そのあとの空気はまずかった。

お茶をし終えたのをきっかけに、Lはすぐにジェシーに仕事を与えた。

彼女は生き生きと返事をして早速取りかかった。

普段ワタリさんはあまりこの部屋にいることはない。外で動く事が多いらしかった。

だがジェシーには簡単な仕事しか与えない、というスタンスがワタリさんとは逆の状態にもたらした。

彼女は持ち込んだパソコンを使ってさまざまなデータをまとめたり処理したり、

時折下の階にある資料室に行ったりするくらいで、外に出ることはあまりなかったのだ。

働くLに、働くジェシー。

…の横で、手持ち無沙汰の私。

さすがにいつものように小説を読む気にはなれず、私は二人を眺めているかお茶を入れるか、少し掃除などをしていた。

今日会ったばかりの初対面の人とずっと同じ部屋にいることがこんなにも苦痛だとは。

Lは何も考えていないようで、いつものようにお菓子を食べながら考え事をしたり、資料を見たり。  

本当に普段通りで、少し拍子抜けした。

昔を思い出す。まだLと出会った頃。

あの頃も、やることがなくてお菓子を焼くくらいで…Lから一番離れた椅子に座って1日を過ごしていた。

むしろ、Lは今よりお菓子を食べていたから焼く量は多くて、昔の方が仕事があったかもしれない。

Lに頼まれた仕事をしていたジェシーが終えたようで、Lに声をかける。

「L、確認をお願いします」

言われたLは、チラリとジェシーを見た。パソコンを引き寄せ、じっと眺めた。

ジェシーは一緒に覗き込むように、背後からLの隣に顔を寄せた。

「早いですね。仕上がりも良く出来ています」

「本当ですか!?よかった!」

「ジェシー」

「はい!」

「近いです」

Lの顔に寄せていたジェシーは慌てて顔を離した。白い肌が赤く染まっている。

「ご、ごめんなさいL」

Lは何も言わず、表情も変えずパソコンを見続けている。

私はなんだかい辛くなって、朝干した洗濯物を取り入れるためにその部屋を後にした。

リビングから離れ、広すぎるバルコニーへ向かう。

空は気持ち良いほど晴れていた。干していたものは乾いている。

私は外でゆっくり深呼吸すると、風に揺れるタオル類に手をかける。

「洗濯?」

背後から声が聞こえる。振り返ると、ジェシーが立っていた。長い髪が風になびいている。とても綺麗だ、と私は思った。

「あ、はい」

「世界のLが洗濯…?クリーニング出せばいいのに」

「あ、高い洋服とかは出してるんですけど…出来る小物だけ。私の出来る少ない仕事だから…」

言うと、ふうんとジェシーは肩をすくめた。こちらに歩み寄り、干してあるタオルを外す。

「あ、ありがとう」

「確かに、あなた何も出来てないみたいだものね」

無情なセリフに、私は硬直した。ジェシーは取り込みながら話す。

「掃除とお菓子作りって、家政婦の仕事よ」

「…あ、そう、ですよね」

「不思議だわ。あのLに恋人がいるっていうからどんな人かと思って来たの。そしたら、凄く普通の人で」

初めて私を見た時のジェシーの驚いた顔。そういうマイナスな意味で驚いていたのか…

何も言い返せない自分が悔しかった。彼女のいうことはもっともだった。

「Lはね、ワイミーズみんなの憧れなの。みんないつかLのように世界で活躍したいと夢見てる。 
 私も…在学中は彼に話しかけるなんて到底出来なかったけど、突出した才能がある彼をずっと見てた」

ジェシーは強い口ぶりで言う。

「ワタリはあなたの事凄く絶賛してたけど…とても素敵な人って。」

「そう。なんですか…」

「でもまさかLの恋人なのに、英語も話せないなんて。仕事も何もフォローしてないからびっくりだわ」

ぽいぽいと取り込まれる洗濯を私は意味もなく見つめていた。

彼女の台詞はスムーズに私の心に入って来た。そして、強く刺した。

ジェシーは取り込み終えると、こちらを向き直る。

「Lにはもっとふさわしい人、いるんじゃないかしら」

その目は敵意に満ちていた。

普段から思っていた不安を、他者に指摘されることの苦しさ。

まっすぐなブラウンの瞳を見ていると心が冷え切る。

気持ちよく吹いていた風すら、不快に思えるほど心が冷たい。

「##NAME3##」

はっとして振り返る。Lが家の中からこちらを見ていた。

「こちらに来てください。あなたは私の隣にいなくては」

私は慌ててジェシーが取り込んでくれた洗濯物を抱えた。

「畳んだら行きます」

「待てません。あなたの姿が見えないと仕事になりません」

ジェシーは何も言わずLに近寄る。

「L、彼女はすぐ来ますよ。捜査報告がある時間です。戻っていましょう」

そう言ってLの腕をそっと掴んだ。

Lは私をじっと見ている。

悟られないように、無理やり笑顔を作った。

「すぐ行きます」

Lは少し親指をかじる。

「…5分以内でお願いします」

そういうと、ゆっくり歩いてそこから立ち去る。ジェシーは彼の腕を引くように一緒に歩いて行った。

その表情は優しく、尊敬の眼差しでLを見ていた。

(……相当、Lに憧れてるんだな)

