ほろよい、恋よ
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「んじゃあ、改めて17歳おめでとー」
「おう、ありがとちゃーん」
掲げたグラスをカチンと合わせて、ジュースをお互いに呷る。
甘いグレープ味の炭酸が喉を抜けていった。
6歳くらいに引っ越してきた我が家と、ご近所さんとなった福士家がこうやってお互いの誕生日を祝うのは、もう10回目だ。
お互い成長したのにこの習慣が未だに変わらないのは、家族同士の深い交流が今も続いているからだろう。
昨夜は私がミチルの家ですきやきをご馳走になった後、ケーキをご馳走になった。
そしてその翌日の今日。
ちょうど日曜日ということもあり、私は朝から張り切ってイチゴのショートケーキを作った。
そして夜になってミチルを呼び出して、うちの家族と食事を済ませたあと私の部屋へ上がってもらった。
……というのも、お父さんが飲みすぎてしまってくだを巻き始めたから。
だからまぁ、要は避難してもらったとも言う。
小さめのローテーブルを挟んで、私たちはクッションを敷いて向かい合って座っていた。
そのローテーブルの上には、カットされた2つのケーキと我が家では貴重なお客様用の華奢なグラス、リビングから適当に持ってきたノンアルコール飲料の缶がいくつか乗っている。
お父さんがたくさん買い込んできてくれたから、テーブルに乗りきらない分はテーブルの下にスタンバイしてある。
「親父さん相変わらず酔うとおっもしろいよなぁ」
「そう?ただの酔っ払いじゃん…」
ちょっと申し訳なく思いながら言うけど、ミチルは大して気にしてない様子で笑ってる。
まぁ子供の頃からうちの父親を知っているから、今更なんだろうな。
私は引き出しに隠しておいたプレゼントの箱を取り出して、はいっ、とミチルに差し出した。
「毎年毎年、律儀なモンだねぇ」
「感謝してよね」
早速とばかりにミチルが包装紙をやや雑に解いていく。
ミチルがテニスを始めてからはテニス関係のものだったり、普段使いできそうな文房具だったり、好きなカードゲームだったりを送っていたりしたけど、今年はちょっと趣向を凝らしてみた。
四角形の箱を開けたミチルが、僅かに目を見開いたのが分かる。
そしてゆっくりそれを取り出して、しげしげと眺め始める。
「お前、これって…」
「へっへへー。懐かしいでしょー」
ミチルが手にしているのは、深緑色のマグカップだ。
それには拙いイラストが印刷してある。
「これって…確か小学生ん時描いたやつだっけ?」
「そ。この前掃除してたら出てきてさ。せっかくだから今年はコレを活用しようかなーって思ったわけよ」
これは小学1年生の時に二人で一緒に描いたお互いの似顔絵だった。
小学校低学年まではお気に入りでよく見せ合っていたから、お互いに覚えていた。
到底似ても似つかなくて、花やら鳥やら謎の生物が周りに飛んでいるクレヨンで塗りたくった絵だけど、私はこの絵が好きだった。
当時の、毎日遊びまわっていた無邪気な自分たちを思い出すから。
「なんっでこんなの、おま…」
ミチルは複雑な顔をしながら噴き出した。
勝負に出てみたけど、これは……、この反応は恐らく困惑半分・気恥ずかしさ半分、ってヤツかな。
「そろそろネタ切れになりつつあるからさ、今年は趣向を凝らしてみたかったの」
「ああ~…なるほどねぇ」
笑い声で言うと、ミチルはグラスのグレープジュースを飲み干した。
その微妙な反応から一瞬にしてネガティブな思いが沸き上がってくるけど、私はノンアルコールと書いてある缶ジュースをまた注いでやる。
と、もうあまり残ってなかったから新しい缶のプルタブを開けて、足してやった。
「コレっていつ使えばいいわけ?」
「え、家で全然使えばいいじゃん」
「いや…これはちょっと…、使いづれぇよ」
「えー!」
この言い方と困ったように眉根を寄せた表情から、恥ずかしさと困惑が見て取れる。
意外性を追求しすぎた結果、重すぎたものをセレクトしてしまったかもしれない。
うあー。失敗した?
