バスのライトが見えるまで
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私は途方に暮れていた。
喉、渇いたなあ。
でも、お金ないし。
もうすっかり春とはいえ、太陽が落ちると共に気温は低下。
軽く身震いをしながら、ジャージの袖口に手をひっこめて、「あったか~い」の区切りにあるココアのボタンを無意味に押してみる。
…すべて自業自得、なんだけれど。
思わず漏れそうになるため息を飲み込むのは、もう何度目だろう。
★ バスのライトが見えるまで
今日は銀華は鈴音山中学と練習試合で。
現地解散となり、部員が各自駅やバス停へと向っていく中、私は部長の福士と学校へ報告に戻るために数人に混じりバス停へと向かう途中だった。
ふと目に入ったコンビニに、私は視線を射止める。
持ってきた爽健美茶が切れてしまって、そういえば喉渇いたなあなんて思って。
「ごめん、先行ってて」
「は?」
「次のバス乗るから」
それだけ言って、背中でオイ!?って部長の焦る声がしたけど、構わずコンビニに走った。
思えばこの時点で既に考えなしだった。
自分の欲求に素直に従ってしまったのを、今さらながらに後悔する。
適当に店内をうろついた後、ポッキーとジュースを買ってコンビニを出る。
ちょうど見えるバス停から、当然ながら福士の姿は消えていた。
そこでハッとする。
…確か…と嫌な予感を浮かべながら、恐る恐る財布の中身を確認してみる。
7円しかない。
ガサ、と音をたてるのは腕に下げたビニール袋。
普段頑張ってる自分へのご褒美なんて、気を大きくして買ったポッキーデコレが透けている。
これを我慢していれば、少なくとも帰れるお金はギリギリあったはずだ。
後悔しても遅い。
こんな日に限って携帯は忘れてるし、本当にどうしたもんか。
ここで待っていれば多分福士が迎えに来てくれるかもしれない。
けれどじっと待つことが何より苦手な私にとって、それは苦痛意外の何物でもない。
福士が私のことなんて忘れてさっさと帰ってしまう可能性も拭えない。
それに学校まで、歩いて帰れない距離でもない。
コンビニの駐車場の隅に座り込みながら、とりあえず買ったばかりのカルピスウォーターを喉に流し込む。
甘い爽やかな味を一通り堪能した後、キャップを閉じて立ち上がる。
悩んでる時間も惜しい、善は急げだ。
そう、見知らぬ町を歩くという好奇心もある。
迷わず学校まで歩いて行くことを選択した私の心はこの時はまだ、心なしか弾んでいた。
…
……
………
鈴音山を出たのは約16時頃。
大体どれほど歩き回ったか、腕時計に目をやれば現在17時30過ぎ。
1時間30分もの間、人にも聞いて学校を探し回った結果、さらに迷ってしまったらしく。
見渡せば人通りも少ない、住宅が連なる道路。
だけど運良く買い物帰りらしきおばさんが自宅に自転車を止めているのが見えたから、もう藁にもすがる思いで学校への道を尋ねると知らないわね、なんて一刀両断。
だったらと交番への道を尋ねると、驚かれつつも丁寧に教えてくださった。
まあこんな時間に見ず知らずのジャージを着た中学生が、こんなところで迷子になってるんだから当然か、なんて思うけれど。
わざわざ家の中からメモ用紙とペンを持ってきて、地図まで書いてくれて。
良かったら電話貸すわよ?なんて有難い申し出を頂いたのだけど、さすがにそこまでお世話になるのもと思い断ってしまった。
去り際に気を付けてね、なんて有難い言葉にまたじーんとなりながら、その場を後にする。(いい人でよかった)
そうして、書いてもらった地図を眺めつつ、言われた通りに真っ直ぐ進む。
そして右に曲がって、入り組んだ小道に入ってまた右に曲がって、…
