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1月17日。
今日竜崎は、センター試験を受けに外へ出ていた。
竜崎がいないなんてはじめての事で、正直少し戸惑っている。彼が外出したのなんて、あの出会ったカフェ以来だ。
捜査も行き詰まっているためか、どこかゆったりとした空気が捜査室に流れていた。竜崎がいないことで、それがさらに加速する。
主に、松田さんが、だが…
私は竜崎がいないことで手が空いたので、その日は少し凝ったものを作っていたところに、松田さんの声が部屋中に響いた。
「わあ〜!ゆづきちゃん、すごく綺麗だね!」
気がつけばいつのまにかゆづきさん、からゆづきちゃんへと変わっていった。敬語もほとんど無くなっている。
それでも嫌な感じがしないのは、松田さん特有のキャラだなーと感心したり。彼の人懐こさは第一印象から変わらないのだ。
私は松田さんの明るい声に笑顔で答えた。
「今日は竜崎がいないので、あまり量産しなくていいから…ちょっと凝ってみました」
私が作ったのはフルーツタルト。タルト生地はよく焼くので慣れているのだが、私が苦手なのは飾り付けだ。
フルーツを綺麗に並べるとか、ショートケーキみたいに生クリームを着飾るとかが実は苦手だったりする。
時間がかかってしまうのだ。
「すっごく美味しそうだよ〜!お店のみたい!」
キラキラした顔で見てくる松田さんの様子に、相沢さんがひょいと顔を覗かせた。
「おお、ほんとだ、凄い」
「お茶の時間にお配りしますね」
竜崎の分はちゃんと1ホールある。帰ってきた時無いとなれば不機嫌になるのは目に見えているから、彼の分を一番に作っておいた。
「前から思ってたけど、ゆづきちゃんってプロなの?」
「いえいえ!趣味ですよ!というか…母がパティシエだったので、教えてもらって…」
私が言うと、相沢さんがやや表情を曇らせた。両親がいないことは、相沢さんと模木さんしか知らない。
それを気にしてくれる彼らは優しいな、と私は嬉しく思ったりしてしまうのだが。
「なるほどねぇー!そういえばゆづきちゃんはここに住み込みだけど、お母さん心配してない?」
知らない松田さんがニコニコと聞いてくる。相沢さんが困ったように松田さんを見た。
私は特に気にかけず、手を動かしながら言う。
「母は半年前に亡くなりました。病気で…父も幼い頃亡くしたので、私にはもう家族はいないんです」
離れたところで仕事をしていた、夜神さんや宇生田さんも手を止めて、こちらを見たのが分かる。
「そ、そうだったんだ…ごめんね、僕…」
「あ。全然気にしないでください!」
しょんぼりした松田さんに、慌ててフォローする。
「私…母が死んだときは本当に落ち込んでたけど、今、ちょっと楽しいんです。不謹慎かもしれないけど…みなさんと一緒にいて、帰る家ができたって言うか、家族が出来たって言うか。」
竜崎と出会って、みなさんと出会って。
外にはほとんど出てないけど、私は充実していた。
みんな優しくて、真面目で、いい人たちばかり。あの日あのまま死んでたら、出会えてなかった人たちだから。
私の能力を知ったうえでこうして普通に接してくれる。そんな人達と出会えてよかったと心から思う。
「ゆづきちゃん…」
しんみりしたような松田さんに被せて声が聞こえる。
「松田みたいな息子はいらんが、ゆづきのような娘なら喜ぶな。」
めずらしく冗談めかして、夜神さんが話しかけてきた。笑顔が見える。みんなが笑った。
「きょ、局長〜!」
「わはは、それは言える。しかし一番は竜崎だ。あれが子供だと手を焼くぞー!」
相沢さんが声を上げて笑う。
竜崎が、子供だったら…?
私はなぜだかゾッとした。身震いする。
そ。想像できない。竜崎の子供時代がまず想像できない!
宇生田さんが腕を組んで考えるように言う。
「竜崎は変わり者ですからねぇ〜…未だ扱い分かりません。ゆづきさんは凄いと思いますよ」
「そうそう、竜崎の扱いはワタリかゆづきさんしか無理だな」
「え、そうですか?私も扱えてませんよ…あれは…」
松田さんが時計を見て、ため息をつく。
「真っ最中ですねえ。センターの…竜崎どうかなぁ」
その言葉を聞いて、夜神さんが心配そうに腕時計を眺める。月くんの様子が気になるのだろう。父親の顔になってる。微笑ましい、と思ってしまった。
「…夜神さん、大丈夫ですよ、月くんは合格します。しかも、主席で」
私がいうと、夜神さんが驚いたようにこちらを見た。
「よ、予知か?でも予知は、本人がいないと見れないんじゃあ…」
「竜崎の予知に、二人が並んで新入生代表挨拶してるのが見えたんです。隣に、月くんがいましたよ」
二人とも同じ点数と言う事だ、なんという偶然か。
あの二人が並んで新入生代表挨拶とは…面白すぎる。
「そ、そうか!ならよかった…」
ほっと胸を撫で下ろす夜神さん。
「てことは、やっぱり竜崎もトップで受かるんですね!?自信ありげだったけど、さすがだなぁ〜」
松田さんが感心したように言う。
「僕なんて、逆立ちどころかバク転したって入れないだろうなあ〜…」
…いつだだったか、私も同じことを思った気がする。
私と松田さんって、思考回路似てるのかしら…?
