速していることぐらいだ。
一人で外出はもってのほか。それなのに無駄に防犯グッズやGPS付きの特注品などをたくさん贈られた。
いつ使うの、これ。
呆れつつも私に文句を言う権利はない。なぜなら日本で誘拐されて散々迷惑かけてしまった前例があるからだ。
エルだけでなくワタリさんや友人たちにもとんでもなく心配させてしまった。反省。
とゆう流れがあるため、私は当然のように家の中で過ごすか、出かける時はワタリさんの車で送り迎えしてもらうのが決まりとなっていた。
仕方ない事だけど、ちょっと窮屈だよ〜
…なんて、言えません。どの口が言うのか。
私自身実際一人で出掛けろと言われたら怖いかも。それなりにあの出来事はトラウマにはなっている。
私は考えながら寝返りをうつ。
暗い部屋の静寂は眠い頭をどうも冴えさせる時がある。
目を閉じながら止まらない思考を続けた。
エルと暮らし始めてからすでに2年半。
あっという間の2年半だが、彼は以前から何も変わっていない。
大袈裟なほどの愛情表現、過保護な心配性。普通2年半も経てば人間それなりに慣れるというか、恋人として落ち着くもんだと思うのだが、むしろ症状は悪化している。
まあ、これは喜ぶところ…なのか?
心配性って言う名の診断名がつきそう。
ふふっと自分で笑ってしまう。そんなに嫌じゃないところが、私も重症。慣れちゃった。
ふと、自分の手元を見て思い出した。
左手の薬指に輝く銀色を見て、私は微笑んだ。
その小さな輪を見るだけで、私は毎回幸せな気持ちに包まれる。
今までの生活は何も変わらないのに。驚くほど何も変わらないのに…
なぜ、こうも心は躍るのか。
単純な自分に呆れつつ、その手をそっと包んだ。
隣にあるエルの抜け殻を眺めて、少し寂しくなった。
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