寒中お見舞い申し上げます
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その日はとても寒い日で、私はこたつから動かないままだらけていた。
外の窓ガラス越しの庭には雨にも似たみぞれが降っている。
テレビのイタリア紀行番組に出てくる食べものがおいしそうで、台所のお母さんに今日の晩御飯を大声で問い掛けると「うどんでいいでしょ」、向こうも大声での返答。
「えー」
「我がまま言わない」
「たまには洒落たものが食べたい」
「聞こえないねえ」
「たまにはこういうニョッキとかなんとかのローストとかさあ…」
戻ってきたお母さんが二つのマグカップをひとつ私の前に置いてこたつに入ってくる。
靴下にあたる冷たい温度はお母さんの足か。
「あんたはこういうの見るとすぐ贅沢言うね」
「だってさ……」
「そういうのは自分で稼ぐようになってから言うもんだよ」
「うどんてつい先週も食べた気がするー‥」
「そんなに他のが良きゃ自分で買ってきな」
「う…」
ず、とお茶をすする音に、お母さんを見てため息。外に出る気なんて到底なれない。
それはお母さんも同じみたいで、二人してこたつで縮こまったままテレビの中のスフォルツェスコ城の紹介をぼんやり見ていた。
晩御飯のうどんはありあわせか。
でもそれは仕方ない、マグカップの熱いお茶に息を吹きかけて冷ましていると、インターホンが響いた。
「……」
「新聞の集金かもね。あんた出て」
「えー」
「朝からここでぐうたらしてんだから少しは動きなさい」
「……」
のそのそこたつから出てインターホンを取ると、向こうから聞こえてきた声は集金係じゃなくて、久しぶりに聞いた気がする幼なじみの声。
「ブン太?」
『そ。入っていい?』
「あ、うん、どうぞ」
ガチャッとドアが開く音がした。
玄関まで出迎えると、玄関で靴を脱ぐブン太の髪の毛は少し濡れていて、みぞれの粒が乗っかっていた。
「ブン太、傘ちゃんとさして来た?」
「いや、パクられてさ」
「はあ?も~コンビニとかで買いなよ‥、ちょっと待ってて」
急いでとりにいったタオルを玄関に腰掛けたままのブン太に投げると、「サンキュー」って言いながらがしがし髪を拭くその姿はなんか犬みたいで頬が緩むのを感じた。
「なに?どっか寄ってたの?」
「幸村の見舞い行った帰りでさ、」
「あー、そうなんだ」
「でもその前にも赤也とちょっと打ったけど」
「赤也ってあの、モジャモジャの子だよね」
「ブッ」
「え、笑う?だってほんとのことじゃん」
「言いつけてえなー」
「あ、それは止めて。…それより幸村さんどうだった?元気そう?」
「ああ、術後の経過も良好だってさ」
「‥そう、よかった」
「俺らは先に出たけど、真田は面会時間ギリギリまで残ってるはずだぜ」
「ふうん…」
ブン太のテニス部の事情は、前にちょこちょこ聞いてたから知ってる。
試合で一回しか見たことないけど、あの到底同級生には見えない副部長さんも、けっこう仲間思いなんだなあ。
「ほい、タオルあんがと」
「ん。寒いでしょ、入って入って。こたつあるよ」
「マジ?やりい」
笑った顔は、頬と鼻がすこし赤かった。
おじゃまーって言いながらどかどか入っていって、居間への襖を開ける。
久しぶりとは言え、勝手しったるってこういうことだと思う。
「あら、いらっしゃい。久しぶりねえ」
「チッス」
久しぶりにやって来た幼なじみの顔にお母さんはこたつから出てきて、ブン太を迎え入れる。
「アンタ大分また伸びたんじゃないの?」
「当然っしょ」
「ブン太、コートも濡れてるしこれに掛けて」
「おう。あとこいつもシクヨロ」
そう言ってマフラーと濡れたキャリーを寄越してきたので、私はさっきのタオルで軽く拭いて壁際に立て掛けておいた。
「待ってな、お茶入れてくるから」
「わりーね、おばさん」
マフラーとコートについた雨粒も一通り拭いたし、あとはこの部屋に置いてしばらくすれば乾くはずと思って、
ハンガーで適当な出っ張りにひっかけておく。
「サンキュ~マコ」
私はすでにこたつに入って寛いでるブン太の斜め横にお邪魔する。
「いいよ別に。あーここ天国だね、もう出たくなくなる…」
「なあ、コレ食っていい?」
「言うと思った。どうぞ」
言うが早いかブン太の手はかごに盛ってあるみかんの中で一番大きいのを取って剥き始めた。
それ私も狙いつけてたのに。‥ま、いいけど。
適当に形のいいものを見繕って、私も皮を剥こうと爪を差し込んだ。
「うめえ、これどこの?愛媛?」
「さあ、もらい物。全部食べないでよ」
釘をさしておかないと、本気で全部食べられかねない。
ちらとテレビに目をやればまた洒落た料理の数々が紹介されてて、横目でブン太を見ればその目は真剣そのもの。(あ、笑いそう)
だけどふと視線をこっちに寄越して、口を開く。
「なあ、食いに行きたくねー?」
「イタリアに?」
「いつか行こうぜ」
「え、あんたと?」
「そ。」
「あははは、なんでよ」
「…なんでって言われてもなあ」
「だって現実味なさすぎ。でもいいね、食い倒れツアー」
笑って言うと、テレビに視線を戻して「ま~いいけど。そんでも」ってあれ、なんかそっけない?
