つぼみな恋
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学園祭の開催まで一週間を切ったこの日、私と福士先輩は買い出しのために街へ出ていた。
銀華の出し物は揉めに揉めた結果焼きそばの屋台に落ち着き、今日は試作品を作るための買い出しだった。
”会計してくるからその辺で待ってて”と言われ、お店の前でしばしぼうっと目の前を行き交う人々を眺める。
ちらりと腕時計に目を落とせば、そろそろ5分が経とうとしている。
きっとレジが混んでるんだろう。
「ねぇねぇ君、どこの学校?」
と、ふと頭上から声がして、顔を上げると見知らぬ2人の男子が私を囲っていた。
制服を着崩している二人は、風貌からいって同い年くらいだろうか。
「え、あの…」
「俺ら駒田西なんだけどさ。この辺の学校っていったら星野か銀華だよな?」
「いや……ごめんなさい、荷物もあるし急いでるので」
「え~?何か買い出しに来たの?ほら、持ってあげるよ」
「あっ」
ひょいと材料が入った紙袋を取られてしまって、唖然とする。
これってナンパだろうか?あまりない経験に戸惑うしかない。
「せっかくだしちょっと遊ぼうよ。なっ!」
「ちょっと、困ります…!荷物返してくださいっ」
「付いてきてくれたら返すって。ねぇ名前なんてーの?」
荷物を取り返そうとした伸ばした手首をぱしっと取られてしまい、一気に恐怖心が増した。
どうしよう。怖い。福士先輩まだかな。
ちらっと視線を出入口に遣るけど、依然その姿は見つけられない。
「ちょっとくらいいーじゃん!ほらっ」
「いや、離してってば…!」
ぐいっと手首を引っ張られるも、足に力を入れて何とか踏みとどまる。
でも所詮本気を出した男の子の力には敵わないだろう。
必死に抵抗を続ける私を、いいねいいね強気なのそそるわー、なんて楽しそうに言って下卑た笑いを浮かべる二人。
もし、このまま強引に連れていかれたらどうしよう。
勇気をだして道行く人に助けを求めようか。誰か――
「おい」
視線を走らせた時、低い声がどこからともなく聞こえた。
この声は。
「何してんだよ。人のツレに」
彼らの背後から、低い威嚇した声が聞こえてくる。
二人が振り向くと、眉を寄せた福士先輩が睨みを効かせて立っていた。
「お前っ…!銀華の福士!?」
「ん?……あー、どっかで見たと思ったら駒田西の連中か」
「お前、地区予選ではよくもやってくれたな…!」
「フン。あんな策に嵌ってるようじゃウチには勝てないさ。”都大会ベスト4”のウチにはな」
「クソッ!調子乗ってんじゃねぇよ!」
「またテニスで決着つけてもいいんだぜ?いつでも受けてやるよ」
どうやらこの人達とは地区予選で対戦した仲だったらしい。
人によっては平身低頭になるきらいがある福士先輩だけど、勝者の余裕かかなり強気な態度だ。
「そんなことよりその子の手、離せよ」
掴まれた手首を見やって威圧感たっぷりに言う姿に、少し驚く。
この文化祭中はふざけている姿かたまに真面目な姿しか見たことなかったけど、やっぱりあのテニス部の部長なんだ。
「チッ…!」
乱暴に手首を離されたと思いきや、彼らは奪われた紙袋を振りかぶって福士先輩の足元にぶつけてきた。
「あイダッ!……くそっ、あいつら…覚えとけよ」
走り去って行った彼らを膝を押さえて睨みつける福士先輩。
卑怯な彼らに怒りが湧くけれど、今心配すべきは先輩のことだ。
思いがけない出来事に早いリズムを刻む心臓を落ち着けるように、少しゆっくり息を吐きだしてから問いかける。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ま、まぁな。磯野こそ平気か?」
「あ、はい」
そう返しつつも、安堵したからか自分の身体が震えているのに気付いた。
先輩もそれに気づいたのか、申し訳なさそうに体勢を戻して。
「悪かったよ。戻るのが遅くなって」
「いえ!先輩が謝ることじゃないですから」
「腕、見せて。……ちょっと赤くなってんな」
「だっ大丈夫です。そこまで強く握られたわけじゃないですし、すぐ赤みも消えますって」
「……」
