烏野男子排球部
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春。桜の舞う季節だが四月の宮城はまだ肌寒い。それでも今日から新学期。烏野高校は今日、入学式が行われ、新入生を学校内に迎えた。入学式の日は大体、HRとか教科書配りとか委員会を決めたりとかで学校は終わる。やっと学校が終わり、トイレでジャージに着替えてゆっくりと部室棟に向かう。校舎の廊下では早速部員勧誘をしている部活が多数。うちも勧誘した方がいいのかと思いながらバレー部の部室のドアをノックしするが返事が返ってこないところ中には誰も居ないらしい。中に入り必要な物を一式持って第二体育館に向かった。私は一応、男子バレーボール部のマネージャーだ。校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下を歩き、体育館の入口についた。
「こんにちはー」
「よお、蜜景」
いつもどおりに丁寧に頭を下げ挨拶をし、体育館に入る。すると先に来ていた3年生の大地先輩、孝支先輩と同級生の龍が挨拶を返してくれた。
「早かったな」
「当然ですよ」
大地先輩にそう言われて私は笑いながら奥に立っている赤い体操着を着た黒髪で長身の彼に目を向けた。三ヶ月とちょっとぶりに会うがもっとずっと時間が空いていたような気にもなる。
「蜜景さん!」
「飛雄君、久しぶり」
「っス」
そこには中学の時のかわいいかわいい自慢の後輩の飛雄君が居た。最後に会ったのは去年のクリスマス前。その時に彼のことや私のこと、バレーボールのことも沢山話した。
「またよろしくなー」
「はい!」
力強く返事をしてくれた飛雄君。何もかも懐かしくて私は爪先立ちをし、飛雄君の頭に手を伸ばして頭を撫でた。
「ちょ!蜜景ちゃん!…」
「?…」
「んー…、飛雄君、今180か?」
「はい」
「そっかぁー、180かぁ…大きくなったなぁ…」
頭を撫でるのをやめて中学の時よりさらに大きくなっている飛雄君に心底懐かしいと思う。昔はもっと小さかった。いや、私よりは大きかったのだが。すると飛雄君の隣でいる小さいオレンジの髪の男の子が私を見て「誰?」と言う。飛雄君はその子を睨んだ。だがこの子どこかで見たことある。私は「あれ?」と声を漏らした。
「君はあの時の… めちゃくちゃよく跳ぶ子」
私に急に話を振られたせいか驚いているオレンジの頭の子。名前は知らない。あ、体操服に書いてた。日向君な、覚えた。去年、大地先輩たちと中学のバレーの大会を見に行って母校の試合を見た。相手は雪ヶ丘中学校。そんな名前の学校は聞いたことがなくて試合の前にアップを見たがどう見ても素人の集まりだった。ただその中でも唯一この子だけ素人に毛が生えたくらいで、その時の私は「あーあ、中学最後の大会の一回戦で我が母校と当たるなんて可哀想」とか思っていた。
「?」
「俺達、去年のお前らの試合見てたんだよ」
「お前チビでヘタクソだったけどナイスガッツだったぞ!」
「あと、最後のスパイクはすごかった」
そう今でも覚えている。誰も注目していない試合。その試合で私はすごいものを見たのだ。あれは多分これからも忘れることはない。
「あっ、あざース!!」
「それにしてもあんま育ってねえなぁ!」
同級の龍がそう言うと日向君は「小さくてもおれはとべます。烏野のエースになってみせます」と言った。私はその言葉に驚くが、龍はまたあの威嚇顔になり、孝支先輩は笑っていた。
「おいオーイ、入って早々エース宣言か!いい度胸だなああ」
「いーじゃん志は高い方が、なァ?」
「そうですね、中学のままなら無理でしょうけど」
私がポロッと本音を言えば「蜜景ちゃんはいつも一言余計!」と孝支先輩に怒られてしまった。本当の事なのに。
「がっ、がんばります」
「お前、〝エースになる〟なんて言うからにはちゃんと上手くなってんだろうな」
今度は飛雄君が日向君に絡み始める。え、ちょっと待って君たち。嫌な予感しかしないんだが。
「ちんたらしてたらまた三年間棒に振るぞ」
「…なんだと…」
飛雄君の言葉に怒りを露にする日向君。確かに、その言い方はいけないよな。言葉遣いの悪い私が言えることじゃないが。でもしょうがないよ。本当の事だ。
「おお…どうしてそういう事言うんだ影山…」
「…飛雄君は素直なんですよ」