ガーン、と顔に縦線が入ったような面持ちの私を見て、慌てたようにミチルが補足する。
「あー違くて…ほら、考えてもみてくれよ。うちの家族に見られたら面倒だろ」
「……あー」
それを聞いて確かにな、と納得した。
確かに、おばさんたちには間違いなくからかわれるだろう。
思い至らなかったことに少し自省する。
私たちはお互い成長したせいか、昔ほどは会う頻度も減っていた。
だけどそれに反比例するかのごとく、うちの家族とミチルの家族は、私たちがいずれ良い仲になったらいいとの期待を寄せているのを感じていた。
昨日の福士家での食事会にしても、今日の我が家での食事会にしても。
話題の中心になるのはお互いに好きな人はいるのか、付き合ってる人はいるのか。
ミチルのおばさんにはマコちゃんがお嫁に来てくれたらいいのにと言われ。
うちの母親にはミチルくんがマコを貰ってくれたらいいのにと言われ。
そんな話題を振られ続ける私たちは、うんざりしながらもやり過ごすしかなくて。
…ただ私もミチルも、どうにも顔が赤くなってしまうのが良くない。
生温かい視線に居心地が悪くなってきて、話題転換するのも疲れてしまった。
そんな両家の重い期待に応えられるかは分からない。
ミチルは私のことを女として見ていないんじゃないかと思っているから。
私はミチルのことが異性として好きだ。
中学に入ってテニスを始めて、2年でレギュラーになって、3年で部長に抜擢されて、根本はヘタレながらも責任感に溢れたくましくなった姿を次第に意識するようになってしまった。
中学を卒業して別々の高校に進学した今は、はっきりと自分の気持ちを認識している。
……つまり、久しぶりに二人きりのこの状況に、私は平常心を装いつつもそこそこ緊張していた。
「あ、そうだ!今ここで使っちゃえばいいんだよ」
「は?あ、このマグカップ?」
「うん、せっかくだし一回は使ってほしいしさ」
「…よし分かった。じゃこれでジュース飲むか。どうせジュースだしな」
「じゃ軽く洗ってくるから待ってて」
「頼むぜ」
リビングに降りると、お父さんはテーブルに突っ伏して潰れていた。
それを呆れた目で見ながらさくっとマグカップを洗うと、2階へ戻ろうと台所を出たところでお母さんに見つかってしまう。
何だかやけに嬉しそうだ。
「二人で話は弾んでるの?」
「別に普通だよ、ミチルだし」
「ふうん。……その後ろに隠してるのなに?」
「なっ、何でもない!ほっといてよ」
慌てて言って、隠すように2階へ駆けあがる。
お母さんにバレたらまた面倒なことになってミチルにも迷惑がかかってしまう。
急いで自室に入ると、ミチルがまたグラスを空にするところだった。
「…ップハァーーッ……んぁ、ありがとちゃん」
「うん。じゃあケーキも食べようよ」
言いながら、さっき開けた缶をマグカップに注いでいく。
少し残ったので私もグラスのジュースを一気に飲んでから、それを全部注いだ。
マグカップをミチルに渡して、お互いにフォークを手に取る。
「よし、んじゃいただきまーす」
「どうぞ」
トッピングには主役である今が旬のメロン、夏イチゴ、マンゴー、ブルーベリーを載せた。
どれも贔屓にしている果物屋さんで良いものを取り寄せてもらった。
物は良いけど手作りなので、見た目はプロに比べると大分素朴な出来だ。
朝からけっこう気合を入れて作ったけど、ミチルの口に合うかどうか…。
手作りケーキを振舞うのは初めてのことだったから、私は緊張した面持ちでフォークを突き刺すミチルを見つめた。
「……ど、どう?」
一口分を口に運んで咀嚼したミチルは、ごくんと飲み込んでから、口角を上げてビッと親指を向けてきた。
「うん、うまいぜ!なかなかやるじゃんよ」
「そ、そう。良かった…」
「…んぅ。ひひろはひっはり」
「いや何言ってるか分かんないって」
モゴモゴ言うミチルに笑いながら、私も一口分を切り分けて口に運ぶ。
……うん。プロには適わないけど、ちょっと値段が張っただけあって質の良い生クリームと、ふわふわのスポンジがマッチしてる。
そこにメロンと夏イチゴの爽やかな酸味と甘みが加わって口の中で混ざり合うと、何とも言えない美味しさが広がる。
我ながらよく出来た方だと思う。
ミチルはマグカップのジュースを含んで口の中のものを飲み込んでから、嬉しそうに笑って。
「メロンもだけどイチゴがめちゃくちゃ入ってるじゃねぇかコレ」
「でしょ。わざわざ取り寄せてもらったんだよこの夏イチゴ!誕生日だし奮発したよ」
「いーい心掛けだな。そういやよ、知ってっか?イチゴって実はキシリトールが含まれてんだぜ」
「え?キシリトールってあの、ガムとかタブレットに入ってるやつ?」
「そうだ。他にはビタミンCとカリウム、食物繊維。アントシアニンも豊富だな。美肌効果抜群だ」
「あんと…?」
「アントシアニン。ポリフェノールだ。アンダスタン?ほれ、リピートアフタミー」
栄養学にハマっているという話は聞いているけど、なるほど。
確かにドヤ顏するだけの知識はあるんだなと少し感心する。
でもそれを素直に表に出すのもちょっと癪に障るから。
「……アントニオ?」
「それ某有名人じゃないのアナタ!」
ったく、と言いながらケーキを口に運ぶミチルを見て口角が緩む。
しょうもないボケにすかさず入ってくるツッコミは楽しい。
ケーキ、喜んで貰えたようで良かった。
蘊蓄を語るミチルの顔が少し赤いのは、嬉しさのあまりなのかな?