「え、と、助けてくれてありがとうございました」
福士先輩は私の腕を取りながら、何ともいえない表情で黙り込んでしまった。
何だか急に居たたまれなくなって腕を引っ込め、お礼を言いながら地面に落ちた紙袋を拾い上げる。
変な感じだ。
テニス部の噂は少し聞いたことがあって、そのどれもがあまり良いものではなかった。
だから文化系の私は、怖い人たちなんじゃないかとこうして関わる前までは戦々恐々としていたのに。実際は違った。
さっきだって、福士先輩はあくまでテニスで決着をつけようとしていた。
都大会のベスト4にまで進出した彼らは――福士先輩は、接してみると思っていた以上に真面目な人だったのだ。
紙袋の中身は、主に飾り付けで使う雑貨の類だ。
勢いよく福士先輩の脚に叩き付けられてしまったから中身が心配だったけど、軽いものが中心だったおかげでどれも無事そうだ。
もし割れ物や硬いものが入っていたら福士先輩がケガをしてたかもしれないと思うと、ますます彼らの愚行が許せなくなってくる。
ひとまず「中身はほとんど無事みたいです」と顔を上げると、福士先輩がずいっと拳を差し出してきた。
「遅くなった詫びだ。受け取んな」
「えっ…」
慌てて紙袋を腕に掛け直してからおずおずと手のひらを差し出すと、1個20円のあの四角いチョコがちょこんと乗せられた。
驚いて福士先輩を見上げると、目を逸らしながら真面目な表情をしている。
「レジけっこう混んでてさ。こりゃ待たせるなと思ったから買っといた」
「そんな、わざわざ…ありがとうございます」
「いや……、もっと早く戻るべきだったよ。本当悪かったな」
そう言ってすまなそうに顔を逸らした先輩に、何だか顔が熱くなってくる。
――福士先輩は、接してみると思っていた以上に真面目で。そして優しい人だった。
やがて落ち着きを取り戻してから、まっすぐ会場へと戻ることにした。
商店街を抜けると、閑静な住宅街が続く。
何気ない会話を交わして歩いていると、頬に何か冷たいものが当たる。
不思議に思い見上げた空は晴天そのもの。
気のせいかと会話を続けるけれど、次第にそれは頭や腕にも落ちてきた。
先輩も気づいたようで、顔を見合わせてから共に空を見上げる。
まだ晴れてるから、天気雨だろうか。
「……少し歩くスピード上げるか」
「ですね」
足早に歩き始めたけれど雨は次第に勢いが増していき、雲が太陽の光を隠していく。
だんだんと地面を黒く染めていく大粒の雨に焦りが生まれる。
やがて3分しないうちに土砂降りとなった雨から、二人で逃げるように走った。
ツイてないことにここはまだ住宅街。そして会場まではまだ距離がある。
「あそこで止むの待つぞっ」
「はい!」
そう言って福士先輩が向かって行ったのはシャッターが閉まった商店だった。
昔はたばこ屋さんだったのだろうか。たばこと書かれたプレートはすっかり錆びていた。
そんなかなり年季の入った建物の軒下に私たちは駆け込んだ。
雨避けのための赤い庇はところどころ破れているせいで、うまく役割を果たしてくれそうない。
必然的に私と先輩は雨が滴る場所を避けて、肩が触れそうな距離まで近づいていた。
落ち着かなくて、空を見上げながら紙袋をぎゅっと抱きしめながら問いかける。
「良かったですね。とりあえず凌げる場所があって」
「だな。これも日頃の行いが良いからかもな」
「日頃の行いが良ければまずこうやって降られないような…」
「んだと?おっまえ言うようになったなセンパイニタイシテ!」
「ごっ、ごめんなさいつい…!」
いつものふざけた調子で言い募る先輩に、首をすくめて謝る。
一週間経って大分打ち解けてきたとはいえ、まだ軽口を叩けるような間柄じゃなかったのに。
だけどそんな私に先輩は「ま、いいけどさ」って口角を上げてくれた。
心臓が跳ねた気がして、落ち着けるように紙袋を強く抱き直す。
「あ、あの、先輩。脚、大丈夫ですか?走ったりしたので…」
「ああ、別にどうってことないよ。もう痛みもないし」
「そうですか、良かった」
雨の勢いはまだ落ち着いてくれそうにない。
こんな至近距離でいたら、心臓が持たない気がする。
あれ。何で私こんなに緊張してるんだろう?
