スイート・シュガー・ボーイ&ガール
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夕方5時。
太陽が沈んでだんだんと暗くなりはじめる時間。
昨夜格闘したブラウニーを鞄の中に携えて、私はミチルの家からほど近い児童公園にやってきた。
「明日少し会える?」
とメッセージを送った理由を、きっとミチルも分かっているだろう。
だってもう、付き合い始めてから2回目のバレンタインだ。
ミチルは高校でもテニスをやっているため、平日に会えるのはどうしても夕方以降の時間になってしまう。
同じ学校であれば部活が終わるのを待つこともできるけど、別々の高校に進学したせいでタイミングも合わず難しい。
自転車を入口の適当な場所に停めてから敷地内に目を遣れば、ベンチに背を向けて座る影が見えた。
間違いない、ミチルだ。
その姿を認めた途端、心臓がきゅんと鳴った気がした。
先週は私に用事があったせいで会えなかったし、およそ2週間ぶりだ。
思わず緩んでしまう頬をそのままに、私はベンチに駆け寄った。
「ごめんっ、お待たせ」
「――ん、あぁ」
ミチルはスマホから目を離して、駆け寄る私を振り仰ぐ。
今日も部活帰りなんだろう、ラケットバッグがベンチに凭れ掛かるように置いてある。
いそいそと隣に腰を下ろして、通学鞄を膝の上に乗せる。
「けっこう待った?」
「いんや、俺もさっき来たとこ」
「そっか。良かった」
……やっぱりブレザー姿のミチルってかっこいいな。
第一ボタン外して、ネクタイを緩めた格好は何度見ても新鮮に映る。
今度制服デートしてみたいかも、なんて頭の片隅で思いつつ「ねぇ、この前言ってた話ってマジ?」ってLINEで聞いた雑談を投げかける。
「…?ああ、堂本の?」
「そう!ほんとに彼女できたの?」
「そっれがマジなのよ。しかもけっこうかわいいらしい」
「えー!堂本から告ったんだよね?」
「いやそれがよ、どうやら向こうからって話で」
「うっそ……マジかぁ」
昔の仲間のコイバナに話を咲かせてひと段落したところで、私は早速用事を済ませることにした。
鞄からラッピングした箱を取り出すと、はいと手渡す。
「今年はブラウニーにしてみました」
「おぉ…!サンキュー」
「……あの、さ。今日、他の子からもらったりした?」
学校が離れてしまって、ミチルの様子が分からないから少し気になっていた。
共学だし、成長して男らしくなってきたミチルに魅力を感じる子がいても何ら不思議じゃない。
少し不安を覚えながら聞いてみれば、「あー…?」と何かを思い出すように空を見つめる。
「えっ、やっぱりもらったんだ?」
「…そういや昼にクラスメイトの女子からチロルチョコもらったな」
「えっ」
「ま、ご挨拶ってヤツだろ。男女関係なしに配ってたし」
「そっか…」
あからさまにほっと息をついてしまった私の顔を、からかうようにミチルが覗き込んでくる。
「何よ、心配なの?」
「いやほら、ミチルがモテなかったのは知ってるけど」
「ぐっ!どうせ生まれてこの方モテたことなんてねぇよ…!」
「あ、あの、だから過去形で。今のミチルは…その、心配になるから」
背がまた少し伸びて、精悍な顔つきになってきたところも。
高校に入って、身だしなみに気を遣うようになってきたところも。
テニスの進化だけじゃなくて、栄養学の資格取得にも励むその真面目で向上心のある性格も。
ミチルの魅力に気づく子が出てきても全然おかしくない。
だからいつだって不安だった。
しどろもどろな私の言葉を聞いて、ミチルは少し驚いた表情をした後、にんまりを笑みを深くした。
「……つまり?」
一気に顔に熱が集まっていくのを感じる。
この意地悪で嬉しそうな顔が憎たらしい。
キッとその瞳を射抜いて、一息で言い放つ。
「これ以上かっこよくなられたら困る。変な虫がつきそうだし」
まさか私がこんなに素直に喋るとは思ってなかったんだろう。
ミチルは笑みを消して、驚いたように真顔になった。
恥ずかしくてこれ以上顔を見れなくて、甘えるように胸元に顔を埋める。
