What is this!?
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2月13日。
最終下校時刻が迫ろうとしている教室に、一人の少女の姿があった。
彼女はある机の中を覗き込み、手に持った包みを押し込むように入れていく。
やがて満足げな笑みを浮かべながら椅子を戻し、彼女は駆けるように教室を後にした。
What is this!?
そして2月14日。
例の机の持ち主、宍戸亮は予鈴と同時に教室へとやって来る。
引退後も毎日早朝マラソンを続け、朝早くに登校してくる彼だがこの日だけは遅刻寸前。
朝から女子に囲まれチョコレートを受け取る面倒を、できるだけ避けるための予防策なのだ。
…毎年毎年、甘ったるい匂いで頭が痛くなる。
その表情は、心なしかうんざりした面持ちに見えるかもしれなかった。
クラスメイトに軽い挨拶を交わしながら席に座った途端、すかさずやってくる。
女子が。
「宍戸くんおはよう!はいこれ」
「良かったら食べてね」
「ああ、サンキュ」
「あ…私も!」
面倒だけれど、すべて好意からの贈り物。
表向きは至って普通に、礼を言って受け取る。
何が一番面倒か、それは女子を泣かせることだと彼は知っている。
面倒というより、苦手という言葉が近いかもしれない。
そうしている内に本鈴が鳴り、教師がやってきた。
まだ机に教科書類を出していなかったことに気付き、宍戸は机の中を弄る。
そしてすぐ違和感に気付いた。
”何だ?”
包装紙の感触ですぐ予想はついた。やはり誰かが入れたチョコレートか。
誰が勝手に入れたんだか。宍戸は密かにため息をついた。
目当ての教科書類と、例の物を取り出す。
平べったく、正方形に近い、青い包装紙に包まれたそれ。
やけに重い気はするが、大きさからしてやはりチョコレートだろう。
しかしそれだけでない。
包装紙に、ピンク色の封筒がセロハンテープで留められていたのだ。
授業が開始され、見つからないよう机の下で手紙を開封する。
まさか今時ラブレターってやつか?そうしたらまたどう断ろうか考えなきゃいけない。
言葉をひねり出すのにまた苦労しなきゃいけねえのか…と思うと少し頭痛がした。
やたらファンシーな便箋を広げ、文章を目で追うのもつかの間――
「ぶっ!」
突然吹き出した彼に、クラス中の視線が集まる。
きょとんとした先生が「どうしたー?」と聞いてくる。
宍戸は慌てて手紙を机の中に仕舞い、咳払いで動揺を誤魔化しつつ。
「な、何でもないッス…」
一身に視線を浴びたあと、再開される授業。
教師の動作を確認しながら、宍戸は再び恐る恐る手紙に目を通し始める。
『Dear.私の王子様 宍戸くんへ
このチョコレートでシャイな君のハートをとろけさせたい☆
いつもあなたとのランデブーを夢見ているの…
だから早く迎えに来てね王子様。
From.恋するヒヨコ』
読み終える前に、やはりたまらず彼は便箋を畳んでしまう。
ブレザーの下で、みるみる全身に鳥肌がたっていくのが分かる。
やめてくれ、自分は王子様なんてガラじゃねえ。
…こりゃ嫌がらせか?
自分はこういうものが苦手だと、見るからに解かりそうなのに。
しかもこの狙ったようなペンネームのセンス、激ダサだろ。
このあまりに恥ずかしいポエム調のラブレター、そういえば送り主の名前はなかったような気がする。
苦虫を噛み潰したような表情のまま、封筒を確認してみる。
…やはり名前はない。
どう断ろうかと考える必要がなくなったのは嬉しいけど、どちらにしろダメージ大だ。
しかしふと宍戸は思う。
”そういやあの字、見覚えがある気がする――”
折り畳んだばかりの便箋をまた開き、彼は字を凝視する。
宍戸は目を閉じて、知り合いの顔を思い浮かべていった。
この筆記体とイコールな人物は――
瞬間、宍戸ははっとしたように目を開き、静かに拳を握る。
たまに覗いていた部誌。テスト前の勉強会で広げていたノート。
恐らく間違いない、あの字はきっと。
”あンの野郎…!”
