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人は見かけによらない、と思う。
そう、見かけで判断してはならない。普段から心がけている。
しかし、これはあまりにも意外性が強くないか??
「す、すい、すい…!」
「座ってください。今手当ての手配をします。」
彼は大きくふわふわなソファに飛び乗り、またあの奇妙な座り方で落ち着いた。
(スイートルーム、だ…!!)
私は感激のあまり言葉をなくした。豪華なシャンデリアに、広い部屋。一つ一つの家具はアンティークのような、お洒落なもので揃えてある。
彼に連れられエレベーターにのってみれば、なんと最上階にきたではないか。
そして入ってみれば、私が生きてこのかた足を踏み入れたこともない部屋へと繋がっていたのである。
テレビでしか見たことのない、最上級の部屋…凄い、凄すぎる!
「…どうしました、早く座ってください」
訝しげに私を見上げる。
「す、すみません、スイートルームなんて初めてで…」
私は慌てて、彼の向かいのソファに腰掛けた。しまった、つい感激を隠す事もなくはしゃいでしまっていた。
「そうですか。ところで。」
バッサリと、話を切られた。
「先ほどは、ありがとうございました。」
抑揚のない声で、そして表情のない顔でそう告げられた。なんだか人形のようだなと思ったり。
…変わった人だなぁ。その出立だけでもそう思ってたけど、話してみて尚更思ってしまった。
「あ、いえ…そんな…」
「申し遅れました私は竜崎、といいます」
「あ、藍川 光、です。」
「藍川さん。あなたに聞かなければならないことがあります。」
竜崎さんはそういいながら、机の上にある高そうなチョコレートを手に取り頬張る。
改めてみれば、テーブルの上は甘いお菓子で埋め尽くされていた。…今からお茶会でもあるのかしら。
「なぜクルマが突っ込んでくると分かったんです。」
はたと、停止した。
…しまった。
竜崎さんはチョコレートをもぐもぐと頬張りながら続けた。
「あなたは車が突っ込んでくる前に私を連れ出し、助けた。なぜ、車がくるとわかったんです?」
もっともな疑問だった。
私は心のなかで、冷や汗を掻く。
「あの、車が走ってるのが見えて…」
「それはありません。あのクルマが衝突してきた様子からして、そしてこのホテルの立地からして、長く暴走してきたようには見えない。そうなれば悲鳴やクラクション、エンジン音で私も気づくはずです。おそらく、このホテルの目の前でアクセルとブレーキを踏み間違えたのでしょう。高齢者によくあるケースです。現に、運転していたのは老夫婦でした。」
サラサラと述べられた話にポカンとする。
…あの状況で、あの短時間で。
なんでこの人、そこまで観察できてるの…??私は何も考えず寝そべってただけですけど。
私は呆然とするしかなかった。
「教えてください。なぜ、わかったんですか?」
竜崎さんはなおも私を問い詰める。
…言えるわけない。
私に、予知能力がある、なんて…
「あの…その、私昔から感が鋭いっていうか…第六感が凄いんです。それで、さっきはすごく嫌な予感がして…」
苦し紛れだった。でも、未来がみえる、よりまだ信憑性のある話だと思った。
竜崎さんは考えるように目線を上にあげる。
「…感がいい、ですか…」
「はは…凄いですよね、自分でもびっくり…」
乾いた笑いを作った。
そこへ、この部屋の鍵がガチャリと開く音が響いた。
無意識に、部屋の入り口を見る。
するとそこには、とても上品な老人が立っていた。
「竜崎、救急セットをお持ちしました。」
「この人だ。手当てを頼む。」
その光景に私はまたしても呆然とした。なにこれ、執事??みたいな感じ??
