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ようやく日が出て夜が終わる頃、松田はカメラを片手に街中を歩いていた。

凍えそうなほど気温は低かったが、彼は文句一つ言わなかった。

「ここから、300m先までの間、か…」

朝早いため、人通りはない。そんな中呟いた声が空へときえた。

イヤホンから声が聞こえる。

『松田さん、とりあえずゆっくり歩いてください』

「はい」

周りの景色を映すようにして、カメラを動かす。

中継で、竜崎の元へ飛んでいるはずだった。






切り裂き男か、それとも##NAME3##自身を狙った誘拐か。

まだ判断するにはあまりに材料が少なすぎた。

Lは今までの切り裂き男の資料をもう一度見直す。

いつも飲んでいる紅茶すら、ほとんど手にしていなかった。口に入れているのは、義務感から手にする角砂糖だけ。

それもまるで甘く感じられず、愛しい人がいなくなると味覚すら失うのだと愕然とした。

朝早く、昨晩連絡の取れなかった店主にいくつか連絡が取れた。やはりどこも、監視カメラは設置していなかった。

まだ確認していない店はあったが、Lはそこらもカメラはないだろうと踏んでいた。

『竜崎、この辺からです』

パソコンから通信が入る。すぐにLは反応した。

日が上り、周りが見えやすくなったのを見計らって松田を現場へ向かわせた。夜中は暗すぎて、いくつかライトを使用したもののまるで周りがみえなかったのだ。

「松田さん、とりあえずゆっくり歩いてください」

指示を出す。モニターの中で景色が動いた。

彼女が歩いた道、彼女が見た風景。

何か残っていないか。どこでさらわれたか具体的に分かれば何か変わるかも知れない。

いつのまにか相沢と模木も Lの背後に回りモニターを見ていた。

Lは遠くにあった地図をずるりと引き寄せて、画面と見比べる。

街は閑散としていた。まだ店もどこも開いていない。

たった300m。普通に歩けば3.4分の距離。この間に、必ず何かがあるはず。

「…これじゃあ、中々わからんな…」

「うーん…」

頭を抱える背後の二人。Lはマイクに向かって言った。

「松田さん。戻ってもう一度歩いてください、曲がれる道があれば立ち止まってください」

画面がまた戻って動き出す。

Lは地図を見る。

「この300mの間に5本の右折できる道がある。そこに入ってさらわれたのでしょう、さすがにこの大通りでは人目がありすぎる」

「そうだろうが…なぜ##NAME3##さんはそんな横道に入ったんだ?」

「…何か、おびき寄せるエサがあったのでしょう。
 だがしかし、彼女は警戒心が強い方です、そこまで奥に入ってはないはず…」

Lは普段より強く親指のつめをかじった。

映像を食い入るように見つめる。

左手は車道だ。右手には古い店がいくつか並ぶ。

一つ目の横道があり、映像が止まる。道の向こうが映された。

一本横の道に入れば、急に人通りは少なくなる。かと言って、まるで人が通らない訳では無い。

どうやってさらったのか…車を使うのは確実だが…

松田はまた歩き出す。映像が揺れて酔いそうだった。

次の道。寂れた自販機がみえる。

さらに次の道。

また次の道。

最後の道。

「松田さんもう一度」

Lがそう話したしたところで、ワタリから通信が入る。

『L、先ほど連絡とれた呉服店、監視カメラはありません』

「…やはりか」

ことごとく監視カメラのない道。イライラしてLはまたつめを噛んだ。

松田が再び道を戻ってまた歩き出す。

見慣れ始めた景色に見落としがないよう、Lはひたすら画面を眺めていた。

松田が3本目の道を写したとき、Lは唇につけていた指を浮かせた。

「待ってください」

ピタリと映像が止まる。

細い路地、先には狭い空き地がみえた。車は一台も止まっていない。

(駐車場か…?)

