「割れました。」

Lから召集がかかってホテルに戻った捜査員たちは、寒さで鼻を赤くしていた。

「わ、割れたんですか!!」

Lは持っていた資料を机に乱雑に広げる。みながそれを覗き込んだ。

「簡単なプロフィールしかわかってませんが。」

捜査員は食い入るように見ている。

「5台のうち、2台は70代と80代の女性。さすがに腕力のない高齢者に切り裂き男の行動は無理なので外れます。」

「あと3台…!」

「1台目は田中裕32歳無職。
 2台目は浜田まい24歳主婦。
 3台目は神谷順45歳。あのカミヤグループの社長です」

「どうみても田中に決まりじゃないですか!」

言い終えるが先かどうか、松田が鼻息荒くいった。

「だって…切り裂き男の犯行は今までは平日ですよ?無職の男が一番やりやすいでしょう?」

みんなが松田を見る。

「…安易な考えですが、松田さんの言うことは一理ある」

「安易でしたか…」

「この3人を徹底的に調べ上げてください。同時にまず尾行をつけます」

「尾行ですか?」

Lは強い視線で全員を見渡した。

「いいですか。こちらが疑ってることを相手に悟られてはいけません。犯人はどこかに##NAME3##を監禁してるはず。自分が疑われてると悟られれば監禁してる彼女の元へは訪れなくなるでしょう。彼女の監禁場所が分からなくなります、そうなっては敵いません」

「……」

「残念ながら、まだ証拠がない。我々は##NAME3##自身を見つけるしかない」

Lは鋭い目で周りを見る。

「ここは慎重に行きます。」

「…そうだ、##NAME3##さんの命最優先でいこう」

夜神が力強く言う。

「私は田中に、模木は浜田、相沢は神谷を尾行、松田は3人を徹底的に調べ上げろ」

「はい!」

みんなの声が揃った。

そして鼻の赤さが取り切れていないまま、また外へとはしりだした。

黙って聞いてきたワタリが小さく呟いた。

「L、よかったですね…心強い仲間がいて」

「…感謝する」

「ところでLも、田中が犯人と?」

ジェシーが尋ねる。Lはじっと親指を噛みながら考える。

「…まだ何とも言えませんが…田中はどうも、私の中の切り裂き男のイメージとはほど遠い…」

それだけ言うと、Lは再び考え込んでしまったのだった。






もう夜遅くという時間は不幸にも犯人と疑われている者たちの行動を制限した。

それぞれまず監視カメラにうつっていた車をそれとなく確認した。間違いなく映像に合った車だった。

田中はそれなりに新しいアパートに一人暮らしだった。

浜田は夫と二人暮らし、また現在妊娠中であることが判明し、更に夫は海外出張中と分かり尾行を取りやめた。

神谷は幼い娘と大きな戸建てに住んでいた。





寒さがぐっと過酷になった気がする。もしかして外は夜なのだろうか。

私は自分の足を見る。足枷を外そうと悪あがきをしたためか、足首周りは血が滲んで固まっていた。痛みが走る。

鎖をなんとか出来ないかと触りまくり、爪も割れてしまった。

莉子ちゃんがくれた毛布を被りぎゅっと掴む。

…寒い。お腹すいた。喉渇いた。

こんな時も空腹になるとは、ずいぶん自分も神経が図太い。Lが来てくれるはずだと、自信があるからか。

どれくらい時間が経ったんだろう。たった一人時間の流れもわからない場所にいるのは気が狂いそうだった。

当たり前だが予知はない。

3日経ってLがまだ来なければどうしようか、私は頭の中で必死に考えた。

答えは一つ、嘘の予知をするしかない。

時間稼ぎだ。

どんな予知がいいかずっと考えていた。あまりにどうでもいい予知では神谷は信じないだろう。

彼は私の能力の特徴をどれほど知ってるのか…

多分ほとんど知らないはず。予知を人に話すことはしても、その特性まで話したことはない。
 
「…難しい」

程よく嘘らしくない、ちょうどいい予知ってどんなのだ?