眉間に皺を浮かべながら、彼は乱暴に手紙をポケットに突っ込んだ。
昼休みになり、宍戸はお得意のテレポートダッシュで人気のない裏庭へとやってくる。
そうして、携帯を取り出しある人物を呼び出す。
しばし壁に寄りかかりながら待って…その人物がやってくる。
「何、どったの急に」
元マネージャーの磯野。
ハテナマークを浮かべているが、宍戸にはわざとらしく映るその表情。
彼もわざとらしい笑みを浮かべて、こう切り出した。
「わりーないきなり。実は机ん中に、こんなのが入っててよ」
言いながら、ポケットの中から封筒を取り出し、ぴらっと見せる。
乱暴に突っ込んだからか、少しくしゃくしゃになっている。
磯野はそれを目に留めると、一瞬表情が固まる。
”ビンゴ!”
宍戸はもちろんそれを見逃さなかった。
「何それ。もしやラブレター?」
「恐らくな。でも正しくはいたずらの、な」
「それは…残念だったね」
「直球で聞くけどよ、お前これに見覚えあんだろ?」
また磯野の笑みが固まる。なんて分かりやすい。
コイツは嘘を付くのが下手なタイプだということを、彼は知っている。
「私が?何で?知らないって」
「へえ…」
「な、何?」
宍戸は覗き込むように磯野を見つめた。
彼女は慌てたように宍戸を見つめ返すが、宍戸はなおも探るように見つめ続ける。
「……」
「……あの、」
「オラ。吐けよ」
「…すみませんでした」
宍戸に詰め寄られ、磯野は縮こまったように呟いた。
その言葉を聞き、宍戸は勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「やっと認めたか。あの小せえ文字で見当がついたんだよ」
「そっか、それは失敗だったな」
「まったく何つう嫌がらせだよ」
宍戸はため息を吐き出しながら封筒を開け、手紙を磯野に突きつけた。
彼女はそれを広げると、肩を揺らせて笑いはじめる。
「うわ、やっぱすっごいわこれ、鳥肌もんだね」
「もうこんな下らねえイタズラはごめんだからな」
「ところでプレゼント開けた?」
「?いや、」
「実はチョコじゃなくてミントガムのパックなの、あれ」
「お、気がきくじゃねーか」
そういえば、チョコレートにしては重いと思った。
これでしばらくは凌げそうだ。
己の財布の中身を思い浮かべ、宍戸は少しだけ感謝した。
「まーね。じゃこれ返す」
そう言うなり、彼女は手紙を差し出してくる。
持ってなきゃならねえってのか?
そう思い、手紙と磯野に交互に視線を遣る。
不審がちな視線を受けて磯野は察したんだろう、伏せ目がちに笑って。
「私、内容はともかく、手紙自体がイタズラだなんて認めた覚えないから」
…は?
その意味を理解する前に、磯野は「じゃあね!」と赤い顔を隠すように走り去ってしまう。
受け取けとり損ねた手紙が、ぱさりと地面に落ちる。
どういう意味だ?
その場に立ち尽くしたまま、宍戸は頭の中で彼女の言葉を反芻する。
この激ダサなポエムは悪ふざけだが、この手紙の意味するところは真面目なものだと。
地面に落ちた手紙を拾い上げ、まじまじと眺める。
つまり、これは磯野なりのマジなラブレター。そういうことか?
「マジか…あいつ」
宍戸は頭をがしがしと掻きながら、ついそんな言葉を洩らした。
しかし走り去っていく時の磯野の赤い首筋を思い出し、確信してしまう。
己もみるみる顔が熱くなっていき、複雑な思いが駆け巡る。
彼女を特別意識したことはない。
男友達のようなノリでの付き合いだったから、尚更動揺してしまうのだ。
宍戸は難しい顔をしたまま、空を仰いだ。
溶けるような薄い青空と、白い太陽に目が眩む。
本能的にテニスがしたくなって、宍戸は放課後、後輩たちの元へ行くことに決めた。
そう、悩むのは後だ。
己の中で仕切り直して、ズボンのポケットに照れくさい彼女の想いを突っ込む。
テニスの傍らにはいつも磯野がいたから、打っていればそのうち何かが見えてくるかもしれない。
もし、そうして見つけた答えがイエスだったとしたら――
王子なんてガラじゃないが、手紙の通り迎えに行ってやるとしよう。
…可愛げのないヒヨコちゃんを。
そんなことを思う自分を、彼は”激ダサ”と静かに自嘲するのだった。
2008.4.17
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最終下校時刻が迫ろうとしている教室に、一人の少女の姿があった。
彼女はある机の中を覗き込み、手に持った包みを押し込むように入れていく。
やがて満足げな笑みを浮かべながら椅子を戻し、彼女は駆けるように教室を後にした。
What is this!?
