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その2日後の昼過ぎ、私達は早速日本へ向けて出発した。

イギリスから日本までおよそ12時間。

長い時間だが、私は楽しみの心でその時間は気にならなかった。

そして、日本時間午前10時。

私達はようやく、念願の日本へ降り立ったのだった。






「に、ほんだあ〜…」

私は車に乗りながら流れる景色を見て感激で声を震わせる。

季節は冬。寒い空気が堪える。

が、Lはいつもの格好。靴下は履いていない。膝を抱えて座っている。

ワタリさんの運転する車に乗り込み、私とLは後部座席、ジェシーは助手席に座っていた。

「懐かしいですね」

「本当に!」

せっかちのように足早に歩く人々。若者から老人まで行き交うこのまちを、3年前は死ぬつもりで歩いていた。

人生、どうなるか分からないもんだ。

「あのホテルが予約が取れないとは誤算でした」

Lが言う。私たちが初めて出会い、最初のキラ捜査本部となっていたあのホテルはもう先約がいた。

あんなスイートルーム、泊まる人L以外にもいるんだな…

「残念だけど、仕方ないね」

「事件解決にどれほどかかるか分かりませんが、解決したらあなたのお母様のお墓参りに行きましょう」

「ありがとう、無理しないで」

私とLが話していると、ジェシーが振り返った。

「あなた、母親を亡くしてるの?」

突然話しかけられて驚く。

…初めて、私個人の質問をされた気がする。

「あ、はい。父もなくしてますが」

「…そうなの」

思えば年下と聞いていたジェシーだけど、私は彼女に敬語、向こうはタメ口と完全に年齢は逆転しているな。

ジェシーはそれ以上何も聞くこともなく、前を向いた。

「わ、見てL、あの広告ミサだ!」

私が興奮して彼の腕を掴む。車から見えた景色の中にミサを見つけた。大きな看板になっていたのだ。

「全然変わってませんね」

「Lにだけは言われたくないと思う」

「変わってませんか?私」

「すこーしクマが薄くなったかな?」

「あなたも変わってませんよ。強いて言うなら日増しに綺麗になってます」

ジェシーが驚いたようにまたこちらを振り返った。Lがこんなこと言うのが意外だったのかもしれない。

…いや、綺麗になっている、に突っ込みたいのか?