地図を出す。その駐車場は台形のような変形地だった。

「松田さん、その路地に入ってください」

『はい』

言われた通りゆっくり映像が動く。

駐車場の向かいはテナント募集中の空き家。

「ジェシー、この駐車場の所有はどこですか」

近くで仕事をしていたジェシーは急いで調べる。

その間も映像は揺れ動く。

「松田さん、その駐車場に入ってください」

『え?はい。…ここ駐車場か。駐車の白線もなにもありませんが…』

ゆっくりした足取りで進む中、Lは急に目を見開いて叫んだ。

「止まって!」

『うわっ』

松田は驚いたようで、画面が酷く揺れた。

「松田さん、数歩行って…そこの地面はなんですか」

相沢と模木は目を凝らしてLが言うところを見る。

「…?」

「あ、なんかちょっと赤っぽい…汚れか?」

松田はそっとそこに近寄る。

『あ、これですか、よく気づきましたね、相変わらず目がいいですね竜崎…』

「地面に近づけてください」

アスファルトに近づくカメラ。ほとんど綺麗に拭き取られていたが、そこは確かにアスファルトの凸凹の間に何かがあった。

「雨だったし、だいぶ流れただろうけど…赤ってまさか、血…」

恐る恐る言う相沢を、Lは止めた。

「いや、これは…」

頭を巡らせる。ショーケースの前で注文し、その箱詰めされたメニューを確認する##NAME3##。

中に…ショートケーキと、苺のタルトがあった。

「苺」

Lはハッキリと言った。

相沢と模木がLを見る。

「そ、そうか、##NAME3##さんケーキを持ってて…」

「じゃあ、ここで彼女は…!」

Lは目を見開いて地図をまた見た。

「ここの駐車場は変形地です、台形のような形。輪止めも白線も引かれていない。」

ジェシーが声を上げた。

「L、そこは少し離れたところにある和菓子屋の駐車場です。」

それを聞くや否や、Lは一つの防犯カメラの映像を再生した。時間を戻す。

「和菓子屋はカメラはないはずじゃあ…」

「和菓子屋の隣の店にはカメラが設置されてました」

##NAME3##がちょうど通った時間帯になり、再生した。Lは右端を指差す。

「やはり。ここに少し車の先端が見えます」

「…言われてみれば」

「和菓子屋の前に停車している。ということは恐らく、この時駐車場はいっぱいで停めるところがなかったと言えます」

「…そうか、車がひしめき合った駐車場なら、さらうとき人目につきにくい…」

Lは地図の台形を指差す。

「更にここは変形地なので…例えば一台がこんな風に止まっていれば」

独特なペンの持ち方で、地図に書き込む。

「大通りからは駐車場の中はほとんど見えない…」

相沢と模木がごくりと唾を飲んだ。

「…松田さん、その地面の成分を調べるようすぐワタリを向かわせます。待っていてください」

『あ、はい!』

(…しかし、ずいぶん綺麗に掃除してある)

Lは心の中で疑問に思う。

普通なら見逃していたほどに、苺は綺麗に拭き取られていた。

切り裂き男は用心深く用意周到。こういった証拠を残さないようにしたのは分かるが…

(人を車に閉じ込めた後すぐ、それを放置して掃除するなど…)

人質が暴れたら、叫んだら、目を覚ましたら。

そういった不安感があり、普通はできない。

「さらわれた場所はほぼ決まりだな」

「なんで##NAME3##さんがこんなとこに入り込んだかはわからないが、それはまあいい」

「だが。ここも防犯カメラはないだろう。ここからどうやって…」

背後の声を聞き、Lは角砂糖を3つ、口に放り込んだ。

親指を噛みながらじっと地図を眺める。

これほど考え抜かれた方法、やはり切り裂き男に似ている…

この路地から先はアパートなど住宅地に変わる。細い道は一方通行が多い。

そして、##NAME3##の携帯が捨てられた場所…

切り裂き男なら、逃走ルートも考え抜かれてるはず…

考えろ。私ならどう進む?

そう、私なら。そう考えるのだ。

口に入れた角砂糖が溶ける。まだ少し残っている中、Lはまた3つ頬張った。

相沢たちはそんなLを黙ってじっと眺める。

黒目がぎょろぎょろと動いて地図上を走った。

全ての道を頭の中で走る。

警察署がある。

こっちはあまりに細すぎる道、人通りがなさすぎる。

こっちならば…

しばらく考えた後、Lは地図上のある5カ所に印を付けた。

「…L、それは?」

ジェシーが尋ねる。

「##NAME3##を攫ったあと…犯人が逃走した可能性の高いルートです」

「な、なぜそんなこと…」

Lは話しているうちに喉の渇きに気づき、冷め切った紅茶を流し込んだ。こちらも味を感じない。

「##NAME3##をさらった状況や証拠を残さぬよう細心の注意を払ってる様子から、やはり切り裂き男のやり口と非常に似ている」

「…!」

「切り裂き男と仮定します。今までの事件の様子から切り裂き男なら逃走ルートも考え抜かれてるはず。」

Lはペンでトントンと地図を指す。

「さらった後そのまま大通りには出ないでしょう。この路地裏の道を走った可能性が高い。更にこの辺の道は一方通行が多い。道路標識は必ず守ってるはず、誘拐など行った後は特に。違反して誰かの記憶に残ったりしたら大変ですので。
 ##NAME3##の携帯が捨てられた場所を通り、無意識に警察署がある場所を避け、かと言って人気の無さすぎる目立つ場所を避けるとなると…いくつかルートが絞られます」

「な、なるほど…」

「凄い!さすがLです!」

飛び跳ねて喜ぶジェシーに目もくれず、Lは続けた。

「必然的に出てくるこの5つの場所。住宅街から一般道に出る道です」

「じゃあ、今度はここらへんの防犯カメラを調べて…」

「『防犯カメラのない』ところが犯人が出てきた道です」

ピタリと相沢たちは停止する。

「切り裂き男なら…そこまで考えてルートを考えるはず」

「そ、そこまで考えるか…?」

「そこまで考える相手だからあなたがたも苦戦してるんでしょう」

ぐうの音も出ない相沢たち。しかしすぐ背筋をのばした。

「よし、この5カ所に行って、周辺に防犯カメラがないか見に行くぞ!」

「行きましょう!局長にも連絡します!」

そう言い残し、二人はバタバタとホテルを後にした。

Lはまだじっと考え事をしている。

ジェシーはキッチンに立って紅茶を入れた。

「さすがです、切り裂き男を着実に追い詰めている…」

「…ここからが問題です」

これ以降のルートを、どう割るか。

Lはまた強く親指を噛んだ。





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