……不可解。
「お待たせ。熱いから気をつけな」
「お、サンキューおばさん」
そんなタイミングでお母さんが持ってきたのはホットココアだ。
ブン太が昔から冬に飲むものといったらこれしかなかったのを、お母さんもちゃんと覚えてる。
「ブン太くんは勉強ちゃんとやってんの?」
「え?やってねえよー俺は。お前やってんの?」
「え、やってないやってない!」
「アンタはほんっとやらなさ過ぎ。受験生って自覚ないでしょ」
「ほっといてよ…」
「そんなの俺もねえよおばさん」
「そう。まあそれもそうね、昔の私も無かったし」
「さっすが分かってる~」
「…」
確かにうちのお母さんは口うるさく勉強しろとは言わない、いわゆる放任主義で。
だけど決して歩み寄り難い存在とかではなく、困った時には筋の通った助言をくれるし力にもなってくれる。
たまにがさつだけれど、なんだかんだいっても私はけっこう母が好きだ。
そしてブン太もそんなうちの母が好きだと、確か前に言っていた。
「ブン太くん、特に予定ないならゆっくりしていきな」
「そ~のつもり」
「え‥宿題とか平気?」
「へーきへーき。この天才様だぜい?」
「(クラスメイトの写す気だな‥)」
「んじゃ、ちょっと早いけどもうご飯の準備する?お腹空いてんでしょ」
「え、マジいいの?サンキューおばさん」
「でもブン太んち準備してるんじゃ‥」
「ヘーキヘーキ」
「(帰っても食べる気だな‥)‥ならいいけど」
「うどんにするわよ。ありあわせの」
「ウィーッス。なんでもいいッス」
「もちろん後片付けはあんたたちに任せるわね」
「「エッ」」
働かざるもの食うべからずよ、と笑いながらこたつから出た母は、襖の外の冷気に腕をさすりながら出て行った。
「相変わらずちゃっかりしてんのなー」
母が出て行った襖をどこか不満げな表情で見たあと、私と目が合って、ちょっと笑う。
その表情はどこか嬉しそうでもあった。
「ヘヘッ。マコんちで食うのってすっげえ久しぶりじゃね?」
「ていうかうち来るのも久しぶりでしょ。こうやって会うのも」
「まーな」
「…ちょ、ちょっと」
残り一つになったみかんに伸ばそうとする手に待ったをかける。
「なんだよー」
「食べ過ぎ」
「チェッ、だーってうめえんだもん」
「うちのだっつうの」
「ケチ」
それでもお構いなしにみかんを手に取るから、私の右手がその手を制する。
「だーめだって!ごはん食べれなくなるよ?」
「ヘーキだっつうの」
「(…まあ、こいつなら確かに)」
「あれ」
途端に、ブン太は空いているもう片方の手で私の右手を掴んで。
「ちょっと、何」
「お前の手、ちっせ~‥」
「そ、それが?」
「ガキの頃から成長してなくね?」
「~ほっといてよ!いいから離して」
さすがに、じっと凝視されて恥ずかしくなってくる。
と、ぱっと離されて、すぐさま右手を救出する。
「…あんた体温高すぎ」
右手に未だ残る温かさに、ぼそっと呟くと
みかんの皮を剥きながら「お前と一緒だからじゃねえ?」って。
「…なにそれ」
目が合って、一時停止。
と、次の瞬間だった。
いきなりブン太が身体を乗り出したと思ったら、一瞬紺色のセーターで視界が真っ暗になる。
停止する思考と身体。
首に回る腕、ブン太とみかんの匂い、目の前に髪の赤。
つまり、この状況は。
「ななななななに?なにすんの!?」
噛み噛みにあたふたする私にぎゅうーっと腕を回したまま、よりによって耳元で、囁く。
「…やっぱちっせー」
「!」
ゾワッてした。今すごいゾワッてした!
ていうかここ、家なんですけど!
「バカ!は、離し‥!てかお茶!こぼれる…」
「おっと」
意味不明、ほんとに不可解だ。
とりあえずもし母に見られてはマズイ。
ていうか熱い。こたついらない。
「ガキの頃から成長してなさすぎ」
耳元で笑いを含んだ声が届いて、何か言い返そうと言葉を探している時だった。
「俺の気持ちもガキん時から変わってねーけど」
ぱっと目を見開く。
忘れられない、確かに記憶している遠い昔の言葉。
一度だけ、すきだって言われたことがある。
大きくなったら………って、笑っちゃうよ。
満面の笑顔でうん、と答えた、素直だったあの頃の自分にも。
「お前はどうなん?」
「え、わ、私?‥(息が…!)」
きっとゆでだこみたいに赤くなってる耳に唇をよせて、そう尋ねるブン太に。
私もあの時から変わらないまま温めて続けてきた気持ちを、言葉で伝えるのは今なんだろう。
「そ、それはっ、私も…」
-ピンポーン
「――新聞の集金!アンタ出て!」
一瞬刻が止まった気がしたけど。
襖の奥方の、台所から響く母の声に我に返った私は、ブン太の身体を勢いよく引き剥がしながらはーい!って返事を返した。
と、勢いつけすぎたせいかブン太は軽くバランスを崩し、尻もちをつくような形になってしまった。
「コンニャロー‥」
「あ、ご、ごめん!」
謝罪をしつつ慌てて掛け布団から出てインターホンに向かおうとすると、ブン太がマコ、と名前を呼んだ。
おそるおそる振り向くと、ニヤッと笑いながら。
「続きはあとで聞くぜい」
そんなブン太に、恥ずかしくてたまらず私はとっさに近くに置いてあったクッションを放り投げた。
見事、顔面直撃。
テメ!ってうるさい言葉を背中で聞いて襖に手を掛ける。
…運がいいのか悪いのかよく分からないけど。
だけどきっと熱くなってる顔を冷やすのに、外の冷気は丁度いいに違いない。
そう思いながら襖を開け…
「‥チューの刑、決定~」
「!!」
2004.11.20
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