恋する散歩道
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「「あ」」
ピタリと同時に立ち止まったのは、飼い主同士。
手に持つリードがぴんと張り、我が家の愛犬――ポンが我先にと走りだそうとしている。
状況は向こうも同じで、茶色いビーグルがキラキラとした笑顔でポンに向かって駈け出そうとしている。
「今日も会えたねー」
「よう」
軽く手を上げる短髪の男の子。
名前は、宍戸くん。
散歩コースが被るためよく鉢合わせているうちに愛犬同士が仲良くなり、私たち飼い主同士もいつしか他愛もない話をする間柄になっていた。
時刻は夜の8時。
大体この時間にこのコースを散歩している宍戸くんとチーズに会いたいがために、私とポンは散歩をしているといっても過言ではない。
「チーズ、今日はやたらと元気だねー」
「昨日は散歩時間短かったから……ってまてまてお前、興奮しすぎだろうが」
うちのポンに襲い掛からんばかりにじゃれつくチーズを、リードを引いて静止する。
チーズは舌をはっはと出しながら嬉しそうに私とポンを見つめていて、可愛さに頬が緩む。
「おらチーズ、“待て”だ!“待て”!」
するとチーズはぴたりと動きを止め、宍戸くんを見上げる。
躾はほとんど宍戸くんが仕込んだと聞いた。
じっと見つめ合って、チーズが落ち着いたのを確認した宍戸くんが「よし」と言うと、愛犬たちはたちまちじゃれ合いだす。
それをいつものように眺めながら、私たちも今日学校であった出来事や、愛犬の写真を見せ合ったりしながら他愛もない話をする。
宍戸くんは、なんとあのお坊ちゃま校の氷帝学園に通っているという。
学年は3年生というから、私の一つ下だ。
最初の頃は敬語を使われていたけど、私の方からタメ口でいいよと言うと徐々にくだけてきてくれた。
ほぼ毎日のように会うので自然と仲良くなり、今では完全に犬友達だ。
まさかこんなにかっこいい人と友達になれるとは思わなかった。
話によれば彼はテニス部のレギュラーらしい。
ネットで調べたり友達に聞いてみたりした話によれば、氷帝のテニス部はあの跡部景吾が部長であり出場選手もイケメンだらけということで、試合の時には大勢の女子が駆け付けることからちょっとしたアイドルイベントのような様相になるらしい。
その中の一人である宍戸くんは、噂通りのキリッとしたイケメンだ。
最初はすごい男の子と仲良くなってしまったと恐れ慄いたものの、彼の飾らない性格にそんな気持ちもいつしか溶けてなくなっていた。
だけどこのシチュエーションを見たファンの人にいつか刺されるんじゃないかと常に肝を冷やしているのは内緒だ。
「……磯野、そういえばよ」
話題がひと段落して、愛犬がじゃれあっている様子を眺めていた時、ふと宍戸くんが口を開いた。
「…………」
「……?」
続く言葉がないので不思議に思い見上げると、目を逸らした宍戸くんが頭をがしがし搔いている。
いつもはっきり物を言う彼にしては珍しく、言い淀んでいる様子だ。
「俺とこうしてんのって……、その、迷惑だったりしねぇか?」
「えっ!?」
思ってもいない言葉につい大声を上げてしまう。
愛犬たちが驚いたせいか動きを止めて、じっと私を見上げている。
ごめんね何でもないよーって笑いかけながら、今の言葉を頭の中でかみ砕く。
迷惑も何もとんでもない、それはこっちの台詞だ。
「いやいやそんなわけないって。むしろ仲良くさせてもらって有難いくらいなのに。何で? 」
「かっ、彼氏とかに良く思われねぇんじゃねぇかって……」
「えぇ?彼氏?そんなのいないよ」
「そうなのか?」
ずいっと顔を近づけてくるものだから、一気に体温が上がってしまう。
イケメンのドアップは心臓に悪い。
動揺を隠すように視線を逸らしながら、ずっと怖くて聞けなかったことを勢いのまま言ってみる。
「そっ、それを言うなら宍戸くんだって彼女は?いるんでしょ?」
「そんなのいねぇよ」
「へっ、へぇ~。ソウナンダー」
「ぶっ。どこのエセ外国人だよ」
その答えに心底ほっとしてしまって、変なイントネーションで言ってしまった私を笑いながら突っ込んでくれて救われる。
絶対モテるだろうに、テニスに集中するためにあえて作らないのだろうか。
恥ずかしさから仕切り直そうと、わざとらしく咳払いをする。
「ゴホン!……でもモテるでしょ、宍戸くん」
「まぁ……普通?つーか俺の周りが異常過ぎんだよな」
「あー、跡部くんとか忍足くんとかモテすぎて大変そう」
「あの黄色い悲鳴が心地いいんだとよ。俺にはよく分かんねぇ」
「そっかぁ」
宍戸くんらしいな、って笑ってからさり気なさを装って続けた言葉に、宍戸くんが一瞬固まった。ように見えた。
「まぁ、私は気になってるというか好きな人はいるんだけどね」
「……、そっか」
「うん」
君なんだけどね。って続けたいけど、勇気が足りなくて伝えられない。
だけど宍戸くんの不自然な素振りに、つい思考が自分に都合の良い方に流れていってしまう。
この話を振ってきたのも宍戸くんだし、この流れはもしかしてオーケーもらえるんじゃ?