「友達いなさそうだな影山…」
「でも私が居ますから」
「いや、そうだろうけどだな…」
「え、もうけんか?はやくない?」
「おれだって精一杯…!……でも、今までのぜんぶ…全部無駄だったみたいに言うな!!」
日向君の言葉を聞いて私は、そうかと思う。どんなに頑張っても上手くいかないこともある。でもその頑張りを無断だいうのは良くない。無駄な事なんてない。んー、やっぱり飛雄君の言い方が悪かったな。すると大地先輩が溜息を吐いた。
「…お前らさー、もう敵同士じゃないってわかってる?仲間だって自覚しなさいね。バレーボールは繋いでナンボ。大事なのは連携なんだから―」
「勝負しろよ、おれと…!」
「ぅオイ!!大地さんの話の途中だろうが!!」
「?何の勝負だ」
「バレーの!決まってんダロ!」
「…1対1でどうやって勝負するんだ」
「え!?…パ、パスとか!?」
「パスに勝ち負けがあんのか」
「〜〜〜っ」
「聞けやゴルァ!!」
あ、日向君ってバカなんだ。そう思いながら聞いているがもうそろそろ止めないと大地先輩がホントに怒る。大地先輩は普段はすごく優しい。でも怒ったら本当に怖い人だ。だから私は大地先輩は絶対に怒らせないようにしてる。
「─騒がしいなバレー部。まさか喧嘩じゃないだろうね?」
「うっわ…」
「ゲッ、教頭!」
「〝先生〟っ」
「せんせいっ」
騒ぎを聞きつけてか面倒な奴が来てしまった。この教頭は何かと問題にしたがる面倒な奴だ。趣味悪い頭してるし。てか、ヅラ。
「喧嘩!?まさか!切磋琢磨ってやつですよっ。なっ?」
大地先輩がみんなに同意を求めるが、飛雄君と日向君は聞いていないのか睨み合ってる。そしてあろう事か日向君は飛雄君にサーブを打てと言い始めた。
「全部とってやる…お前のサーブ。去年は一本しかとれなかったからな」
「……」
確かに、去年の日向君のレシーブは酷かった。飛雄君が打ったサーブを1回しか取れていなかった。しかもその一回が顔面で受けていたのを思い出す。
「…おれだって色んな人に手伝ってもらって練習してきたんだ。他の部の奴とか女バレとかママさんとかっ。もう去年までのおれとは違う」
「!」
「…去年とは違う───……か。」
「?」
「そうか。俺だって去年とは違うぞ」
飛雄君は私を見てからそう言うと片手でボールを扱いながらネットの向こう側に歩いて行った。孝支先輩もやめとけというがもちろん聞いていない。てかなんで私を見たんだ。
「コラコラ君達。勝手な事はやめなさいね」
「あれは1年生かね?」
大地先輩は笑って注意をしているがあの笑顔は怒っている時の笑顔だ。これは本当にやばい。なのに飛雄君はボールをついてるし、日向君もコートに入った。
「行くぞ」
「!?」
飛雄君はボールを高くトスし、助走をつけて飛ぶとそのまま腕をボールに振りおろした。ボールはあっという間に日向君がいるコートに入り、日向君の顔面に迫る。だが彼は何とかそれをよけるが、よろけて尻餅をついた。
「…ジャンプ、サーブ」
懐かしい。中学の頃、彼はある人にジャンプサーブのサーブトスのコツを教えてもらいに行っていた。結局、一回も教えてもらえなかったらしいが。その人がダメなら他の人と言うことで飛雄君は今度、私の元へジャンプサーブのコツを教えて欲しいと頼みに来た。かわいい後輩のため、力になれるかわからなかったが部活あとの自主練習で私は飛雄君にジャンプサーブを教えた。中学の時に教えていた時のジャンプサーブもなかなかだったが、これはあの時の比じゃない。飛雄君は恐るべき速さで上達している。天才と言われるのは伊達じゃない。そうか、私を見たのはこういう事か。先輩に自分の成長を見て欲しかった訳な。ホントにかわいいなぁ飛雄君。
「よく、ここまで…」
「俺もとれるかわかんねー」
「──それのどこが去年と違うんだ。言っとくが蜜景さんはこれよりすごいサーブを打つぞ?」
「!」
ちょっと飛雄君、やめてくれ。君のそれは私の比でもないし、私の名前も出さないでくれ。ほら、龍とか孝支先輩とかめっちゃ見てるじゃんかよ。よし、決めた。止めさせよう。
「はいはい、君達が去年と違うのはわかったからもうそろそろいい加減に…」
だがこれで諦めてくれるかと思ったら大間違いで、日向君に尚更火をつけてしまったらしい。
「─もう一本。」
「おい!」
