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夢小説設定
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「おはようございます!」
私は捜査室の扉を開けると、にこやかにそう挨拶した。
「…おはようございます」
「あ、ゆづきちゃんおはよ!今日は僕のが早かったね〜」
松田さんのニコニコ顔が見えた。私は竜崎と二人ではないことにホッとし、中へ入っていく。
「ちょっと今日寝坊しちゃいましたからね。松田さんは相変わらず早いですね〜」
「家にいてもやることないしさ〜今日は何かな!?」
「ええと、まだ考えてないんですよね…考えてる最中に寝ちゃって」
「そうなの?僕味噌汁がいいな〜前食べた豚汁美味しかったし!」
「そうですか?じゃあそれにしますかね」
いつもよりさらに、明るく振る舞っていた。
竜崎の方は見れなかった。でも視界の端で、彼が角砂糖を並べて遊んでいるのが見える。
うん。大丈夫。いつも通り。
私は笑顔を保持したまま、キッチンへ立つ。
「あれ、ゆづきちゃん何か目赤くない?」
松田さんがしげしげと眺めてくる。昨日散々泣いた後だ。実は今日の朝支度に時間がかかったのも、腫れぼったくなったまぶたの処置に時間がかかったからだった。意外と松田さんって鋭い。
私は一瞬どきりとしたが平然を装った。
「あーなんか、怖い夢見ちゃって。何度も目が覚めたんですよね」
適当な事を言ってごまかす。松田さんは疑う事なく納得している。
「ゆづき、紅茶をお願いします。松田さん昨日頼んだ書類まだですか」
いささか機嫌の悪そうな竜崎の声が響いた。松田さんが慌てて書類を探している。
私はお湯を沸かして、竜崎に紅茶を入れる。
それをお盆に乗せると、竜崎の元へ渡しに行く。
「どうぞ、竜崎」
「…ありがとうございます」
私は、不自然にならないようにちゃんと竜崎の顔を見た。彼はいつもと変わらない無表情で、私を見ない。
うん、大丈夫。いつも通りだ。
頑張れる。
「竜崎はお菓子、何かリクエスあります?」
「特にありません、任せます」
「分かりました!」
笑顔を作る。昨日のあんな会話があった後で私が落ち込んでいたら、それこそ彼に私の気持ちがバレてしまう。
バレるわけにはいかないのだ。この秘めた想いは。
誰にも気づかれる事なく、散っていかなければ。
「おはようございまーす」
「あ、模木さん、おはようございます!」
また人数が増えたため、私の意識がそっちへ移る。
パタパタとその場を離れる私を、竜崎がチラリと横目で見ていた。
相変わらずの1日を送る。
ケーキを焼いて、みんなに分けて、後片付けをして、掃除をする。
時々話しかけてくれる捜査員の方達に笑顔で接しながら、見えた予知を竜崎に伝える。
今日見えた予知はなんらキラとは関係のないものだったが…
それ以外に、竜崎とはあまり言葉を交わさなかった。
夜のお茶会がなければ、私達はこんなにも会話がなかったのかと気付いた。
でもそれは私にとっては好都合だった。彼と接する時間が長ければ、彼への思いが増す可能性がある。
ゆっくりでいい、フェードアウトさせるには、竜崎と出来る限り関わらない事が一番だ。
あの人の笑顔を見たらーきっと、好きが再燃してしまう。
私はなるべく明るくいつものように過ごしながら、竜崎への想いを押し殺していった。
その夜は、捜査室には行かなかった。
その次の日も、行かなかった。
突然なくなると竜崎が不審に思うかと思い、昼間に、「最近夜すぐ寝ちゃってしまうから行けない」と告げた。
竜崎は淡々と、そうですか、とだけ答えた。
…勝手だけれども、それが寂しかった。
私にとってあの夜の時間はなによりも幸せを感じれた、大切なものだった。竜崎と距離が縮まった気がしていた。
でも、無くなって寂しがるのはやっぱり私だけ。
竜崎は、表情一つ変えることはない。
…わかり切っていたことなのに。
私は竜崎にとって、特別でもなんでもないということ。
優しくされたのを私が勝手に好意を抱いてるだけだってこと。
…わかりきってた、ことなのに…
実は心のどこがで、私は愚かにも期待していたのかもしれない。
竜崎が、夜またお茶しませんか、と誘ってくる事を。
それから1ヶ月以上が経った。
3月に入り、冬の寒さが徐々に和らいでくる。
竜崎とであってから、いつの間にか3ヶ月経ったことになる。
長いような、短いような、不思議な長さだった。
これほどまでに四六時中誰かと一緒にいるのは、人生で初めてのこと。
母だって、仕事があったんだし…朝から夜まで一緒に毎日いるなんて、なかったから。
だからこの3ヶ月は短いけれど、私にとってはすごく濃い時間だった。
「り、竜崎…全教科満点なんですかぁー!?」
松田さんが悲鳴に近い声をあげる。捜査室にそれがエコーしそうなほど響き渡った。
「松田さんうるさいですよ」
当の本人はなんてこたない、といった表情でお菓子を食べていた。
松田さんが言っているのは、以前竜崎が受けた大学入試の結果。
勉強しなくても受かる、と豪語していたが、まさか全教科満点だとは想像を絶していた。実は私だって叫び出しそうなのを必死に押さえ込んだのだ。
「人間じゃないですよ…」
「あれくらい普通です」
「やっぱりゆづきちゃんの予知あたってましたね!主席で入って、新入生代表挨拶するっていう…」
そう、私は以前予知していた。点数までは分からなかったが。竜崎が主席で入ると言う事。
恐らく月くんも、竜崎と同じ点数で合格してるはず。
しかし思うに、その竜崎と同じ点数のはずの月くんもやばくないか??