…とんでもないお金持ちなんだろうなぁ…
老人は私のそばに来て、ひざまずく。
私は慌てていった。
「あの、自分でできます…!擦り傷ですし…!」
でも彼は、優しく微笑んでいった。
「竜崎を助けていただいたほんのお返しですから。」
そして、なんともテキパキとした手技で膝の処置を始めてくれた。
恥ずかしい気もするが、お言葉に甘えることにした。
「藍川さん」
「あ、はい!」
「あなたの第六感に感謝します。あとでワタリから謝礼をお渡しします。」
ワタリとは、この執事の名前だろうか。それより私は、謝礼の言葉に慄いた。
「そ、そんなつもりで助けたわけではありません!」
「ほんの感謝の気持ちです。」
「ですが…」
私にお金など、もう。必要ないのに…
そう、今これから死にに行く私に、現金は不要なのだ。頂いても勿体無い。でもなんだか引き下がらなそうだし…
ふと、目の前に広がる膨大なお菓子が目に入る。
チョコレート、フィナンシェ、バームクーヘン、キャンディ…
所狭しと置かれたそれらを見て、私はあるチョコレートに目を止めた。
「あの…では、このチョコレート、頂いてもよいですか。」
竜崎さんが私のさす手元を見る。
「お礼は、このチョコレートで。これも高級なものですし…」
「構いませんが、それでいいんですか?」
「はい、ケーキも食べ損ねたし。」
下のカフェは、どう考えても営業再開までかなりの時間を要するだろう。私はショートケーキをあきらめざるをえなかった。
ただ、目の前にあったチョコレート。これもまた、あの人と半分こしてよく食べた思い出のものだった。
高級だから、たまにね、と微笑みながら…
「…どうぞ。」
竜崎さんは私にすっと差し出した。しっかりとした厚みのある箱に6粒、入っている。私はお言葉に甘えて、それを手にとり、一つ口に入れた。
複雑な甘みとほのかな苦味が、口の中で広がる。
「…おいしい」
つい、顔が綻んだ。
この人の予知を見たことで、私は危険から守ることが出来た。
それは今の私にとって、とても重要なことだった。
竜崎さんはそんな私には目もくれず、自分も甘いお菓子を手にとりひたすら食べていた。
食べ過ぎだろ、と突っ込んでもよいだろうか。
私が次の一つを食べると、いつのまに準備してくれてたのか、ワタリさん?が紅茶を差し出してくれた。
「あ、ありがとうございます。」
「いえ、ごゆっくり。」
優しい笑みで言われたので、私もそっと笑みを返す。
湯気のたつ紅茶は、とても香りの良いアールグレイだった。
口へ運ぶと、香り全体が身体を包み込むように幸せな気持ちになれる。さては、これも高級茶葉だな…
そんな貧乏臭い事を思いながら、私はティーカップを置こうとした。
その時だった。
テレビが見える。
中で、外人の男性が話している。
しかし次の瞬間、胸を掴み苦しみだす。
いくらか暴れたあと、しんと動かなくなる。
その瞬間、テレビの画面は『L』の表記に変わり…
竜崎さんが、そばにあるマイクで話しかける…
信じられない…キラ、お前は本当に、直接手を下さず人を殺せるのか…
はっとした。
ばっと顔をあげる。
あまりに勢いよく見上げたからか、そっぽ向いていた竜崎さんがこちらを見た。
「…どうしました」
その問いに、私は答えられなかった。
予知の中で、声色を変えながら話していたのはこの人だ。キラ、お前は関東地方にいる、と高らかに宣言する。
…まさか。
まさか、まさか、この人が、あの有名な…『L』…?