……いやいや。
宍戸くんと自分との差が頭を過る。
かたや氷帝の強くてイケメンのテニス部レギュラー。頭も良くて、想像だけどご家庭も裕福なんだろう。モテる故に美人なんて見慣れているに違いない。
かたや学校、外見、成績、どこをとっても平均点スレスレの自分。おまけに部活は帰宅部だ。
肩書きや環境なんて気にする必要ない!言え!!って反発する想いを、意気地なさが押しのける。
自惚れそうになる自分を叱咤するように頭を振りかぶると、不思議そうに見ている視線に気づいて。
ハッとしながらうまい言い訳を瞬時に探し当てた。
「あっ、えっと、コバエがいたから追い払いたくて!」
「コバエ?んなモン叩き潰しゃ、――ってわりぃ、女はしたくてもできねぇよな」
「あはは…」
実は宍戸くんの前以外ならバンバン叩き潰してます、なんて頭の中で返して。
とりあえず誤魔化せたようで良かった。
「――あのよ、……その、」
ほっとした瞬間に紡がれた声のトーンに背筋が伸びる。
謎に緊張感が増した次の瞬間「おーい!」と背後から伸びてくる元気の良い声。
振り向けば、白い手提げ袋を手に携えた向日くんとジローくんと目が合った。
「こんばんはー!」
「ばんは!」
「こんばんはーっ!ポンとチーズは今日も仲良しだねー!」
ジローくんがしゃがんで二匹を迎い入れる体勢をとると、一斉に向かっていくチーズとポン。
向日くんもつられるように同じ体制をとると、ポンがじゃれついていく。
その様子は何度見ても微笑ましい。
ポンは内気で人見知りのきらいがあるけど、この三人には心を許している様子が見て取れるのが嬉しい。
きっと彼らの飾らないオープンな雰囲気がそうさせてるんだと思う。
愛犬の様子を見つつ、さっき宍戸くんが言い掛けた言葉が気にかかって横目で様子を伺うと、同じように微笑んで愛犬を見つめていた。
さっきの話を蒸し返されたのかと一瞬思ったけど違った。
若干の気まずさを察して別の話題を振ってくれようとしたに違いない。うん。
自分を納得させつつ、向日くんがぶら下げたコンビニ袋の中から犬のおやつ袋が出てくる。
「ほら~、お前らが好きなささみだぞ?順番な?」
「今日は二個までな?母さんがオヤツあげすぎちまったみたいだから」
「了解~」
おやつ袋から小さな乾燥ささみのおやつを掲げれば、二匹は一斉に食いつく。が、
「おすわり!」
その一声できちんと体制を正して順番に待てる愛犬。
何度見ても健気な可愛い姿に、幸せホルモンが増していく気がする。
きっと同じ想いだろうと思ってまた宍戸くんを横目で見上げれば、今度は眉間に皺を寄せている。
――え、何で?
