人生でいちばん美味しい日
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今日の福士は機嫌がいい。
口を開けば「松坂牛」とうるさい。
何でも親戚から送られてきたものを、今晩誕生日祝いに食べるらしいのだ。
だからか今日の部長様はやけに張り切っていて、筋トレも走りこみもいつもより軽やかにこなしてるように見えるし、実際その後の部員への指導もいつもより気合いが入っていた。
「おいミチル。今日調子いいじゃねーかよ」
「フン。当然だろ?帰ったら俺には松坂牛が待ってるんだからな」
「ま、松坂牛?」
「どうだ?羨ましいだろ。すき焼き用の霜降り肉…たまんねぇだろうなぁ」
と堂本たちに自慢して回っているのを、マネージャーの私は白い目で見つめながら考える。
今日は6月15日。
福士の誕生日。
好きな人が生まれた日。
悩みながらも用意したプレゼント、渡すチャンスは部活終わりしかない。
いいタイミングが訪れることを祈りつつ、私も部員たちの動きに目を光らせ、ノートにメモを走らせ続けた。
そして部活終わり、肉で頭がいっぱいの福士は部長としてのルーティンをサクサクこなしたあと、部室の鍵を堂本に預けて足早に帰ろうとしたから、私は慌てて待ったをかけた。
「部活のことで相談したいことがあるから少しいい?」
「ハァ?それ、明日じゃだめなわけ?」
存外真面目な福士は、こう言えば部長として必ず話を聞いてくれるはずと踏んだ…けど、松坂牛は私の想像以上に強敵だった。
福士はあからさまに眉をひそめて「明日にしてくれ」オーラを醸し出している。
けど…怯んじゃいけない。
「今日じゃなきゃダメなの。お願い」
私がこんなふうに懇願するのが珍しいからか、福士は驚いた様子で渋々後を付いてきてくれた。
階段を降りて、近くの空き教室に入る。
扉が閉められた音をきっかけに、心臓がうるさいくらいにドキドキ鳴っている。
これ、福士に聞こえてないといいな…。
そう願いながら鞄の中から目当てのものを探り当てる。
「……で、磯野。話って?」
背後で福士がラケットバッグと鞄を置いた気配を感じる。
私は背を向けて突っ立ったまま、ビニール製の手提げ袋を片手に振り返った。
「えっとね。あの…誕生日おめでとう」
恥ずかしくて、俯きがちに言いながら福士の手に握らせる。
「えっ、マジかよ…!?見てもいい?」
「うん」
驚いた様子で受け取りながら中身を取り出すと、目が輝き始める。
「こっ、この栄養図鑑は!」
「口コミいいやつだよね。欲しがってたでしょ」
「あぁ、よく覚えてたな。いいのか?こんなイイもん貰って……って、ハッ…!もしかしてお前…、俺の…」
何かに思い至ったように、私をジロリと睨む福士。
え…もしかしてバレちゃったかな、私の気持ち。迷惑だったかな。
急に不安に襲われながらも言葉を待つと。
「俺の、俺の松坂牛狙ってるんじゃねぇだろうな…!?」
「え?何でそうなるの!?」
「こんなもん寄越して俺の機嫌取って、家に来てお溢れもらおうって作戦か…!?だめだ!肉はやらねぇぞ!」
「……」
頭痛くなってきた。
急な不安でガガンと減ったHPを返してほしい。
……まぁ、こんなアホな人でも好きになっちゃったんだから仕方ないか。
「肉なんていらないって」
ため息つきながら鞄からもう一つ、ラッピングした焼き菓子を取り出して差し出す。
昨夜、自家製のいちごジャムで作ったマフィン。
福士がいちご好きっていうのはもちろんリサーチ済みだったから、少し気合いを入れてみた。
「時間取らせてごめんね。これ、今日の食後にでも食べて。いちごのマフィン」
「えっ…」
「あっ、でもきっとケーキあるよね?食べれなそうだったら捨てていいから」
「…なぁ、これ…手づくり?」
「そうだよ」
「そっ、そうなのか…ありがとな」
手に取ったラッピングされたマフィンをまじまじと見つめる仕草を見ていたら、だんだん顔が火照ってきた。
窓から差し込む夕日に照らされた福士の顔も、やたら赤く見える。
今度こそ私の気持ち、少し伝わっちゃったかもしれない。
……一瞬、誤魔化そうか迷った。いっぱい作り過ぎちゃったからついでに持ってきただけ、なんて。
でもやめた。やっぱり少しは私の気持ちを知っていてほしかったから。
その後、恥ずかしさを隠すように、じゃあまた来週ね!って言いながら私はそそくさと教室を後にしたのだった。
……
…………
………………
それを最初のきっかけに、私達が付き合い始めたのは部活引退後だった。
福士から想いを告げられた時は、本当に驚いたし嬉しかった。
**
それからまたさらに時は経ち、私達はだんだん大人になって。
すれ違いから一度離れたあと、社会人になってから再会し、お互いを忘れられなかった私達はまた同じ道を歩む決心をした。
そして今日ーー
一緒に過ごす、11回目の6月15日。
私の名字が福士に変わってからは、5回目の誕生日。
仕事から帰宅したミチルが、テーブルに並ぶ豪勢な料理を見て目を輝かせる。
「うまそうだなー。今日はすき焼きのために1日頑張ってきたぜ」
「ふふ、お疲れ様。今年のお肉はね、久々に松坂牛にしてみたよ」
「へぇ、松坂牛か」
ミチルの誕生日には毎年色んなすき焼き用のブランド牛を試しているけど、松坂牛の登場は初めてだ。
昔の思い出が蘇ったのか、ミチルは少し感慨深そうに口角をあげた。
「懐かしいよね。中3のときミチル、親戚の人から貰った松坂牛自慢しまくってて笑えたなぁ」
「う、まぁ…ガキにゃテンションあがる代物だもんな。仕方ねぇだろ。なー?
