ありきたりなロマンス
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――誰もいませんように。
願いながら教室の扉を引くとそこはシンと静まり返っている。
ホッとしながら私はいそいそとお目当ての席まで進んでいく。
前から3列目の窓際。
少し緊張しながら通学鞄から四角い箱を取り出す。
中身は昨夜、悪戦苦闘しながら作ったブラウニー。
青い箱に黄色のリボンを巻いて、どうにかそれらしく出来上がった。
それをそっと机の中に忍ばせ……ようとしたけど、なかなか入らない。
しゃがみ込んで中を覗けば教科書やノートでそこそこにギチギチだ。
……仕方ない。
(ちょっと失礼)
心の中で席の主に謝りつつ、箱が入るスペースをどうにか作り出そうと試みる。
少ししてちょうど箱が入りそうな隙間を作ることに成功した。
――ガラッ。
箱をセットしようとした手が止まる。
しまった!誰か入ってきた。
「……ん?」
「……!!」
よりにもよって席の主――福士くんだ。
咄嗟に箱を鞄の中に戻す。
どうしよう、どうしよう。
席の前にしゃがみ込んでいる私はとんだ不審者だ。
どんな言い訳も思い浮かばない。
「お前何してんの?」
「……お、おはよう」
「おう」
ぎこちなく首を上げると、驚いたように見開かれた瞳とかち合う。
――終わった。
血の気が引いていく感覚に襲われていると、すっと手が差し伸べられる。
その意味が分からず福士くんの手と目を交互に見ると、ニヤッと福士くんが笑った。
「くれんだろ?」
「え?」
「ほら、今日はその、アレだろ」
「あ……」
「有難くもらってやる」
バレていた。そりゃそうだ。
観念して鞄に突っ込んだままの箱をそっと広げられた手の平に載せる。
初めて間近で見る福士くんの手の平は大きくてマメが少しできていて、ドキドキしてしまう。
「ど、どうぞ。口に合えばいいんだけど」
「ってもしやコレ、てっ、手作りなのか!?」
「一応……」
「マジか…!いや~悪いねぇ、直接渡してくれても良かったんだぜ」
「う、それは恥ずかしくて……ていうか福士くん来るの早くない?」
立ち上がりながら聞けば、福士くんは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「あぁ、後輩達の朝練見てやってたんだよ。終わって教室向かってるとこでお前がやけに急いで入ってったからちょっと気になってさ」
「え……」
「まぁ……つまり一部始終こっそり見てた」
「!!」
一気に体中が熱くなる。
アホみたいだ。
これはキモイって思われた。
改めて――終わった。
クラスメイトの福士くん。
3年間同じクラスだったから、話す機会はそこそこあった。
テニスに打ち込む姿や、勉強を分かりやすく教えてくれる姿、友達とふざけ合ってる姿。
色んな福士くんを見ているうちに、いつの間にか特別な存在になっていた。
でも私たちはただのクラスメイト。
卒業するまでの間は困らせたくなくて、考えあぐねた結果導き出した遠回しなアプローチ作戦。
ただ”好きです”とだけ記したメッセージカードを忍ばせた、名前のない贈り物。
もしかして筆跡で気付いてくれるかも、なんて密かな期待を込めていた。
でもそれは無駄に終わった。
こんな展開になるなら素直に直接渡しておけば良かった。
恥ずかしさと居たたまれなさから福士くんの顔を見れない。
福士くんも何も言わない。
重い沈黙が部屋に満ちていく。
ちょっとお手洗い行ってくるね!って言って逃げ出してしまいたいと思った時、口火を切ったのは福士くんだった。
「なぁ、これってどういう意味のチョコなわけ?」
「……っ」
本命と言ったら困らせるかな。
でも箱の中には告白同然のカードが入っているんだから、誤魔化しはきかない。
ぎゅっと目を瞑って、意を決して。
「福士くんが好きです。……っていう意味のチョコです」
ままよ、と勢い任せに言った。
どう断られるのか分からないけど、泣いたりして困らせないように、心の準備をしないと。
福士くんの顔は見れなくて、自然と視線は床に落ちる。
怖い。
怖い。
怖い。
気付けば鞄を持つ手が震えていた。
手の平は汗ばんで、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「悪い」
あ。
やっぱり。
分かってた。
福士くんを見上げると、顔を押さえて俯いている。
きっとどう断ればいいのか苦心しているんだろう。
何だかんだで優しい人だから。
「あの、」
「待ってくれ。……嬉しくてなんて言ったらいいか分かんねぇ」
……ん?
