アイニージュー
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少しの灯りしか見えない空は、不安定な足元に影を落として、ふいに疼く不安を煽る。
「…ちょっと今から会えない?」
そう言う電話越しの声は、かすかに震えてる気がした。
アイニージュー
「ミチル」
「…おう」
指定された小さな公園のベンチ。
私の投げた声にミチルは振り向きざま返答して、その隣に腰を下ろす。
夏はもうすぐといっても、夜はまだ寒い。
厚手のカーディガンを引っ掛けてきても、まだ少し寒いかもしれない。
そんな私に対してミチルは長袖のシャツ一枚で、でも寒そうな気配なんて見せない。
まるで、そんなことは気に留める余裕もないような雰囲気。
俯く横顔を横目で見てから、背もたれに凭れて。
そして意味なく足をぶらぶら動かして、じゃりじゃりと砂を慣らす。
目に入る時計台の時刻は、9時45分を指してる。
もしかして明日は曇り空かな、僅かばかりの星しか見えない。
ああでも明日の体育は確か長距離走だった、いっそ雨でも降ってくれればいいのに。
なんてぼんやりと色々な、どうでもいい思いを巡らせながら足元をざりざり鳴らす。
ミチルはさっきから、私のスニーカーで乱されていく地面にじっと視線を落としてる。
「………やっぱりなあ」
「ん?」
「世の中そう上手くいかないよなあ‥」
意味なく動かしてた足を止める。
ぼそぼそと紡ぐ言葉に対して、私は「泣いてもいいよ」って言ってやる。
「バッ…泣くかよ」
「恥ずかしいことないって」
何があったかなんて知らないけれど、現実の魔物に押し潰されてしまいそうなら。
吐き出せない想いが膨らんで窒息してしまいそうなら。
「泣きなよ」
「あのなあ‥」
顔を上げたその表情は少し呆れたようで、怒ってるようで、照れてるようで、苦しそうで。
私はじっとその目を見据えて、少し笑う。
「なに」
「んなかっこ悪いことできるかよ…」
「大丈夫。ミチルがかっこ悪いのは今さらだから」
「!?なっ、」
「いや、だからさ、」
ガビーン、なんて効果音がピッタリの面持ちのミチルに少し吹きだしてしまいそうになり
ながら、一番伝えたい言葉を繋ぐ。
「もっと甘えてって」
苦しくなった時に、私を呼んでくれたことが嬉しかった。
窒息しそうな時に、手を伸ばしてくれてありがとう。
そんな恥ずかしくて言えやしない思いを、言葉の奥に隠して。
ミチルはキョトンと目を見開いてから、何か考え込むように伏せる。
そして、そっと開く唇。
「じゃあ手、‥借りる」
「肩じゃなくていいの」
「…俺にも、一応プライドってやつ、あるんだよ」
へえ、ミチルも一応そーいうの持ってるんだ、なんていつもならからかってるところ。
だけど普段よりも低い、真面目な声色に「そう」とだけ返した。
そうして差し出した掌に重なる、私よりも大きな手。
そっと、緩く握られる掌の温度は、冷たい。
「あったけ‥」
「ていうかミチル、薄着すぎなんだよ」
冷え切った掌は、ミチルの心に影を落とすなにかを思わせる。
温めてやりたいと思う。紛らわしてあげたいと思う。
自分てクサいなあ、なんて小恥ずかしく思いながら、でもそんな気持ちを伝えるように、ぎゅっと力を込めて幾分大きな手を包み込もうとする。
「冷え性のくせに」
「別にいいだろ」
「うん、ただ風邪ひかないかなーって」
「平気だろ」
「そっか、何とかは風邪をひかないって言うもんね」
「…おっまえなあー」
俯かせていた視線を私に向けて、呆れながらも少し上がった口角。
いつものくだらない何でもないやりとりが、ここぞとばかりに価値を発揮する。
「はは、ウソウソ」
「ま、いいけど………やっぱ、アレだな」
「ん?」
「その、安心‥する…んだよな」
マコの隣は。
そんな言葉を小さく続けるもんだから、私は嬉しさと気恥ずかしさから少し体温が上がってしまって。
「…そ、そっか」
「あ、ああ」
「じゃあ思う存分癒されていってよ」
「オマエは温泉かよ!」
今日初めての勢いのいいツッコミに、また私は笑う。
そして目の前でぶっと可笑しそうに吹き出す顔をみて、思う。
君が必要としてくれるなら何時間でも何日でも、それこそ何十年でも、隣にいてあげるよ。
「なあオイ、全っ然おセンチな気分になれねぇじゃねーか!」
「ホントは苦しい時ほど笑ったほうがいいんだってば。言うじゃん、笑いは人の薬って」
「はあ‥相変わらずお気楽っつーか能天気っつーか…」
「何とでも言ってよ。笑顔でいるのって大事、これホント。笑顔に矢は立たないんだよ」
「…だったら、ずっと側にいて貰わないとなあ」
「え?」
「だから…、…離してもらっちゃ困るって言ったんだよ」
照れ臭いのかぶっきらぼうにそう言って、繋がれたままの手を浮かせて見せる。
そこで気付く。
しっかりと繋がれた手の温度、共有された温かさ。
私の心にも時折顔を覗かせる、不安定な足元に疼く不安はきっと消えてなくなるわけじゃない。
だからこそ、お互いが必要。暖めて、触れる距離で灯してくれる光が必要。
「…うん。私も困る」
極上の笑顔で言いながら目の前の肩に頭を預けた私は、動揺丸出しに固まるミチルにまたひとつ、笑い声を零した。
(今なら魔物なんて、怖くない)
2006.6.9
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