……制汗スプレーの香りに混ざった、ほのかな汗の匂いを吸い込む。
この場所は私のものだ。誰にも渡したくない。
本当は私の知らないところで他の女の子と話してほしくないし、物をもらってほしくないし、あまり仲良くなってほしくもない。
あぁ、こんなに面倒くさい女になるつもりはなかったのに、思いのほか自分は独占欲が強いようだった。
……多分、こうなったのは一線を越えてからかもしれない。
けどミチルの自由を縛ることはしたくないから、この想いを口にすることはきっとないだろう。
頭上でミチルのため息が聞こえたと思ったら、背中に腕が回って、きつく抱きしめられる。
2週間、待ち望んだ温もりだった。
「そんなに俺のことが好きなのかぁ?」
「…バカ。分かってるくせに」
からかい声に拗ねたように返せば、ふっと低い笑いが落ちてくる。
「でも俺だってマコのこと心配してるぞ?」
「え、何で?女子校なのに」
「この前よく同じ車両になるヤツにナンパされたって言うじゃねーか」
「あ、あれはただ話しかけられたからちょっと雑談しただけで」
反論するため見上げた時だった。
「それをナンパってんだよこのバカチン!!」
死語を叫びながら両頬を思いっきり引っ張られて、痛みから涙目になる。
「いひゃいいひゃい!」
「ったく。変な輩から話しかけられても今後絶ッッ対応じるなよ。シカトだぞ?分かったか?」
眉を吊り上げてマジな瞳で諭されて、やっとミチルがけっこう怒ってることに気付いた。
どうにか頭を動かして数度頷くと、やっと手を離してもらえた。
「うぅ…、ひどい…」
「そんなに力込めてねぇぞ」
「テニス馬鹿の握力って半端ないんだから加減してよ」
「っ、悪い」
我に返ったのか、そっと頬に硬くて少し冷たい手のひらが添えられる。
目を上げれば、申し訳なさそうにやや目尻を下げた瞳とかち合う。
あ、と思った時には唇に温もりが落ちてきた。
嬉しいけど何だか誤魔化されたようで、「もう」と悪態をついてやる。
「よしっ。今週末は虫よけ買いに行くぞ」
「え?」
「特にお前はボケーっとしてるから必需品だろ」
……虫よけって、つまり。
私が想像してる通りのものだとしたら。
「じゃあミチルも買って」
だったら私だけじゃなくて、恋人同士だけの見える証がほしい。
考えてみれば、お揃いのものを身に着けることなんてしたことないんだし。
懇願するように少し身を乗り出すと、私がそう言うのが分かっていたのか「いや~俺って愛されてんねぇ」ってふざけた調子で笑う。
先を読まれた恥ずかしさから目を逸らした瞬間、再び右の頬に手のひらの感触。
そろそろとまた視線を戻せば、満足げに笑ったミチルの顔。
ゆっくりと瞳を閉じながら、私は内心で浮かれていた。
心配なのは私だけじゃなかったんだ。
ほっぺを抓られたときは痛かったけど、ミチルも私のことを案じてくれている。
というか、さっきのは明らかに嫉妬だった。
嬉しさの余り頬が緩みそうになりながら、間もなく唇に触れるだろう温もりを待っていた。
・・・
・・・・
・・・・・・
「……?」
ところが、いつまで経っても降りてこない。
不思議に思って瞳を開けると、ミチルの顔は私の正面じゃなくあらぬ方向を見て絶句していた。
私もそのあらぬ方向――公園の入り口付近に視線を彷徨わせてみると、木陰から知らない男性が深い笑みを湛えてこちらを見ていた。
驚きと恥ずかしさから、一気に身体中が沸騰する。
誰だか知らないけど見られてた…!!
「え?やめちゃうの?俺のことはお構いなくもっとイチャついてもらって――」
「ざっけんな!いつから見てたんだよっ!?」
「え?内緒」
躊躇せず怒鳴り返したミチルを見て、知り合いなんだと気付く。
これは気まずいことになってしまった。
どんな顔をしていいのか分からず、思わず顔を覆う。
「はぁ。さいっあくだ…」
「そもそも見られたくなかったら近所のこんなとこでイチャつくなよ。人通り少ないとはいえ油断しすぎだっての」
「……」
返す言葉がないのか、地の底を這うような長いため息をミチルが吐き出している。
そもそもこのチャラそうな人は、ミチルの何なんだろう?
