小さな狂気
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誰もいなくなった捜査本部は広すぎて、ティーカップを置く音が無駄に響き渡る。
いや、誰もいなくなったわけではない。
そっと隣を見た。少し離れたソファで、夜神月は寝息を立てている。気持ちよさそうに聞こえる規則的な息の音が、どこか恨めしい。
繋がった自分の腕を見た。己が始めた事とは言え、正直不愉快でたまらない。なぜこんな事をしたのだと自問自答し、いやこれが最良の方法だったんだとまた自分が答える。
私は小さく息を吐いて、近くにあったリモコンを操作し、モニターを映し出す。
容疑者である弥は暗い部屋で寝ていた。不審な動きは何もなし。
弥もまた気持ちよさそうに寝入っている。しばらく意味もなく眺めたあと、モニターを切った。
再び流れる静寂。
いつになく心はどこか暗く、沈んでいた。
確実にクロだと睨み、このまま結末までたどり着けるかと思った矢先また覆された。
手の届くところまで行っての振り出しは思った以上に自分にダメージを与えた。
考えてもわからない不可解は多く存在し、一つも解けていない。
やる気を無くしている、と言われてもまるで否定できなかった。自分でもかつての勢いを失ってる自覚がある。
更には、こんな鎖で繋がってるせいで愛する人と二人の時間も過ごせない。
昼間彼女を無理に抱き寄せて時間を過ごす。恥ずかしがってるのは承知だったが、それくらいでもしないと私の気は狂ってしまいそうだった。
充電タイムだ、と豪語しているが、あれぐらいでは実はまるで充電出来ていない。
真っ暗になったモニターを眺めながら、どうも冷えた自分の奥底にある心が波打つ。
ああ彼女の部屋にもカメラをつけておけばよかった、などと考えてしまう。
こんな時あの人を眺められたら。
そう考える自分は歪んでいるんだと自覚しないわけにはいかない。昼間すぐそばにいて、抱きしめる事だってしてるくせに、まだ望むのか。
自分の愛情が時折、自分で怖く感じる事がある。
こうやって、あの人をモニター上で眺めたいなどと。
『竜崎、本当に独占欲強いんですね』
よく呆れながらも笑う彼女が蘇る。
しかしあなたはわかっていない。
私が発する言葉を、半分冗談だと思っている。
私は冗談などではない。
狂おしいほどあなたを愛していて、独り占めしたい。
許されるならあなたを24時間見ていたいし、こうやって鎖で繋げてしまいたい。
ただまだ人間として稼働している自分の理性というものが、それを抑えてくれているだけだ。
人を愛したことなどなかった。
人に愛されたことなどなかった。
親にすら捨てられ愛されなかった自分は、愛というものにあまりに不器用すぎた。
「…竜崎」
はっと振り返る。いつの間に来ていたのか、彼女が立っていた。化粧を落としたどこか幼い顔立ちで、優しく笑う。
「珍しいですね、何度か呼んだのに。考え事ですか?」
毒気のない笑顔。それを見るだけで、私の心の黒い部分が少しだけ晴れた。
「…あなたのことを考えてました」
「またー。」
小さな声で呆れて笑う。
ほら、信じない。私は嘘を言っていないのに。
彼女は私の隣に腰掛けた。寝ている夜神月を見て小声で話しかける。
「随分難しい顔してましたよ」
「そうですか。難しい事を考えていたので」
「竜崎に難しいことなら私には絶対無理ですね」
眉を下げて笑う。私の心の中の狂気など、想像もしてない顔。
あなたに私の胸の内をはなしたら、どんな顔をするだろうか。
幻滅するだろうか。
「…私は、歪んでるなと、考えていました」
気がつけば、口から言葉が漏れていた。
「え?」
「自覚してるので。子供の頃から…人付き合いなどせず事件とだけ向き合ってきた結果です」
「どう歪んでるって言うんですか?」
清らかな瞳で私を見る。普段は好きなその瞳が、どうもこの夜は息苦しい。
どうしたというのだ、今日の自分は。
「…例えば」
「うん」
「あなたを閉じ込めてしまいたいなど」
「出会った時みたいですね」
「あれはあなたの素性を確認するためです。今はただ単に…あなたを愛するがゆえです」
こんな事を言って、どうするというのだろう。
彼女に呆れられるだけだ、いやそれ以上かもしれない。
なのに私は今日、この気持ちを彼女にどうしてもぶつけたくなった。
ゆっくり首を傾げて私を見つめる。
「それが、歪んでるってことですか?」
「弥のようにあなたをいつでも見れるようにしたいなどと」
「はい」
「私はそんな事ばかりを考えてしまいます。」
「竜崎、本気で言ってますか?」
彼女の強い声。ああやはりぶつけるべきではなかった、と瞬時に思う。
彼女はじっと私を見つめたあと、急ににへら、と笑った。
「それだったら、私だって歪んでますよ?」
予想外の言葉に、自分で目を丸くしたのが分かる。
「私なんて自分を殺そうと思ってたんですから。どんな理由があるにせよ歪んでます」
「それは」
「それぐらい歪んでてもいいんじゃないですか?人間きっと誰しも歪んだところはありますよ。」
そう言って、彼女は私の頭をそっと撫でた。
「疲れてますね、竜崎。キラ捜査が行き詰まったからですかね。疲れてる時、人は自分の歪んだ部分に押しつぶされそうになりますから」
子供に言い聞かせるようにゆっくりと彼女は言い、ただただ笑った。
私の歪みなどこの笑顔の前では、ほんの些細なことなのだと。
敵わない。この人には、永遠に。
私が抱く狂気すら、あなたは笑ってくれる。
ああこれほど人を愛する日が来るなどと、想像もしていなかった
「では許可が下りたので、あなたの部屋にカメラを設置しようと思います」
「竜崎!許可してませんよ!歪みは心のなかで存在しても構いませんが、実行したら犯罪ですよ!」
「本人の同意があれば犯罪になりませんよ」
「同意してないから!」
「残念です」
隣で焦る彼女を横目に、私は紅茶を飲んだ。
黒ずんだ心の一部分は消えることはない。が、それも含めて私の心なのだと自覚させられた。
いつかこの事件が終わってあなたと二人きりで過ごせる日が来たら、無くなるのだろうか。
…いや
きっと永遠に
「消えないでしょうね」
「ん?何がですか?」
「独り言です」
あなたを愛している限り、
私の小さな狂気はきっと生き続ける。
それが私の不器用で愚かな愛情。
