Truth Of My Youth
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二人だけの放課後の教室で、私は友達に、ぽつり。
「いっつも余裕ぶってんの、跡部」
そう不満を口にすると、チカちゃんはパックジュースのストロー咥えながらニタ~っと笑った。
「な‥、なに?」
「へー。それが気に食わないんだ?」
逆に疑問を返されて、私は小さく頷いた。
「それもそうだし‥だって付き合ったらもうちょっとこう、何かあってもいいじゃん」
「え?何かって…」
「そう。まだ何もないよ」
跡部と付き合い初めて、早いことに1ヶ月が経過した。
それなのに、キッスどころかまだ手も繋いだことがない。
跡部が生徒会の仕事で忙しい日以外は毎日一緒に帰ってるけど、車だから家まであっという間だし、何より運転手がいる。
たまには歩いて帰ろうと誘おうにも、部を引退してからもなお生徒会の仕事で忙しそうな跡部に、そう提案するのは気が引けた。
休みの日も一緒に出かけはするものの、オペラだの美術館だのあちこち連れまわされて、帰りはいつもの車で即行帰路へ。
そう、私だけが期待しては空回り中。
「…意外、だね。こう言っちゃ何だけど跡部くんって手早そうに見えるのに」
「あー、やっぱりそう思うよね。うん」
はあ、と私はため息と共に机に伏せた。
アイツ、私のこと本当に好きなんだろうか。
それとも私には魅力がない?
そんなことを最近、ぐるぐる考えてしまう。
ふとした瞬間の柔らかい眼差しも、自惚れがそう見せてただけだったりして。
「――ていうかマコから攻めてみたことある?」
私は顔を上げた。
チカちゃんは相変わらず楽しそうに笑ってる。
「え?」
「マコから手ー繋いでみるとか」
「な、ないない」
「あー、だったらやるべきだね。最強なのはこっちからこう一発、チュッ!とかましてみるとか」
チカちゃんはやっぱり楽しそうに、指先を付き合わせて見せる。
私と跡部が……想像して、一気に耳の辺りから熱くなっていく。
「だだ・だって無理だよ!無理!まだ私らそんなの‥」
「そう?まずペースは崩せると思うんだけどなあ」
「そ・そりゃ、まあそうなんだろうけど‥」
熱い顔を冷ますため、手扇子で仰ぐと「かわいー」ってからかわれる。
愚痴を零す相手もちゃんと選んだほうがいいのかもしれない、と少し思った。
とはいえ、跡部のことで愚痴をこぼせるような相手はこの子しかいないんだけど。
―――その時、教室の扉がガラッと開けられた。
「…あ、」
「帰るぞ。準備できてるだろうな?」
現われたのは跡部。
慌てて時計を見ると、もう6時過ぎだった。
今日はチカちゃんがいたから、時間が経つのが早かったみたい。
「うん!じゃあごめんね、お先」
「ううんー。私ももうすぐで来ると思うし」
チカちゃんの彼氏は年下のバスケ部員。確かに彼もそろそろ迎えに来てくれるだろう。
急いでマフラーを巻いてたら、”頑張って”って小さな声と、アイコンタクト。
苦笑いで応える私とは反対に、チカちゃんは相変わらず、楽しそうに笑っていた。
…‥
チカちゃんの言うようにするつもりは毛頭ないけど、やっぱり跡部を前にするともどかしくて。
下駄箱からローファーを取り出しながら、私は意を決してこんな質問を投げてみた。
「跡部、あのさ…もう車呼んじゃったよね?」
「アン?」
跡部は靴を履きながら、怪訝そうに振り向いて。
「歩いて帰りてえってのか?」
ほらやっぱり、お見通しというわけだ。
少し悔しく思いながらも、私はコクンと頷いて見せた。
不服そうにも見える表情に、「でも無理ならいいよ」って慌てて付け足す。
だけどそんな私を見て、跡部はフッと口角を上げる。
ニヒルで時々むかつくけど、大好きな笑い方。
跡部はポケットから携帯を取り出して、どこかに電話を鳴らしているようだ。