「竜崎は何を考えてるんですかねぇ。今受験とは…」
宇生田さんが腕を組んで考え込んだ。
「彼の頭の中は我々にはわからん。ほら、ちゃんと仕事に戻りなさい」
夜神さんに促されて、近くにいた松田さんたちも渋々戻っていった。私は出来上がったタルトを見てその仕上がりに満足し、箱に入れて冷蔵庫へいれた。
そして、竜崎のために焼いたもう1ホールのケーキを見て、なんとなく不安になる。
まだ、今日は試験だけでそんなに接触はしないと竜崎は言っていた。
でもこれから月くんに接触して、もし彼がキラだったら?
Lだと名乗って、どうでるのだろうか?
でもそうか、人を殺すのは名前が必要…Lと名乗るだけでは、まだ殺さないのか…
竜崎の本名は、もちろん私も知らない。ワタリさんは知っているんだろう。でも、ワタリさんから漏れる事は絶対にないだろう。そう言い切れるほどの信頼を得てるあの老人はすごいと思う。
…私の予知が、もっと上手く見えたらなあ。
離れてる月くんの予知も見れたら、彼がキラかそうじゃないかも分かるかもしれないけど…
もどかしい。自分の中途半端な能力が。
気がつけば、開けっぱなしにしていた冷蔵庫から警告音が鳴っていた。私は慌てて扉を閉めた。
竜崎が心配で仕方ない…
私はみんなに気づかれないよう小さなため息をついた。
2月になった。
相変わらず、捜査はここ最近あまり進展がなかった。
穏やかと言えば穏やかな空気で、しかしみんながもどかしく思っているのも伝わってきていた。
キラは相変わらず裁きを続けている中、あの監視カメラ以降ここといって容疑者と呼べる人が出てきていない。
いや、竜崎はおそらく月くんを容疑者と思ってるんだろうけど…
あのセンター試験以来、月くんに接触しようとはしてないし、私たちの前で何かを言うこともなかった。
大学の入学式を待っているのだろうか…そこでLだと告げて、それからどうするつもりなのか。
ホットミルクを飲んでる時にでも聞けばよいものの、私はあえて聞かなかった。
夜のあの時間は、仕事を忘れてリラックスしたかったから。
竜崎との夜のお茶会はずっと続いている。時々、ワタリさんが入って飲むこともあった。あの紳士とお茶をするのも大変楽しい。細い目を見ながらお茶を飲むだけで心が癒されるというもんだ。
ホットミルクに飽きてしまって、最近では色々な飲み物に変わってきているが…
時々疲れて早く寝てしまう日以外は、大概夜竜崎の隣へ行く。
そしてたわいもない会話をほんの一言、二言。毎日顔をあわせていれば、話す内容も無くなってくるのでそんなものだろう。でもその時間は私にとってかけがえのない楽しみになっていた。
そして私の予知はと言えば、キラに関係のないものが多かった。
松田さんが何かの書類の記入をミスして夜神さんに叱られてるとか。
相沢さんが髪を切ったとか。
そんなたわいもないことばかり。なにも有力な物が見れずモヤモヤしていた。
ただ最近になって、面白いものが見えた。それが、竜崎と月くんがテニスをしている場面。
おそらく大学でやるんだろう、野次馬も多く見えた。
以前月くんのプロフィールを読んだ時、中学で全国大会優勝とあったけれど、驚くことに竜崎は互角の戦いをしていた。
後で聞いたら、Jr.チャンピオンだったらしい。
ここ最近みた予知の中で、一番楽しい予知だった。
だって、普段は動くと言うことすらしない彼だから。意外性がすぎる。
本当は予知なんかじゃなくて、直接見てみたいなと思った。
竜崎がテニスをしてる様子。
彼の知らなかった面を知る事が私はなぜだかとても嬉しかった。
そんなある朝のこと。
いつものように早く起きて、私は料理していた。ここ最近代わり映えしない毎日だ。
その日は松田さんも朝早く出勤してきた日だった。
「おはようございまーす!」
元気な声が響き渡る。私は手を止めて声の主を見た。
「松田さん、おはようございます。早いですね」
「早く目が覚めちゃって。ゆづきちゃん今日は何作ってるの?」
「みなさんにはミネストローネです。お菓子はさつまいものパウンドケーキですよ。」