今巷では、犯罪者が次々と心臓麻痺で死ぬ不可解な出来事が相次いでいた。
人々はそれを神の仕業とし、キラ、と呼んでいた。
ここ最近周りの情報には疎かった私でも、それくらいは知っている。
そして世界の名探偵、最後の切り札Lとは、性別不明、年齢不詳、とにかく謎に包まれた、けれども確実に様々な事件を解決してきた有名人だ。
この不可解な連続死に、Lが腰を上げて捜査するのは、なんら不思議な事ではない。
…でもまさか、この人が、あの…
「藍川さん?」
「え、あ…はい!」
名前を呼ばれ、ようやく正気に戻る。あまりの驚きに、私は意識が飛んでいたようだ。
「どうしました…ずっと私の顔を見て」
クマの目立つ目元が、不思議そうにこちらを見ている。
「あー、いや、な、なんでもないです!すみませんジロジロ見ちゃって…」
私は視線を下げ、またチョコレートを口に含んだ。せっかくの高級チョコレートだけれど、なんだかもう味がわからなかった。
この竜崎という人がLだとすれば、この風貌も部屋も説明がつく。
天才と変人は紙一重というし、(というか竜崎さんの場合変人だ。)世界のLなら腐るほど資産があるだろう。
…人は見かけによらない。さっきも思ったけど、それ以上に強く心に呟いた。
私は残りのチョコレートをなるべく早く口に放り込んだ。先ほどの未来から見るに、キラに直接対決を申し込んでいる。そんな重要な時に、私なんかに時間を割いていてはいけない。
もはやなんの味もわからなくなったチョコレートと紅茶を胃袋に入れると、私は手を合わせてご馳走様でした!と大袈裟に言った。
「竜崎さん、美味しかったです、どうもありがとうございました!」
「いえ…こちらこそ、改めてありがとうございました。」
無表情のままだけれど、竜崎さんはしっかり私の目を見てお礼を述べてくれる。
…私は、世界の名探偵を救えたんだ。それだけで、なんだか今まで生きてきた理由がある気がする。
私はソファから立ち上がり、カバンを持つ。
「では、これで失礼します。」
「はい、外はまだ混乱しています。お気をつけて。」
「ありがとうございます。Lも、お気をつけて。」
私はそう言って、くるりと背を向けた。
「待ってください」
竜崎さんの声が、聞こえる。
私は呼ばれるままに、振り返る。
そこには、目を丸くした竜崎さんが、私を見上げていた。
「今、なんといいましたか?」
「えっ…」
…しまった!!
私ははっと顔を引きつらせた。
完全に無意識だ。やらかした。
私は呼んでしまった。
L、と…!
竜崎さんの目が、急に鋭くなる。
「あなた、私のことをLと呼びましたね?」
「え?そ、そんなこと言ってない…ですよ?」
「聞き間違いではありません。そう呼びました。なぜ、私がLだと知っているんですか?どこかのスパイですか?」
どうしよう。言い逃れが出来ない…
竜崎さんは親指を口に当て、考えるようなそぶりを見せながら私を睨む。
「…藍川さん、あなたを返すわけにはいかなくなりました」
「えっ…」
「座ってください。そして説明してください。私が納得できるように。なぜ、私がLだと知っているんですか」
その問い詰め方は、とても迫力があった。
うっと言葉に詰まり、私は少し迷ったあと、言われたとおりにおずおずとソファに腰をかけた。
瞬時に居心地が悪くなる。強すぎる眼光で見ないでほしい…。
「…言っても…信じてくれないと…思います」
「信じるか信じないかは聞いたあとわたしが決めます。まずは話してください。」
冷たい声だった。いや元々温かみのある話し方ではなかったけれど。とにかく私は、心が芯まで冷えてしまいそうな感覚に陥った。
…もう、隠していても無駄だ。別に、隠したかったわけでもないし…
私は俯いて、膝の上に置いている自分の手を見つめた。
竜崎さんは、紅茶に大量の砂糖を入れて、スプーンでかき混ぜている。その音だけが、部屋に響いていた。
意を決する。
「私…人の未来が見えるんです。」
一瞬、ぴたりと竜崎さんの手が止まる。
しかし、すぐにまたかき混ぜて、その紅茶を口にする。
「続けてください。」
「えっ…」
てっきり、冗談はやめろ、などと言った言葉を投げられると思っていた私はきょとんとしてしまった。
「言ったはずです。あなたの話を聞いてから信じるか信じないか決めます。まずは話してください」
「は…」
