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「お兄さん凄いね。どうやって分かったの?」

「あなたのお父様は本当に切れ者です。誘拐場所から逃走ルートまで事細かく完璧に計算されていた。私が辿り着けたのは運も大きくありました」

Lはこちらをじっと見たまま続ける。

「初めにあった違和感は落ちてた苺です。よくよく見なければ分からないほど、アスファルトの苺は綺麗に拭き取られていた」

「お姉さんが落としたケーキのこと?」

「切り裂き男は確かに神経質で完璧主義だと思いますが…人をさらって車に閉じ込めた後、それを放置してあれだけ丁寧に始末するのは流石に違和感です。人質が目を覚ましたら、騒ぎ出したら、という不安が普通生じる」

「…」

「と、いうことは…人質をじっと見張れる人物がもう一人いた。切り裂き男は共犯者がいる、となります」

私が連れ去られたとき、確かに莉子ちゃんも一緒にいた。

そうか、Lはそれにも気付いていたのか…

「そのあとルートを辿るのも楽ではありませんでしたが…やはりあなたの正体に気づくのが一番難関でした。神谷が過去に##NAME3##を追っていたことはわかりましたが…連れ去った後も監禁者に会いにはいかないし、やり方は切り裂き男と同様なのに利き手は違うしアリバイも完璧…。錯綜させられました。

あなた方の家に入っても証拠はなにもなし。
ただここで一つ、また私は違和感を感じていた。
簡単な事なのに中々気づかなかった…」

Lはそっと、左手をポケットから出した。

「あなたの部屋の勉強机の上にあったハサミ。あれは、左利き用でした」

じっと自身の左手を見つめ、拳を握ってまたポケットへ戻す。

「切り裂き男は神谷ではなく娘の方。そう考えれば全て辻褄が合いました。
苺を綺麗に掃除出来たのも、神谷にアリバイがあったのも、神谷を張っていても全く尻尾を掴めなかったのも。
 神谷は切り裂き男などではなく、『切り裂き男をフォローする者』」

「凄いね、お兄さん凄い」

本当に感心するように、莉子ちゃんは呟いた。

「神谷はたまたま探してた##NAME3##を見つけ誘拐し予知を利用しようとした。その後の##NAME3##の管理はあなたの役目。予知が見えなければ用済みなのであなたの犠牲になる」

「残念だなぁ。あのお父さんが考えた作戦、見破られるなんて」

「共犯者が子供だと、##NAME3##をさらうのもやりやすかったでしょう。子供相手には誰しも警戒心が薄れる」

Lはそう言ったあと、再び莉子ちゃんを厳しい目で見て言った。

「武器を捨てなさい、神谷莉子。ここで足掻いて何になる」

松田さんたちは拳銃を構えながら悔しそうに歯を食いしばった。

莉子ちゃんは私の背後に回っている。10歳の女の子の体は完全に私に隠され、狙撃ができない。

莉子ちゃんはまるで表情を変えないまま言った。

「言ったよね、莉子逃げるつもりなんてない。
 莉子このお姉さん気に入ったの。今までの人たちとは違う。優しくて変わってる。」

何とか動けないか試す。

動くは動く。でも、力が入らない、感覚がない。

私はエルの顔を見た。

私を眉を潜めて見ている。

ああ、エル。

こんなに近くにいるのに。

莉子ちゃんの声が響く。

 「莉子、どうしても、最後にお姉さんを『開きたい』」

「待ちなさい!」

松田さんが焦ったように叫んだ。

言った瞬間、莉子ちゃんの手の力が込められた。

ああ、だめだ…

ぐっと目を瞑った瞬間。

体が大きく揺れた。

はっとして目を開き横を見ると、また懐かしい顔ー模木さんが莉子ちゃんの腕を取りながら後ろから体を押し倒していた。

彼女は一瞬にして床に倒れ込む。模木さんは馬乗りになりながら押さえ込んだ。

Lとの話に夢中になっていた私たちは、開きっぱなしになっていた背後の扉から人が入ってきたのに気づかなかったようだ。

力の入らない体が後ろに倒れそうになったとき、誰かがさっと支えてくれた。

温かいぬくもり。見上げると、ジェシーだった。

彼女は私の顔を見てはっと眉間にシワを寄せた。そして小さな声で、Terrible(酷い)、と呟いた。

「確保!」

誰かの声がして、バタバタと足音が響く。莉子ちゃんにみんなが集まる。

ジェシーが自身の上着を脱いで、私を包んでくれた。温かさの残るその上着がとても心地よかった。

ほとんど力の入らない体を支えるジェシーが、誰かに話しかけてその場を離れる。

私を、大きな手が支えてくれた。
 
見たこともない切ない顔をした、Lだった。

「……L」

「……遅くなりました」

彼はそれだけ呟くと、苦しそうに私を抱きしめた。

懐かしいLの匂いに、私は安堵感を感じる。

「…でも、来てくれた」

「すぐ救急車が来ます、無理しないでください」

「うん、大丈夫…ちょっと力が入りにくいだけ」

私はそう言って、なんとか自分の手を動かした。まだかろうじて少しは体はいうことを聞いてくれた。

「顔は真っ白…熱もあるようです」

Lはそっと私の額を触る。

ああ、Lだ。

Lが、迎えに来てくれた。

私は微笑む。

「…気を失ってるな」

隣で声がした。そちらを見ると、手錠を掛けられたまま床にうつ伏せになる莉子ちゃんだった。

模木さんが頭を掻く。

「頭を打ったか…子供を確保なんてしたことないから、手加減がわからなかった…」

夜神さんが渋い顔で言う。

「まあ脳震盪ぐらいだろうが…救急車が来たらこの子も連れて行ったほうがいいだろう。…しかし、まさか…」

切り裂き男が、10歳の少女だとは。

Lは私を後ろから支えながら言う。

「その辺の10歳よりは頭は回りますが、それでもまだ子供ですね、確保は比較的簡単にできました。
 しかし…出会った中でも史上最悪の少女です」

ジェシーが気を失った莉子ちゃんに歩み寄り、しゃがみ込んだ。

「寝顔は普通の子供なのに…恐ろしいわ。他に武器を持ってないか確かめたほうがいいわね」

そう言って、莉子ちゃんのポケットに手を入れる。

私はLに支えて貰いながら迫ってくる眠気と闘う。安心したからか、一気に意識が飛びそうになる。頭がクラクラした。

どこか息ぐるさを覚えながら深呼吸する。

せめて病院へ行くまでは、とゆっくり頭を振って自分の目を覚ます。

と、顔を振った瞬間何かが目に入った。

私は背後の扉に目をむけた。




銃を構えた、神谷だった。




「ジェシー!!!!」

私が叫ぶと、ジェシーが振り返る。

動かない体をなんとか奮い立たせて彼女を突き飛ばしておいかぶさった。





次の瞬間、背後から何発か銃声が聞こえた。

右の肩が、燃えたように熱い。




誰かが私の名前を叫んだ。

目を見開いたLの顔が、一瞬だけ見えた。










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