そうして地図とを見比べながら歩き回るも、一向に交番が見えてこない。
ちゃんと地図通りに歩いてきたはずなのに。
何で?と疑問を繰り返しながらふと、コンクリートに伸びた自分の影が薄くなっていることに気付く。
空に目を向ければ、夕焼けのオレンジ色はグレーと混じって、僅かな光で私を照らしている。
そろそろさよなら、ゲームオーバーだと、静かに告げられてるみたい。
腕時計の針は18時45分。
あちこちに点在する、街灯のランプ。
さすがに焦ってくる。
現在位置的に、とりあえずはちゃんと学校に近づけているのだろうか。
確かめたくも電柱の住所を見ても知らない町名で、もう現在地がさっぱり分からない。
周りの民家はもうそろそろ家族団欒の時間なんだろう。温かな気配がする。
この僅かにオレンジがかる薄暗い道を歩いていた人もほとんど家内へ消えて、次第に焦りは増していく。
せめて10円でもあったら電話が使えたのにと、目に入ったたばこ屋さんに備え付けてある公衆電話の前を通り過ぎる。
やっぱりあの時に、素直に電話借りればよかったなあなんて、またも今さらな後悔。
コンビニを離れた時に胸を弾ませていた好奇心は、今や見る影もなくしぼんでしまった。
徒歩で戻ろうだなんて安易過ぎた。浅はかだった。
まさに戻れず、進めずの悪循環。
こんなにも自分が方向音痴だとは思ってなくて、またまた今さらの自己嫌悪。
信号機先の坂を上ると、誰もいない小さな公園が目に入る。
何時間も歩き続けて、さすがに足が痛い。
休んでる暇はないというのは分かっていても、疲れきった体は素直にベンチに腰を下ろす。
バッグを開けると、中にあるのはカルピスウォーターのラベルが貼ってある空のペットボトルと、また空腹を我慢できずに空になったポッキーの箱、スポーツタオルにMD、それに財布と、部活関係のファイルだけ。
中身を全部出して、財布から零れたお金が都合よくあったりしやしないかと漁るも、やっぱりそんなに神様は甘くないようで。
諦めが悪い私は、ないと分かってながらも財布の中身を改めて確認する。
やっぱりそこにあるのは5円玉と1円玉が2枚だけ。
そういえばと、近くにあった自販機のおつり口を、周りに人がいないのを確かめてから押し開け、中を覗き込む。
…やっぱり神様は甘くない、知ってるけど。
ため息を飲み込みながら立ち上がり、目に入る飲み物たち。
蛍光灯のやけに明るい光がその存在を主張している。
喉、渇いたなあ。
でも、お金ないし。
自販機の下とかにお金落ちてたりしないかな?なんて不埒な考えが頭を過ぎるも、さすがに思い直す。
渇きは潤したいけど、なんだか冷えてもきた。
「あったか~い」の区切りにあるココアのボタンを、無意味に押してみる。
そんなことをしていると、ふと匂う夕ご飯の香り。
きっとあの白塗りの、キレイで立派な家のものからだろう。
なんの料理だろうと色々予想を巡らせるけど、お腹の虫が騒ぎ出しそうだから止めた。
お母さん、心配してるだろうな。
…福士は、帰ったんだろうな。
私のことなんか忘れて今頃ゲームでもしてんのかな。
それとも寝てるのかな。いや、ごはん食べてるか。
…む、虚しくなってきた。
なんだか胸が締め付けられる。
急に心細さがリアルに襲ってきて、泣き出したくなる。
バン!
途端、勢いよく自販機につかれる手。
私の顔の横から伸びる片腕に、思わず身体が固まる。
「みっ…!見‥つけた…」
背中から聞こえる弱々しい声。
襲われる!?なんて最悪な思いが過ぎり、逃げろと脳内がサイレンを鳴らす。
だけど、驚きと恐怖で固まる身体は、すぐ素直には動いてくれない。
ぜえはあと、ただ荒い息遣いだけが耳に入る。
「お前‥っ何でこんな、とこ‥いるんだよ…」
…あれ?
