青春はいちどだけ【cake and you're all】
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「なあ、お前さあイブ空いてねえ?」
それは本当に唐突だった。
隣の席の田中と雑談してるかと思いきや、いきなり影が差したのだ。
私はまだ写し切れていない黒板の字をノートに書き写していたところで、見上げれば丸井くんの目は確かに私を見下ろして返事を待っている。
「……、私?」
何かの間違いなんじゃないかと確認半分、おずおずと伺い気味に自分を指差すと、丸井くんはいつものようにガムを膨らませながら「そ。空いてる?」といつもの調子で言った。
「な、なんで?」
「クラスのやつらとパーティーしないかって」
「今そーいう話が出ててさ、お前どう?」
丸井くんの後ろから、田中がひょっこり顔を出して聞いてくる。
ああそういうこと‥一瞬だけ生まれた期待は当然のように脆く崩れ去り、内心多少ガックリしつつも私は答える。
「へー、行こっかな‥どうせ予定ないし。二人は?」
「俺らは行くけど。なんだよお前も仲間か、さみしーやつ」
「な、寂しくない!飲んでケーキやけ食いできるんだからいいじゃん。そうでも思わないとさ…」
「ていうかクリスマスってケーキ食う日だろ?淋しいとかどうとか言ってっけど何?こんな有り難え祝日はねーじゃんよ、なあ?」
「おっまえなあ…」
田中は彼の発言を横から突っ込むけど、そう言って笑いかけてくれる丸井くんに、私はグラリと眩暈のようなものを覚える。
彼にこうして話しかけられたのは初めてのことだった。
たまに田中の席にやってきて雑談するその横顔を盗み見ては、私は俗に言う「恋する乙女」ってやつを満喫していた、そんなところでこの展開。
彼が参加するということは意外にも彼女はいないということで…
私は喜びをどうにも隠し切れずに二人のやりとりを初めて正面から、笑って眺めていた。
そうしていたらすぐに3時間目の予鈴が鳴ってしまって、私は思い出したように書き写し途中だったノートにペンを慌てて走らせた。
ふと丸井くんの去り際、緩く風にのってグリーンアップルの香りが鼻をくすぐる。
丸井くんはいつもグリーンアップルのガムを噛んでいるから、すでにこの香りは丸井くん自身の香りのようなものだ。
私はこの甘ったるいようで爽やかな、ドキドキする香りが大好きで、今日も同じものをバッグの中に忍び込ませている。
重症だと分かっていながらも、いつも食後はこれを口に入れてしまうんだ。
・・・・・・・・・・
それから日は経って今日、24日。
丸井くんが来るし、クリスマスだしと私は深く考えずに少し大人びたワンピースをこの日のために買っていた。
着替えようと手を掛けたところで、ふと思いとどまる。
今日の目的はクラスメートとのどんちゃん騒ぎだし、あんまり気合いを入れた格好をして行くのもどうか、と。
周りに気合い入ってると悟られることや、正直普段がカジュアル派なためこういった女らしい服を着るのは気恥ずかしくもあったのだ。
丸井くんに、少しでもいいから女の子として見られたい。
そんな思いが少なからずあって買ったものの、よくよく考えれば丸井くんはそんなに周りを気にしない人だった気がする。
ましてやクラスでも地味な私だ、興味の対象外かもしれない。
いやそれ以前に、クリスマスをケーキを食う日と言ってたし、もう今日はずっとケーキに夢中かもしれない。
しれないじゃなくて、絶対そうなんだ。もう決定。
…浅はかだったなあ、なんて少し後悔しながら私はワンピースを諦め、ジーンズに手を伸ばした。
普段の外出時に着るものとさして変わらない、動きやすいラフな格好。
馴染んだ服に袖を通した自分の姿に、少し安心感を覚える。
背伸びをするのはまだ早いかなと自分に苦笑して、それでもこれくらいはとベビーピンクのグロスを少し唇にのせてみた。
マフラーにコートを羽織って家を出ると、吐き出した息が白く昇って消えていった。
見上げたキンと澄んだ紺色の空には星が散らばっていて、キレイだなあと思いながらも突き刺すような寒さに鳥肌がたって。
手袋、買っておけばよかったなんて今さらに思いながらコートの裾に手を引っ込めて、私は少し急ぐように歩き出した。
*
