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時刻は23時を回っていた。
普段はとっくに寝ている時間だったけど、今日は眠れそうになかった。
ベッドの中でずっと寝返りをうっている。
…眠れない
寝てください、とワタリさんは言ってくれたけれども。
全然…寝れそうにない。
「…なにか、飲み物でも、飲もうかな…」
気分を変えよう。ホットミルクでも作ろうかな。
私はそっとベッドを降りると、物音を立てないよう部屋から出る。
さすがに、Lはもういないと思うけど…
こんな遅くまで残業、してるかな?
私は考えながら、扉を開けた。
電気が、ついていた。
「こんな時刻にどうしました」
「え、L!」
Lはいた。またソファの上に、いつもの格好で。
パソコンを眺めている。本当にこの人いつ寝てるの??
「まだ、起きてたの。」
「こちらの台詞です」
「あ、その…寝れなくて。ホットミルクでも飲もうかと思って来たんです」
「そうですか。」
それ以上何も聞いてこないLに気まずくなり、私は無言でキッチンに入った。
冷蔵庫を開ける。牛乳を取り出すと、
「私の分もお願いできますか」
Lがいった。
「あ、はい、いいですよ。」
私はそう答えて、二人分、マグカップを取り出した。
牛乳を注いで、レンジに入れる。
昼間とはまた違った静寂が、訪れる。
レンジが稼働する音だけが響いていた。
数分でレンジはとまり、出来上がりの甲高い音を鳴らした。
私は取り出し、Lの分にだけ蜂蜜を入れた。多分彼はホットミルクにも甘みを求めるだろうと分かっていた。
スプーンでかき混ぜる。
それを持ち、私はソファへ近寄る。
「ホットミルクです」
「ありがとうございます」
私がダイニングテーブルへ戻ろうとすると、
「藍川さんも飲むんですよね?どうぞ。」
そんな声が聞こえて驚いて振り返る。Lは…ソファの中央から端にずれた。
…え??
ついたじろぐ。
それは…隣に座って飲め、ってこと??
私はいつも、何か食べたり飲んだらするとき、Lから遠いダイニングの椅子に座っていた。
隣に座るなど、したことない。忙しそうで無愛想な彼の隣に座るなど考えたこともなかったのだ。
(…FBIのことで、気を使ってくれてるのか)
私はもう一つのホットミルクを持つと、お言葉に甘えてLの隣に腰掛けた。
どことなく緊張した。Lの隣、なんて…。
「甘いです」
一口ホットミルクを飲んだLが言う。
「あ、Lのには蜂蜜を入れました。砂糖よりは体にいいですよ」
「なるほど。美味しいです」
Lは熱そうにすする。私は熱いマグカップを両手で持ちながら俯いて言った。
「…さっきは、取り乱してすみませんでした」
「いえ。12人もの人間が殺されたと聞いて驚かない方が無理です。」
ちらりと、横目でLをみた。
黒髪のなかに見える瞳は、睫毛が長かった。
「何度でもいいますが、あなたが責任を感じることはないです。」
「…」
責任を、感じてるわけじゃない。
自分の無力さに、ほとほと呆れているだけ。
力なくマグカップを口に運ぼうとしたとき、Lは唐突に言った。
「藍川さん。あなた…
私と出会った日、自殺しようとしてましたね?」
ピタリと、手を止めた。
「あなたの能力を検証してる時に、失礼ながら藍川さんについて調べさせてもらいました。
あなたはあの日、住んでいたアパートを引き払っている。家具や家電も捨てて。新しい住所は決まっていない。
仕事は1ヶ月前に退職。携帯も解約。
そしてあの日回収した鞄の中身は、わずかな現金が入った財布に、一人の女性の写真…」
「…知っていたんですね」
私が、あの日死のうとしていたことを。
「誰がみても分かります。身の周辺を片付け、あとは死ぬだけだった。
あなたほど行動力も決断力もある方が、なぜ自殺など思い立ったのか不思議でしたが…
半年前に亡くなられた、お母様が原因ですか?」
私はそっと一口、ホットミルクを飲んだ。
「母は…優しい人でした」
Lも私と同じように、ホットミルクを一口入れる。
「5歳の頃父が目の前で轢かれて力が出たことはお話ししたと思いますが…幼い私は見える予知を口に出していました。
初めは笑って聞き流していた大人たちも、次第にきみ悪がりました。
私を遠ざける人達ならまだよかった。私の力で金儲けを企む人達が集まってくると、母は引っ越しをせざるを得ませんでした…」
