ロストワード
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あの二人って、別れたんじゃなかったっけ?
ロストワード
「ミチルってさ、あの彼女と別れたんだよね?」
「…は?なんで知ってんだ?」
「やっぱり!?」
「ま、待て待て、何、お前ミチルに気があったのかよ?」
「……ミチルに言ったらDDTの刑」
「い、言わねえって!…へ~、でもお前がミチルをなあ……へーえ‥」
「しみじみ言うな!」
「だってあんまりに意外だったからな」
「堂本にだけなんだからね、コレ言うの」
「マジかよ!アイーン!」
「‥アイーン言うな」
ガラッとドアの開く音がして、同時に聞こえる声。
「なんだよ磯野、ここにいたのかよ」
「!ん、…なにか用ですかー部長?」
噂をすればなんとやらで、少しビックリしてしまった。
それでもポキッとポッキー齧りながら、気のない返事を装う。
「んだよやる気ねえな。お前スコア表持ってるだろ?ちょっと貸して」
「堂本ー、カバン取って」
「パシリかよ。ほら」
「あんがと」
受け取ったカバンからごそごそファイルを取り出すと、後ろのミチルに肩越しに手渡す。
「はいどーぞ」
「…なあ、お前らデキちゃってんの?」
「は?」
「だってこんな密室で昼飯なんて、お前‥」
「あるわけねえだろーが」
「ここのどこに甘い空気でも漂ってると?冗談でも不快なんだけど」
「…そこまで嫌かよ」
私の言葉が引っ掛かったのか堂本はへこみ気味につっこむけど、悪いけど事実なんだからしょうがない。
わざわざ堂本を拉致ってこうして昼食を共にしたのも、あの真偽を確かめたかったからだ。
ミチルはんだよ、違うの?なーんて残念気味に言葉を口にする。
それが胸にチクリと痛くて、顔だけ振り向いて聞いてみる。
「ミチルは私らにデキて欲しいんだ」
「まあ、俺はお前らには幸せになってほしいだけさ」
「うわ何言ってんの、キモーイ」
「まあミチルは別れたばっかだしな」
何気なく放った堂本の言葉に一瞬息がつまった。
だって私は今朝、見てしまったんだ。
別れたあの子とミチルが並んでるところ、こっそり結ばれてた手のひら。
どうか私の見間違いでありますように、勘違いでありますように。
堂本が放った言葉に、突き抜けるような不安が這い上がってくる。
ミチルが何を言うか、したくないのに想像がついてしまう私の心臓は、時限爆弾みたいに時を刻む。
対処の仕様がなくて、ただその唇を見つめる。
「嬉しそうなところ悪いが復・活したぜ!」
ああ、やっぱり。
紡ぎだされる言葉はきっと、分かってた。
受け入れたくない、でもワンオクターブ上がった声の調子。
緩んだその表情が見たくなくて、向き直って膝の上のポッキーを一本、取り出して口に運ぶ。
「え、‥マ、マジかよ!?」
「やーっぱ相思相愛だったんだよなあ」
「ふうん、良かったじゃん」
「んだよ…もっとこう、喜んでくれてもいいだろ?」
「なんで喜ばなきゃいけないのよ」
私はそこまで心が広くも無いし、優しくもないよ。そんなの、知ってるくせに。
堂本はなんか気まずそうに私のほう見てくるし、余計惨めに思えてくる。
そんな心境を隠すように、そっけない態度を取る。
「まあ、羨ましく思うのも当然だよな。お前らも頑張れよ」
「余計なお世話」
偉そうな、嫌味っぽい声を背中で聞いて。
一言返したらいきなり目の前に長い手が伸びてきた。
びっくりして思わず目を上げると、ばっちし目が合った。
「一本くれ。……何、どうしたの」
ぱっと顔を背けてしまった、と思う。
きっと今、泣きそうな顔してるのが自分でも分かる。
「悔しくって」
「…ああ、俺が幸せなのが?」
「そう。私のが仕事とか頑張ってんのに、なんでミチルのが幸せなのか納得いかない」
「なっ、」
それでも精一杯の虚勢をまとって、いつもの憎まれ口を叩く。
鈍感なミチルを責める気なんてこれっぽちもない。
逆で、ここにきて、今まで幾度もチャンスがあったのに結局行動を起こせずにいた後悔の念で潰れそうになる。
ミチルがあの子と付き合い始めてから、膨らんでいった気持ち。
どうして伝えなかったんだろう。
「それにしても泣くことないだろ」
「泣いてないって」
「…ま、まあお前も、ちょっとは素直になれば誰かしら寄ってくるんじゃないの?」
「余計なお世話だってば」
攫っていったポッキーを口にしながらそんな言葉。
そんな優しさは、同情はいらない。ますます惨めになるじゃんか。
だけど、もしミチルが言うように私がもうちょっとくらい素直な子だったら。
もしかしたら、私とミチルの関係も違っていたのかな。
「……ったく、まあいいや。今日も遅れんなよ」
ドアの閉まる音がぼんやりとした鼓膜に届く。また堂本と私の二人きり。
けど状況はもう、変わってしまった。
私の口の中で砕けるプレッツェルの音だけが響いてる。
堂本の何か言いかける気配を感じ取るけど、結局言葉を詰まらせて何も言わない。
ポッキーの赤い箱に水玉が落ちてスカートに伝っていくのも
目がさっきからずうっと熱いのも
ボロボロ出てきて止まらないのも
啜ってもとめどない鼻水も、みんな私の処理しきれない想い。
こんなにミチルが好きでしょうがないって、こんな時になって実感するなんて。
やっぱりバカは、私だ。
「……ホレ」
「…うっ…く」
よっぽどぐしゃぐしゃな顔をしているのか、堂本が差し出してくれたのは備えつけの箱ティッシュ。
受け取りながら、とにかくこの涙が止まったらここくらいは素直に、堂本に困らせてごめんって謝らなきゃ。
嗚咽を洩らして、苦くてしょっぱい味を噛み締めながら私は、とりあえずそれだけを思った。
2006.11.4
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