聞き覚えがある声にまたびっくりして、思わず振り返ると、そこにはいるはずのない声の主。
「えっ?福士!?な、なんで?」
「何でって…そりゃ俺の!っセリフだっつの!」
バン!ともう片手で自販機に手をつかれて、目の前には怒りを露にして、疲れきった彼の顔。
「次のバス、乗るっつーから、待っててもこねえし…っあ”~」
「‥え?待ってた‥の?」
「…そうだよ!がっこ、戻っても、こねえし…なん、何してんだよ、お前はっ!こんなとこで!」
「え、……じ、実はあの、コンビニでお金使っちゃって、7円しかなくて、もう徒歩で帰ろうと思って歩いてた、ら…」
「ハア!?」
「いや、あの…そういうわけ、でして」
「だからって、なあ、‥アホか!!」
「う‥」
動揺して、しどろもどろになりながら繋いだ拙い言葉に、一喝。
携帯はどうしたんだよって聞かれたから、忘れたって言うと今度はバカって言われた。
いつもだったらそのまま返す言葉だけど、今回ばかりはもう素直に受け止めるしかない。
「だったら尚更、何でバス停で、待ってねーんだよ‥!仕事増やすな!」
「ごっ、ごめん…」
自販機の光が彼の顔を照らすから、よく分かる。
頬を濡らす汗、ぜえぜえ苦しそうな息遣い、疲労困憊しきってる表情。
待っていてくれてその上、まさか、こんなに必死に探してくれたなんて。
「…」
言いたいことも、聞きたいこともたくさんあるのに、どうしてか言葉が出てこない。
目が熱い。
安心して気が緩んでしまったからなのか、鼻もツーンとしてくる。
だけど、泣きたくない。
泣き顔なんて、こんな至近距離で見られたくない。
よりにもよって、いつも見てきた特別な人の前でなんか、絶対。
そう思って俯いてると、不審に思ったのか声をかけてきた。
「おい‥?」
「あ、ごめん、柄にもなく不安だったから‥」
何とか福士の顔を見て言いながら、はっとする。
この身動きのできない体勢を認識した途端にかーっと恥ずかしくなって、戸惑いながらも離していただけますかね、なんて言うと、こいつも無意識だったんだろう、我に返った福士は面白いほどの反応をしながら瞬時に解放してくれた。
その反応につい笑ってしまうと、笑うな!って怒られた。
「はは、ごめん、」
そう言いながら鼻をすすると、先生も心配して何人かお前捜しに出てるんだってよって聞かされた。
「え!」
「まあ当然だよな」
「え、そんな大事に…申し訳ない‥」
「ま、…俺もこの通り、かなり疲れてるんだよ…、だから、ちょっと一息入れようぜ」
言いながらポケットから何かを取り出して、掌を確認してから投入口に入れていった。
赤く点灯するボタンの列。
「で、何がいいの?コレ?」
と、さっきまで私が無意味に押していたホットココアのボタンを指差す。
「え?え!?いやいいよ、いいから!ていうかそんな悠長なことしてていいの!?」
「どーせ連絡入れるし。好意は素直に受けるもんだろ?」
「…あいや、ほんと探しに来てもらってその上‥ってのは」
「今マネージャーに風邪でも引かれたら、それこそ迷子になられるより迷惑なんだけどねえ」
「…、でも」
ガラガラガシャン!
