愛があればLOVE IS OK
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「ジャッカル!」
昼休みのチャイムが鳴ってすぐ、隣のクラスの磯野が扉からひょっこり顔を出した。
俺はああ、と相槌で返答しながら机の上のものを中に仕舞って、ドアに向かった。
「はい。ありがと、助かった」
「…意外とマメなんだな」
貸してやった歴史の教科書を受け取りながら、ついそんな言葉がこぼれる。
チャイムが鳴ってすぐ届けに来るなんて、普段部活での彼女を知ってるだけに意外だった。
「意外と、は余計。ところでさ、ジャッカルはお昼どうすんの?」
「俺はこれから購買行く」
「!そっか」
磯野の表情が目に見えてパッと明るくなる。
何だ?と疑問に思う間もなく、磯野はぶら下げていた小さ目のバッグを上げて見せて。
「いや実はね、お弁当作ってきちゃったの!」
「…はあ」
「…何、その気のない返事は」
「別にんなこと俺に宣言されても‥」
「もー天然?だから、ジャッカルの分もだって」
「…っな、何!?」
予想だにしない展開に、俺は驚きの声を上げてしまう。
俺に手作り弁当…マジか?
「だから授業終わってすっとんで来たワケよ。ってことで屋上行かない?」
「あ‥、あ、ああ」
俺の返答を受けて、磯野は満足げに笑って歩き出す。
俺はその背中に付いていきながら、慣れないことに動転する気を落ち着けようと試みる。
母ちゃん以外の手作り弁当を食うなんて、生まれてこのかた初めてだ。
とうか普通、こういうのって恋人同士がするもんじゃねえのか…との疑問が浮かぶも、慌てて追い払う。
きっとコイツはそんなこと意識してねえだろうし。
大方、おかずを多く作りすぎたとかそんなとこだろう。
…でも何で俺なんだという疑問は拭えない。
考えを巡らせながら階段を昇ってる時、俺はハッとあることに気付いてしまって、慌てて視線を自分の足元に落とす。
…だが、ちょっとだけなら…なんて、湧き上がる下心。
チラ、と磯野が手で押さえつけているスカートの裾の奥を覗き込む。
こういうのって‥男の性なんだよな…ってあー見えそう…も、もうチョイ!
「屋上混んでないといいねー」
「!?あっ、ああ!そうだな」
「…どしたの?」
ビ、ビビった。
急に振り返るんじゃねえよ…なんて心の中で冷や汗垂らしながら文句を言う。
いや、まあ俺が悪いんだけど。(でも短くしといて隠すほうも隠すほうだと思う)
挙動不審な俺を怪しむ磯野に、どうにか誤魔化そうと「ちょっと考え事しててな」と笑う。
すると「なんだそっか」とあっさり納得させることに成功した様子。
「私のスカートでも覗こうしてたんじゃないかって思っちゃったじゃん、ハハ」
ドキーンと身体が硬直する。やべえ、冷や汗が噴き出そうだ。
「なワケねえだろ」
笑って向き直す磯野に、最後の一押し。
バレなくて良かったぜ…バレたら多分、スリーパーホールドの刑…か。
胸を撫で下ろしつつもゾッとしながら、屋上までひたすら自分の上履きを眺め続ける俺だった。
* * *
「食べられるのか?」
「…殴られたいのかな?」
にっこり笑ってそんな恐ろしいことを聞き返してくるもんだから、俺は両手を前に翳し、冗談だと降参の意を示す。
ミニーちゃんがハートを飛ばしてるパッケージの下は豪華な…いや、普通の二段重ね。
二段目は白飯に鮭のふりかけが振ってある。まあ、普通に食えそうだ。
問題の一段目は…焦げて形を成してない卵焼きにタコさんソーセージ、野菜の炒めもの。
アスパラのベーコン巻きは茶色いベーコンが見事にはがれて‥別のおかずの上に被さってしまってる。
箸でそっとベーコンを剥がすと、顔を出したのはデザート‥?
うさぎの形にしようとして、明らかに失敗したリンゴはズタズタ。なんか可哀相だ。
その隣にある半月型のオレンジは…なんか詰め寄られた重圧で押し潰されてる。
「…ま、まあ見た目はアレかもしんないけどさ、味は…保証…するから」
何だろう、その微妙な間は。
ここでそんなあやふやな保証があってたまるか、なんて突っかかれるほど俺は人でなしじゃない。
きっと頑張って作ったんだろう、という形跡は充分に窺えるからだ。
「じゃあ、い、頂きます」
「うん、どうぞ」
意を決して、まずはベーコンのアスパラ巻きからいくことにする。
剥がれたベーコンとアスパラを一緒にまとめて、口に放り込む。
「…どう?」
磯野が覗き込むように聞いてくる。
俺はまだ返答をすることはせずに、咀嚼を続けて味を確かめる。
ウッ…ベーコンの一部にオレンジの酸味が少し染み込んでる。そして、焦げた部分の苦みとが混ざり合う。
けどすぐにベーコンの塩気がその奇妙な味をカバーしてくれたから、さほど影響はない。
俺はゴクリと飲み込んでから、不安そうな眼差しを向けてくる磯野こう言った。
「うまいぜ」
「ホント!?」
途端に目を輝かせる磯野に、信じさせてやるためにああ、と言ってやる。
…食べれなくはない、なんて本音を言えるほど、俺はヒドイ奴じゃねえ。
和やかなムードの中、続いて食べたソーセージは問題ないとして、見た目に普通だった野菜の炒めものにまずタップアウト寸前まで追い込まれた。
砂糖と塩を間違えたんであろうベタな失敗を、俺は指摘するでもなく何とか堪え忍び喉の奥に押し込んだ。
そうして一山越えた俺はごはんとお茶で口直しした後、最大の難関、問題の卵焼きに挑むことになる。
もはや形を成していないそれをそろそろと箸でつまみ上げ、凝視する。
これは…一応食いモン、なんだよな?
