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ズザァッと、それはもういっそ気持ちいいほど盛大に、そいつはコケた。
俺を見つけて発した名前も「ミチ‥」と途中で途切れ、地面と顔面衝突した。
と思ったが、それはどうやら肘でガードした様子。
「お、おいっ」
「……ったー」
持ってた白い収集袋を残し駆け寄ると、マコはゆっくりした動作で何とか起き上がる。
「だ、大丈夫かよ?モロゴケだったぞ」
「ん、‥うわ。見てよ、これ。すごいすりむけた」
あははと楽観的に笑いながら、マコは自分の右膝を指差す。
そこには砂利で汚れた鮮血がじわりと滲んでいて、俺は苦い顔して思わず目を背けつつ。
「うっわ、アホか」
「アホですとも…、何目逸らしちゃって。ヘタレー」
「んな興味津々に見る奴があるか!至って正常な反応だろ!」
「はは、まあそっか。…あーあ、かっこわる」
ゴミ袋を引き寄せながら、苦笑を浮かべるマコ。
「貸して」ってゴミ袋を強引気味に受け取ると、今しがた捨てようとしたうちのクラスの白いゴミ袋と一緒にすぐ側の収集場所へと放った。
マコはありがとーなんて言いながらスカートについた砂埃を嫌そうに叩いていた。
「ジャンケン負けちゃってさー、その上にこれだもん。ついてないや」
「そそっかしいだけだろ」
「うるさい。ミチルだって負けたんでしょ?昔っからジャンケン弱いもんねー」
けらけら笑うコイツに言い返したくもなるが、対抗しようにも無駄だ。
その、まあ‥誤魔化そうにも、事実だし。
「悪いかよ」
「んーん、そんなこと言ってない。そのお影で久しぶりに会えたんだから、嬉しいよ」
尚も座りこんだままのマコは、痛々しい傷を作って砂利まみれになりながらも、まるで事もなげに、むしろどこか楽しそうにそんな言葉を口にする。
なんか耳が熱いのは気のせいじゃねーだろ。
…ったくこいつ、相変わらずだよなあ。
「…で?いつまで座ってんの」
「あ、いや、それが…」
言いにくそうに顔を俯かせて、マコにしては珍しく言葉を濁す。
「何、立てないの?」
「………うん。すごい痛い」
「なっ、オイちょっと見せろ!」
「‥ここ、足首あたり」
「捻ったのか?」
「わかんない」
しゃがみ込んだままの状態で、痛い、立てないの繰り返し。
……仕方ねえよな。
「ん」
「え?」
一瞬目を白黒させたマコだったが、背を向けしゃがみ込んだ俺の意図をすぐ理解したようだ。
「おんぶ?いいの?」
「しょーがねえだろ。立てねえんなら」
「…あ、でも」
「いいっつってんだろが!早く乗れっ」
こっぱずかしいんだよ!まじで世話焼ける奴だよ、昔っから。
柄じゃねーことしてる俺を誰か褒めてくれ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
おずおずと腕が回されて、背中に体重がかかる。
「お、重くない?」
「なめんな!これくらいどうって事あるか!…ハァーッ、銀華!」
「わっ!ちょ、」
いきなり立ち上がったからか、背中でマコが驚きの声をもらした。
「ね、ねえほんと重くない?」
「これくらい何ともねーっつの!」
「良かった…、これで重いなんて言われたら絞め殺してた。あはは」
…額を流れるのは冷や汗じゃねーよな。
ふざけながらにぎゅうーっと強まる腕の力に、ただでさえ暑いってのにますます身体が密着してくる。
……密着……
「…ってゆうかおま、あんまひっつくな!」
「ええ?そんなこと言われたって仕方ないじゃん、おんぶだもん」
いや俺が言いたいのはそういう事じゃなくて。
今はお互い、夏服の薄いカッターシャツ一枚。
せ、背中に、やわいのが当たってんだよ‥なんて言えるわけもなく。
しかも不可抗力とは言え、両手は白くてこれまたやわい太ももをがっしりだし。
これって早まった?それともおいしい?いやいや、さすがに刺激が強すぎる。
「だー!だから止めろって!力入れんな!」
「へへ、だってミチルにおんぶして貰うのなんて小さい時以来だからさ」
昔と今とじゃ状況が違うんだよ…その、お互い色々成長してるしなあ?