「このままじゃ押し問答だろ」
「…」
「何?まだ遠慮すんの?‥ってアッチ、早く!」
「っご、ごめん、明日お金返すから!」
慌てて受け取った缶は確かに思いのほか熱くて、だけど冷え切った指先には貴重な温存源だから両手でその温覚を確かめた。
福士はその間にポカリを買って、きっと私よりかよっぽど喉が渇いてたんだろう、勢いよく喉を鳴らして飲み干していく。
…意味もなく、腰に片手をあてて。
それがまたアホでおかしくて、指が震えるからプルタブを開けるのに苦戦して。
「ップハァーー!我ながらいい飲みっぷりだぜ‥」
「ねえ、私と福士ってどっちがアホなんだろうね」
「は!?お前だろ、明らかにお前だろ!」
「うーん、いい勝負?」
「…ってめ、」
「あはは」
ガコン。
ポカリの缶を備え付けの空き缶入れに突っ込みながら不機嫌顔で睨んでくる福士を面白おかしく眺める私だけど、ふとその目が私の手元に。
「何、開かないの?」
依然開けようと指でひっかいていたプルタブを、寒くて力が入らないから開けられないのだと勘違いしたようで、貸して、と缶をさらっていったかと思ったらすぐ僅かに空気の抜ける音がして。
ホラって返してくる手にドキドキした。
「ありがと‥」
なんで今日はこんなかっこいいのよ。
なんでそんな簡単に開けてくれちゃうのよ、かっこつけてもうまくいかないのが、いつもの福士じゃんか。
寒いくせに、体の内に残っていた体温が上昇する。
少し触れた福士の指先は、走ってきたからか少し温かかった。
調子狂うなあ。
なんて思ったのも束の間。
受け取ろうと伸ばした手から缶はたちまち離れていき、福士へ逆戻り。
あー!と声をあげたのは、彼が口を付けたのと同時だった。
「な、何すんの」
「別にいいだろー、元々俺が買ったんだし」
「そうだけど…セコイ、男としてセコイ」
「な、なんだよ‥いいじゃねえか!」
「良くない。大体さっきイッキしてたじゃん」
「冷たいの飲んだら冷えたんだよ。ったくホラ!」
ホラって、渡されてもねえ‥?
そんな戸惑いを隠しながら受け取ったそれ。
これに口を付ければ、間接キッスになってしまう。
コイツは鈍感だから。絶対、そんなことまで考えてない。
それとも友達との回し飲み感覚なんだろうか…だとしたらショックにも程があるんだけど。
ああ本当に厄介だ、と頭を抱えたくもなるけれど、想いを寄せる人と間接キッスだなんてこれは考えようじゃまたとないチャンスでもある。
意を決して唇をつけて一口、喉へ流し込む。
温かな甘さをじっくり味わうこともなく、私はニッと笑って。
「間接キスだね?」
「!!?」
わはは!やっぱり予想通り、面白い反応が返ってきた。
絶句する福士に声を上げて笑い転げる。
「!な、おっおま‥!!」
「あは!ははは」
口を金魚みたいにパクパクさせて、顔がみるみる赤くなっていく福士に比例するように、笑いながらも何だか耳の辺りが火照っていく。
ねえ、少しは私のこと意識してくれたかい、ミチルくん。
「か…かかか間接って‥そのー…あのー…俺はそんな気は、だなー…」
「うん、知ってる、気付いてなかったんでしょ」
「、!」
そう言ったら真っ赤な顔でぐっと言葉を詰まらせるから、それがまた可笑しくて。
嬉しくて、だけど同等にチクリと切なくて。
「き、気付いてほしかったのかよ‥」
「え、あはは…うんだってホラ、予想通り面白いもの見れたし」
手の甲で口元押さえて、耳まで真っ赤な彼にまた笑みは深くなる。
うん、気付いてほしかったよ、私は「女の子」なんだって。
そんなこと言えるわけもなかったけど、これはもしかして作戦成功と言える?
「はは、ははは、は…」
「……」
「(あれ?)」
「……」
「…福士、サン?」
「上等じゃねーか‥」
「え?」
「……お前な…、俺は間接じゃ満足しねえぞ!」
気合いのこもった声にはい?と間抜けな声を発する間もなく、自販機に押さえつけられて。
弾みでコンクリートへ落下した缶が、カラカラと足元を転がる。
状況を把握できずに混乱する間もなく、見開いた目の先、
間近に、マジな福士の顔。
反射的に目を瞑ろうとした途端、断ち切るようにけたたましい電子音が、福士に着信を知らせた。
……
………
…………
日もゆったりと暮れた、19時30分過ぎ。