待ち合わせに指定された噴水広場に向かうと、そこは案の定の人の波。
一周して探してみたけど、時間は迫っているのに誰一人見知った顔を見つけることは出来なかった。
待ち合わせ場所を間違えたかと思って、連絡をとろうとバッグから携帯を探した。
冷たさにあまり感覚のない指先でクラスメイトのメモリーを探して、電話をかける。
ワンコール、ツーコール、スリーコール。
「はい、磯野さん?」
スリーコール目の途中で聞こえてきたクラスメートの意外そうな声に、私は慌てて確認をとる。
「うん、いきなりごめんね。あのさ確認したいんだけど、今日のパーティーの待ち合わせって6時に噴水広場でいいんだよね?」
「は?え??パーティー?」
「?え‥うん、いや来ても誰も来てる様子ないから、どうしたのかなって」
「え、えっちょっと待って、パーティー?やるの?」
ワケがわからないといった疑問符だらけの返答に、自分の頭も疑問符だらけになる。
この子はクリスマスパーティー開催の話を前に持ちかけてたことがあったから、参加するもんだと思ってたのに。
「ウソー私これから合コンなんだよね…えー、でもそんな話誰からも聞かなかったけど‥」
この子は情報に敏感で、友達も多い子だから誰にも聞かなかったなんてことはないはず。
考えたくないことが頭を過ぎる。
もしかして私、はめられたんでしょうか。
そんな最悪な考えを振り切るように、私は彼女との会話を続ける。
「そっかー、私は田中から学校で言われたんだけど‥」
「マジで?ちょっと電話して聞いてみなよ。番号知ってる?」
「知ってるんだけど彼女できたみたいだから今日は掛け辛くてね…でもこうなったら聞いてみるよ」
彼女にお礼を言ってから電話を切り、今度は田中のメモリーを探す。
よりによってこんな祝日にどういうつもりなのか、何がしたいのか。
ますます惨めな気分にさせたいのか、自分が彼女いるからって調子乗ってんのか、私は沸々とした怒りを覚えながらコール音を聞いていた。
そしてしばらくした後に、お~磯野、なんて呑気な応答が聞こえてきたもんだから、
私はどういうことですか田中さんって思い切り冷めた声で問い詰めてやろうと言葉を発しかけた。
「会えた?」
だけど続いたその言葉に、私は言葉を呑んだ。
意味が分からなくて、誰にって不機嫌全開に問うと、田中は「あれ?まだ会ってねーの?」なんて問い返してくる。
相変わらずの悪びれた様子もない声のトーンに、イライラが頂点に達して。
「だから誰に!今日のパーティーって嘘でしょ?さっき斎藤さんに電話したらそんなの知らないって言われたんだけど。私のことはめたんでしょ?」
「え?斎藤に電話しちったの?あーあ‥」
「……さいてい」
はめられたことが確定して、私はもうどう罵ってやろうかと言い足りないほどの文句を脳内に並べ立てていた。
そうしたら、田中はまたこの期に及んでこんなことを言い出した。
「…わり、お前をはめたってのはホントだけど、でもさちょっと待って。多分今そっち向かってるだろうからアイツ」
「は?」
「もうちっとそこで待っててよ、待ち合わせは6時に噴水前。俺は間違ったこと伝えてないって分かるから」
「…え、?なにそれ‥?」
何を企んでるのか問い詰めかけた時、ふいに目の前を差す影。
明らかに人の気配。
地面を睨んでいた目を上げた先には、なぜか私服姿の丸井くんが立っていて。
私は幻でも見てるのかと、何度か目をぱちぱちとさせてみた。
「あー‥と……磯野」
と、キャップを被った丸井くんは少しぎこちなさそうに、私の名前を呼んだ。
グリーンアップルの香りが鼻をくすぐる。
甘ったるくて、心底ドキドキする丸井くんの匂い。
呆然としていた私は、雑音が邪魔だからと片耳を塞いでいた手をどけて、我に返ってただ、「え‥何?何で?」と当然の疑問を口にうろたえる他なかった。
「…そーいうこと。頑張れよ」
田中は状況を察したのか、その一言のあと一方的に電話は切れ、それから聞こえてくるのは通話終了音だけ。
そういうことと言われても、この状況がどういう意味を指してるのか分からないままだ。
なんで丸井くんがわざわざやってきたんだろう、目的はなんなのだろう。それに頑張れってなによ。
もしかして、田中のお節介で無理矢理デートセッティングとか?
