ドラマチック
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「赤也くん、jr選抜に選ばれたみたいよ」
テレビ画面を見つめながらお母さんが言った言葉に、私はふうんとだけ返してご飯を口に運ぶ。
聞き慣れない単語だけど、詳しく聞く気が起こらなかった。
「それだけ?結構すごいことらしいわよ」
「じゃあ“自称”次期エースじゃなかったんだアイツ……あ、ねぇソース取って」
「ちょっとアンタ、肘つくのやめな」
行儀悪いってお母さんのお小言に、今晩のメイン・エビフライにソースをかけつつ適当に肘をおろす。
「昔赤也くんも肘ついて食べてたわね」
「そうだっけ」
「昔ホットケーキ出したら、あんたたち揃って肘ついて食べるんだもの」
「へー、うちも赤也んちもお互い躾が行き届かなかったんだね」
ニッと笑うとお母さんはそういうことになるわねと肩をすくめて苦笑いした。
エビフライを齧りながら、しばらく会っていない幼馴染みのことを想う。
相変わらずテニス一筋なんだろうか。
食事が終わると、宿題があったことを思い出して二階の自室に向かった。
机にノートと英和辞書、プリントを広げて、授業内容を復習しながらプリントの空欄を埋めていく。
少し埋まりはじめたところで、スマホがぶるりと震えた。
中断してチェックすると友達からのLINEだった。
嫌な予感は的中、案の定内容は明日宿題写させてという身勝手なお願いで。
いつものことだけど……なんで自分でやろうと思わないのか。
とりあえず不可を表すスタンプを送ろうとしたところで、ふと窓際に異変を感じた。
動きを止めてじっと濃紺の空を映す窓を見つめていると、コツンと何かがぶつかったような音。
不審に思ってそっと近付いて、路地を見下ろすけど誰もいなくて。
雨も降っていないようだし、ますます疑問でちょっと怖くなってくる。
――ブー。ブー。
今度はほんとに驚いて、軽く肩が跳ねた。
左手に握ったままのスマホが突如震えて、この瞬間私の頭には、小さい頃にうっかり見てしまった携帯電話が題材のホラー映画が浮かんだ。
非通知だったらどうしようとホラーが苦手な私は内心ビクつきながらそっと画面を見て、今度は違う意味で驚いた。
ディスプレイに表示されていた名前は、久しく会っていない幼なじみのものだったから。
「――もしもし?」
『あ、俺。今お前んちの前にいるんだけど』
「え?」
『玄関前』
「……ねぇ、もしかしてさっき窓に石かなんか投げたのアンタ?」
『そー。でもコッチのが早えーやって思って』
「びっくりしたよこっちは!」
『ははっ、まーまー。んで……今からちょっと出てこれねぇ?』
「うん。すぐ行く」
即答した。
まさかさっきまで想い浮かべてた幼馴染みが会いに来てくれるなんて。
やりかけの宿題なんて後回しでいい。
学校から帰ってそのまま放ってあったコートを羽織りながら、階段を駆け下りる。
お母さんに一声かけてから、履き慣れたスニーカーをつっかけて。
ドアを開けると、玄関前に座っていた赤也が振り向いた。
「赤也」
「オッス」
立ち上がった赤也の表情は、久しぶりとはいえ変わらない。
吊り上がった挑発的な目に私を映して、口を無邪気に歪ませて。
多分私も、何も変わっていない。
「とりあえず久しぶり」
「久しぶり……ってアレ、何ヶ月ぶり?」
「多分、半年は経ってるだろうね」
「そか。そんなにか」
「うん」
あ、でも、ちょっとどこかたくましくなったような気がする。
ふとした表情の中に滲む、凛々しさ。
背もちょっと伸びた?
「jr選抜とかいうのに選ばれたんだってね」
「え?なんで知ってんの?」
「お母さんから聞いた」
「マジか。自分で言いたかったんだけどなぁ」
「でも私すごいとか言われてもよく分かんないけど」
「なんだよ、選ばれたやつしか参加できない強化合宿なんだぜ?」
「へー、そうなの?ね、こんなとこじゃ何だし、どっか移動しよ」
「だな。そこの公園でいいっしょ?」
「え、でも寒くない?」
「だって俺店入る金ねーもん」
「……同じく」
なんだそれって笑うその顔は私の知ってる笑顔で安心するけれど。
歩きながら街灯に照らされた横顔と顔の高さに、やっぱりちょっと大人っぽくなったなって思う。
たった半年の月日。
変わらないって思ってたけど、知らない赤也が確かにそこにはいた。
何だか勝手に取り残されたような心地になって、少しだけ胸が軋んだ。
二人ブランコに腰かけて、久しぶりの懐かしい感覚に浸る。
風が冷たいけど、私はせっかくだからと揺れはじめた。
「なんか懐かしいな」
「ガキの頃まいっにち来てたよな」
「ここは、変わらないよね」
せっかくだから思い切り漕いでみる。
キィキィと、弧を描いて加速をつけていくブランコ。
「ははっ。相変わらずガキだねお前」
「どーせ!」
からかわれて唇尖らせて、でも加速をつけるのを止めない。
揺れるブランコが空に一番近くなった時、一瞬だけ見渡せる世界。
この飛べそうな感覚や、小さな身体で見ることができるその瞬間が好きだった。
隣で聞こえる笑い声も、当たり前だけどあの頃とは違ってずいぶん低い。
「あ、そうそう」
「ん?」
「俺、カノジョできたぜ」
「えっ」
一瞬目の前が真っ暗になって、足を地面につけて少しスピードを落とした。
赤也を見ると、笑いながらも探るようにじっと揺れる私を見ていて、ショックを隠すように「そうなんだ」とだけ返す。