薄闇の中、福士の背中に付いて行きながらバス停までの道を歩く。
お互い、全くもってぎこちなくなってしまった。
わざと今日の試合のこととか、あとテレビのこととか色々、話題を探し合ってもとてもぎこちなく、続かない。
そうやっているうちにバス停に着いてしまって、そんなタイミングよくバスが来てくれるはずもなくて、そしてこういう時に限って都合よく人が居てくれるわけもなくて、誰もいないベンチ。
人がいようがいまいが気まずいことには変わりないけれど、二人っきりよりかは幾分マシなはずだった。
「…座れば」
「あ、‥ハイ」
ああ、最高に気まずい。そう思いながら、微妙な距離をとって隣に腰を下ろす。
ずっと赤い耳を、斜め後ろから見ていた私は知ってる。
そしてきっと私もそれは同じなんだろう。
自惚れてはだめだと、自分を戒める。
「…ま、まあ、その‥あれだ」
「‥なに?」
「忘れてくれると、ありがたいなあ~なんて思うわけで‥」
「…忘れていいんだ?」
そう聞くとまた言葉を詰まらせる。
私も福士も、あんなことを忘れられるほど、切り替え上手な人間じゃないだろうに。
特に私は忘れられるはずもないんだよ、バカ福士。
「そっか。どうせ、出来心だったからでしょ」
「ち、ちげーよ」
「ほんの気まぐれでーとか言うんでしょ」
「だーかーら違うっつの!」
「じゃあ何!」
滲んだ目で思いっきり睨むと、うっと少しうろたえた後、ぼそぼそと言葉を口にする。
「す…っ、好きでもない奴に、しようとするわけねーだろ‥」
目を逸らしながらの言葉に、何かが溢れそうになって。
俯いた首筋はさっきよりも赤みを増していて、だったら私も同じくらい赤くなってるんだろうと想像がつく。
その証拠に顔中が熱い。
「…だったら忘れてなんて言わないでよ」
「だ!だってそうでも言わねーとお前…っ」
「じゃあ自惚れてもいいってこと?私」
ぎゅうぎゅうと温かくて幸せで、少し切ない、胸をしめつける得体のしれないものが堰を切ったように溢れて出して、身体中を駆け巡る。
ずっとセーブをかけていた戒めが解けて、コイツへの気持ちではちきれそう。
「…!?それは、俺も自惚れていいと?」
「わ、わかんないの鈍感!」
「な!泣くことないだろ‥!?」
「もー…」
だってこんなに気持ちが溢れてくる。
これを現実と受け止めていいのかも分からない。
それともこんなにも素晴らしい夢を私は見てるのだろうか。
「な、泣き止みやがれ!チューすんぞ!」
思わず顔を上げると、滲んだ視界にはやっぱり顔を赤くして、キッと見つめる視線とがかち合って。
その目を逸らすことなんて出来ない。
「ねえこれ、夢じゃないよね?」
目を逸らしたら、途端に夢が解けてしまいそうで怖い。
福士からしたらバカな質問なのに、それでも返答は真面目だった。
「俺が聞きてえよ…」
へなへな~と力が抜けたように背もたれにうな垂れる福士に、笑いながらも目の水は止まらない。
「でも全部、現実だろ」
「…福士がさっき泣き止まないとチューすんぞって言ったのも、現実かあ」
「!!」
「あはは、まだ止まりそうにないんだけど」
流されたと思ってたから、不意打ちくらったんだろうな。
ちゃんと聞いてたよって、その言葉も出せず固まる表情に、ちょっとしたり顔で笑ってやる。
「‥おっ、お前な!…そういうこと言われるとしづらいだろうが!」
「あははー、照れてる」
「…!」
水を拭い取りながらもそう言ってからかっていると、両肩に勢いよく置かれた手。
目線を上げると緊張丸出しの真剣な眼差しが私を射抜いていて、それにまた可笑しくなって。
「ぶっ、はは、」
「笑うなっての!」
「ごめ‥、はは、また邪魔が入ったら、うけるよね」
「ウケるか!で、電源、切ったし‥」
「準備万端だ!やらしー!」
「うるせえ!ちったあ黙れ!」
「福士の心臓のがうるさい」
「!?ひ、人のこと言えねえだろ…いーから黙れって!」
「はは‥」
ぼんやりとした月が、柔らかな光を届けてくれる下で。
眼前に迫る依然緊張した面持ちの顔に、心臓の音は加速度をつけていく。
一重の目が閉じられるのに習って、含み笑いを堪えながら私も目を閉じた。
バスのライトが見えるまでに、頑張って伝えてみようか。
精一杯今日の感謝と、自分の気持ちを。
2005.4.14
back
1/1ページ