なんて、またつい口をでそうになる質問を慌てて喉の奥に押さえつける。
ニコニコ嬉しそうに自分の分の弁当を広げる磯野にチラ、と目を遣り、また戻し。
男・ジャッカルは腹を括って口に放り込んだ。
「…!?グフッ」
「?どしたの?」
慌てて口を塞ぐ。こいつは凄まじい。想像以上だ。
ダイナミックな甘味と凄絶な苦みのハーモニー…なんとも破壊的な旋律…
さっきの野菜炒めなんて、なんて可愛いものかとすら思える。
俺の異変に磯野が気付くが、それでも本当のことは言えない俺は必死に平静を装って。
「いや、なんでもねえ」
「え、そう?なんか顔色‥」
「ハ、ハハ。あ、あまりにうますぎて‥」
俺ってお人好しにも程があるよな…と自分にげんなりする。
やばい、パッと笑う磯野の顔がぼやける。これはもしや?
「やだ、泣くほどおいしい!?」
「え、あ‥」
「良かったーもう、じゃんじゃん食べて!あ、何なら私の分も遠慮せず」
「い、いや!さすがにそりゃ悪いだろ」
「でもそれだけじゃ足りないんじゃない?」
「いや充分だ。あ、あー、実は休み時間にパン食っちまってよ」
「あ、そうなんだ」
ウソですごめんなさい。
けど世の中には、必要なウソってやつもあるよな。
さすがに二つ分は俺の命が危うい…最悪の事態は回避できた模様。
磯野は相変わらずウキウキとした面持ちで弁当に箸をつけ始める。
それを眺めながら、口直し的にご飯を口にぶっこむ
…と、んん?
俺はそれとなく眺めていた磯野の弁当に顔を近づける。
「?どしたの、さっきから」
「あー、…いや、おかずが…」
おかずの種類がすべて冷凍食品と思しきもので埋め尽くされてるのは、何でだ。
「ああ、私の分は全部冷凍。お父さんと弟とジャッカルの分でなくなっちゃったから」
「!エッ…」
「え?」
「あーいやその、弁当、いつもお前が作ってんのか?」
「違う違う。お母さんが風邪で寝込んじゃったから、今日は代わりにね」
なんだ、そういうことか。ビビった。
これを毎日食わされてるとしたら…磯野の家族の身を案じ、同情せずにはいられないところだ。
けれど今、間違いなく磯野の親父さんたちも同じものを食って、同じ空の下で息も絶え絶えになってるのかと思うと、 会ったこともない彼らに俺は妙な親近感を覚えてしまう。
「あー、何だ。やっぱ足りないんじゃない?ホラ、からあげあげるよ」
「あ、…ああ、サンキュ」
物欲しそうに見えたのか、磯野は冷凍のからあげを俺の弁当に入れてくれた。
…実際、やっと安心して食えるおかずが…と嬉しかったりするんだけどな。
―――と、ここで俺は初めてハッとする。
あれ、ついでとかじゃなくて、こいつ最初から俺に作るつもりで…?
「それにしてもさー、やっぱ母親って大変なんだねーとか思ったわけよ」
「あ‥、そうだな」
「?どしたの、変な顔して」
「い、いやなんでもねえ」
「?ふうん」
俺は自分が今どんな顔してんのか知らない。
が、口角が上がるのをこらえようと必死なことだけは分かる。
そんな俺から可思議そうな目を逸らして、磯野は言葉を続ける。
「で、そうそう。私もいつか結婚したらって考えると遠い目になっちゃってさ…あ、でも愛妻弁当は気合い入れて作っちゃうなー」
そんなことを楽しそうに言う磯野。…無自覚ほど恐いものはねえ。
愛妻弁当……一体どれだけの破壊力ある凶器なんだ。
「まあ、その前に結婚できるかどうかが問題だな」
「あ、ヒドー。まあでも、うん‥、優しい人じゃないと無理だろうね私の相手は」
それこそ菩薩のような男な。
すかさずそう突っ込もうとした時だった。
「――ジャッカルみたいなね」
「………は?」
「あ、あは!なんちってー」
そう誤魔化すように笑って磯野は、ペットボトルのお茶を飲む。
顔が赤く見えるのは…気のせいじゃ…ないのか??
「な、なんて言ったんだ今?聞こえなかったんだが」
「えーやらしい!ちゃんと聞いてたくせにさあ」
「わかんねえよ」
「嘘こけ!」
こらえきれなくてニヤニヤしながら言ったら案の定睨まれる。…赤い顔で。
俺それを無視して、可哀相なうさぎのりんごを口に放ってから弁当箱を組み立て直す。
「………」
「ふう、ごちそうさん」
パンと両手を合わせて言う。
そして空の弁当箱を差し出して、また感謝の言葉を一言。
「サンキューな」
「う、うん」
すると安心したように笑って頷くもんだから、こっちもまた頬が緩む。
…味は確かに誉められたもんじゃなかったが、気持ちが嬉しいもんだ、こういうのは。
「じゃあまた作ってくるから!」
「え、あ、ああ…別に無理しなくていいぞ」
「無理なんてしてないって。でも今度はもっと見栄えよく出来るように頑張るから!」
「ああ、そうか」
味こそ頑張ってほしいが、そこはまた次回のリベンジに少しの期待と不安と……
「ん、なんか燃えてきた!じゃ早速また明日…」
「!?はえーよ!」
じんわり沁みる喜びを胸に、俺はのどかな春の訪れを感じる。
2007.3.24
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