こんな突拍子もない話を、彼は…ちゃんと聞いてくれようとしている。
こんな人、初めてだった…
私は戸惑いながらも、そのまま話を続けた。
「あ、の…さっき見えたんです。テレビの中で…リンド?テイラー?とかいう外人が喋って、キラを攻撃していて…そしたら苦しみ出して、そのまま死んでしまって…次にLのロゴが現れて、竜崎さんが…」
「竜崎です。」
「え…」
「竜崎です。」
「り、竜崎、が…」
「はい。」
「マイクを取って、話し出したんです。キラに…お前を捕まえる、この放送は関東地方にしか流れていない、だからキラは関東にいる、と…」
「…」
「それで、Lが今起きてるキラ事件を捜査し始めたんだと推測できました。…あなたが、Lなんだと…」
話し合えて、私は恐る恐る竜崎の顔を見た。
相変わらず表情は変えず、紅茶をすすっている。
「…驚きましたね」
「え?」
「あなたの言うような内容でのテレビ放送を、極秘で準備中です。明日、流す予定でした。このことは、警察すら知らない…世界でもごく一部の人間しか知りません。」
「はあ…」
「なるほどそれで、下で車が衝突するのが分かったのも、予知なのですね?」
「そうです…」
竜崎は親指を口につけて考える。癖なのだろうか…、まるで幼児のようだ。
私はただそれを見て、竜崎の次の言葉を待つしかなかった。
「藍川さん。」
「は、はい」
「先ほどの話は、あなたの能力を認めざるを得ない内容です。が、しかし、このエピソードだけで信じてしまうのは時期尚早すぎる。放送はあなたが何らか特別なルートで調べ上げたのかもしれないし、下の事故は運転手と手を組めば簡単に演出できる。」
「そ、そんな、私そんなこと…!」
「明日の放送を待ちましょう。あなたの言う通り関東でキラがかかれば予知通りです。…あなたがキラなら話は別ですが。」
今度はキラ呼ばわり…!
次から次へと、私に身に覚えのない容疑をかけられている。
竜崎は私が憤っていることに気づかないのかあるいは気づいてて無視しているのか、そのまま言葉を続けた。
「あなたを信じるためにはもう一つ。他にも予知をしてみせてください。数が多ければ多いほど、あなたを信じざるを得なくなる…」
「…あの、予知と言いましても…これが浮かんでくるのは前触れもなく突然なので、見ようと思って見えるわけでは…」
「では次の予知が出るまでここにいてください。外部との接触を禁じます。カバンも回収します」
呆気にとられた。
こうも淡々と、人を軟禁状態にする運びをするとは…!
「ワタリ」
竜崎の声を聞き、ずっとそばで立っていたワタリさんが私に近寄る。
「申し訳ありません。カバンをお預かりします。ポケットの中身も出してください。」
「…え、私、…能力を認めて貰えるまで、ずっとここにいるんですか…?」
「すみません。竜崎は世界のL。命を狙われる危険が誰よりも高いのです。特に今捜査を始めようとしているキラは遠隔でも殺せるとみて間違いない。どうか、ご理解ください。」
…そうか。
いろんな事件を解決してきたということは、逆に言えば犯罪者に憎まれているということ。
未来が見えるとか嘘ついて、竜崎の命を狙うスパイだと疑われているんだ…
「…わかりました」
どうせ、死のうと思っていたんだ。拘束でもなんでも、好きにすればいい。いっそ殺してくれれば、死に場所を求めなくても済むのに。
私はそんな考えをしながら、カバンをワタリさんへ渡す。
「ポケットには何も入ってません。チェックしたいですよね?どうぞ。」
私は投げやりになったように言い、自分から立ち上がって両腕を上げた。
ワタリさんが申し訳なさそうに調べる。
そんな私を見上げて、Lは言う。
「理解も早いし随分順応力が高いですね。」
「違います。ヤケクソです。」
私は自分でもわかるくらいブスっとした表情で言うと、竜崎に言った。
「竜崎。私のこの能力は、その人の顔を見ていないとできないんです。だから、ずっとあなたの目の前にいることになりますよ、いいですね。」
「…なるほど。私は構いません。」
私はドサっとソファに腰掛けた。
私の予知は、多ければ1日に何度も見るけれど、見ない時は1週間以上音沙汰がない。
なんとか、早く次の予知がきてくれないと…
私はそっと、窓から空を見た。
綺麗な青色だった。
(…お母さん)
あなたの元へ行くのに、もう少し時間がかかりそうです