「先輩の指示を聞かないなんて問題だねぇ」
「はぁ…君らなぁ」
もうなんて言えばいいんだろう。溜息しか出てこない。飛雄君はもう一度ジャンプサーブを打った。これまた強烈なジャンプサーブだ。でも日向君は持ち前のスピードを発揮して飛雄君の打ったボールの正面でボールに触る事ができていた。が、ボールは日向君の顔に跳ね、そしてあろうことか後ろで大地先輩と話していた教頭の顔に当たった。
「!ヤベッ、スンマセ…んっ!?」
「!!!」
やばい。いや、やばいしか言えない。だって教頭のヅラが吹っ飛んで、それが大地先輩の頭に乗った。もうこれ笑うしかない。でも逆に笑ったらダメだ。
「…アレ…ヅラだったのか…!」
「気付くの遅ぇよ。みんな入学式で気付いてたぞ」
「ブォッフ!お前らっ!プクック…黙れ、ブフーッ」
「田中も黙れ!!」
そうだよ、君達黙りなさい。これ以上私の笑いのツボを押すんじゃない。笑いが止まらなくなるだろ。今辛うじて口を両手で押さえてるから大丈夫だけど色々とやばいんだよ、今。
「…澤村君…ちょっといいかな…」
教頭と大地先輩が体育館を出て行ってから私は口を押さえている手を外した。そしてさっきあったことを思い出す。
「ぷっ…くくくっ…」
「え、蜜景ちゃん!?」
「あははははははは!!教頭のヅラがっ!吹っ飛んだっ!!ぷははははっ!!罰が当たったっ!ざまあみろっ!!飛雄君、日向君ナイスっ!!」
一人で盛大に笑っていると龍が「お前教頭に恨みでもあんのか?」と心配そうに聞かれた。いや、特に何もない。いや、あるっちゃあるが。でもまあ、ただ面白いだけ。
教頭に呼ばれて黙って付いて行った大地先輩は30分後に体育館に戻ってきた。幸いにもお咎めもなく、謝罪も要らないらしい。
「─が、何も見なかった事にしろ。」
大地先輩、それは多分無理だと思います。今でも思い出し笑いしそうなんで。でも問題にならなくてよかった。
「だがお前ら…」
「お前がちゃんと取らないからだ、へたくそ。何が〝去年とは違う〟だ、フザケンナ。期待して損した、クソが。」
「いちいち一言余計だなっ」
日向君のその言葉に龍が私に「影山の一言多いのってお前の影響?」などと抜かしやがった。いや、違うだろ。てか一言多いって言うか本当の事を言ってるだけだよ。私も飛雄君も。
「なぁ。少し…聞いて欲しいんだけどさ。」
「?」
「お前らがどういう動機で烏野に来たかは知らない。けど、当然勝つ気で来てるんだろ」
「勿論です!」
大地先輩は話を続けた。烏野は数年前までは県内ではトップを争えるチームで、一度だけだが全国へも行った。でも今は良くて県ベスト8。特別弱くも強くも無い。他校からの呼び名は、落ちた強豪〝飛べない烏〟。本当にひどい名前を付けられたものだ。
「たまにそこらで、すれ違う高校生が東京のでっかい体育館で全国の猛者達と戦ってる。鳥肌が立ったよ。俺達は…もう一度あそこへ行く。」
「…………」
「〝飛べない烏〟なんて呼ばせない」
大地先輩が強く言う。すると飛雄君は「全国出場を〝取り敢えずの夢〟として掲げてるチームはいくらでもありますよ」と言う言葉を聞いて私はぎょっとした。
「飛雄君!」
「あぁ、心配しなくても…ちゃんと本気だよ」
「っ!…」
「だからさ、教頭にも目をつけられたくないわけだよ。―俺はさ、お前らにオトモダチになれって言ってんじゃないのね」
やばい。大地先輩、めちゃくちゃ怒ってる。私も怖いので顔を青くしてる孝支先輩と龍のジャージの袖をそれぞれ掴んで一緒に大地先輩から少しづつ離れて行く。
「中学の時にネットを挟んだ敵同士だったとしても、今はネットの〝こっち側同士〟だってことを自覚しなさいって…言ってんのね。」
飛雄君と日向君も大地先輩の怒ってる空気を感じ取ってるみたいだ。
「─どんなに優秀な選手だろうが、一生懸命でヤル気のある新入生だろうが、仲間割れした挙句チームに迷惑かけるような奴はいらない。」
大地先輩はそう言って入部届を二人に突き返し、二人の荷物も一緒にそのまま体育館から追い出した。
「だからお前らが、互いにチームメイトだって自覚するまで部活には一切参加させない」
バンッ!と大きな音を立てて扉を閉めた大地先輩。目の前で何があったのか頭で整理させてハッと気が付く。今、飛雄君と日向君は追い出された。
「と、飛雄君っ!!」
「いや、日向も呼んでやれよ」