男の子とこうしてこんな近距離で話すことなんてなかったからだろうか。
……それとも、福士先輩だからだろうか。
「その紙袋ちょっと貸して。改めて中身が無事か確かめておきたいからさ」
「っ!はいッ」
緊張していたせいで返事に変な勢いがついてしまった。
恥ずかしく思いながら少し濡れた紙袋を差し出せば、受け取った先輩は特に何を言うでもなく、無表情だ。
私が気にしすぎなんだろうけど、そういえば髪の毛、濡れた上に走ったしボサボサになってないかな?
通学鞄を改めて肩に掛け直しつつ、開いた両手でささっと整える。
とりあえず毛先だけでも拭かなきゃと鞄の中からハンカチを取り出そうとしたところで、隣の先輩の様子がおかしいことに気づいた。
紙袋を手に固まったままある一点を見つめていた先輩は、私の視線に気づくなり首を勢いよく180度回転させた。
不思議に思い先刻までの視線を辿った先には、何ということだろう。
水を含んだシャツはぴったりと肌に張りつき、白い下着をくっきりと浮かび上がらせていた。
咄嗟に両腕で胸元を隠す。
見られた……んだよね。
ちらりと福士先輩を見上げると、バッチリ耳が赤くなっている。
一気に体温が上昇して”うわぁーーー!!”と脳内で頭を抱えて転げまわった。
あろうことかこんな日にインナーキャミを着用し忘れてしまうなんて。
朝寝坊しなければ、昨日夜更かししなければ……なんて後悔しても後の祭りで。
恥ずかしくて恥ずかしくて俯いていると、不意に肩に何かが掛けられた。
それは見覚えのある、深緑色のジャージ。
思わず先輩を見上げたら、「とっ、とりあえずこれ着てな。洗濯済みだから臭くはねぇと思うし…」と赤い顔を逸らしながら言う。
語尾は雨音にかき消されそうな小声だったけれど、しっかりと聞き取れた。
「で、でもいいんですか借りちゃって?濡れちゃいますけど」
「いーって。気にすんな」
この上着、テニス用のジャージだ。
何度か通りがかったコートで見たことがある。きっと先輩が下げているボストンバッグに入っていたものだろう。
もう引退したのにこうして持ち歩いているなんて、よっぽど思い入れがあるのだろうか。
そんな大事であろうジャージを借りることに抵抗を感じなくもないけれど、背に腹は代えられない。
有難く袖を通させてもらい、チャックを首元まで上げる。
すると福士先輩の匂いにふわっと包まれて、さらに体温と心拍数が上がっていく。
こんなことをされたら、この気持ちに名前が付いてしまいそうじゃないか。
「…ありがとうございます。洗って返しますね」
「いいよ、別に。そのままで」
「私が良くないです。ちゃんと洗って返します」
「わぁかったよ。んじゃ頼む」
赤い顔した先輩が、赤い顔した私を見下ろして軽く笑む。
まずい、これ以上心臓がスピードを上げたら困る。
このこそばゆいような気まずい空気を払拭したくて、私はジトッと上目遣いで問いかけてみる。
「ところで先輩。……見ましたよね?」
「みっ、みみみっ、ミテナイデスヨ!?モウシワケ程度にしかネ!?」
「嘘。めちゃくちゃがっつり見てたじゃないですか」
「不可抗力だよおぉぉ!」
福士先輩は右手で顔を抑えながら甲高い声で喚いた。
思った通りふざけた調子の福士先輩が見れて、笑ってしまう。
しかしその時、福士先輩の左手が密かにガッツポーズを作っていただなんて私には知る由もなかった。
「(やっぱり日頃の行いが良いんだよなぁ。恵みの雨よ、ありがとうッ…!!)」
★おまけ
数分後、雨が止んで無事に会場へと戻った私たち。
私たちに気付くなり、作業をしていた堂本先輩が駆け寄ってきた。
「おう、二人ともお疲れ。すげー雨で大変だったろ」
「そりゃーもう!濡れて大変でしたわよええ!」