福士くんから発せられた言葉が信じられなくて、まじまじと見つめてしまう。
垂れた黒髪から覗く福士くんの耳は……赤い。
今『嬉しくて』って言った?
そんなこと言われたら期待してしまう。
「福士くん?」
その気持ちが知りたくて、二歩三歩、福士くんに近づいた。
あと一歩のところまで距離が縮まった途端、視界が黒で染まった。
突然のことに固まってしまって、状況を理解し始めたのは数秒遅れてからだった。
――抱きしめられている。
福士くんの学ランからは、福士くんの家の匂いと、制汗剤のような爽やかな香りと、少しの汗の香りがする。
それから音。
心臓がどくどくと脈打っているのがよく分かって、私の鼓動も一気に早くなる。
「俺の彼女になって、ほしい」
背中に回された福士くんの両腕に力がこもった。
信じられない思いで、「はい」としっかり返事をする。
「あの、福士くんもその、私のこと……?」
「……まぁ、そういうことだ。俺の片思い歴ナメんなよ」
「え!?その、いつから…」
「さぁてな」
見上げて問えば、真っ赤な顔で視線を逸らされる。
まさかの展開に頭が追い付かないけど、これは、結果オーライというやつだろう。
「嬉しい」
福士くんの胸元に顔を埋めてぽそりと呟く。
途端、身体中の圧迫が少し強くなって、夢見心地な気分になる。
十秒にも数十分にも感じられる幸福な時間の中、頭の片隅で思う。
……もうそろそろ朝早いクラスメイト達が登校してくる頃だ。
だけどもうちょっとこのまま福士くんに包まれて幸せに浸っていたいな、と。
その後、テニス部の堂本くんにその姿を目撃されていたらしく、あっという間にクラスやテニス部を巻き込んで冷やかしの嵐に晒される騒動に発展してしまうなんて、この時ははまだ知る由もなかった。
Happy Valentine !
2022.02.14
back
願いながら教室の扉を引くとそこはシンと静まり返っている。
ホッとしながら私はいそいそとお目当ての席まで進んでいく。
前から3列目の窓際。
少し緊張しながら通学鞄から四角い箱を取り出す。
中身は昨夜、悪戦苦闘しながら作ったブラウニー。
青い箱に黄色のリボンを巻いて、どうにかそれらしく出来上がった。
それをそっと机の中に忍ばせ……ようとしたけど、なかなか入らない。
しゃがみ込んで中を覗けば教科書やノートでそこそこにギチギチだ。
……仕方ない。
(ちょっと失礼)
心の中で席の主に謝りつつ、箱が入るスペースをどうにか作り出そうと試みる。
少ししてちょうど箱が入りそうな隙間を作ることに成功した。
――ガラッ。
箱をセットしようとした手が止まる。
しまった!誰か入ってきた。
「……ん?」
「……!!」
よりにもよって席の主――福士くんだ。
咄嗟に箱を鞄の中に戻す。
どうしよう、どうしよう。
席の前にしゃがみ込んでいる私はとんだ不審者だ。
どんな言い訳も思い浮かばない。
「お前何してんの?」
「……お、おはよう」
「おう」
ぎこちなく首を上げると、驚いたように見開かれた瞳とかち合う。
――終わった。
血の気が引いていく感覚に襲われていると、すっと手が差し伸べられる。
その意味が分からず福士くんの手と目を交互に見ると、ニヤッと福士くんが笑った。
「くれんだろ?」
「え?」
「ほら、今日はその、アレだろ」
「あ……」
「有難くもらってやる」
バレていた。そりゃそうだ。
観念して鞄に突っ込んだままの箱をそっと広げられた手の平に載せる。
初めて間近で見る福士くんの手の平は大きくてマメが少しできていて、ドキドキしてしまう。
「ど、どうぞ。口に合えばいいんだけど」
「ってもしやコレ、てっ、手作りなのか!?」
「一応……」
「マジか…!いや~悪いねぇ、直接渡してくれても良かったんだぜ」
「う、それは恥ずかしくて……ていうか福士くん来るの早くない?」
立ち上がりながら聞けば、福士くんは気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「あぁ、後輩達の朝練見てやってたんだよ。終わって教室向かってるとこでお前がやけに急いで入ってったからちょっと気になってさ」