ミチルは私が抱いている息子の陽向に顔を近づけると、柔らかいほっぺにチュっとキスをした。
パパのキスが嬉しいのか、あー、うー、と言いながら手を伸ばしている。その手を優しく握り返すミチルは、すっかり”お父さん”の顔だ。
陽向の声に反応したのか、ソファでうとうとしていた愛犬のほわ子がミチルの足元に擦り寄ってくる。
おしおし、お前も良い子にしてたか?とほわ子の頭を撫でるミチルを見つめていると、思い出したように私を見て笑った。
「でも俺さ。実はあの日食った松坂牛の味、ほとんど覚えてねぇんだよな。美味かったはずなんだけど」
「え?なんで」
「マコ、お前のせいだよ」
私のせい?そう言われて過去に頭を巡らせてみるけど、すぐに原因には思い至らない。
「えぇ…昔の私、何かしでかしちゃった?」
「まぁ、しでかしたっちゃあしでかしてたな」
「な、なに?そんな悪いことした?」
「したした。松坂牛の味分からなくなるくらいインパクトあることされた」
「えぇ〜?」
思い出せずに慌てる私を楽しそうに眺めるミチルは、意地悪そうに口角をあげていて…
その表情から、からかわれていることを悟った。
「もー意地悪!松坂牛は今日はなし!豚こまのすき焼きに変更します!」
「えっ、あー、じゃあヒントな。お前が本と一緒にくれたマフィンあっただろ?あれがヒント」
「マフィン?…あぁ、いちごの!……まさかそれ食べてお腹壊しちゃったとか?それで、」
「いやまて、違う違う。そんなネガティブな理由じゃねぇよ」
ミチルは今度は呆れたように笑って、私を優しく見下ろした。
「ちょっと気になってた子からあんなモン誕生日に貰っちゃったからさ、あの日は頭パンクしちまったんだよ。だから肉よりもマフィンの味の方がしっかり覚えてる」
「え…!えぇ…衝撃の事実…」
「何。今さら照れてんの?」
ふっと可笑しそうに笑って、唇に優しいキスを落としてくるミチル。
確かに記憶を辿ると、翌週のミチルはやけに大人しくて不思議に思ったのを覚えている。てっきり松坂牛の感想を嬉々として語ってくると思っていたのに。
十数年ぶりに明かされたそんな事実に、恥ずかしくなってつい顔が熱くなってしまう。
からかってくるミチルに悔しくて「うるさいなぁ」なんて悪態をついてみるけど、ますます楽しそうにキスの雨を降らせてくる。
「っ…もう…!調子乗りすぎ!」
「はは、悪い悪い。そんな嬉しそうな反応されたらつい、な」
「う、嬉しそうって…(否定できない…)」
「いやぁ、でも今日やっと松坂牛がしっかり味わえるんだなぁ。本当楽しみだぜ」
そう心底嬉しそうに笑うミチルを見たら、何だか過去の自分にグッジョブと言ってあげたくなった。
あの時、勇気を出してマフィンも渡して良かった。
あのマフィンをきっかけとして、私はきっと”ちょっと”気になる存在から”かなり”気になる存在に昇格できたんだ。
そして今。
こうして新しい家族に囲まれて、二人で思い出の松坂牛を味わうことができる未来に繋がったんだと、そう思いたい。
「そうだね。……ミチル、誕生日おめでとう」
今度は背伸びして、私からキスを贈った。
不意を突かれて少し目を丸くしたミチルに笑って続ける。
「来年はいちごのマフィンも焼こうかな」
「お、マジで?そりゃメチャクチャ楽しみだ」
「んー、あぅー」
「来年なら陽向も食べられるもんねー」
「おぉ、良かったな陽向!父ちゃんの思い出の味、一緒に食えるぞ」
ミチルがそう声を掛けるとニコッと笑う陽向に、私達も顔を見合わせて笑った。
そんな楽しそうな気配を察知して、ほわ子が抱っこしてとばかりに足元にじゃれついてくる。
ミチルがほわ子を抱き上げれば、ペロペロと頬を舐めて。
「ふふ、パパおめでとうって言ってるのかな」
「ん〜、そうなのか?ほわ子も、ありがとな」
穏やかな時間に、心がほわほわと温かくなる。
来年も再来年も、ずっとずっとミチルが生まれた特別なこの日を家族みんなでお祝いしたい。
だってミチルは、頼りになる私の旦那様で。陽向たちのお父さんで。一家の大黒柱で。
何よりも学生時代から変わらない…ずっとずっと大切で、私の大好きな人だから。
何度でも言いたい。
ミチル。
生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、ありがとうって。
2025.6.15
HAPPY BIRTHDAY!!
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