「うーんよしよし!ははっ、今日も元気だなーお前ら!」
向日くんはオヤツをあげて撫でながら、弾んだ声をこちらに向けて。
「なぁ!?今日はどんくらい散歩、……したんだ……?」
宍戸くんの顔を見た直後。
徐々に言葉が尻すぼみになり、黙った後。
何故か慌てたように二匹の相手を辞めて立ち上がった。
「ぅ、うおっし!んじゃジロー、姉ちゃんに頼まれたアイス溶けちまうからさっさと帰るぞ!」
「えぇ!もう!?」
ジローくんは宍戸くんと私を見るなり、眉を下げて唸りだした。
「んー、う〜ん……そうだね。じゃあチーズ、ポン、二人もまたね~!」
さっさと手を振って去ってしまった二人の様子は、アイスが理由にしても何だか不自然な気がした。
宍戸くんのしかめっ面と何か関係あるのかな。
まぁ、何にせよきっと私には関係ないことだ。
せっかく会えたからもっと2匹を可愛がって欲しかった私としては、少し残念だった。
「二人に会えて良かったねー」
二人の影を見送って、こちらに寄ってきたポンとチーズを撫でる。
2匹とも嬉しそうに尻尾を振っていて、つられて嬉しくなってしまう。
だから気付けなかった。
隣で同じようにしゃがみ込んだ彼との縮まった距離に。
間近にある真剣な瞳に。
「磯野……は、話が、あるんだ」
不意に掴まれた腕の熱さに。
「えっ……な、なに?」
一気に場の空気が変わったことに気づいて、身体が強張る。
真剣な瞳に射抜かれて、跳ねた心臓は忙しなく早鐘を打つ。
何を言われるんだろう。
期待と不安を抱えながらじっと見つめ返す。
そして宍戸くんが、言葉を発しかけた時だった。
――ピロリロリン♪
「どわっ!?」
宍戸くんは相当驚いたようで、肩を揺らして私の腕をぱっと手放した。
その場の空気を切り裂いた電子音は、私のスカートのポケットの中から鳴っている。
わたわたとスマホを取り出すと、ディスプレイには「お母さん」の文字が光る。
連動するバイブレーションと音が知らせる、電話の着信。
切るべきか、出るべきか。
困惑しながら宍戸くんを見ると、彼は察したように「あぁ気にすんな。出てくれ」と笑ってくれる。
「ごめんね」
「いや」
言いながら立ち上がった宍戸くんに申し訳なく思いながら通話ボタンを押す。
あーあ、残念なようなホッとしたような。
複雑な思いでお母さんと話をした。
内容は近くのコンビニで取り急ぎ卵を買ってきてほしいというもので、当然のように宍戸くんは「じゃあ行くか」とコンビニまで付いてきてくれて、帰りもそのまま送ってくれた。
会話は当たり障りのないものばかりで、少し寂しく思う。
大事なことを言おうとしていたみたいだったのに。
さっきの空気は霧散してしまったのか、跡形も残っていなかった。
・・・
・・・・・・
「――あれ。ポンはどこ?」
就寝前で寝間着姿の母親に不意に尋ねられて、リビングを見渡す。
玄関前にいることが多いから見に行くも、姿が見当たらない。
「ポンー!?」
名前を呼びながら部屋中のあちこちを探すも、どこにも気配が感じられない。
急激に体温が下がっていく感覚に陥る。
と、ふとリビングの窓が少し開いていることに気付いて。
「え、誰か窓開けた?」
「……わりぃ、さっき換気するのにちょっと開けてた」
「え!?」
確かにお父さんが換気するためにリビングの窓を開けることは度々あった。
リビングの窓は床と接地している大きなタイプだ。
開け放ったところで網戸も付いているし、ポンが勝手に飛び出すことはなかった。
だからお父さんも油断してしまったのかもしれない。
今回タイミングの悪いことに、ちょうど端の網戸は破れていた。
ポンの身体であれば通り抜けることは容易なはずだ。
つまり、ここから外に出てしまったということ……。
最悪の事態が頭を過る。