だとしたら、私も嬉しくて照れてしまう。
あっという間にケーキを食べ終わって、ジュースもなくなってきたからまた新しい缶を開けようか、それともお茶でも持ってこようかと思案した時だった。
「なぁ、今年はなんでケーキなんて作ってくれたんだよ?」
「え……、ああ、最近会ってなかったしたまにはと思ってね」
唐突な質問にドキッとしつつ平常心を装って返せば、真面目な顔でじっと私を見てくるから内心で焦る。
ミチルのこの真面目な顔は苦手だ。
こうして少しでも好きな人と一緒に過ごしたかったという下心が見透かされてしまいそうな気がして、心臓に悪いから。
「おっまえなぁ、たまにはじゃねぇーよコラァ!」
「へっ」
「毎年作ってくれりゃ良かっただろ!ていうか?今後ずっと作ってくれてもいいんだぜ?」
「え?」
まさかの言葉に身体が固まる。
それってどういう意味なんだろう。
今後も毎年作っていいの?でもこれからミチルに彼女ができるかもしれないのに、ただの幼馴染でしかない女がそんなことしたら迷惑になるんじゃ…。
投げやりに思ったことを言ってから、ジュースを飲むミチルを困惑気味に見つめる。
全て飲み干すように喉仏が上下する。
ダンッと空になったマグカップを叩きつけるように置くと、俯いていたミチルがキッと顔を上げて私を射抜いた。
「大体何なんだよこのマグカップはよぉ…おまっ、こりゃ『いつまでも幼馴染として仲良くしてね☆』…って意味なわけ?」
「えっ!?あ、えと……、」
途中で私の声真似なのか、わざとらしく高いキーで言いながらもマグカップと私を交互に睨みつけてくるミチルに反論できない。
プレゼントにこのマグカップを選んだのは、例え女として見てもらえていなくても、ミチルにとってずっと特別な存在でいたかったからだった。
彼女ができても、いつか別の人と人生を歩むことになっても、昔話ができるやつがいるってことを覚えていてもらいたい。
そんな私の身勝手な願望が込められている。
だけど……何か怒ってる?
このプレゼント、やっぱり重かった?
もしかしなくても私、やっちゃった?
どうしよう。どう謝ろうかと言い淀む私に、ミチルは真面目な表情を崩して急に笑い出した。
「だーっはっはっは!笑っちゃうね!俺の気も知らねぇでよっ!だははは!もう笑うしかねぇこんなの!っだは、笑い過ぎて腹いた、ヒヒヒヒ…!」
―――ここで私はミチルの異変に気付く。
紅潮した頬。ややとろんとした瞳。そしてこのテンション。
脳裏に祝いの席でのお父さんの姿が浮かぶ。
あれと、同じだ。
私は慌ててテーブルに並ぶ空き缶をチェックした。
よく見るとアルコール度数3%と書いてあるものが1つある。
あろうことかミチルと飲んだ3缶のうちの1缶に、お酒が混じってしまっていたのだ。
しかもこの缶はさっきミチルのマグカップになみなみと注いでしまったものだから、お酒をほぼ飲んでしまったも同然だった。
焦った私はクッションの上でひーひー笑い転げるミチルの肩を揺さぶる。
「ちょ、ミッ、ミチュル!」
「んあ?ははは!ミチュルって何だよ!ふは、噛んでんじゃねーよ!だーはっはっは!」
「う、うるさいな!違くて!お酒!コレ!私ミチルにお酒飲ませちゃったみたいで…!」
「おっお酒!?酒だと…!?だははは!何であんだよ酒なんて!はははは!げほっ!…ヒーッヒッヒッヒ!」
空き缶を掲げるように見せるけど、ミチルは涙を流しながら腹を抱えて笑い転げるばかりだ。
完全に出来上がってる…。
酔っ払いには話が通じないことをお父さんを通して知っているから、私は頭を抱えた。
取り急ぎ水を持ってくるべきだろう。
それからお母さんにも言わないと。
部屋を出るため立ち上がろうとしたけど、その気配を察したミチルにぐっと腕を掴まれて。
「ちょっとぉ、どこ行くのよぉ」
「えっ?だからお水持ってこなきゃ。お母さんにも知らせて――」
「――だめだッ!!」
ぴしゃりと私の言葉を遮ったミチルは、笑いが収まったのかまた真面目な顔をしている。
次の瞬間。
ミチルは勢いよく身を起こしたかと思うと、私の身体に腕を回した。