もし浮かんだ考えが本当だとしたら、明日絶対田中を殴りに行く。そんなの私はともかく丸井くんが良いはずない。
動揺しながら携帯を閉じると、「磯野」ともう一度名前を呼ばれる。
「あ、うん、何?」
「いや、ビビらせて悪かったなあと思って」
「…えーっと状況が飲み込めないんだけど、丸井くんはどうしてここに?」
もうあんまり頭が回らない。
もういっそと単調直入に尋ねると、丸井くんは目を丸めたかと思えばニッと笑って。
「一人でケーキ食ってもつまんねーだろい?」
「‥え?」
「俺うまいケーキ食い放題の店、予約したんだけどさ」
それでも返ってきた答えは不可解で、私は相変わらず疑問符を浮かべるしかない。
「な、なんで私?」
「だーから、悪かったって」
「違う、イヤなんじゃなくてさ…あの、純粋に!なんで私なのかなって」
「…なんでって、」
「あの、田中に頼まれたとか?」
「?何言ってんの?ちげーって」
きっぱりと否定されて驚く。違うんだ…
私はただのクラスメイトとしか認識されてないと思ってたのに、不思議でならない。
そんなことを思ってる私に丸井くんはちょっと目尻を上げて、拗ねたようにこんなとんでもないことを言ってのけた。
「甘いもんってさあ、別に普通に食ってもいつでもうまいけど、やっぱ特別なやつと一緒に食うと格別だろうと思うわけ」
「…、え、う、うん‥?」
「ま、そんな理由」
なんて飄々と、こともなげに言ってグリーンのガムを膨らませる丸井くん。
私は彼が言うその「特別なやつ」の意味を考えるけれど、どうしても期待を抱く答えに行き着いてしまって。
そんな自惚れはダメだと振り払うけど、簡単にはいかない。
ああ…、なんて思わせぶりな言葉なんだろう。
そんなことないと思ってたけど実は無意識にタラシだったりして。
そんな邪推から、思わず口を突いて出た言葉。
「ねえ丸井くんさ、‥女の子って敏感な生き物だからあんまり勘違いさせるようなこと言わない方がいいよ」
「…勘違い?何、どこが?」
「え‥だから…、」
期待を抱かせるような、とんでもない殺し文句を言ったのに。
私はしどろもどろになりながら、言葉を繋いだ。
「『特別なやつ』なんて言われたら、そのー、私も勘違いしちゃいそうなんだけど…」
そう言うと、急に丸井くんの目が釣り上がって、マジになった。
「はっきし言っとくけど、それさあ、勘違いでいーから」
「……、」
「………つーかお前、鈍すぎだろ」
そう言った途端へなへなと座り込んで、呆れたように白いため息を吐き出す丸井くん。
私は動揺のあまりなんて声を掛けたらいいのか分からないまま立ち尽くすしかなくて、彼はキャップを押さえたまま顔を上げてくれない。
この瞬間、ふと田中の言った言葉の数々を思い出した。
『お前をはめたことはホントだけど、でもさちょっと待って、多分今そっち向かってるだろうからアイツ』
『もうちっとそこで待っててよ、待ち合わせは6時に噴水前。俺は間違ったこと伝えてないって分かるから』
『そーいうこと。頑張れよ』
そして、丸井くんと合流してからの会話。
少しずつ見えなかった彼らの意図が繋がっていって。
にわかに信じがたいけれど多分、きっと今日の計画は、丸井くんが田中に掛け合ったものだったんだ。
そして田中は、私の丸井くんへの気持ちも知っていた。
つまり、私たちはそういうことだったのですか…?神様田中さま。