眩暈を感じながら、慌てて突っ掛けたサンダルのまま外に飛び出した。
近くの道路。
交差点。
いつもの散歩道。
ポンはいない。
「ポンー!」
あちこちを呼びかけながら駆け回る。
ぶかぶかのサンダルに足がもつれて転びそうになる。
電信柱に手をついて、また走り出す。
焦りは増して、無意識に視界がぼやけていく。
――万が一ポンに何かあったらどうしよう。
「あれ、磯野さん?どうしたの~?」
散歩道を見回している時に、背後からのんきな声が飛んできて。
振り向けばキョトン顔のジローくんが立っていた。
「――ポンがいないの!!」
見知った顏に出会えた安心感からか、かなりの大声で叫んでしまった。
その迫力にびっくりしたジローくんは一瞬目を丸くしたけど、すぐに行動に移してくれて。
「え、マジ?ちょっと宍戸と向日に電話してみる!」
「ごめん、助かる!!」
会っていたらしい友達と一緒にスマホを操作してくれるジロー君に感謝しつつ、私は宍戸くんの顔を思い浮かべながら彼の家へと走りだしていた。
彼だったら何とかしてくれるんじゃないかと思ったから。
……それもあったけど、不安で彼に縋りたかったのかもしれない。
思い当たる箇所を探し回ってる内に、ジローくんは宍戸くんと向日くん、他のお仲間にも号令を出してくれた。
思った以上に大規模な捜索になってしまったけど、思った以上に早くポンを見つけることができた。
――ポンは何と、宍戸家の玄関前にいたのだ。
亮くんのお母さんからの連絡で知った瞬間は驚いたけど、同時に納得もした。
それだけポンはチーズのことが好きだったのかって。
「はぁもう……っ、ポン!!何やってんのー!!」
「まぁ、無事だったんだし良かったじゃねーか」
安堵のため息の後、怒り気味に叫ぶ私を宥めるように宍戸くんが言ってくれた。
ぽんぽんと背中を叩かれて、ふっと肩の力が抜ける。
当のポンは怒られているのが分かっているのかいないのか、キョトンとした瞳で見上げながら私の足元に寄ってくる。
その身体に触れた瞬間、安心したせいか、膝から下の力が一気に抜けた。
うずくまってしまった私を、宍戸くんは心配そうに支えてくれて。
「っおい、大丈夫か!?」
「ご、ごめん、安心したら力抜けちゃって……」
温かな身体を力いっぱい抱きしめながら深い息を吐き出す。
本当に無事で良かった……。
そして立ち上がろうとした時、肩に添えられた大きな手に気付いて心臓が跳ねる。
と、同時に今の自分の服装に気付いてハッとする。
風呂上りのまま出てきてしまったから、今の私の姿は上下スウェットだ。
足元はお父さんのぶかぶかサンダル。
髪も半乾きで、さぞや今ボサボサに違いない。
さいあくだ……。
もっとかわいいパジャマなんかを普段から着ておけば良かった。
こんなおじさんファッションの女、幻滅したに違いない。
慌てて片手で髪を整える。
宍戸くんにこれ以上見られたくなくて今すぐ逃げ出したいけど、今考えるべきはポンのことで。
「あ、あの……!」
気を取り直して皆に相談した結果、とりあえずお互いのゲージ内にあるクレートマットを交換して持ち帰ることした。
お互いの匂いが付いていれば落ち着いてくれるだろう、という考えのもとだ。
「みんな本当にありがとう!夜遅くにごめんね。助かったよ!」
「無事だったんだ。気にすんなよ」
「だなっ!」
「いつでも頼っていいC~」
3人の頼もしさと温かさに涙が出そうだった。
感涙しそうな私の様子に、向日くんがニッと悪戯っぽく笑いながらポンの身体を軽く撫でる。
「つーかコイツ、どんだけチーズのこと好きなんだよ」
「やっぱ飼い主に似て会いに行きたくなっちゃうんだろね~」
「なっ、何言ってんだよジロー!?つーか早く帰れよてめーら!明日もはえーだろ!?」
ジローくん今なんと?
