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時計を眺めた。

先ほどから何度目か数えきれないほどだった。

まだ3分しか経っていないことに、Lは絶望を覚えた。

時刻は16時50分。

もう帰ってきてもよい時間だった。いや、彼の中ではとっくに戻ってきてるはずだった。

しばらく前に散歩に出かけたゆづきは、普段からいつもLに心配かけないよう動いてくれていた。それを彼も気づいている。 

だからこそ、Lが提示した時間ギリギリまで帰ってこないのが、らしくないと感じていた。

そばで仕事をしていたジェシーが顔を上げる。

「雨だしタクシーが混んでたりするんじゃないですか」

答えなかった。視線を落とし、すでに冷え切った紅茶を一口飲む。

「温かいの、いれましょうか」

ジェシーが言うのを聞いてようやく口を開く。

「お願いします」

ジェシーが立ち上がりキッチンへ立つ。キッチンに立つのはいつもゆづきの仕事だった。見慣れない景色に少々戸惑う。

その時丁度、リビングの扉が開いた。

はっとしてそっちを見ると、仕事から戻ったワタリだった。

「戻りました、L」

「…遅かったな」

##NAME3##ではなかった。Lはまた時計をみる。

ワタリはキッチンに立つジェシーを見て首を傾げる。

「##NAME3##さんはどちらへ」

「散歩に出かけた。もう帰ってくるはずなのだが…」

とうとう、約束した17時になってしまった。

Lは颯爽と電話を取り出す。彼女の番号へ掛けた。

「………」

少ししてLはすぐ切る。

「電源が入っていない…」

ボソリと呟くと、ジェシーが反応した。

「映画でも見てるんじゃないですか?」

「ありえません。彼女は私との約束を破るようなことはしない…」

ジェシーは笑いながら、いれてきた紅茶をもってくる。

「L、あまり縛りつけると女性は逃げたくなりますよ」

紅茶の香りが鼻につく。

同時に、ジェシーからは女性らしい甘い香りがした。

「いい大人の女性が17時門限なんて。破りたくもなりますよ」

…そういうものだろうか。

Lは何も言わず紅茶を飲んだ。いつも飲んでる味が、どうも物足りなく感じる。

Lは自分が執着心が強いことは承知していた。それをゆづきが呆れていることも。

一口飲んだだけで、また携帯を取り出して掛けてみる。

やはり、無機質な声で電源が入ってない音声が流れるだけだった。

こみ上げる不安感。

外を見れば、とうとう雨が降り出していた。




30分過ぎたあたりで、ワタリも心配そうに外を眺めた。

「車を出しましょうか」

ワタリの声を聞き、Lは目の前のパソコンを操作する。

ジェシーがそれを興味深そうに覗き込む。

「##NAME3##の携帯には中にGPSを入れてあります。電源が切れても作動する小型のものを。」

画面に地図が表示される。そこに一つの赤い点が映り、ひとまず彼は安心した。

「ワタリ、行ってきてくれ」

「はい」

移動はしてないようだった。赤い点は動くことなく点滅している。

…しかし、ここはジェシーの言うような映画館でもない。どこかの店だろうか。まさか一人で食事をとってるわけでもあるまい。

弥との約束も3日後と言っていた…

ジェシーが画面を覗き込み、Lと同じ疑問を口にする。

「一人で食事でもとってるんですか、あの子は」

「…ありえないと思いますが…」

「携帯忘れたとか?」

「そっちの方が信憑性があります。しかし携帯を忘れたとなれば彼女の行方が分からなくなってしまう…」

「まあ、大丈夫ですよ。あの子もいい大人だし、母国なんだし」

自身の親指の爪を噛む。抑えきらない不安を、なんとか押し殺した。

こんなことは今まで一度もなかった。

まあ彼女を一人で外出させたこと自体ほとんどなかったのだが。

母国だということで、一人で出してしまったことを悔やむ。

もし彼女に何かあったら。

どこかのカフェで居眠りでもしていてくれればいい。

誰かと再会して、時間を忘れるほど話し込んでいてくれればいい。

とにかく、今すぐ彼女の行方が知りたい。

Lは胸の中にざわめく不安を必死に隠す。

しかし、その不安が一気に爆発することとなる。

それは約10分ほど経った頃ワタリが急ぎ足で帰ってきたこと。