「ちょ、ミチル…!?」
強く抱きしめられていることに気付くけど、驚いて顔を赤くすることしかできない。
熱いミチルの身体から、ほのかにアルコールの香りがする。
「んだよお前っ、俺のことどーせ男だと思ってねぇんだろ!」
「え……」
ミチルも私と全く同じことを考えていたのか。
いや、でも今は酔っ払ってるわけで…。
逆にだからこそ、素直に言ってもいいのかもしれない。
「そんなことない。思ってるよ」
「えー嘘くさーい」
「ほ、ほんとだって…」
「証明」
「え?」
「だったら証明してくれよ」
証明と言われても、抱きしめられたこの状態じゃどうしていいのか分からない。
顔を見上げると、とろんとした瞳とかち合う。
―――初めて見る顏をしていた。
まるで“男の人”みたいな。
それは衝動だった。
私は唇をミチルのそれと合わせた。一瞬、アルコールの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
すぐに離してミチルの顔を見ると、呆気に取られたようにぽかんとしている。
「……証明、したけど」
恥ずかしくなってぶっきらぼうに言うと、赤い顔がさらにみるみる赤く染まっていく。
回された腕の力が強くなると同時、肩にミチルの額が乗せられて。
「なんっなんだよ…」
ため息混じりの声から、仄かに漂ってくる甘いアルコールの香り。
ミチルの黒髪が頬をくすぐる。
「…マコ」
「な、なななに?」
このうるさい心音はどちらのものだろうか。
慣れない真面目なミチルの声音に、ついどもってしまう。
「好きだ。……俺と付き合いやがれ」
時が止まったような感覚に陥る。
……今、好きって。付き合えって言った?
慌てて視線をミチルに遣るけど、額を肩に押し付けたまま動かない。
私も返事をしたほうがいいんだろうけど、せっかくなら顔を見て言いたい。
何も出来ずにしばらくそのまま抱きしめられていると、急に身体中の締め付けが緩くなって、腕を解いてくれたことに気付く。
顔を上げてくれるのかと思いきや、ミチルはまだ私の肩から顔を上げてくれない。
不思議に思うと、かすかに聞こえてくる呼吸音。
安らかなそれはまるで寝ている時みたいで……、
…………え?と思いながらミチルの肩を起こすと、
「うーん……zzz」
あろうことか気持ちよさそうに寝ていた。
……普通この状況で寝る?
呆気に取られながら、とりあえずミチルをそのまま床に寝かせた。
赤い顔でムニャムニャと幸せそうに笑っている。
「……はぁ」
さっきの言葉が本心なのか分からない。酔っ払いの戯言だったりして…。
そう思うと深いため息を吐き出すしかなかった。
とりあえずリビングに降りるため、私は部屋をそっと後にするのだった。
ミチルは申し訳なさそうにやってきたミチルのお父さんにおぶられて無事帰って行った。
おぶられながらも起きる様子がなかったから、余程疲れてたのだろうか。
申し訳ないのはお酒を飲ませてしまったこっちだからと母と二人でひたすら謝り倒した。
私も少しは飲んでいるはずだけど、酔うという感覚は結局最後まで分からなかった。
―――翌日。
「おはよう」
「……はよ」
今日は月曜日。
ちょうど家から出てきたミチルを私は福士家の玄関前で出迎えた。
ミチルの方が私よりも少し早く家を出るから、早起きして待っていたのだ。
朝日の下で見るミチルの顔色は青く、頭を押さえてダルそうにしている。
「…もしかして二日酔い?」
「多分…まだ頭がズキズキするぜ…」
「本当にごめん」
心底申し訳なく思って頭を下げれば「ホントよもう!こちとら未成年なのよ!?」とカマ声での批判が降ってくる。
何も言えずうぅ、と呻いてそのままにしていると、ポンポンと頭の上に何かが乗せられる感覚。
きっとミチルの手のひらだろう。
「……なんてな。まー過ぎたことはもういいから顏あげな」
そろそろと滲んだ視界で顔を上げると、苦笑顏のミチルと目が合う。
そんなことをされると、胸が高鳴ってしまう。
と、ふいっと目を逸らされて。