「え……」
「まぁ……つまり一部始終こっそり見てた」
「!!」
一気に体中が熱くなる。
アホみたいだ。
これはキモイって思われた。
改めて――終わった。
クラスメイトの福士くん。
3年間同じクラスだったから、話す機会はそこそこあった。
テニスに打ち込む姿や、勉強を分かりやすく教えてくれる姿、友達とふざけ合ってる姿。
色んな福士くんを見ているうちに、いつの間にか特別な存在になっていた。
でも私たちはただのクラスメイト。
卒業するまでの間は困らせたくなくて、考えあぐねた結果導き出した遠回しなアプローチ作戦。
ただ”好きです”とだけ記したメッセージカードを忍ばせた、名前のない贈り物。
もしかして筆跡で気付いてくれるかも、なんて密かな期待を込めていた。
でもそれは無駄に終わった。
こんな展開になるなら素直に直接渡しておけば良かった。
恥ずかしさと居たたまれなさから福士くんの顔を見れない。
福士くんも何も言わない。
重い沈黙が部屋に満ちていく。
ちょっとお手洗い行ってくるね!って言って逃げ出してしまいたいと思った時、口火を切ったのは福士くんだった。
「なぁ、これってどういう意味のチョコなわけ?」
「……っ」
本命と言ったら困らせるかな。
でも箱の中には告白同然のカードが入っているんだから、誤魔化しはきかない。
ぎゅっと目を瞑って、意を決して。
「福士くんが好きです。……っていう意味のチョコです」
ままよ、と勢い任せに言った。
どう断られるのか分からないけど、泣いたりして困らせないように、心の準備をしないと。
福士くんの顔は見れなくて、自然と視線は床に落ちる。
怖い。
怖い。
怖い。
気付けば鞄を持つ手が震えていた。
手の平は汗ばんで、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。
「悪い」
あ。
やっぱり。
分かってた。
福士くんを見上げると、顔を押さえて俯いている。
きっとどう断ればいいのか苦心しているんだろう。
何だかんだで優しい人だから。
「あの、」
「待ってくれ。……嬉しくてなんて言ったらいいか分かんねぇ」
……ん?
福士くんから発せられた言葉が信じられなくて、まじまじと見つめてしまう。
垂れた黒髪から覗く福士くんの耳は……赤い。
今『嬉しくて』って言った?
そんなこと言われたら期待してしまう。
「福士くん?」
その気持ちが知りたくて、二歩三歩、福士くんに近づいた。
あと一歩のところまで距離が縮まった途端、視界が黒で染まった。
突然のことに固まってしまって、状況を理解し始めたのは数秒遅れてからだった。
――抱きしめられている。
福士くんの学ランからは、福士くんの家の匂いと、制汗剤のような爽やかな香りと、少しの汗の香りがする。
それから音。
心臓がどくどくと脈打っているのがよく分かって、私の鼓動も一気に早くなる。
「俺の彼女になって、ほしい」
背中に回された福士くんの両腕に力がこもった。
信じられない思いで、「はい」としっかり返事をする。
「あの、福士くんもその、私のこと……?」
「……まぁ、そういうことだ。俺の片思い歴ナメんなよ」
「え!?その、いつから…」
「さぁてな」
見上げて問えば、真っ赤な顔で視線を逸らされる。
まさかの展開に頭が追い付かないけど、これは、結果オーライというやつだろう。
「嬉しい」
福士くんの胸元に顔を埋めてぽそりと呟く。
途端、身体中の圧迫が少し強くなって、夢見心地な気分になる。
十秒にも数十分にも感じられる幸福な時間の中、頭の片隅で思う。
……もうそろそろ朝早いクラスメイト達が登校してくる頃だ。
だけどもうちょっとこのまま福士くんに包まれて幸せに浸っていたいな、と。
その後、テニス部の堂本くんにその姿を目撃されていたらしく、あっという間にクラスやテニス部を巻き込んで冷やかしの嵐に晒される騒動に発展してしまうなんて、この時ははまだ知る由もなかった。
Happy Valentine !
2022.02.14
back
1/1ページ