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よく座ったテラス席へ行こうとして、ふと足を止めた。
今はもう寒い12月だ。テラス席なんて、誰も座っていないと思っていた。
が、ガラスの向こうには、たった一人、テラス席に座ってケーキを堪能している人物がいた。
「な…」
目が点になる。
なんだ、あの人は????
この寒空の中、薄手の白い服とジーンズのみ。
バサバサの黒髪に、その間から見える目の下にはくっきりとクマが出ている。一体どんだけ寝なかったらそうなるんだ、と突っ込みたいほどに。肌は白くそのクマを引き立てている。
そして何より、椅子の上にまるで体育座りをするようかの格好で腰掛けているその様が、あまりに異様だった。
…変な人だ。
心のなかでつぶやく。
もう死ぬつもりだとはいえ、最期にトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。
私はテラス席を諦めて、他の席に行こうと足を踏み出した。
その瞬間だった。
「あっ…」
目の前の風景が一変する。
あのテラス席に座る彼へ、一台のクルマが勢いよく突っ込んでくる。
…のが、見えた。
「…いけない!」
はっと振り返る。
彼はフォークをつまみながら、ケーキを食べ続けている。
私は瞬間、テラスへ続く扉へ走り出す。そしてそれを、思い切り開けた。それと同時に叫ぶ。
「ここにいちゃだめ!!」
彼がパッと顔を上げた。大きな黒目が私をとらえる。普通ならその威圧感にたじろいだかもしれないが、今のわたしにはそんな余裕はない。
私はさらに彼の座る席へと走る。
「なんです…」
何か言おうとしてるのを無視して、フォークを持つ腕を思い切り掴んだ。
そして力の限り、彼を引っ張る。
私に無理やり引っ張られる形で、彼は体勢を崩しながらこちらへ付いてくる。
…映像の中のショートケーキは、残り半分くらいだった。
今、テーブルの上に残ってるのは同じくらいの量。
お願い、間に合ってーー!
心の中で祈りながら私は店内へ入る扉を開けて、中へ転がり込む。
その瞬間、けたたましい音をたてて、一台の軽自動車がこちらへ突っ込んできた。
「きゃあーーー!!」
何かが割れる音と、客の悲鳴が重なって響き渡った。
突風が湧いたように、背中を押される。
私は足を絡ませ、そのまま転がり込んだ。
床に倒れ込む。
その時も、しっかりと彼の腕を握って離さなかった。
…しんとした静かさが流れた。
いや、私の耳が音を拾えなかったのかもしれない。
すぐに、ザワザワと人々の騒ぐ声が聞こえた。
「だ、大丈夫ですかー!?」
だれか女性の声が聞こえる。私はそっと顔を上げた。
…無事、みたいだ…
周りで泣く声や、救急車を呼ぶ声、さまざまな音が聞こえた。
ただ、その状況に脳は追いついてきてないようだ。私はただ、起き上がることもなく呆然としていた。
すると隣から、低い声が聞こえた。
「…大丈夫ですか」
はっと聞こえた方を見てみれば、黒目の大きい彼の顔が至近距離にあった。
「あっ…大丈夫、です…」
私はまだ腕を握りしめてた事に気付いて、ぱっと手を離す。すると彼は、ゆらりと立ち上がった。
酷い猫背である。
しかし身長が高いためか、私が寝そべってるせいか、あまり猫背は気にならなかった。
「立てますか。」
彼に言われて、そっと立ち上がろうとするけども、なんと腰が上がらない。どこか痛いわけではない。これは…俗に言う、腰が抜けてる??だろうか。
「す、すみません…ちょっと、力が…」
そう告げたが、普通に考えたら事故に巻き込まれそうになった直後。腰くらい抜けて当然。
だがふと彼を見上げると、まったくの無表情で私を見下ろしている。
…いや、死にそうになったのに、その落ち着きぶりはなんですか…
心のなかで突っ込む。
彼はゆっくりと腰を下す。やはり、体育座りのように。
「足、怪我してます」
「え。」
見れば、私の右膝は擦りむいて血が滲んでいた。さっき転んだ時に出来たものだろう。意識した途端痛みを感じる。人間の痛覚とは曖昧なものだ。
「あ、ちょっとした擦り傷です…お構いなく…」
「いえ、私の元で手当てしましょう、私はここのホテルに部屋を借りてますので。」
え、と声が漏れる。
「いえ、ほんと大丈夫です、お構いなく…!」
男性にホテルの一室に誘われ、ついて行くほど警戒心が軽薄ではなかった。
しかも、言い方悪いけど、こんな変な人。
けれど彼はすぐに言い切った。
「そういうわけには行きません。あなたは命の恩人ですので、お礼もしなければ。それに、一点聞きたい事があります。」
有無を言わさない言い方だった。
ど、どうしよう、変な事になってきた…
私が訝しげに思ってるのを見据えたのか、彼は続けた。
「部屋は私のみではありません。他にも人はいます。さあ。立てますか?」
そう言って、彼は私に手を差し出した。
細い指に、白い肌。けれど大きい、男性の手だった。
「…」
ここで、立てない、と床にしがみついててもよかった。初めて会ったこんな人についてくなんて、どう考えてもよくないから。
でも、なぜか。
本当に、なぜかわからないけれど。
私は差し出されたその手を取って、ゆっくりと立ち上がった。普段の私ならこんなことありえないのに、その大きな手に魅入られるように握ってしまったのだ。ひんやりとした体温が手のひらに伝わった。
「立てますね。行きましょう、エレベーターはすぐそこです。」
ガヤガヤと騒がしい事故現場を背にして、私たちはその場からそっと立ち去ったのであった。