彼は一人だった。そして、珍しく眉を潜めている。

「L、こちらが…」

ワタリの手には、##NAME3##の携帯が握られていた。

Lは目を見開く。予想していた最悪の展開。

「店の中にでもあったのか、それとも落ちてたか」

「…いいえ」

ワタリは更に、最悪の言葉を言った。

「ある飲食店裏にあるゴミ捨て場に…これだけ捨ててありました」

時が、止まる。

噛んでいた親指が震えていることに、自分で気がついた。

破棄してあった。この携帯が。あえて電源を切られて。

それは彼女がなんらかの事件に巻き込まれたと推測するには十分すぎる出来事だった。

今手を出している事件が頭をよぎる。

「………ワタリ、警察に連絡を」

何とか絞り出した声でいう。ジェシーのみが普段の様子で慌てて言った。

「L…!確かに携帯が捨てられていたのは気になるけれど、彼女が故意に捨てたものかもしれませんよ」

「ありえません」

「なぜ言い切れるのですか?イギリスの生活に嫌になった彼女がここを逃げ出した可能性があると言ってるんです」

「…##NAME3##が?」

あの人が、嫌になった?私のそばを?

Lはジェシーを丸い目で見上げる。
 
「その可能性もありますよ、それとも単に落として、不親切な誰かが嫌がらせのように捨てたのかも」

「しかし、もし誘拐だったら一刻の猶予もありません。切り裂き男だったら…」

「L落ち着いてください、あなたらしくありません。誘拐だとしても、切り裂き男ではありえない。彼女は被害者たちとは年齢も外見もまるで違うし、今日は日曜日です」

確かに切り裂き男が現れる条件は何一つ満たしていない。

では、偶然にも他の誘拐事件に巻き込まれたと?

Lは目を泳がせる。それは、ワタリですら見た事のないLの戸惑いの様子だった。

普段の冷静沈着な推理はまるで出てこない。
 
「…とにかく警察に連絡します、私たち3人では人手が足りない」

それもジェシーは食いついた。

「お言葉ですがL、成人した女性が約束の時間に1時間遅れているだけなんて、警察は動いてはくれませんよ。それこそ、切り裂き男の被害の可能性があるならともかく」

「私の恋人だと警察庁長官に説明してください。警察員総出で全力をかけて探し出すよう。」

「…L」

「私の恋人となればこれがただの家出などではないことがわかるはず。先程の携帯電話の件も伝えれば…」

「L」

ずっと黙って聞いていたワタリが、低い声で呼んだ。

「混乱する気持ちはわかります。ですが、どうか落ち着いてください。
 あの方があなたの恋人だと情報を流すことの危険性、お忘れになるとは」

はっとする。

ワタリは続けた。

「あの方の本名や顔、特徴なども晒すことなる。相手が警察とは言えども、どこから情報が漏れるか分かりません。
##NAME3##さんはあなたの最大の強みであり弱みです。世界のLの恋人となれば、今後命を脅かされることになり得ます」

Lとは、性別も顔も年齢も不詳の存在。手段を選ばないやり方で様々な事件を解決し、その一方犯罪者から恨まれている数はどれほどか。

その恋人だと彼女の情報を流すことのリスクは大きすぎる。それは少し考えれば…いや、考えなくとも分かることだった。

Lは膝の上に置いた手を握りしめる。

どれほど自分が冷静さを失ってるか思い知らされる。

「警察に捜査依頼を出すのは構いません。ですがそれは、あくまで一般人として出さなくては」

ジレンマだった。一般人としてでは、ジェシーが言ったように今の状況では警察は大々的には動かない。

大々的に動かすには、彼女をLの恋人だと公表しなくてはならない。

Lは天井を見上げた。

やはり、警察に一般人として捜査依頼しつつここの3人で探し出すしかないのか…

しかし万一にも切り裂き男だったら、3日後に彼女は…

いや、切り裂き男でなくても、危険に変わりない…

未だかつてないほど思考が混乱している中、ワタリは言った。

「L。警察官長官には切り裂き男の捜査だとでも言って、彼女のことをすでに知っている方々に協力を依頼しては」

目を開く。

ワタリを見た。

彼は強く頷いた。

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