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午後。昼食をとり終え、今日Lが食べる分のお菓子も作り終え、私は彼に促されるまま隣に座ってLを眺めていた。
そんな私は痺れを切らしたように、ジェシーは唐突に言った。
「散歩でもしてきたら?母国なんでしょう?」
どうせできることもないのだし、という続きがある気がした。完全に私の被害妄想だけれど。
私が答える前に、チョコレートケーキを食べながらLが答える。
「だめです。ゆづきに何かあったら大変ですので」
ジェシーは笑って言う。
「L、ここは日本ですよ。彼女もよくわかってる国です、安全です」
「切り裂き男がいる中一人で歩かせるのは危険です」
「彼女はどう見ても切り裂き男の被害者とはあてはまりませんよ」
確かにそうだった。年齢も、外見も私は切り裂き男の被害には程遠い。
ジェシーは更に言う。
「せっかく母国に帰ってきたのにこもりきりは彼女も可愛そうですよ」
Lはフォークを噛んだまま黙る。
私はその空気感に気まずさを感じ、そこから立ち上がる。
「L、私すこし散歩してきます」
「しかし」
「ジェシーの言う通り私は被害者達とはだいぶタイプも違うし…今日は日曜日だから」
切り裂き男の被害はいつも月曜日。それは4件とも共通している。
「大丈夫、すこし歩くだけ。人通りの多いところだけ選ぶから」
Lは少し考えると、紅茶を飲んで言った。
「5時までには帰ってきてください。それ以降は暗くなります」
時計を見る。3時半過ぎだった。
「かならず戻るね」
「携帯を忘れずに」
「はーい」
私は返事をすると一旦自室へ戻り、カバンを持ち携帯を入れた。充電は…十分ある。
以前Lが与えてくれた、連絡先はワタリさんしか入っていない、使ったことのない携帯電話だ。
一人で出掛ける事すらほぼしない私にはまるで不要だったが、解約することなくずっと持っている。
私は再びリビングへ行くと、Lとジェシーに挨拶した。
「じゃあ、行ってきます」
ジェシーはこちらを見る事なく私に手だけ振った。
「携帯は持ちましたか」
「持ったって」
私は苦笑して答えると、安心させるために一度鞄から出して見せた。
「…なるべく早く帰ってきてください」
そうLは一言だけ、言った。
私は頷き、ホテルの部屋を後にする。
最上階からエレベーターを利用して一階まで降りた。
上品で掃除のいき届いたフロントを通り、重いガラスのドアを開ける。
雨の止んだ街へと足を踏み出す。
空はどんより暗く、日が無いため特に冷えていた。私は自然と手をポケットに入れる。
息は白く色を変え上昇していった。
(さて…どこにいこうか)
とりあえず目的もなく歩き出した。
(買い物ー…も、お金使うのもなぁ)
Lのお金だし。
せわしく動く人々の中でゆっくり足を進めながら想いにふける。
2年前が凄く昔みたいだな。あの頃は毎日が必死で、どうなるか分からない明日に怯えていた。
Lはあの頃と何も変わらず私を全力であいし、守ってくれている。
感謝してもし尽くせないほど。ちょっと過保護すぎるけど…
ふと目にとまる雑貨屋がある。私はそこに足を入れた。
可愛らしいグッズが並んでいる。お洒落な食器、観葉植物、バスセット…
その中に、パンダの置物があった。
ついそれをてにとる。
『あーんな猫背のクマ作ったパンダ…』
ミサの言葉が蘇って、私はつい笑った。
店の中だということをおもいだし、すぐに頬を引き締める。
Lは変わり者だ。頭の切れは世界一、でも協調性と生活能力は皆無に等しい。
生活能力は、私と暮らすようになってだいぶ進歩したのだけれど…
365日寝る時すら同じ服装だし、裸足でL座りをして一日過ごしている。
出会ったカフェでは、変な人だとドン引きして近くの席に座る事すらやめたほど。
…なのに、どこでどうなったやら。
私はパンダをそっと戻す。
私は、やっぱり彼がとても好きだ。嫉妬心を抱くほどに。
パンダをしばらく眺めた後、何も買わずに店を出た。
うん、Lのためにケーキでも買って帰ろう。やることなくても、彼の横にいるのがやっぱり一番落ち着く。
(そうだ、あのカフェのケーキにしよう)
泊まろうとして予約がとれなかったホテルの一階のカフェ。あそこのショートケーキ。
私とLが出会ったお店なのだし、ここから歩いてそう遠くはない。
そう思い起こし、私は湿気の強い街中を再び歩き出した。
目的の決まった足取りは早く、軽くなっていた。
「ショートケーキ2つと…モンブラン2つ、あと苺のタルト2つください」
私はショーケースに並んだキラキラ輝くケーキを覗き込んで言った。
にこやかな店員がその一つ一つをトレーに取り、箱詰めしていく。
売り切れていたらどうしようかと心配していたが、幸い何種類かまだケーキは残っていた。
3年前このカフェは軽自動車の追突により長く営業停止していた。再開した時はリフォームしたためか、だいぶ中の様子が変わってしまっていた。