そうだよね、カッコ良くなったもん。いても全然おかしくない。
昔はいつも側に居れたから赤也のことで知らないことなんてなかった。
だけどテニスのことや学校のこと、周りにいる友達のこと、彼女のこと。
今はもう知らないことも多くて、大分距離ができてしまった気がする。
私の思っていたよりも低くなってしまった声のトーンを聞いて、赤也は勘違いしたのか、
「あらら。冷めた反応」
「そんな余裕あったんだ」
「……ウソだよウ・ソ。つまんねーな」
つまらなそうに口を尖らせる。
その言葉に、どうにかいつも通りを取り繕っていた私は内心でどっと安堵する。
「なんだ……」
「マコも相変わらずっしょ?」
「お互い様で」
だよなぁ、って意地悪そうに笑う。
失礼なと思ったけど、その笑顔に絆されて私も笑ってしまった。
あぁ、やっぱり好きだなぁと思うと同時に、一抹の寂しさを覚える。
次にこうして会えるのはいつになるだろう。
赤也の一番はとっくにテニスだ。
会えない間隔が広がるごとにだんだんと必要とされなくなっていくような気がして、私はいつしかテニスに対して嫉妬のようなものを抱いていた。
子供じみた感情だって分かってる。
本当は赤也が好きなテニスを私も好きになりたいのに、なかなか出来ずにいた。
「――なぁ」
ふいに赤也が問い掛けてきて、私は足を地面につけて更にスピードを落としながら言葉の続きを促す。
「なに?」
「今年の夏にやる大会、マジで見に来てほしいんだよね」
「……、どうして?」
「えー、だって公式で俺の試合まだ見たことないっしょ?」
「……噂の凶悪プレーを見てくれと?」
「それも知ってんの」
「お母さんに聞いた」
そう言うと、すぐカタつけりゃいいんだからヘーキって余裕の笑み。
漕ぐのを完全に止めて、私は少し戸惑った。
「またずいぶん自信満々だね」
「どう、オッケー?」
「……えーっと……」
「んだよ。何かあるわけ?」
思わず言葉に詰まった私を訝しむように、急にブランコを寄せて覗き込んでくる。
慌てた私はまとまらない言葉を紡ぐしかなかった。
「え、あの、ていうか……なんで私?」
「そりゃマコにウチが優勝するとこ見てもらいてぇからだよ」
「……」
「今年こそは青学をぶっ潰して優勝する自信あんの。お前が見に来てくれさえすりゃ」
「どうして?今までだって自信たっぷりに優勝宣言してきてたじゃん。今さら私がいなくたって――」
言ってしまってから、しまったと思った。
つい卑屈な本音がでてしまった。
でも赤也はそんな私からちょっと拗ねたように視線を逸らして、頭をがしがしと掻く。
「あ~~~……ハッキリ言わねーと分かんねぇ?」
「え?」
「好きな女に見に来てもらえたら張り切れるからだっつーの!」
「……」
「どうなんだよ?イエスかノーか」
ぶすっと膨れたように告げられた言葉に、身体が固まる。
今“好きな女”って言ったよね。
脳内で赤也の言葉が反響して、みるみる体温が上がっていく。
何も言えずに、ただコクンと頷くのが精いっぱいだった。
破顔した赤也は、ブランコ越しに私の手を取り無理やり小指を絡めてきて。
「ヨッシャ!約束だからな」
「……勝ってよ。絶対」
「絶対勝つ」
そう自信に満ちた顏で断言する。
それだけ努力している証拠だろう。
心臓の音が聞こえやしないか内心でドギマギしながら、私も決意する。
今のテニスに打ち込む赤也のことをちゃんと好きになろうと。
くだらない感傷は捨てて、テニスのことをもっと知ろうと。
私の小さい小指をきゅっと絡める小指は、想像以上に大きくて硬い。
ラケットを振り抜いてきた、たくましい手だ。
ふと見ると赤也の強気な、無邪気な笑みの奥に“男の人”の影を見つけて、ますます身体の熱が上がっていく。
意識してしまって、ぱっと小指を解くと「あっ……もしかして照れてんの?」なんて顔を覗き込まれて。
「違うし」
「だったらこっち向けよ」
「うるさいバカ」
「俺立海生だからお前ほどバカじゃねーし」
「うるさいうるさいっ」
はははっ!とついに赤也は楽しそうな笑い声をあげる。
からかわれながらも、私は悪態をついて顔を逸らし続けるしかなかった。
こんなにときめいていることを知られるのが、悔しくて。
…………
「暇見つけてまた連絡すっから」
「うん、私も。合宿と練習頑張ってね。大会で無様な姿見せないでよ」
「俺を誰だと思ってんの?むしろ惚れ直させてやんよ」
「へぇ……期待してる」
最後の言葉にドキッとしたことは、もちろん内緒で。
平静を装った言葉を投げて、門の取っ手に手を掛ける。
「んじゃ」
「うん、またね」
「……あ、そーだ」
「え?」
「忘れモノっと」
ハテナマークを浮かべて赤也を見ると、ぐいっと顎を上向かされて、ドアップ。
見開かれる私の瞳。
そして、チュッと小さく音をたてて離れる唇。
「へへっ、ごっそーさん」
満足気に笑いながらペロッと上唇を舐めて、「んじゃ、またな」と片手を上げて歩いて行ってしまう背中。
なにも言葉を発せずに、私はただただ、心拍数を上昇させたまま硬直するしかない。
我に返ったきっかけは、友達に送れずにいた返事の催促を知らせる、ポケットにつっこんだスマホのバイブレーションだった。
2023.3.20
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