あの子の言うこと、すごく当たるのよ。
気持ち悪いわね…
そう言う大人たちの声はよく聞こえた。
「でも母は決して私を責めなかった。いつも、あなたは悪くないのよって頭を撫でてくれました。
引っ越しは何度か繰り返しました。母はパティシエでしたが、そう簡単に再就職先も見つかるわけもなく、スーパーのレジ打ちをして私を養ってました」
貧しい生活、母と二人。それでも母は笑顔を絶やさず、たまの休みは思い切り遊んでくれた。
たくさん抱きしめてくれた。
私はお母さんの匂いが大好きだった。
「中学にもなるとさすがに私も予知を人に話すことはしなくなりました。
なるべく人と関わらないように息を潜めて毎日を過ごしてました。
…でもある日、クラスメイトが階段から落ちる予知を見てしまって。
その子はあるスポーツで有名な子でした。私は迷ったけど、階段にはくれぐれも気をつけて、と助言してしまいました…」
「それで、未来は変わりましたか?」
「いいえ、結局その子は怪我をしてしまって…
それから、どこでどうなったのか。私が突き落としたんじゃないかって噂が出回りました…」
未来を人に話すことはこれほど恐ろしいことなのかと、私はようやく実感した。
母に泣きながらその出来事を話したのを思い出す。あの時も…あなたは悪くないよって、励ましてくれた。
「母と最後の引っ越しをしました。それからは人には絶対に予知を話さなかった。理解者である母と二人、慎ましく生きていこうと誓ったんですが…」
優しい母。苦労かけた母。
いつか、絶対親孝行してみせる。
友達も恋人もいなくていい。理解者は母一人いればいい。
そう心に誓って、私は学生時代を終え…
「一年前。予知が見えました。痩せ細った母が、ベッドで亡くなるのが。
私は慌てて母を病院に連れて行きました。
でもその時にはもう…手の施し用のない状態だった…」
ガンだった。転移もしていた。
辛い闘病生活、母は弱音一つ吐かなかった。
「母はやっぱり私を責めなかった…あなたは、悪くないのよって…でもその言葉が、その時差し出された細い手が、私は今でも夢に見る…
母をあれだけ苦しめたこの力は、母を一度も救うことが出来なかった…。もう少し早く予知が見えていれば、助けられたかもしれないのに…!」
何のための力か。
私と母を苦しませるだけの、授かったものなのか。
天罰なのか。
「…死んでも母が喜ばないことくらい、わかってました…でも、もう耐えられなかった。この世で生きていく事に。
それであの日…身の周辺を整理して死に場所を求めてあるいてました。そこで出会ったのが、Lです」
Lはまた一口、ホットミルクを飲む。
「あなたの未来が見えた時…絶対に助けたたいと思った…それは、母を救えなかった罪悪感から逃れられる気がしたから。助けられなかった母への贖罪におもえたから。
…L、私は、あなたを助けたいなんてカッコいいこと言ったけど、本当は自分のためなんです…!自分が、救われたかったんです…ごめんなさい、あなたを利用して…ごめんなさい…」
私は俯いて、彼にそう謝った。
自分が無力ではないと実感したかった。
誰かの力になれるんだと証明したかった。
でもーー結局12人ものFBI捜査官は死に、私はまた人を助けられなかった…
何のために、生きてるのか。
何のために、生まれてきたのかーーー
Lはゆっくり、マグカップをテーブルに置いた。コトンと音が響く。
体ごと私の方に向き直る。
そして。
ぽん、と私の頭に手を置いた。
はっと息を飲んだ。
それは、私が幼い頃から母に与えられた、好きなぬくもりだった。
Lは一言だけ、言った。
「優しいお母様だったんですね」
ゆっくり顔を見上げた。
Lはーーーとても優しい笑みで、私を見ていた。
少しだけ上げられた口角が柔らかい。
その瞬間、張り詰めていたものがプツンと音を立てて崩れたように、私の目からは止め処ない涙が溢れ返る。
「え…る…」
ぽろぽろぽろぽろ、何の意思もなしに零れ落ちる涙。
涙で、Lの顔がぼやけて見える。
「ごめ…なさい…」
お母さん。助けられなくてごめんなさい。
お母さん。苦労かけてごめんなさい。
彼は何も言わず、私の頭に手を置いている。
止まらない涙がソファにシミを作る。
大好きだった。お母さんのこと。
誰より理解して、誰より愛してくれた。
私の1番大切な人ー
私はその場で、まるで子供のように大きな声を上げて泣き喚いたのだった。