私はローファーに足を突っ込みながら、彼の様子を窺う。
「――俺だ。今日はそのまま引き返せ。…ああ、歩いて帰る」
ほらね。
彼は、こうしてスマートに私のハートをかっさらってしまうんだ。
「行くぞ」
パチンと携帯を閉じながら、昇降口へと向かう堂々とした背中。
…やっぱり少し悔しい。
たまには焦った顔が見てみたい。主導権を握ってみたい。
すぐにコートのポケットに収まってしまった大きな手を見つめながら、そう思う。
でも自分からのアクションは起こせない、なんて葛藤もインサイトとやらで見透かされてたりして。
隣に並んで見上げた先には青い瞳があって、慌てて悟られないように笑った。
…跡部はそんな私を怪しげに見るだったけど。
校門を堂々と突っ切ると周りの視線や悲鳴やらで大変なことになるから、徒歩の今日だけは遠回りで裏門を潜ることにした。
なかなか面倒くさいけど、こうしてコソコソと二人だけの時間を共有できるのは嬉しいし、いつ誰に見つかるかも分からないスリルが楽しくもあった。
久しぶりにテンションが上がった私は、跡部にこんな提案をしてみた。
「ね、コンビニ行ったことある?行かない?」
「…ああ、前に向日の奴がそこに寄ってたっつって朝練に遅刻してきたことが何度かあったな」
「へー、でもそうなの楽しいよ!今日火曜日だから新製品もいっぱい並んでるよ、きっと」
「フン。で、どこなんだよ。そのコンビニとやらは」
「あ、ホラそこ」
信号を渡った先に、私御用達のファミリーマートがある。
日も短くなってすっかり暗くなったから、お店全体が白い蛍光灯の光を放っていて目立っている。
信号が青になって歩きだそうとした時、ぐっと肩を引き寄せられる。
ビックリしている内に自転車がすぐ横をすり抜けていって、やっと跡部の行動の意味を理解する。
「あ、ありがと」
「少しは注意力ってモンを身に付けるんだな」
言われながら、一瞬で離れていく大きな手。
これだけでも身体が硬直して、心臓が爆発しそうにうるさくなる。
「分かってるよ」
言い返しながら、顔が赤くないか気になってしょうがない。
先頭をきってコンビニへ入ると、まずお菓子の新商品が並べられた棚に目を奪われる。
「ほらほら、跡…」
振り向いて、私はハッと言葉を失う。
いるはずの跡部の姿がない。慌てて視線を泳がせて、さらに固まる。
見慣れない制服の3人組みの女の子が、ちょうど入り口付近で跡部を囲っていたのだ。
しまった!私はペチンと自分のデコを叩きたい衝動に駆られる。
そういえば跡部は学外でも有名人だったんだ。
私は雑誌のコーナーに移動して、ジャンプを適当にめくりながら外の様子を窺うことにした。
女の子たちは嬉しそうに口々に興奮した様子で、跡部に話し掛けている。
何を話してるのかは分からない。でも、別に知りたくもなかった。
一方的に話し掛けられている跡部はといえば、少しウザそうにただ彼女たちを見下ろしている。
やっぱり慣れてるからなんだろう。
‥こうして見ていると跡部が別次元の人間のように見えてきて、自分の彼氏だなんて思えなくなってくる。
と、遠い目で見てたらようやく跡部の口が動いた。
ふっと女の子たちから笑顔が消え、やがて苦笑に変わる。
…何を言ったんだろう。
そそくさと撤退していく3人組を見送りながら、私はぼんやり考えた。
私のこと、言ってくれたんだろうか?…まさかね。
――そして自動ドアの音と、跡部が入ってきたことを知らせるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいま、せ‥」
女の店員さんの声、明らかにトーンが変わった。
やっぱり跡部はかっこいいし、目を引付けるほどの存在感を持ってるから。
一直線にこっちへ歩いてくる気配がして、なんで分かるんだろうって不思議に思う。