「まっ、まぁ詫びはこの前できたサラダの店でチャラにしてやるよ。モスかフレッシュネスでもいいぜ!」
「ちょ、言ってること違うじゃん…」
「あーあ楽しみだなぁ~!んじゃ俺は先行くから」
私の呆れ声の抗議をスルーして、ミチルはどこか急いているように玄関に置いてある自転車のカゴに通学バッグを放った。
ハンドルを持ち自転車のスタンドに足を掛けようとしたところで、私は待ったをかける。
朝早く起きて今日ここでこうしてミチルを待っていたのは、昨日の謝罪をしたかったのもあるけど、昨日の真意を確かめたかったからだ。
暴れ出す心臓に拳を当てながら、意を決して聞いてみる。
「ねぇ、私のこと好きだって本当?」
「――ッ!」
ミチルから息を呑む音が聞こえた。
怯えと少しの期待を込めてミチルを見つめ続けるけど、微動だにしない背中。
……酔っていて覚えてないとか、覚えていても酒の流れでつい思ってもないことを言った、なんて否定される可能性は消えてない。
胸に当てた拳が無意識に震えだす。
まるで永遠にも感じられそうな沈黙を破ったのは、ミチルの声だった。
「……そっか。もしかして疑ってんのか?」
「え、あの、お酒飲んでたし……もしかしたら言ったこと忘れてるんじゃな」
「世一代の告白だぞ忘れるわけねぇだろっ!!」
被せるように叫ばれて、見開いた視界に映るのは、振り向いた赤い顏。
倒れないよう自転車を置いて身体ごと向き直ったミチルが、一瞬にして距離を詰めてきた。
嬉しさや安堵や恥ずかしさで何も言えずにいる私を見下ろして、ゴホン!とわざとらしい咳払いをひとつ。
「そ、そんで、その…。……お前はどうなのよ?」
視線を右往左往させた後、キッと私を射抜く、試合の時にしか見せない真剣な眼差し。
キスまでしたのにそんなことを聞くなんて卑怯だ。
……何よ、分かってるくせに。
そんな恥ずかしさとちょっとの怒りを抑えきれなくて。
「……好きでもなきゃあんなことしないよ、バカ!」
熱い顔で勢い良く叫んだ途端、息を呑んだような音がして。
瞬間、紺のブレザーで視界が阻まれて、ミチルの匂いでいっぱいになる。
きつく抱きしめられて、少し苦しい。
「……一生大事にする」
「ふふっ…、なんかそれプロポーズみたい」
つい笑って言えば、どうせ親も期待してんだしいいだろ、って拗ねたような呟き。
そうだね、って私も同意して、意外と広い背中に腕を回した。
「……お母さんたちが今の姿見たら大喜びしそう」
「だな……見せたくねぇけど」
「じゃ、じゃあ離れる?」
「いや……もうちょい」
「……うん」
――不安はもちろんある。
これからお互いが進んでいく道の先。
交わったはずの道が、いつか分かたれてしまう日が来やしないかって。
私よりも良い人なんてたくさんいるし、いずれ価値観が変わってしまって離れ離れになってしまうんじゃないかって。
でも、それでも。
あのマグカップがミチルを縛り付けるような、重い贈り物にならなければいいと。
小さい時から隣にいた、そんな当たり前だった関係が最近は変わってしまったけど、これからはこれまで以上に分かり合える関係になれたらいいと。
そんな未来を願わずにはいられない。
“ずうっと一緒にいたい”って想いを込めるように、回した腕に強く力を込めた。
すると同じくらいの力でミチルも返してくれて、もう今日は学校を休んでずっとこうしていたいな、なんて思ったのは内緒。
それから。
別々の高校を卒業し、同じ大学を卒業し、就職してから数年後、紆余曲折の末私たちは正式に将来を誓い合うことになる。
その際の両家の大宴会で、ミチルのお母さんが懐かしい例のマグカップを取り出した時は驚いた。(ミチルも隠しておいたのにどこから見つけてきたんだって驚いていた。)
思い出話を肴にお父さん達にあれよあれよとビールや焼酎をマグカップに注いでは飲まされ、スーツを着込んだミチルが今度こそ酔い潰されてしまうことになるけれど、それはまた別のお話。
HAPPY BIRTHDAY!!
2022.6.15
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