そして2月14日。
例の机の持ち主、宍戸亮は予鈴と同時に教室へとやって来る。
引退後も毎日早朝マラソンを続け、朝早くに登校してくる彼だがこの日だけは遅刻寸前。
朝から女子に囲まれチョコレートを受け取る面倒を、できるだけ避けるための予防策なのだ。
…毎年毎年、甘ったるい匂いで頭が痛くなる。
その表情は、心なしかうんざりした面持ちに見えるかもしれなかった。
クラスメイトに軽い挨拶を交わしながら席に座った途端、すかさずやってくる。
女子が。
「宍戸くんおはよう!はいこれ」
「良かったら食べてね」
「ああ、サンキュ」
「あ…私も!」
面倒だけれど、すべて好意からの贈り物。
表向きは至って普通に、礼を言って受け取る。
何が一番面倒か、それは女子を泣かせることだと彼は知っている。
面倒というより、苦手という言葉が近いかもしれない。
そうしている内に本鈴が鳴り、教師がやってきた。
まだ机に教科書類を出していなかったことに気付き、宍戸は机の中を弄る。
そしてすぐ違和感に気付いた。
”何だ?”
包装紙の感触ですぐ予想はついた。やはり誰かが入れたチョコレートか。
誰が勝手に入れたんだか。宍戸は密かにため息をついた。
目当ての教科書類と、例の物を取り出す。
平べったく、正方形に近い、青い包装紙に包まれたそれ。
やけに重い気はするが、大きさからしてやはりチョコレートだろう。
しかしそれだけでない。
包装紙に、ピンク色の封筒がセロハンテープで留められていたのだ。
授業が開始され、見つからないよう机の下で手紙を開封する。
まさか今時ラブレターってやつか?そうしたらまたどう断ろうか考えなきゃいけない。
言葉をひねり出すのにまた苦労しなきゃいけねえのか…と思うと少し頭痛がした。
やたらファンシーな便箋を広げ、文章を目で追うのもつかの間――
「ぶっ!」
突然吹き出した彼に、クラス中の視線が集まる。
きょとんとした先生が「どうしたー?」と聞いてくる。
宍戸は慌てて手紙を机の中に仕舞い、咳払いで動揺を誤魔化しつつ。
「な、何でもないッス…」
一身に視線を浴びたあと、再開される授業。
教師の動作を確認しながら、宍戸は再び恐る恐る手紙に目を通し始める。
『Dear.私の王子様 宍戸くんへ
このチョコレートでシャイな君のハートをとろけさせたい☆
いつもあなたとのランデブーを夢見ているの…
だから早く迎えに来てね王子様。
From.恋するヒヨコ』
読み終える前に、やはりたまらず彼は便箋を畳んでしまう。
ブレザーの下で、みるみる全身に鳥肌がたっていくのが分かる。
やめてくれ、自分は王子様なんてガラじゃねえ。
…こりゃ嫌がらせか?
自分はこういうものが苦手だと、見るからに解かりそうなのに。
しかもこの狙ったようなペンネームのセンス、激ダサだろ。
このあまりに恥ずかしいポエム調のラブレター、そういえば送り主の名前はなかったような気がする。
苦虫を噛み潰したような表情のまま、封筒を確認してみる。
…やはり名前はない。
どう断ろうかと考える必要がなくなったのは嬉しいけど、どちらにしろダメージ大だ。
しかしふと宍戸は思う。
”そういやあの字、見覚えがある気がする――”
折り畳んだばかりの便箋をまた開き、彼は字を凝視する。
宍戸は目を閉じて、知り合いの顔を思い浮かべていった。
この筆記体とイコールな人物は――
瞬間、宍戸ははっとしたように目を開き、静かに拳を握る。
たまに覗いていた部誌。テスト前の勉強会で広げていたノート。
恐らく間違いない、あの字はきっと。
”あンの野郎…!”