再会した瞬間抱き締めるほどに。

そして恋人が平凡な相手であることに憤りを感じるほどに。

忘れそうになるけれど、彼は世界一の名探偵で最後の切り札と呼ばれる人。

そばにいたいと言う思いだけでイギリスまでついて来てしまったけれど。

そしてLもワタリさんも優しいから、そこにいてくれるだけでいいと笑ってくれるから甘えていた…

しかし第三者から見れば、やはりそうか。ジェシーの言う言葉は正しい。

黒いモヤに包まれる自分の心に気がついた。そして、ジェシーがLに抱きついているシーンが、目に焼き付いて離れなかった。






夕方になり日が落ちてくると、ようやく私はほっとした。

あれからずっと気まずかった。何もせずに座っている自分が。

とりあえずお昼ご飯を作る以外大したことはすることなかった。無駄にお茶を飲んでは沸かし、お腹の中は水分でいっぱいになってしまった。

17時にもなり、Lはジェシーに言った。

「ジェシー、もう上がってください」

パソコンを打ち込んでいた彼女は顔をあげる。

「まだまだ大丈夫ですよ、L」

「いいえ、もう上がってください」

Lはソファに座り紅茶を飲んでいる。

ジェシーはパソコンを閉じた。

「…ではL、このフロアの一室で休んでもよいですか」

私はえっと顔をあげる。

ワタリさんは下の階を利用していたのだれけど…

ジェシーはニコニコと言う。

「だいぶ部屋も余ってるようだし…一部屋くらい貸してくれませんか?一人で休むのは寂しくて…」

自分の頬が固まるのがわかった。引きつってるだろうな…

正直、ようやく一息つけると思っていたのだけど。

確かに余ってる部屋は沢山ある。断る理由はない…

私がそう考えていると、Lは隣でケロリと言った。

「だめです」

あっさり。バッサリ。

ジェシーも目を丸くした。

Lは紅茶を持ちながらつづけた。

「ジェシー、分かってください」

「え…」

「私は早く##NAME3##と二人になりたいのです」

言われた瞬間、自分の顔が熱くなるのがわかった。この人は…他人の前でも平気でそういうことを言う。

ジェシーは一瞬ぽかんとしたあと、慌てて荷物を片付ける。

「そ、そうですね。すみません」

自身のパソコンを持つと、ジェシーはLに向き直った。

「L、お先に失礼します。また明日」

「はい」

Lはジェシーの方を見る事もなく、短く言った。ジェシーはやや心残りのあるような視線でLを見たが、すぐに諦めて部屋から出て行った。

私のことは一度も見なかった。

彼女が去ったあと、私はなんとなく息をゆっくり吐いた。

…なんだろう。疲れた。

ソファの背もたれにそっと体重を預ける。

「ジェシーに何か言われましたか」

突然尋ねられ、どきっとする。Lは私を見ていた。

「え」

「どうもあなたは今日1日元気がなかったので」

「そ、そんな…」

じっとLの大きな瞳に見つめられると全て見透かされそうになる。私はぐっと押し黙る。

「何かあるならばもうジェシーは断ります。明日から来なくてよいです」

「え、エル!」

「ワタリも散々言ってるはずなのですが…あなたは私の大切な方だと…」

私は慌てて言う。

「べ、別に何も言われてないから!」

エルはじっと私を見る。

「その…凄く綺麗なのに頭良くて仕事もできて、ちょっと私は手持ち無沙汰になっちゃっただけ」

彼女がLの元で働く事をどれほど喜んでいたかは見てわかる。私のせいで1日で終わらせてしまうのは申し訳ない。

それに事実私には出来ない仕事をしてLは助かってるはずなのだ。

私のくだらない劣等感のせいで犠牲にすることはない。

「あなたの方が綺麗です」

「ま。また…」

「本当です。それに、彼女の仕事は訓練すれば誰でもできる。でも、私の恋人はあなたにしか出来ないんですよ」

エルはそういうと微笑んで私の頬を撫でた。

なんだか恥ずかしくなって、私は話題を変える。

「…彼女はその訓練、凄く頑張ってたんだろうね。生き生きしてた」

「確かに仕事は早く正確でした。想像以上でした。ワタリには敵いませんが」

エルはまた紅茶に手を伸ばして啜る。

「Lに会えたのも、凄く嬉しそうで…強くハグしてたし」

「彼女の挨拶がわりですよ」

「挨拶以上の、感動と愛情感じたけど…」

私が言うと、エルは紅茶を持ったままゆっくりとこちらを向いた。

「……」

「ワイミーズにいる頃は話しかけることすらできなかったって言ってた、だから会えて嬉しいって…よっぽどLに憧れてるみたい…」

「…##NAME1##さん」

エルは目を丸くして言った。

「もしかして、嫉妬してますか?」

びくっと、体が揺れた。

…嫉妬?

その単語を聞いた瞬間、かあっと顔を赤くした。

そうか、…私は嫉妬してたのか。
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