私は感心を通り越して、なんだか呆れてしまう。
ほんと同じ人間とは思えない…
私は近くにいた夜神さんに、そっと近寄る。
「月くんも合格でしたよね?おめでとうございます」
「ああ…君の予知通りだった。ありがとう」
夜神さんはにこやかに笑う。しかし、竜崎が大学で月くんに接触するつもりなのを知っているからか、やや心配そうにしていた。
そうだよなぁ。監視カメラで見られてまでしたのに、まだ容疑者だなんて。父親からすれば気が気じゃないだろうに。
少し不憫に思いながら横目で夜神さんを見たその瞬間、目の前が白くなる。
いや違う、白いシーツに白い壁…あれば…
「…あ」
私は声を漏らす。夜神さんがこちらを見る。
私は瞬きすら忘れて彼を見ていた。
「…あの夜神さん。体調は…最近どうですか」
「ん?特に、何も変わらないが…」
見えた。夜神さんが。
病院で…寝ている場面。
私は一旦目を閉じて、さっき見えた場面をよく思い出す。
うん、夜神さんだ。間違いない。
でも、母の時のような最期じゃない。すこし顔がやつれてはいたが、どちらかというと…過労か、いや何かの病気の初期なのかもしれない。
キラに殺されるわけではなさそうだが…
「ゆづき、どうした」
夜神さんが不思議そうに見つめてくる。
暗い話題の予知は、言うのに勇気がいる。私も相手も、いい気分にならないからだ。だがしかし、黙っているわけもいかない。
「あの夜神さん、気を悪くしないで頂きたいのですが…」
「なんだ?」
「…近々、夜神さんは入院するかもしれません」
小声で話していたつもりだが、周りには聞こえていたらしい。一気にみんなが私を振り返った。
いくつもの目に見られ、恐縮する。
夜神さんは少し戸惑ったように、けれど冷静にいった。
「予知か?」
「は、はい…病院で横になってる夜神さんが見えました。近くに月くんやご家族も…あのでも、比較的お元気そうで、キラにやられるわけではないと思うのですが、その…なぜ入院したのかまでは見えなくて…ごめんなさい」
不幸の予知は辛い。階段から落ちたあの子も、言った時凄く嫌そうな顔をした。
今思えば当然だった。あの子は私の力も知らなかったのに、急に不吉な事を言われたら、気分を害するだろう。私の配慮が足りなかった。
私が俯いていると、夜神さんがぽんと、肩に手を置いてくれる。
「謝ることは何もない。むしろ助かるよ、正直に言ってくれてありがとう」
「夜神さん…」
「病院で何か病気がないか調べてみようと思う。」
そう言って、優しくわらってくれた。
私はほっと息をつく。
嫌な予知を言われて…笑顔でいてくれるなんて、やはりこの人はできた人だ…
よかった。拒絶されたらどうしようかと思っていたのに…。
「夜神さん、今日は急ぎの仕事もありません。行ってきてもらってかまいませんよ。こちらで手配します」
黙って話を聞いていた竜崎が言う。
「もし異常がなくても、定期的に見てもらってください。彼女の予知は時間がランダムですので、少し先の未来かも知れませんので。」
テキパキとワタリさんに指示を出し、それを見ていた捜査員が安心したような表情になった。
なるべく早く病院で調べてもらうに越したことはない。
「わかった竜崎、ありがとう。」
私はほっと息をついた。
…夜神さんが、お母さんの時みたいになりませんように。
周りのみんなも安心したように微笑む。
ワタリさんが早速、夜神さんを連れて部屋を出ていく。
私はそっと竜崎に近寄った。
「ありがとうございます、竜崎…」
「特にお礼を言われることではありません」
そういうと思った。私は微笑む。
やっぱり、優しい人だなぁ、…なんて。
私はその場から離れようとする。
そのとき、
「ゆづき」
竜崎が、私のワンピースの裾を掴んだ。
「…竜崎?」
どきんと、胸が鳴る。
竜崎の白い指が私の紺色の裾をつまんでいる。
「ゆづき、あなた…」
竜崎が何かを言いかけたとき、
「竜崎!さすがですね!局長早く病院に連れて行ってくれてありがとうございます!ゆづきちゃんの力もほんと助かりますね!」
明るい松田さんの声が響き渡る。
ぱっと、竜崎は私を離した。
「夜神さんがいないので松田さん、いつもの倍は働いてください」
「え、ええっ!き、厳しいですよ〜…」
何事もなかったかのように、竜崎はいつも通り言う。
…何を、言いかけたんだろう。
私は気になったが、なんとなく聞ける雰囲気でもなかったため、その場から離れたのだった。