考えついた瞬間、自分に呆れた。丸井くん、怒ってるんだろうか。
「…‥あの、ごめん…ホント、鈍くて」
おずおずと自分もしゃがみこみ顔を覗き込むように言って、ハッとした。
周囲がライトアップされた、明るいこの場所では良く見えてしまった。
赤く染まった顔を隠すように口を覆ってる丸井くんの顔。
見たこともないそんな彼の表情は、私のいまだ戸惑いを含んだ期待を決定付けるのに充分だったけれど、瞬間私もカアッと熱くなってしまって。
それ以上何も言えないでしばらく丸井くんのスニーカーを見つめていると、突然立ち上がった。
背を向けてずんずん歩き出す背中に、私は立ち上がって慌てて声を投げる。
「えっと、丸井く‥」
「――ッハー。んじゃケーキ腹いっぱい食おうぜー。覚悟いい?」
ちょっとぶすっとしたように振り返って仕切り直すようにそう言いながらも、まだ耳や頬の赤みは完全には消えてない。
いつも飄々とした彼しか知らなかったせいか、そんな余裕のない丸井くんにますます紅潮してしまう。
それでも、こちらも赤い頬を引き上げて「うん」と笑うと、丸井くんは私の好きなニッとした笑顔を返してくれる。
「17‥いや20はいけっかな」
「25は?」
「つーか全種30個制覇?」
「えー!」
やっとそんな他愛もない会話を交わせる雰囲気になって。
人で溢れる大通りを歩けば、電気店かどこからかクリスマスのお決まりヒットソングが流れてる。
サンタクロースの服を着た店員のお姉さんが、カラオケ店への呼びかけをしていたりと、街はクリスマスムードに賑わしい。
少し歩いた先の角を曲がれば、確か人気スポットの大きなクリスマスツリーが輝いているはず。
だけど私たちは気にすることもなくツリーとは逆方向への道を歩く。だって、今日はケーキを食べる日だから。
目的地のキレイで大きなビルへと続く道を歩いてる途中で、ツンツンと脇腹をつつかれる。
どうしたのかと丸井くんに目を向ければ、彼は私との視線がかち合ったのを確認して、つい、と視線を下に遣る。
促されるままに下に向ければ、彼は私の腰のあたりで手を開いて「サイン」を送っていて。
思わずもう一度丸井くんを見れば、また彼は真剣な表情。
周りのざわめきで聞き取れなかったけど、口の動きから「ダメ?」と言っているようだった。
ダメなわけない。イヤなわけなんかない。
そう口には出さずに笑って首を振ることで返答して手を重ねると、ぎゅうと固く握り締められる。
相変わらず吐き出す息は真っ白いほどに気温は低いのに、互いの手はなんだかじんわりと温かい気がして、
また丸井くんを見ると「お、微妙にあったけー」なんて横顔で笑っていた。
負けじとこっちも力を込めてることで、私の気持ちも通じてるだろうか。
すれ違うオシャレに着飾った女の子たちを見ては、こんなことならあのワンピースを着てくればよかったと後悔するけれど。
今日は特別な人の笑顔があって幸せな気分でケーキをたんまり味わえる、その事実を前にしたらもうそんなことは小さいことのように霞んでしまう。
クリスマスツリーもクリスマスソングも、街を彩る電飾も、幸せな気持ちに拍車を掛けてくれる特有の魔法みたいだ。
…なんて、そんなことを思う自分のアホさ加減と単純さにそっと苦笑した。
(メリークリスマス!)
2005.12.20
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