Lがあの座り方で一人ケーキを食べていたテラス席も、だいぶ風変わりしている。冬の雨空、今日はもちろん誰も座っていない。
店員が詰め終えたケーキの確認を求めてくる。間違いないメニューを見て、私は微笑んで頷いた。
会計のため鞄から財布を取り出す。普段はほとんど出番のない財布。
中から現金を取り出す。Lやワタリさんはいつも黒いクレジットカードを使っているが、私はそれを持つのが怖くて現金派だ、落としたらどうしようという不安が拭い切れない。
レシートを店員から受け取り、彼女が箱を袋に入れている様子を見ていた時だった。
隣にすっと男性が立った。40代半ばくらいだった。
すらりとした長身に細身の体、上品なスーツを着て、深く帽子をかぶっていた。
帽子の下から覗かれる顔立ちは整った、いわゆるできる男、という感じ。
彼はショーケース越しに店員に話しかける。
「すみません、この辺で10歳くらいの女の子を見ませんでしたか。」
私の対応をしているのとは別の店員が答える。
「え?いえ、見てませんが…」
「ピンクの服を着た女の子なんです。はぐれてしまって…」
「迷子ですか?ホテルのフロントに聞いてみては…あ、歩いて5分くらいのところに交番がありますよ」
「あ、道を聞いてもいいですか」
男性は丁寧な口調で話す。その声は居心地の良いアルトで、身だしなみが整ってる人は声まで素敵だな、なんて思う。
「お客様、お待たせしました」
はっとすると、私の頼んだケーキが紙袋に入れられていた。
「ありがとうございます」
「またのお越しをお待ちしております」
私はケーキを手渡されると、丁寧にお辞儀をしてくれた店員に会釈し、その男性の後ろを通り過ぎた。
男性は困ったように眉を潜めて、店員と話している。
(娘さん、かな…)
ここに来るまでの道をおもいだしてみるが、それらしき女の子を見た覚えはなかった。
自分が何も有力な情報を持っていないことに申し訳なさを感じながら、私はお店から出た。
外に出ると、暗い空は尚更雲が覆っており、今にも降り出しそうだった。
しまった、傘は持ってきていない。
振られる前に帰ろう。
私は足早に歩き出す。
ケーキを揺らさないよう細心の注意を払いながら足を進める。
冬の昼は短い。早くに陽は落ち、登るのも遅い。
が、今日はそんな季節お構いなく一日暗い。
凍える手を握りしめた。
ホテルまでは徒歩20分ほどだろうか。Lがしれば、タクシーを使ってくださいと言うに決まっているが、貧乏性の私にはそんことできない。
一体、Lって資産いくらあるんだろう…キラ対策ビル建てるくらいだから、私の想像より遥かにあるんだろうなぁ…
暇があれば私に洋服だの化粧品だの買いまくってくれるけど…私ユニ●ロで十分なのに…
そんなどうでもいいことを考えていると、通った車が水たまりを踏んだらしく、派手に水しぶきを上げた。
私はとっさに避けるも、足元にかかるのを止められなかった。
…最悪だ、帰ったらお風呂入ろう…
どんよりした気分でさらに足を進めていると、目の端に何が映った。
ふと、足を止める。
自分の歩く大通りより一本中へ入った道に、小さな駐車場が見えた。
車は満車なようで狭い土地にせめぎあって停めてある。
その前に、ピンク色の服が見えた。
(…あれ)
爽やかな桃色のセーターを着た主は長い髪をしている。どう見ても子供なその子は、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいた。
先ほどのケーキ屋で会った人を思い出す。
10歳くらいの、ピンクの服を着た女の子…
もしかして、あの子迷子??
私はそちらにさっと方向転換して歩いた。少女は変わらずしゃがみ込んで顔は見えない。もしかしたら、泣いてるかもしれなかった。
なんとなく足を早めて、そこへ向かう。
「ねぇ、もしかして…」
声をかけてみるが何も答えない。私はさらに足を早める。
「あの、もしかして迷子?」
再び声をかけると、その子は振り返る事もなくさっと駐車場の奥へ入ってしまう。
…なぜ逃げる。怯えてる?
決して不審な格好をしてるわけではないと思うのだが。地味に傷つく。
しかしこのまま放っておくわけもいかず、私は追いかけて駐車場の中へ入った。
やはり狭い駐車場で、よくこんな器用に停めたもんだと思うほどに車がとまっている。
「ねえ?迷子かな?」
歩きながら声をかけていると、またあのピンク色が目に入る。
またしゃがみ込んでいた。
私はその姿になんだかホッとし、ゆっくり近寄る。
「違ったらごめんね、もしかして迷子かな?」
顔を俯かせたまま見えない。
「えっと…ここは車が動くかもしれないから危ないよ。でようか、さっきあなたのお父さんをね」
その俯いた小さな肩に合わせるように、私は自分自身もしゃがみこんだ。
「怖がらないで、さっきケーキ屋さんで…」
そう話していた瞬間だった。
突然、背後から電流が走ったように体全体に痛みを覚えた。体が反り返るのが自分でわかる。
大事に持っていたケーキの箱をつい落とす。
叫び声さえ出せず、私は雨の残る冷たい地面に体を打ち付けた。
意識は、飛んだ。