家が近所の高校の友達とか?
気になって、指の隙間から彼の姿を凝視してみる。
よく見ると自転車に跨りながらこちらに話しかけていた。
本当に偶然通りがかったんだろう。
まだ淡い月あかりと街灯の明かりを頼りに視認できたのは、短髪の茶色い髪と耳に光るピアス。
切れ長の瞳に通った鼻筋、ニヒルに歪められた唇。
所謂クラスのカーストでいえば1軍にいそうなタイプ。
モテるんだろうな、と漠然と思った。
「へー。君がミチルの彼女?」
いきなり矛先が自分に向いて、慌てて両手を下ろして姿勢を正す。
「は、はい。あの…、」
「うんうん。真面目そうだしかわいいじゃん。名前は?」
「――オイ」
ドスの効いた声が隣からして、ミチルがけん制してるんだと悟った。
こんな声、たまの部活の最中でしか聞いたことがない。
ちらと盗み見れば、声のトーンの通り眉間にしわを寄せて睨んでいる。
とりあえずここは黙っておいたほうが良さそうだ。
「ははっ、余裕ねーなぁ。兄貴相手に威嚇してもしゃーねぇだろうに」
「…えっ」
”兄貴”という単語に驚いてミチルを凝視すると、私の視線を受けて、諦めたようにため息を一つ。
「そ。あいつ、俺の兄貴」
「えぇ!?」
驚きすぎてベンチから立ち上がる。
どさり。
膝の上に置いた通学鞄が地面に落ちてしまったけど、もはや気に留める余裕もなかった。
ミチルのお兄さん。
ちらっと話には聞いたことあるけれど、まさかこんな感じの人だとは…。
「お兄さん…!?は、初めましてっ」
「初めましてー。いつも愚弟がお世話になってまーす」
「あー!もう挨拶なんていいからさっさと帰ってくれ」
会釈をする私の隣で、ミチルも立ち上がりながらしっしと追い払うように手を払っている。
せっかく会えたのに、私のこと紹介したくないのかな。
名前もまだ名乗ってないのに…。
戸惑っていると、お兄さんはそんな弟の反応を見越していたように呆れ笑いを浮かべて。
「はいはい、んじゃ行くわ。あ、キミ今度は家に遊びに来なよ。歓迎するからさ」
「あ、はいっ、ありがとうございます」
「そいじゃ!あんま遅くなんなよ、ミチル?」
「へーへー」
ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべてペダルを漕ぎだしたお兄さんに、ミチルはうんざりしたような空返事。
そして終始楽しそうに笑ったまま、彼はあっという間に去って行ってしまった。
「あ”ぁ~~~~ッ」
姿が見えなくなるなり、どっかりとベンチに腰を下ろしたミチルは両手で頭を抱えて項垂れた。
……色々と聞きたいことがあるのに何だか聞ける雰囲気じゃなくていったん口を噤む。
「はぁ。帰りたくねぇ……」
「……恥ずかしいから?」
「ぜっってぇ死ぬ気でからかわれる……」
ぼそぼそと紡がれる悔恨の念を含んだ言葉に、つい苦笑してしまう。
そりゃそうだ。私だって家族に自分のあんなシーンを見られたらと思うと居たたまれなさすぎる。
地面に落ちた鞄についた砂を払って改めて膝に乗せ直しながら、軽い口調で聞いてみる。
「でも紹介くらいしてくれたら良かったのに」
「…そんな必要ねぇの。会わせるつもりもなかったんだ、ほんとは」
「どうして?」
もしかして仲が悪いのかな?
そう予想しながら聞いてみると、ミチルは頭を抱えてた両手を外して膝の上で片頬をつき、こちらを見遣る。
その表情は苦虫を噛み潰したようだった。
「アイツ最近、女とっかえひっかえしてるんだよ。女と見りゃ目の色変えるヤツに会わせられるわけないだろ」
「…、派手だしモテそうだなとは思ったけど、見た目通りというか…」
「高校入ってからだな…彼女に振られたとかで自棄になってんのかねぇ。どうしようもないヤツだよ」
「……」
そういう事情を知っているということは、どうやら口も聞かないほど仲が悪いわけでもなさそうだ。
それにしても彼女に振られて女遊びが激しくなってしまう兄だなんて、弟のミチルももし私と別れたらそうなってしまう素養がある…?