「またそういうことを…」

「弥とはいつ会うのですか」

「とりあえず3日後の夜会う約束してるよ。楽しみだなー。あ、あっちにもミサ発見」

「後で本屋に寄って弥の雑誌でも買いますか。日本のファッション雑誌、あなたも興味あるでしょう」

「あ、嬉しい!」

ファッション雑誌はあまり興味はない方だが、ミサが載ってるのは見てみたいし、今の日本の流行は少し見てみたい。

ジェシーが口を挟む。

「L、あなたは捜査報告の時間が迫ってます。ホテルのすぐ前に本屋はありました、彼女を下ろしてLは先にホテルに帰っててください」

「いやです。##NAME3##と一緒に行きます。彼女に何かあってはいけないので」

私は呆れてLを見る。

「昼間の本屋に行くくらい小学生でもしてるよ…ジェシー、それでお願いします。買ったらすぐに戻りますから」

「オーケー」

Lは不服そうに指を噛んだ。彼の心配性は世界一だな。

「そろそろ見えますよ」

私たちのやりとりを黙って聞いていたワタリさんが口を開いた。

そこには、立派な高級ホテルが聳え立っている。

ここも私達は泊まったことはある。一時期捜査本部となっていた。

懐かしさに目を細める。

ワタリさんはホテルの数軒隣にある本屋にまず車を寄せた。

ワタリさんはさっと降りて、扉を開けてくれる。

「さん、##NAME3##お一人でよいですか」

「はい!ありがとうございます。L、また後で」

「早く帰ってきてください、私の推理力が落ちます」

「は、はい…じゃあ」

私は小さく手を振ると車から遠ざかる。ワタリさんの運転するリムジンは、すぐにホテルへと移動していった。

…さて。

私は背後にある大きな本屋へと足を踏み入れる。

本屋独特の匂いが、鼻についた。

当たり前だが日本語だらけ。私はそんなことにもスキップしそうなほど心躍らせる。

ファッション雑誌のコーナーに行き、覗き込む。

…あ、これかな、ミサのってるやつ。

一冊手にして何ページかめくった。Lの言う通り、何も変わってないミサが笑ってる。

相変わらず、かわいい。

私もミサほど可愛ければ、ジェシーへのコンプレックスももう幾分かマシなんだろうな。

全然タイプは違うけど。ジェシーはナチュラルな大人っぽさ。ミサはお洒落な可愛らしさ。

…やめとこ。考えるとキリがない。

私は雑誌を一つ持つと、ついでにゆっくり店内を回る。

小説はワタリさんがしょっちゅう仕入れてくれるため、新作も知っているのが多かった。いつも私好みの本を仕入れてくる彼は有能と以外になんと呼べばいいだろうか。

日本語ばかりでなく、英語の本も読んだらもう少し英語力あがるかな…分かりやすい子供向けなら…

と、私はある雑誌を見て足を止めた。有名ケーキの特集の雑誌だった。

表紙に見覚えのあるショートケーキがある。

「ここ…」

手にとってページをめくる。やはり、今回予約の取れなかったホテルのカフェのケーキだった。私とエルが出会った場所。

懐かしさが込み上げる。

絶対どこかでここのケーキ食べたいな。元々お母さんとよく行った思い出の場所だし。

私は微笑みながらしばらくそのページを見つめ、またそっと戻した。

買わなくてもエルとワタリさんは美味しいケーキ屋さん沢山知ってるからね。

そんな事を考えながら店内を見ていると、ふと視線に気が付いた。

はっと気がついて、振り返る。

「……?」

なんか見られてた気がするけど、気のせいだろうか。

周りを見渡すけれど、みんな各々本を探しているだけで、私を見ている人なんていない。

…気のせいか。

「これだけ買ってこよう」

あまり長居するとLが心配する。私は雑誌を持ってレジへと向かったのだった。








ホテルに戻るとLは警察と通信をとって情報のやり取りをしていた。

新たに追加された捜査資料がどんと机の上に置かれている。

私は邪魔をしないよう、Lたちにお茶を入れたあと、すでに揃えられた器具を使ってお菓子を作り始めた。ワタリさんの準備のよいこと。

しばらくして捜査会議がおわると、珍しくLはテレビを付けた。

テレビではワイドショーが切り裂き男について特集をしている。

私も気になり、手を休めてテレビの見える位置まで移動した。

『切り裂き男の被害者が3人となったまま警察は何も有力情報を得ておらず…』

『切り裂き男は非常に残忍で…』

『森の中の不法投棄されたゴミの中に遺体はあり…』

『女性は恐怖に震えています。一人での外出は避けて…』

チャンネルを変えても、同じような番組ばかりだった。

Lは親指の爪を噛む。

「思った通り日本全土がパニックですね…これでは警察も業務が滞る」

「業務が?」

「警察には日々沢山の情報が入ってきますが…どれも信憑性の薄いものばかりだとか。隣に住む男が引きこもっていて怪しいだとか、事件のあった日に不審者を見た気がする、など…全てを無視するわけにはいかないので警察もそれぞれ話を聞きますが、どれも役に立たないものばかり…」

「…それで捜査も進まず悪循環、と」

「この時代にこれほどの事件、日本では前代未聞ですからね。」

Lはワタリさんが買ってきたドーナツを食べる。

「とりあえず今までの被害者が誘拐されたであろう場所と死体遺棄された場所周辺の防犯カメラを見直しましょう。現場が映ってないのは承知ですが、私は自分で見ないと気が済まない。ジェシー、モニターを数台用意してください。ワタリ、警視庁へ行って準備を頼む」

二人は返事をしてそれぞれ動き出す。

「##NAME3##、あなたはお菓子をお願いします。久々に日本に来たので、ぜんざいがいいです」

「は、はい」

言われた通り、ぜんざいの材料を取り出す。ちゃんと小豆がある。ワタリさんの有能さがもうなんと褒めたらいいか分からない。

ジェシーとワタリさんがいなくなったところで、Lはじっと考え込んでいた。

懐かしい景色だった。

このホテルのキッチンに立ちながら、考え事をするLを眺める。久しぶりのその風景。

「…普通人間が人間を解剖したくなる心理とはさすがに想像できないですね」

ぽつり、とLが言う。

私は手を動かしながら答えた。

「サイコパス、って言うんだっけ…小説や映画ではよく見るけど」

「人を殺すことや、死体に性的魅力を感じる愛好家などもいますが…しかし今回の場合、性的暴行されたあとはない。」

「あ、そうなんだ?てっきり…だって、若い派手な子ばかりだから、犯人の好みかと」

「ただ人間の体を切りたいだけの狂った殺人犯なのでしょうね。」

「切りたい気持ちがまず分かんないけど…」

「しかし。どうもこの事件はそれだけではない気が…」

そう言ったまま、Lは考え込んでしまった。私は邪魔にならないよう、それ以上は聞かなかった。

世界一の頭脳の脳味噌は私には一生理解できない。

私はもくもくと手を動かす。

「##NAME1##さん」

「はい」

「早くこの事件を片付けて、あなたと日本観光でもしたいです」

「ふふ、頑張って」

「とゆうわけで。キスしてくれませんか」

突然言われて、持っていたお玉を落としてしまった。

さっきまでの話との落差よ。

私は呆れてLを見た。彼もいつのまにかこちらを見ている。

「急に何」

「あなたにキスして貰えば推理力があがるので」

「…いつもしてるじゃないですか」

「出来れば、キスより夜の営みのほうがよ」

「ちょっと黙ってください。まだ昼ですよ」

「夜ならいいんですね?」

ニヤリ、と笑ってみせる。私はそんなLの顔を見て悔しく歯軋りした。

そういうことじゃない。

「もう2年も経つのになぜあなたはそんなに照れ屋なんですか」

「私は普通です。Lがストレートすぎるの」

「まあ、それが可愛いので構いませんが」

そう言うとLはソファから立ち上がる。私は無視して調理を進める。
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