朝出勤すると、こうして私が作る料理のメニューを聞くのが彼の日課になっていた。
あの人懐こい笑顔で、松田さんが覗き込んでくる。
「うわーおいしそうだな、楽しみですね、竜崎!」
松田さんが、離れたところで地べたに座っている竜崎に声をかける。
竜崎はちらりとだけこっちを見た。
「…ゆづき、私はケーキだけで…」
「スープは竜崎の分もあります。」
「……」
竜崎は諦めたように正面を向いた。
野菜の入ったスープを飲ませると言うのも、もう慣れた習慣だ。私は笑う。
「はは、いつも思うけど、竜崎の偏食はすごいね」
松田さんが小声で笑いながら言ってくる。
「実は、竜崎に出してるお菓子に、こっそり人参やほうれん草入れたりしてるんですよ」
「…野菜食べない子供への対応と同じだね」
私たちは顔を見合わせて、ぷぷっと笑う。
ふと、松田さんがキッチンのそばにあった二つのマグカップを見つける。
「ゆづきちゃん、これはー」
「あ、忘れてた!昨日夜竜崎と飲んだやつ…洗おうと運んですっかり…」
私は松田さんの手から慌ててそれを受け取る。
松田さんが驚いたように私を見た。
「夜?二人でお茶してるの?」
「ええちょっとだけ…寝れない時、ホットミルク飲んだり、紅茶のんだりしてます。」
私はなんの気無しにそう答え、シンクに入れた。
あとで洗おうと、私はとりあえずお菓子作りの続きを始める。
ボウルに小麦粉を計りいれているところだった。
松田さんがちらりと竜崎を見る。
彼はなにやら床に座り、こちらに背を向けてパソコンを眺めていた。何か推理してるに違いない。
「あの、ゆづきちゃん」
さっきより更に小さな声で、松田さんが言う。私は手元から目線を動かさず耳だけ聞く。
「はい?」
「ずっと、聞きたかったんだけど…」
「なんですか?」
「竜崎と、付き合ってるの?」
ばっさーーーーー
小麦粉がボウルに派手に落ちていった。つい手が滑ってしまったのだ。
だがそんな小麦粉を気にかけるより先に、私は松田さんの台詞に驚かされて慌てて言った。
「え、ええっ、ま、まさかまさか!とんでもないですよ!!ありえない!」
竜崎と、付き合ってるなんて!
世界のLが、こんな凡人と?!ありえない!
首をブンブンとふって否定する。
松田さんがほっとした表情を見せて、笑顔になった。
「そっかぁ〜いや、ずっと聞こうと思ってたんだよ。ここに来た初日、竜崎に豚汁食べさせてたでしょ?竜崎にあんなこと普通出来ないから…」
そういえば豚汁を食べさせたあと、みなさんが不思議そうにこちらを見つめていた。私はあの日を思い出す。
そ、そうだったのか…みんな、そんなことを疑っていたのか…!ようやく合点がいった。
恥ずかしい…!確かに、世界のLにあんな態度を取れば、勘違いされてもおかしくないのかもしれないな。単に私の気が強いだけだ、特別な関係でもないのに。
「ごめんね変なこと聞いちゃって!でもよかったぁ」
松田さんがニコニコしながらそう言う。
私はちらりと、竜崎を見る。聞こえていないようで、彼はじっと動かずパソコンを見ていた。
私はなぜか。胸がドキドキと高鳴っていた。
竜崎と、付き合ってる。だなんてーーー
そんなこと、ありえない。
だって彼は最後の切り札、世界のL。
変人だけど、頭の回転は誰も敵わない天才なのだ。かく言う私は平凡中の平凡な女、少し特殊な能力があるだけ。
その能力のおかげで偶然が重なり合ってここに置いてもらっているだけのこと。Lとの間になにも特別なものはない。
…そう自分で考えた時ちくり、と胸が痛んだ。
そうだ、私とLは
もし、キラ事件が解決したら、
二度と会うこともない。
そんな二人なんだ。
わかり切っていたことなのに改めて思い知らされる。
私と竜崎を繋げるのはこのキラ事件。
それ以外は。なにも。ないってこと。
松田さんは機嫌良く鼻歌を歌いながら、その場を離れた。
目の前には、無残に零れ落ちた小麦粉がある。
私はそれを呆然と眺めていた。ぽっかりと心に穴があいたような喪失感だけが残されていた。