なんて脳内に過った不安を瞬時にかき消す。
ミチルに限ってまさかね。
そもそもそうならないよう私たちがずっと一緒にいればいいだけの話だ。
ミチルは依然として面白くなさそうに憮然としている。
本当はお兄さんといくつ離れてるのか、兄弟でテニスを習ってきたのか、色々聞きたいことがあるけど今日は無理そうだ。
仕切り直すため、私は話題を変えることにした。
「あーあ、早く週末にならないかなぁ」
「ん?」
「ミチルが妬かないように、虫よけ買いに行くんでしょ」
したり顔で笑って見せれば「ふん。お前こそ俺が虫よけ付けてれば一安心だろ」って反撃。
「そうだね」って返せば、お互い笑って再びお互いの顔が近づいて……
・・・
・・・・・
……けどどうしてもさっきの光景が過って、それ以上進むことができなかった。
トラウマなのかまた表情が渋くなっていくミチルに、これはいけないと再び場を仕切り直すことに。
私が持ってきたブラウニーを食べてもらおうと、ミチルの隣に置いてあった箱を手に取り、ラッピングを外していく。
中から現れたスティック状に個包装したブラウニーを見て、「おぉ、すげ」と呟き一本手に取り口に含んだ。
ドキドキしながら咀嚼するその横顔を眺めていると、「うん。うまい」とサムズアップ。
ほっとしたら、何だか甘えたくなってその肩に凭れ掛かる。
少し目を上げればミチルの唇がある。
今日は一回しかキスできなかったなぁ。
少し残念に思いながら見つめていると、唇についた欠片を舌が舐めとる仕草にドキッとする。
身体が熱くなってきて、二本目を手に取り口にするミチルをぼうっと眺めながら、本能に動かされた私の口は言葉を紡いでいく。
「あの、さ。週末…、指輪買いに行ったあとなんだけど」
「?」
「うち来ない?……誰もいないから」
そっと呟くと、ミチルの喉仏がごくんと動いた。
ブラウニーを飲み込んだためか、それともその意味を悟ったせいなのか。
街灯の明かりで、熱っぽい視線を向けた自分がその瞳に映っている。
ミチルは瞬時に頬のあたりを染めながら、しっかりと頷いてくれた。
今日の物足りなさからか、寂しさからか。
自分から家に誘うなんて恥ずかしい真似をしてしまった。
けれど、恋人同士の証を身に着けたままそうなれたら、もっと深くて強固な繋がりを得られる気がして。
ずっと覚めない夢を見ていたくて必死な自分は、本当に呆れるほどミチルのことが好きみたいだ。
ミチルの口の周りに少しついたままのブラウニーの欠片を指で優しく取ってやりながら、そんな自分の想いの深さにそっと嘆息した。
一方、ミチルは何故か眉根を寄せて目を閉じたまましばらく動くことはなかった。
また腹痛に襲われているのかと心配しかけたけれど、どうやらそうでもなさそうだ。
その”何か”を必死で鎮めるかのような態度には何度か身に覚えがあったから、気付いてしまった。
……そっか、ミチルも我慢してるんだ。
同じ気持ちだったことが嬉しいような、気恥ずかしいような。
綺麗になった口元に――じゃなくて無防備な頬に唇を寄せると、びくっと驚いたのが可愛くて笑ってしまった。
「ははっ、ビビリすぎじゃない?」
「おっまえな!はぁ~…、覚えてろよ」
熱っぽい瞳で睨まれて、週末の自分の身に想いを馳せる。
どうやら私はまずいことをしてしまったようだ。
……なんて、実は確信犯。
その後、あまり長居すると怪しまれるからマズイとの理由で早々に解散した後、家に帰ったミチルはやっぱりお兄さんに赤い顔やらを散々いじられたんだろう。
翌日、ミチルと同じ高校に進学した田代から「今日ミチルの機嫌が激悪なんだけど。お前ら何かあった?助けてくれ!」とのメッセージが飛んできた。
予想通りの展開だったので「何もないけど何試合か思いっきり打たせたげて。んでマックでも奢ってやって。頼んだ(笑顔絵文字)」と私は対応を田代に丸投げした。
そして心の中でそっと手を合わせるのだった。南無。
Happy Valentine! (?)
2024.2.15
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