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『田中が動きました』
尾行を交代した相沢から通信が入った。田中はずっと一日中パチンコをしていたようだ。
時刻はもう夕方18時。
「慎重に付けてください」
『はい』
模木が水を口に入れながら聞く。
「しかし…田中は切り裂き男の特徴と一致。
神谷はゆづきさんと関わりがあることが判明。どちらも怪しいですね」
「私の中では、神谷で確定です」
「まあ、そうでしょうが…」
「切り裂き男である可能性も極めて高いと思っています」
模木は持っていた水を落としそうになり、慌てて手元を整えた。
「しかし、神谷は右利きだ!」
「世の中には左利きを矯正し、普段は右で生活する者がいます。神谷ほど頭が回れば、その特性を生かしてあえて犯行の時だけ左にしたのかもしれない」
「…じゃあ、そうなるとゆづきさんは…」
Lは膝の上に置いた手を強く握りしめる。
「不幸にも…『切り裂き男が昔から探していた女性』だったのでしょう」
模木は頭を抱えた。
「不幸どころの騒ぎじゃない…」
Lはまたパソコンを見る。発信器は動かない。
「…夜、神谷は動くだろうか」
「人を監禁した者は、その者が気になって必ず様子を見たがります。特に神谷は神経質で完璧主義…神谷も必ず監禁場所は行くはず…切り裂き男は監禁中も被害者に食料などを与えてることがわかってますので」
「た、確かに…」
「田中の尾行は念のため続けます。」
そこへ、相沢から通信が入った。
『竜崎、田中は成人向けのDVDをレンタルしたあと家に篭った』
「…やはり田中はシロですかね」
角砂糖をつまむ。
模木はLを見て言った。
「…神谷が切り裂き男だとして…」
一旦、言葉を詰まらせた。
「明日で、誘拐されて3日だ」
Lはクマの濃くなった目を、ギョロリと動かせた。
『竜崎、とうとう神谷が動いた!』
尾行を松田からバトンタッチした夜神は言った。
時刻は夜20時。
Lは瞬時にパソコンにかじりつく。
「車ですか」
『車だ。自宅への道だが…』
「そのまま尾行してください、絶対に、バレないよう」
パソコン上の発信器も、同じように動いていた。
ソファで休んでいた松田と模木が飛び起きてLの元へ駆けつける。
「う、動いたんですか!」
「このまま監禁場所へ行くのか…」
Lはじっと発信器の動くのを見ている。
動け、動け。そのままどこへ行く。
赤い点はある場所で止まった。Lははっと全身を固まらせる。
『…竜崎、弁当屋だ』
夜神の声が入った。強張った身体はまた脱力する。
「ううー…じれったい…神谷を連行してしまいたいですよ…」
「気持ちは分かりますがここで焦ってはゆづきの居場所が分からなくなる可能性が高いです。尋問するにもこちらに証拠がない。知らないと言い逃れされれば終わり…焦っては、いけない…」
それは、Lが自分自身に言い聞かせた言葉だった。
松田はそんなLに気付き、心配そうに見つめる。
「そういえば、ジェシーは?」
「引き続き神谷について調べてます」
「そ、そうですか…」
気まずく緊張感のある沈黙が流れる。みな汗を垂らして画面を見入る。
赤い点は再び動き出し、神谷の家に停止した。
「…かえ、っちゃいました…」
呆然とする松田に、Lは冷静に言った。
「娘のために買った弁当なのでしょう。娘が寝たであろう時間…22時以降が、動くはず…」
それを聞いてまた松田は表情を引き締める。
「明日まで監禁場所に行かないってことはないですか?」
「昨日も尾行してましたが動いてない。神経質な神谷がそこまで長時間監禁した者の様子を見に行かないのは不自然です。」
切り裂き男は細かくて神経質な男だ。それが、監禁した相手を24時間以上も放置するなど。
ありえない。
「ほ、ほんとに神谷が切り裂き男なんですか…」
「証拠はありませんよ。しかし私はそう睨んでます」
世界の名探偵がいう言葉は重みがあった。そう、この人はキラ事件も、かなり前から犯人を絞っていた。
松田はそれ以上何も聞かなかった。
「相沢さん、田中は何も動きはありませんね?」
『ああ、家に入ったままだ」
「神谷…早く動け…連れて行け。」
Lはボソボソと呟いた。
早く、あの愛しい人の元へ。
案内しろ。
「ただ今戻りました、L」
ジェシーの声が響く。松田と模木が振り返る。
茶髪の美女は颯爽と部屋に入ってくる。
「何か動きましたか」
「いや…まだです」
ジェシーは珍しく、表情を固くさせたままLに調査報告の紙を手渡した。
「何か分かりましたか」
「ええ、L」
Lはもらった紙を早速めくる。
ジェシーは腕を組んで、苦い顔をして言った。
「神谷はほとんどの木曜日…つまりは4件の殺害がされた時、出張で関東にいません」
ピタリと、Lの動きが止まる。
松田と模木は目を見開く。
「細かく言えば4人の被害者の死亡推定時刻…神谷は関東にいなかったことの裏が取れました」
冷たい空気が流れる。Lは固まったまま動かなかった。
つまりは、神谷にはあったのだ。完璧なアリバイが。
ジェシーは言いにくそうに、けれどハッキリ言った。
「神谷は切り裂き男ではありえません」
Lの推理が崩された。彼は神谷=切り裂き男であると確定していたのだ。
なら、神谷はただの誘拐犯?
これだけ切り裂き男の手技に似ていて、人物像も完全に当てはまるのに?
考え込むLに、松田は慌てて言った。
「べ、別に神谷が切り裂き男じゃなくたっていいですよ!とりあえずゆづきちゃんが助かれば!」
模木も続いた。
「そうだ。神谷が何者であるかはこの際関係ない」
二人の言葉が耳に入ってるのか入ってないのか、Lは微動だにしなかった。
全て辻褄の合う推理が、崩される。
それと同時に残る、違和感。
いつだかあの人が言っていた。
『竜崎が府に落ちない、というのは理解できなくはないです。
そうだな、推理小説の犯人は必ずアリバイがあるでしょう?出来すぎたアリバイが。』
この人は白なのだ、といくつもの証拠を並べられると逆に不信感を抱く。
面白い言い方をするなと、感心したのを思い出す。
白が重なると…グレーに見える、ひねくれた自分。
パソコンを見た。
やはり、神谷に動きは無かった。
時刻は午前2時。
夜神から、通信が入った。
『竜崎…神谷の寝室の電気が消えた』
無情な、情報。
Lは絶望した。
ことごとくかわされる自分の推理と想像。
神谷はかならずこの夜動くと踏んでいたのに。
松田と模木は張り込みを続ける夜神と相沢に替わるため、ホテルから出て行った。ワタリはLに命じられ、まだ神谷の情報を集めていた。
暗い室内でLとジェシーは残される。
Lは絶望感をなんとか奮い立たせ、今までの事件概要や状況を必死に見返し考えていた。
ずっと拭いきれない違和感の糸を探るために。