震えながら毛布にくるまって考えていると、背後の扉が開く音がした。

はっと振り返る。

それはまたしても、莉子ちゃんだった。

神谷じゃないことにほっとする。

莉子ちゃんはまた手に袋を持っている。なんだかそれが神の助けかのように思えた。

「莉子ちゃん…また来てくれたの」

無言で私に近寄る。そっと袋を差し出してくれた。

「これ…」

「本当にありがとう…」

素直にそれを受け取る。中を見る。1回目の差し入れより重い。

またおにぎりや菓子パン、お茶が入っている。

それと、ホッカイロ。

「ほ、ホッカイロだあ…!凄く嬉しい!」

素直に喜んだ。寒さとはかなり厳しいのだ。

私は早速取り出して貼り付けた。もう一つついでに取り出した。

「莉子ちゃん、ありがとう」

「ううん…」

「また、お父さんに内緒で来てくれたの?」

こくんと頷いた。

私は神谷に違和感を覚えた。

彼は予知を目的として私を監禁した。どれほど時間が経ってるかはわからないが、恐らく1日は経ってる。

丸一日自分は水分の差し入れすら持ってこないのか。

予知がそんなに欲しいなら、もっと私を大事にしなさいよ。

そんな事を考えながら温かいお茶を飲む。

「お姉さん…未来、見えた?」

恐る恐る莉子ちゃんが聞いてくる。

「えっと…まだなの。私の予知は時間かかるの」

早くに適当な予知をして嘘がバレては殺されるのが早まるだけだ。

嘘は最後まで取っておかねば。

「そう…」

「心配してくれて、ありがとう」

「ううん…」

「莉子ちゃんは、お母さんなんでいないの?」

「莉子が赤ちゃんの頃死んじゃったんだって。」

「…そうなの」

片親の寂しさは私にはよくわかる。だからこそ、生き残った親への愛情も。

「お父さんは、どんな人?」

「莉子が欲しいものなんでもくれる。優しいんだよ」

初めて莉子ちゃんの笑顔が出た。美少女が笑うとついうっとりするほど美しい。

それにしても神谷が親として優しいとは少し意外だった。誘拐事件に娘を協力させるような親、毒親かと。

「そっか…お父さんが大好きなんだね」

「うん!」

無邪気に笑う顔を見て心が痛んだ。こんなに自分を愛してくれてる娘を共犯にする父親に、そこ知れぬ怒りを感じた。

神谷が捕まったあとの莉子ちゃんを、心配した。

「でも、お姉さん変わってるね」

「え?」

「だって、莉子とこういう話してくれる。助けてとか、人呼んできてとか言わない」

「そりゃ言いたいけど…莉子ちゃんに負担はかけられないから」

それに、私にはLがいるから。

心の中で呟いた。

きっと見つけてくれるという、確たる自信があるから。

「お姉さんは優しい人なんだね」

「莉子ちゃんの方が優しいよ」

「そんなことないよ」

「ホッカイロ、温かくなってきた。凄く嬉しい」

そういうと莉子ちゃんは照れ臭そうに笑った。子供らしいその仕草につい微笑む。

「お父さんは、仕事忙しい?」

「うん…凄く忙しそう」

「寂しい?」

「ちょっと。でも、莉子の欲しいものくれるし、やりたいことやらせてくれるから」

「そっかあ…優しいお父さんなんだね…」

私が呟くと、莉子ちゃんは恥ずかしそうに人差し指を立てた。

「お父さんには内緒だよ!」

可愛い。こんな状況なのに、癒されてしまった。

私は買ってきてくれた食物を食べる。

「お姉さんは何が好き?」

「うーんと…お菓子作るの好きだよ」

「すごーい!食べてみたい!」

「クッキーとかは案外簡単だよ。やってみて。」

こうして話していると、心が落ち着く。人は孤独に一番弱いみたいだ。人と話してるというだけで、こんなにも安心感を抱ける。

もしこの子の存在がなかったと思うと…ぞっとする。

「あ、もう行かなきゃ…あんまり長くいれない…」

「あ、そうだよね、お父さんにバレるかもだもんね。本当にありがとう」

莉子ちゃんは小さく手を振って、また出入り口から出ていってしまった。

私は彼女が持ってきた菓子パンをかじった。

腰に貼ったカイロが温かくなってくる。本当にありがたい。

それでも床に座っている冷たさは拭いきれず、私は体育座りをする。

…L座りだ。

そう考えて、ふっと笑う。

私はどこにいるの。L、あなたはどこまで来てるの。

あなたに会いたい。

いつも着ている白い服、青いズボンが目に浮かぶ。クマの出来た目、白い肌。

ここを逃げ出したい、より、あなたに会いたいの方が強い。

あなたの隣に座っていたい。また抱きしめてもらいたい。

私はやはり、こんなにもLが好き。

必ず…私を見つけてくれるはずだよね。

莉子ちゃんはかわいそうだけど、神谷を捕まえてほしい。莉子ちゃんにも、こんなことさせてはいけない。

そう思って、ふと考えた。

さっきも思ったけど、なぜ神谷はここに来ないのだろう。人間は1日くらい飲まず食わずでも死にはしないけど、この寒さの中正直死ぬ可能性だってあると思う。

予知が欲しいんじゃ無いの?

「…いや、自然なのは…」

実は莉子ちゃんが来てることを神谷は知っている。むしろ、神谷が莉子ちゃんに来るよう指示している。

それが一番自然な流れ。

しかしだとしたら、なぜ莉子ちゃんの意思だと嘘をつく必要があったのか?

「…考えてもわかんないや」

Lみたいに推理力があれば。脱出する方法もあるかもしれないのに…

どちらにせよ、莉子ちゃんをこんな扱いしてるあの男が許せない。

あんな小さい子…もし私が凶暴な人間だったら返り討ちに遭うかもしれないのに。

…私じゃなかったら

………あれ?

「…そういえば」

さっき、彼女は言っていた。

『お姉さん変わってるね。助けてとか、人呼んできてとか言わない。』

あの時は何も思わず聞き流してたけど、この発言には違和感がないか?

そうまるで、『他の人達は助けてって、人呼んできてって言うよ』という意味みたい…

はっとする。

震え出した手を抑えるように抱きしめた。

もしかして、私の他にも監禁された人がいる?

それは、私のように予知が見えるという理由から?

監禁して…そのあとは。どうなったの。

この事件は何かおかしい。連れ去った後顔も見せず娘を使って差し入れをよこす犯人。それはまだいいが、なぜかそれを隠してる。

時間も教えない。

それに、3日という期限。それはまさに、切り裂き男と同じ。

私は自分の足枷を見た。

疑問に思う余裕すらなかったけれど、この足枷は錆び付いている。使い古されたように。

神谷は本屋で私を見つけ次の日すぐ攫ったと言った。じゃあ、なぜこんなに錆びてるの?

神谷は誰かを誘拐するの、今回が初めてなのだろうか。



それとも??




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