「……おいおい、にしては機嫌いいな。もしかして磯野と何かあったのか?アイーン」
堂本先輩が、私をちらちら見ながら福士先輩の耳元で何か話している。
やっぱり福士先輩のジャージを着ているから、変に思われたんだろうか。
「べっつにー。雨降って寒そうにしてたから上着貸しただけど?」
「ほんとかぁ?」
「しつけーぞっ」
少し居たたまれなくなりながら、何かをヒソヒソと話す二人を見ているしかない。
話がついたのか堂本先輩を引きはがした福士先輩が、ったく、と息を吐いている。
もしかして私との仲を変に勘繰られたんじゃ――
そんなの福士先輩にとっては迷惑な話でしかないのに…。
そう思うとその態度に、勝手に胸が軋んだ。
「へーへー。ところでミチル、どういうことだよ」
「何が?」
「さっきお前が送ってきたLINEだよ。土曜に駒田西の連中とテニスするから空けとけって」
「えっ」
沈んだ思考は即座に中断され、思わず驚いて声を上げてしまった。
福士先輩を見ると、堂本先輩にこともなげに言い放つ。
「ああ。完膚なきまでに実力の差を思い知らせてやらねぇとな」
「約束したのかよ」
「いーや。ただあいつらが毎週土曜に東町のコートで打ち合ってるのは知ってる。そこに俺らが乗り込んできゃいいだけさ」
「いなかったらどうすんだ?」
「んなことにならねぇように策は練ってある。ってことで土曜の午後空けといてくれ」
「お、おいっ……はぁ、マジかよ…」
堂本先輩の肩を叩いて歩き出してしまった先輩を慌てて追いかける。
それはもしかして私のため?それとも自分のため?
「先輩っ、今の話って、」
「ああ、仇はとってやるから。任せとけって!」
「えっ…」
ニッと笑ってサムズアップする福士先輩を前に、固まってしまう。
やっぱり優しい…。
胸が詰まって立ち止まってしまうと、福士先輩も足を止めて楽しそうにこう続けた。
「無理にとは言わないけど磯野も見に来るか?あいつらが無様に負ける姿見たらスカッとするぜ?」
「行きます!」
即答だった。
彼らがボロクソに負けて悔しがる姿を見たい気持ちは確かにあるけれど、それ以上に福士先輩がテニスをプレーしている姿を見てみたかったから。
食い気味の私の返答に、福士先輩は笑って頷く。
「ぃよしっ、良い返事だ。期待して待ってな」
「はい!」
学園祭の本番まであと一週間。
それが終われば福士先輩との関りがなくなってしまうことに、寂寥感を覚え始めていた。
だけどもしかしたらそうはならないかもしれない可能性に安堵する。
きっと土曜日にテニスをする先輩を見たら、芽吹いたこの気持ちはますます大きく膨らんでいくんだろう。
そして最後の日曜日である朝。おそらく私は先輩に電話を掛けるのだ。
これから遊びに行きませんか?と――
「それと日曜、……いや、なんでもない」
「えっ、なんですか?」
続くはずだった言葉が気になってつい聞き返してしまう。
気のせいじゃなければ、今まさに想像していた”日曜”という単語が聞き取れた。
膨らんだ期待を捨て置けなくて、やっぱりいいと踵を返そうとする先輩を、言ってください気になりますと何とか引き留める私。
最終的に折れた先輩は忙しなく周囲に視線を走らせてから、ゴホン!と咳払いして私を見下ろした。
「日曜日、どっか遊びに行こうぜ」
「……!」
「用事ある?」
「いえ!ないですけど…それって、ふ、二人でですか?」
「そうだよ。いっ、嫌なら堂本たちも誘うけど」
頬を赤くして、どこか拗ねたように早口で喋る先輩が可愛くて、つい笑ってしまう。
同じく頬に熱が帯びていくのを感じながら、私はかぶりを振ってこう返すのだった。
「楽しみにしてます!」
2023.9.18
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