「おい」
すいっとジャンプが手から引っこ抜かれて、跡部の顔を見上げる。
「‥よく分かったね」
「普通分かんだろ」
跡部は何事もなかったみたいに、いつも通りだ。
でも、私の気分は沈みかけていた。
こんなにモテるんだから、いつ気持ちを他の子に持ってかれちゃうか分からない。
「あの子たちって‥」
「別に、お前が気にする必要はねえ」
そうやってあっけなく交わされてしまう。
でもさ、不安なんだ。
他のことなんか考えられないくらい気持ちが溢れてるから、不安で不安でしょうがない。
私のことどう思ってるのって、聞けたらいいのに。
……
コンビニから出ると、私は早速冬期限定品のフランボワーズのチョコレートを口に入れた。
「ん、うまーい」
跡部が買ってくれようとしたチョコレート。
でもさすがにコンビニでゴールドカードは使えないから、私が自腹で済ませたのだ。
はいって跡部に差し出すと、受け取りながらも「庶民の食うもんだろ」って、可愛くないお言葉。
口に運ぶ様子をじっと見て、「どう?」と反応を窺う。
「…まあ、悪くはねえ」
「はは、でしょ?」
ちょっと嬉しくなって笑うと、青い瞳が真剣な色に変わる。
じっと凝視されて、不思議に思いながらも落ち着かない。
「…、なに?」
「一応笑えるんじゃねえか」
「え?」
「何か聞きたいことあるんだろうがよ」
せっかく明るく振舞ってたのに、これが噂のインサイトってやつなんだろうか。
心の奥底に隠した不安も見透かされてしまうなんて、すごく不公平。
気付けばちょうど周りは閑静な住宅街で、この時間だから人通りもない。
歩きながら、だったらと私は怖くて口に出せずにいた気持ちを伝えてみることにした。
「じゃあ…私のことどう思ってるか知りたい」
「アーン?」
「そっ、その”アーン?”ってのがむかつく!」
「アーン?何だと?」
「ああほら、それ!」
キーッと頭を抱えると、跡部は眉間に皺寄せちゃって不愉快なご様子。
違う、確かに連発されるとウザいけど、本当は、その先の答えを聞くのが怖いだけなんだ。
「口グセなんだよ。仕方ねえだろ」
「うん、分かってるけど…」
「……」
ああ、黙ってしまった。
どうしようかと自分の愚かさを責めていると、急に跡部が立ち止まった。
「!?ど、どうしたの、怒った?」
「それくらいで怒るわけねーだろ」
でも、こっちをまっすぐに見据えてくる跡部の表情は、明らかに不機嫌だ。
「…そっちじゃねえ」
「え?」
この威圧感、低い声が怖い。
眉毛つり上げて、明らかに怒ってる。
だけど跡部の言葉の意味を理解しようとする前に、また先に歩き出されてしまう。
「バーカ」
「え、‥え、待ってよ跡部!」
離れて行く背中を慌てて追いかける。
もしかしてもしかすると、これが答えなんだろうか。
「…好きじゃないならそう言ってよ」
そう口にした途端、ツンと鼻が痛くなった。
けど跡部はまた怒ったように振り向いて、こう言う。
「だからバカだってんだ。バーカ」
「……」
バカバカ言われて、さすがに私もイラッとくる。
その自覚があるからこそ、ハッキリした言葉が欲しいのに。
私の気持ちはお見通しなくせして、こっちには本当の気持ちを見せてくれないし。
不安に思ってるの知ってるくせにさ、ズルすぎる。
…私は一瞬、目を閉じてチカちゃんの言葉を思い返して、ある決心を固める。
このままじゃ埒が明かないような気がする上に、そのまま跡部が離れていくような気がした。
だんだん距離が開いてしまうことに、とてつもない恐怖を感じるんだ。
「――跡部!」
私は振り向こうとするその一瞬の隙をついて、黒いマフラーをぱっと掴んだ。
そしてその勢いのまま、目を見開いたキレイな顔を自分の元へと引き寄せ――
ガチッ
「!?イッ」
「…ッ!?」
私と跡部は互いに口を押さえて、痛みに悶える。