ポカンとしていると、やたら楽しそうな向日くんとジローくんは宍戸くんにぐるりと回転させられ、背を押されるままに歩いて行く。
「ん~?いいじゃん、仲良きことは美しきかなって言うだろー?」
「うっせ!ゴチャゴチャ言ってねぇで黙って帰りやがれ!!」
「ははは!俺んち通り過ぎてるC~!焦ってんのめっちゃうける!」
私の恋心はもしかしてバレている……?
かなり引っかかる会話をしながら、はしゃいだ二人は半ば無理やり帰らされて行った。
戸惑う間もなく、リードに繋がれたチーズとクレートマットを持った宍戸くんのお母さんが現れる。
改めて謝罪とお礼を言うと、お母さんはいいのよ何事もなくて良かったわーと優しくポンを撫でてくれて。
チーズはポンを見た途端、嬉しそうに駆け寄っていった。
そんなチーズのリードとクレートマットを宍戸くんに託しながら、「もう遅いからうちの亮が送っていくわね」なんて笑ってくれる。
申し訳ない思いと、こんな格好をこれ以上見られたくない思いもあって一度は遠慮したけど、頑なな二人に押し切られる形で甘えることとなった。
それも当然。
時刻は多分、日付が変わる頃だろう。
少し欠けた月がぼんやりと浮かんでいる。
ぺたぺたぺた。
サンダルの音がやたらと夜道に響いて聞こえる。
あぁ、恥ずかしいな。
腕の中のポンをぎゅっと抱きしめながら、嬉しそうに歩くチーズを見る。
そして隣を歩く宍戸くんをちらっと見上げると、少し眉を寄せて、何かを思案しているような顏をしていた。
「……?」
少し不思議に思いながらも、見惚れてしまう。
そういえば宍戸くんと初めて出会ったのは去年の夏だった。
まだ髪が長かった頃の宍戸くんはその日もどこか考えごとがあったのか、同じように眉を寄せて歩いていた。
だけどチーズが笑いかけた途端、ふっと優しく笑って頭を撫でて。
そんな彼に見惚れたあの日を今でも鮮明に覚えている。
「……!」
デジャヴかと思った。
私の視線に気づいて目が合った途端、宍戸くんは優しく笑いながら私の頭をポンポンと軽く叩いて。
「月、キレイだな」
「えっ……」
慌てて見上げれば、相変わらず少し欠けてるけど確かに綺麗なような、気がする。
暴れだす心臓を落ち着けながら、私も笑い返して。
「そう、だね?」
「……」
「……」
「……っあ“~~~~」
と、ピタリ。
急に立ち止まってしまった宍戸くんは、急に片手で自分の髪の毛をグシャグシャかき乱しながら呻き出した。
かと思えば顔を押さえながら俯いてしまって、急な様子の変化に私も愛犬たちもクエスチョンマークを浮かべるしかない。
「なにガラでもねぇこと言ってんだ、俺は…っ」
「えっと、宍戸くん?」
「クッソ。激ダサだぜ……」
ボソボソと指の隙間から漏れ出てくる言葉たち。
その意味を考えようとした時、顔を上げた宍戸くんの顔は、暗がりの中にいてもほんのり赤く見えた。
キッと真剣な眼差しを受けて、霧散したと思ったあの空気が戻ってきたことを直感する。
「……さっきの話の続き、なんだが」
「は、はい」
自然と背筋が伸びる。
相変わらず心臓は早いリズムを刻んでいる。
膨らむ期待と、わずかな恐怖。
空気を読まずに欠伸をするポンを抱く腕に、力がこもる。
宍戸くんはクレートマットを小脇に抱えながらもチーズを同じように腕に抱いて、持ち上げた。
そして抱き上げられたチーズとポンを見遣ってから、私の瞳を見て。
「俺はよ、チーズと同じなんだ」
「チーズと同じ?」
「こいつはポンのこと大好きだろ?多分同じように家抜け出して会いに行っちまうくらいにな」
「……」
「俺も、夜に家抜け出して会いに行きたくなるくらいお前のことが好きだ」
「……あ、」
「~~ッ、クセェこと言ってる自覚はある」
恥ずかしそうに瞳を逸らして「でも」と続けられた言葉から、徐々に声に力が失われていくのが分かった。
「好きなヤツがいるのにこんなこと言われても迷惑だよな。悪い」
「……それ宍戸くんだよ」
「え?」
誤解させてることが耐えられなくて、声に力がこもる。