なんてやっぱり言えるわけもなく。
こいつには恥じらいとかないんだろうか。
昔っからそうだ、俺ばっかりが意識して。なんかかっこ悪すぎるじゃねーか‥。
「ねえ、ミチルは彼女できた?」
「い、いきなり何だよ」
「ん、…気になるから。まあダメ元でね」
「るっせー!俺よりそっちはどうなんだよ。彼氏とうまくいってんの?」
「うん。この前はディズニーランド行ったし」
「…へーえ」
気のない返事に嫉妬?って言葉が飛んできた。
ちげーよって言葉とは裏腹に腹ん中じゃ開き直ってる。
ああそうだよ悪いかよ。好きな奴の惚気ほど聞きたくないものはない。
もう掃除も終わって帰宅する奴らと部活へ向かう奴らとが入り混じる時間帯。
開放感と気だるさと慌しさがいっしょくたになったなったような学校の雰囲気。
まだまだ生徒が多い昇降口から校舎へ入るのは避けて、裏口の来賓用玄関からこっそり入った。
今日は幸い俺らの部は休みの曜日だが、それでも部の奴らに見つかると厄介なことに変わりはないし。
「…ミチルってひょろひょろに見えるのに、意外と背中おっきいよね」
「余計なお世話だ」
背中に当たる誘惑に耐えながらも進む廊下の先に、何とか保健室が見えてきた。
もう少しだと少し胸を撫で下ろした時、後ろで響く少し控えめな声のトーン。
「ちゃーんと男の子だね」
「今更気付くかよ…健康な男だ俺は」
「はは、そうだね」
そうだねって、本当に分かってんのかコイツは。
ちょっとどうなのよ?ってことで、けしかけてみた。
「彼氏いんのにいいのかねえ?『他の男』におぶられて」
「…いや…だって仕方ないでしょ?あの状況じゃ」
今までなら多分「ミチルだから大丈夫」とか男もどうもないみたいに言われてたよな…少し進歩があったと、自惚れてもいいのだろうか。
そうして考えてるうちに、背中にあった甘い感触が、少し遠のいた気がした。
「ねえ、ミチル」
「ん?」
「私、ズルイんだ」
「は?…何が?」
「んー、…じ つは彼氏に嘘ついてる」
「ハア?どんな嘘よ」
「……まだ言わない」
んだよ、勿体ぶってと思ったが、敢えて言うのは止めた。
「まだ」って事は時期がきたら話すってことだろう。
「ミチルはさ、彼女が嘘付いてたら嫌でしょ?」
「良い嘘ならいいけど悪い嘘はな。ムカつくだろ、普通」
「じゃあ、その悪い嘘つくような女は勘弁?」
「当然だろ!……けど、まあ、相手による」
コイツが悪い嘘をついてるとしても、きっと嫌いになれないだろうしな。
そう思って付け足した最後の曖昧な言葉に、背中で笑う気配を感じて。
「なにそれ」
「るっせー!俺はそーなんだよ!」
「じゃあさ、もし、もしもだよ?」
「…なに」
「可能性の話だけどさ、」
「おー」
「私が、彼氏の他に好きな人がいるって言ったら?」
「!?そ、そうなのか‥?」
「いや可能性の話だって。…幻滅する?」
思わず立ち止まりざま振り向くと、ニッと笑うマコ。
近くで見たそれは、まだ幼少期の頃の面影を残していて。
予想だにしない言葉と、その笑顔に弱い俺は、うっと言葉を詰まらせながら。
「し、しな…っ、つーかソレ本当に可能性の話なのかよ?」
「あ、話逸らした。でも今しないって‥」
「!う、うううるせえ!さっさと行くぞ!」
そう誤魔化すかのように叫ぶと、また廊下を歩きだす。
後ろで聞こえる含み笑いがやけに耳につく。
なんだってんだよクソッ。
「耳赤いよミチルくーん」
「気のせいだ気のせい!」
「ははは、ミチルはほんと相変わらずだ」
「お前もな…(中身は)」
「えー…、そう思うんだ」
「違うのかよ」
「…ううん、違く、ない」
僅かに下がった声のトーンと、歯切れの悪い言葉に何かが引っ掛かるような感覚。
まさかさっきの話は嘘じゃなくて本当に他に好きな奴がいるだなんて…まさかな。
癪だけどなんだかんだと上手くやってるって知ってる。
何よりあの報告してきた時のうっれしそうな笑顔、忘れるもんか。
笑いながらもその声が、何だか震えてるような気がしたけど、まあ、きっと気のせいだろう。
保健室まではあと数メートル。
そのやわい肌の感触をせっかくだからと最後に噛み締めておこうと、俺は気持ちゆっくりと歩を進めた。
その痛むという右足が、口実だということも知らずに。
2005.4.6
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