といっても跡部は悶えるというより、ひたすら耐えているように見えた。
やっぱり、さすがに彼も予想外だったんだろう。
「な、っにしやがんだ、テメーは!」
そんな状態でもモゴモゴと私にキレる力はあるようで、頭の隅でさすがだなと思う涙目の自分がいる。
そう、勢い任せの不意打ちキッスは、失敗に終わってしまったのだ。
しかも歯と歯の衝突という、何ともまぬけな結果で。
…こんなに取り乱す跡部は初めて見るのに、悲しいことに今は嬉しさよりも罪悪感が込み上げてくる。
「ご、ごめん…」
やっぱり彼のようにスマートにはいかない。
モゴモゴと謝ると、ああ、どれだけ私ってダメなんだろうとまた鼻がツンとしてくる。
「…ウザイだろうけど、こうでもしなきゃって」
「…チッ」
「一緒にいても、手とか繋がないし、…跡部の気持ちが分かんなくて」
舌打ちされたし、今度こそ愛想つかされたかも。
目を落とした地面がじわ~と滲んでいくのを何とか堪える。
「だから、分かんねえのか」
恐る恐る跡部の顔を見上げると、相変わらずムスッとしながらも呆れたような表情だ。
と、私が唇を押さえてる手がすっと跡部の手によって外される。
「…切れてやがるし」
「え、エッ?…あ、ホント」
指先で触ると、赤いものが付いてきた。
「あー良かった、跡部じゃなくて」
跡部の唇を切れさせてしまってたら申し訳なさすぎるし、親衛隊の子たちが怖いし。
ホッとしながら呟くと、「バーカ」って言葉がまた降りてきた。
あれ。でも、さっきより随分優しい声のトーン。
瞬間、おでこの髪が避けられたかと思うと、柔らかい温もりが触れた。
頭で理解するより先に身体がビクッと反応して、フッと笑う吐息がおでこにかかる。
すぐに離れた感触を確かめようと、私はおでこを押さえて確信する。
コンビニ袋を落としそうになりながら、今、何が起こったのかを。
「あ・ああ・あ、あと‥」
「オイ。俺様がほぼ毎日直々に教室まで迎えに行ってやってんのは、誰のためだと思ってやがんだ?」
「え、」
「今日わざわざ車を帰したのは誰のためだ」
「…」
「…”大事な奴が待ってる”と3人の女を追い払ったが、それは誰のことだ?」
「…、……私?」
「分かってんじゃねえか」
ホラ行くぞって、さっさと彼は歩き出す。
跡部はまた、颯爽と私のハートをかっさらってしまった。
分かり辛い愛情表現だけど、思えば確かに自分は相当贅沢な身分なんだろう。
そうしてくれるだけで、それだけで気持ちが溢れて止まらなくなりそうなくらい、嬉しいと思うのに。
言わずにいられない。一体、私はどれだけ我が侭なんだろう?
「待って!あの、手。手ー繋ぎたい」
「ああ?」
「…。…やっぱいいです」
差し出した手を渋々戻そうとすると、乱暴に掴まれる。
そして、その手は跡部のコートのポケットの中へ。
「…、ズビッ」
「…何で泣いてんだよ」
「良かったって思って」
その時、仕方ねえヤツと言いたげに笑ってくれた跡部に、胸の奥がぎゅうと掴まれる感覚に陥った。
ニヒルなその笑い方が、やっぱり好きで好きで仕方ないみたい。
「跡部、また手ー繋いでくれる?」
「気が向いたらな」
「あ、…うん」
やっぱりあんまり触れ合うのは好きじゃないらしい。
少し残念だけど、こうしてたまには、と言ってくれるだけでもものすごい進歩な気がする。
と、ふと跡部が何かを呟いた気がした。
「――え?」
「フン、何でもねーよ」
言いながらポケットの中で指先を絡めてきたから、何だろって疑問も吹っ飛んでしまう。
やっぱり余裕な跡部と反対に、私は緊張からぎこちなくそれに応えて。
涙を拭いて鼻水すすりながら、私はようやく、この恋が実ったことを実感していた。
「(…自制してんだよ、バーカ)」
2007.12.31
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