眉間に皺を浮かべながら、彼は乱暴に手紙をポケットに突っ込んだ。
昼休みになり、宍戸はお得意のテレポートダッシュで人気のない裏庭へとやってくる。
そうして、携帯を取り出しある人物を呼び出す。
しばし壁に寄りかかりながら待って…その人物がやってくる。
「何、どったの急に」
元マネージャーの磯野。
ハテナマークを浮かべているが、宍戸にはわざとらしく映るその表情。
彼もわざとらしい笑みを浮かべて、こう切り出した。
「わりーないきなり。実は机ん中に、こんなのが入っててよ」
言いながら、ポケットの中から封筒を取り出し、ぴらっと見せる。
乱暴に突っ込んだからか、少しくしゃくしゃになっている。
磯野はそれを目に留めると、一瞬表情が固まる。
”ビンゴ!”
宍戸はもちろんそれを見逃さなかった。
「何それ。もしやラブレター?」
「恐らくな。でも正しくはいたずらの、な」
「それは…残念だったね」
「直球で聞くけどよ、お前これに見覚えあんだろ?」
また磯野の笑みが固まる。なんて分かりやすい。
コイツは嘘を付くのが下手なタイプだということを、彼は知っている。
「私が?何で?知らないって」
「へえ…」
「な、何?」
宍戸は覗き込むように磯野を見つめた。
彼女は慌てたように宍戸を見つめ返すが、宍戸はなおも探るように見つめ続ける。
「……」
「……あの、」
「オラ。吐けよ」
「…すみませんでした」
宍戸に詰め寄られ、磯野は縮こまったように呟いた。
その言葉を聞き、宍戸は勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「やっと認めたか。あの小せえ文字で見当がついたんだよ」
「そっか、それは失敗だったな」
「まったく何つう嫌がらせだよ」
宍戸はため息を吐き出しながら封筒を開け、手紙を磯野に突きつけた。
彼女はそれを広げると、肩を揺らせて笑いはじめる。
「うわ、やっぱすっごいわこれ、鳥肌もんだね」
「もうこんな下らねえイタズラはごめんだからな」
「ところでプレゼント開けた?」
「?いや、」
「実はチョコじゃなくてミントガムのパックなの、あれ」
「お、気がきくじゃねーか」
そういえば、チョコレートにしては重いと思った。
これでしばらくは凌げそうだ。
己の財布の中身を思い浮かべ、宍戸は少しだけ感謝した。
「まーね。じゃこれ返す」
そう言うなり、彼女は手紙を差し出してくる。
持ってなきゃならねえってのか?
そう思い、手紙と磯野に交互に視線を遣る。
不審がちな視線を受けて磯野は察したんだろう、伏せ目がちに笑って。
「私、内容はともかく、手紙自体がイタズラだなんて認めた覚えないから」
…は?
その意味を理解する前に、磯野は「じゃあね!」と赤い顔を隠すように走り去ってしまう。
受け取けとり損ねた手紙が、ぱさりと地面に落ちる。
どういう意味だ?
その場に立ち尽くしたまま、宍戸は頭の中で彼女の言葉を反芻する。
この激ダサなポエムは悪ふざけだが、この手紙の意味するところは真面目なものだと。
地面に落ちた手紙を拾い上げ、まじまじと眺める。
つまり、これは磯野なりのマジなラブレター。そういうことか?
「マジか…あいつ」
宍戸は頭をがしがしと掻きながら、ついそんな言葉を洩らした。
しかし走り去っていく時の磯野の赤い首筋を思い出し、確信してしまう。
己もみるみる顔が熱くなっていき、複雑な思いが駆け巡る。
彼女を特別意識したことはない。
男友達のようなノリでの付き合いだったから、尚更動揺してしまうのだ。
宍戸は難しい顔をしたまま、空を仰いだ。
溶けるような薄い青空と、白い太陽に目が眩む。
本能的にテニスがしたくなって、宍戸は放課後、後輩たちの元へ行くことに決めた。
そう、悩むのは後だ。
己の中で仕切り直して、ズボンのポケットに照れくさい彼女の想いを突っ込む。
テニスの傍らにはいつも磯野がいたから、打っていればそのうち何かが見えてくるかもしれない。
もし、そうして見つけた答えがイエスだったとしたら――
王子なんてガラじゃないが、手紙の通り迎えに行ってやるとしよう。
…可愛げのないヒヨコちゃんを。
そんなことを思う自分を、彼は”激ダサ”と静かに自嘲するのだった。
2008.4.17
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