時計のない生活が、これほど不安だとは思わなかった。

3日と神谷は言ったが、私には1時間すらわからない。

どれほど気を失っていたかもわからないし…

光も入らない地下室では、今が朝なのか、夜なのかすら分からない。

わかることは、喉の渇きとお腹の空き具合からしてだいぶ時間が経っていること。

食欲はないもののこんな状況なのに、お腹の音は正確だった。

神谷からもらったお茶には口をつけなかった。当然のことだと思う。

しかし喉の渇きとは気になりだすと酷く不快だった。

「今…何時なんだろう…」

誰もいない場所に声が消える。莉子ちゃんがくれた毛布にくるまりながら、私は座り込んでいた。

寒い。冷たい床が体温を奪っていく。

足枷はきつい。どうにか外れないかと試行錯誤するも、それはびくともしなかった。

鎖は切れない。

神谷は叫んでも無駄だと言っていたがその通りだった。

逃げる術は見当たらない。

自分で腕をさすりながら温まっていると、背後の扉が開いた。

はっとして振り返ると、小さな手が見えた。

神谷ではないことにとりあえずほっとする。

「…莉子ちゃん?」

声をかけると、恐る恐る彼女は顔を出した。

可愛らしい大きな瞳が覗く。

人の顔を見るだけでほっとする。私はまだ捨てられたわけじゃない。

彼女はゆっくりと中へ入ってくる。手にはコンビニの袋がぶら下がっていた。

そっと私に近づいてくる。

「……」

私のそばまでくると、無言で袋を差し出した。

私はそれを受け取る。

中を除くと、お茶やコンビニのおにぎりなどが入っていた。

「嬉しい…!ありがとう!」

私がお礼を言うと、少しだけ彼女ははにかんだ。

すぐに背を向けたのを見て慌てて引き止める。

「少し、お話してくれない?」

「……」

「話したくないことは、話さなくていいから。一人でご飯食べるの寂しいの」

私の言葉を聞いて、彼女は振り返った。

にこりと笑いかける。

受け取った袋から、色々取り出した。

「わ、嬉しい、私梅干し好きなの。お茶も温かい!」

「…寒くない?お姉さん」

「うーん。ちょっと寒いかな。」

私は未開封なのをそれとなく確認し、まずお茶を開けて飲んだ。乾ききった喉に潤いがもたらされる。ふうと一息ついた。

「お父さんに頼まれてきたの?」

「ううん…違う」

なんと、自分の意思で差し入れをくれたのか。その小さな優しさに、私は微笑んだ。

「ありがとう、本当に嬉しい」

「……」

「莉子ちゃんは10歳だっけ?」

こくんとうなずいた。またお茶を飲む。

「しっかりしてるね。」

「そんなこと、ない…」

「おにぎり貰っちゃうね」

私は封を開けて海苔を貼り付ける。

「ここって、どこ?」

「…お父さんの、持ってた倉庫。」

「今日はどうやって来たの?」

「自転車で…」

と、いうことはこの子の自宅からそう遠くないのか。

おにぎりを一口かじる。海苔の割れる音が響いた。

「おうちはどの辺?」

「……」

「私のこと、誰かに話した?」

首を振る。

「お姉さん…ごめんなさい。莉子、誰にも言うなってお父さんに言われてるの」

「…莉子ちゃん」

「莉子はお母さんいないの。もしお父さんもいなくなったら…ひとりぼっちだから…」

顔を下に向けたまま、小さな声で言った。胸が締め付けられる思いだった。

この子は、父親がいけないことをしてると分かってる。

誰かに言えば逮捕されることも。

だからこそ言えない…父親はこの子にとっては大切な父親だから。

「うん、分かった、大丈夫だよ」

私は微笑む。

本当は誰かに話してくれと縋り付きたい。でも、子供にそんな事をしても怯えるだけだろう。

自分のせいで父親がいなくなってしまったという十字架を、この子に背負わせるわけには行かない。

私はきっと、大丈夫。Lが見つけてくれるから。

「でも莉子ちゃん…これだけは覚えておいて。 
 人は、何か間違ったことをしたら…罪を反省しなくちゃならない。それは、この世界で生きるルールなの」

私が言うと、ゆっくりと私を見る。怯えた目の色が少し、変わった気がした。

「おにぎり美味しい。ありがとう」

「…ううん」

「ね、時計ってある?今何時?」

「…莉子持ってない。」

「家出てくる時何時だった?」

「…」

時間を教えないように言われてるのだろうか。だとしたら、何で?

私はそれ以上強く聞くのはやめた。

「お父さん、私について何か言ってた?」

「予知、見えたらいいなぁって…」

「そっか…もうちょっとしたら見えそうな気がするよ」

「未来って、どんな風に見えるの?」

「映像で見えるよ。ふとした時に見えるの」

もう、2年も見てないけどね。昔は1日何度も見えたりしていたけれど。

「見えるといいね、お姉さん」

そう言って、莉子ちゃんは首を傾けながら微笑んだ。その様子が可愛らしくて、私は釣られて微笑む。

「莉子もう行かなきゃ」

「そっか、ありがとう、引き止めてごめんね」

引き止めたい気持ちは強くあった。子供相手でも、人がいるという安心感がある。

でも、子供をこんな場所に拘束するわけにはいかない。

私は素直に手を振る。

それを彼女は意外そうに見た。

しかし何も言わず、そのまま出入り口に向かい、重そうな扉が閉められた。

私はまだ残るおにぎりを頬張った。

食べれるうちに食べておかねば。

もし、タイミングがあればー逃げ出すこともできるかもしれない。

ほとんど味のしない食事をなんとか終える。

お茶をそっと握る。掌が温まる。

あれ以来神谷にも会えていない。Lはどうやって神谷までたどり着くだろうか。

L。L。エル。

あなたに会いたい。

私はここにいる。無事だから。

…早く、来て。



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