「私も同じだよ。家抜け出して会いに行きたくなるくらい、好きだもん。宍戸くんのこと」
さっきジローくんが言っていた言葉、そのままだ。
頬に熱が集まっていくのを感じながら、必死に瞳を見て伝える。
届け、届け。
「マジか」
宍戸くんはポカンとした後、今まで見たこがないくらい嬉しそうに顔を崩して笑った。
それを見届けてうんうんと頷きながら、歓喜に震える。
やった。実った。
嬉しい。嬉しい。嬉しい。
と、ふと足元のサンダルが目に入って、嬉しさから一転、何とも気恥ずかしい気持ちが沸き上がる。
こんなダサい格好で告白し合ってしまった――。
しょうもない気恥ずかしさを吹き飛ばしてもらいたくてポンを見ると、嬉しそうに舌を出して私を見つめていた。
チーズを見ると、同じような表情をしていた。
「お前ら、祝ってくれてんのか?ありがとよ」
「ふふふ」
笑いかけると、2匹ともが“そうだ”とでも言うようにお互いの頬をペロペロと舐めだした。
これには二人とも笑いながらお礼を言うしかなかった。
やがて歩き出しながら、次の日曜日の予定を話し合う。
所謂、初デートの予定だ。
あそこのドッグランに行ってみようか、それとも公園でのんびりするのもいいね、なんて話していたらあっという間に家に着いてしまった。
予め事情を話しておいたお母さんが、玄関に置いておいてくれたポンのクレートマット。
それを手に取り、チーズのクレートマットを交換し合う。
「これでよく眠れそうだね」
「お互いな」
案の定、2匹は本人を前にしているにも関わらずお互いの匂いのついたマットに夢中だ。
微笑ましく眺めながら、お別れの時間が近づいていることを少し名残惜しく思った。
「今日は遅くまで本当にありがとうね。明日も早いのに」
「だからいいって。いつでも頼れよ」
「ありがとう。……あの、宍戸くん」
「ん?」
心の中で決心していたことを、私は行動に移した。
ぐっと宍戸くんの肩を引き寄せて、距離を縮める。
背伸びをして、右の頬に唇を押し付けた。
感謝とそれから、宍戸くんが好きだという抑えきれない想いを込めて。
さっきチーズが舐めていたのは左の頬だったから、右の頬は私のものということにしてもらおう。
自分からしたことなのに恥ずかしくてソワソワしながら宍戸くんを見上げると、街灯の明かりでよく分かる。
耳まで真っ赤になって固まっていた。
私もきっと、耳まで真っ赤だろう。顔が熱くてしょうがない。
しばらく言葉を発せない様子だったけど、「ワン」と小さくチーズが吠えたことを切欠に、やっと宍戸くんに動きがあった。
「……ったく、かわいいことしてくれんじゃねぇか」
がしっと両肩を掴まれたかと思うと、口角をあげた宍戸くんにじっと見下ろされる。
これはもしかして、やり返される?
ドギマギしながら瞳を閉じると、唇にほんのり温かいものが触れた。
少しカサついているそれが宍戸くんの唇だと気付いて、一気に頭が沸騰する。
てっきり頬にされるものだと思っていたから、心の準備ができてなかった。
唇が離れて瞳を開けると、口を真一文字に結んだ真っ赤な顔が映る。
信じられないけど、あの宍戸くんにキスされてしまった……。
その事実を噛みしめながら夢見心地な思いで見つめていると、宍戸くんは慌てたように踵を返した。
「じゃ、じゃあな!おやすみ!」
「お、おやすみ。気を付けて――」
言い終わらないうちに、チーズと共に走り去って行ってしまった。
あの早いスピードについていけるチーズを改めてすごいと思うと同時に、宍戸くんは恥ずかしかったのかもしれないことに気付いて、一人で気味悪く吹き出してしまう。
腕の中にいるポンに不思議なものを見るような瞳で見つめられながら、私はニヤケ面で家の玄関を潜ったのだった。
ポンたちとは正反対に、今日は眠れそうにない。
もちろん、嬉しさのあまり。
2023.3.12
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