12月4日
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今日は朝から騒がしい。
「どこ行っちゃったんだろ~…」
「さっきまでいたのにねー」
トイレから出ると、あるクラスの前にたくさんの女の子たちの姿。
手にはそれぞれプレゼントを持っていて、そうしてやっとこの騒ぎの理由を知る。
そういえば今日は仁王の誕生日だっけ。
「ねえ、仁王くん見てないよね?」
クラスに戻ると友達にも聞かれて、私は首を振る。
「知るわけないじゃん、だってクラスも違うし」
「ん~そうだよね。でもマネージャーやってたなら何か心当たりあるかなって」
確かに私はキツイことで有名なテニス部のマネージャーを長い間やってきたけど、だからといって仁王がいる場所の心当たりなんてあるわけなかった。
私にとって彼は、今なお掴みどころのない、ミステリアスな存在だから。
2限目の予令が鳴って、私は数学の教科書とノートを並べる。
「このままじゃ渡せないかもー」
「ねー、どうしよ」
「次の昼休みに賭けようよ」
そんな話し声に廊下を見れば、女の子たちがぞろぞろと撤退していく。
…あんまりモテるのも困者なんだろうなあ。まして仁王はそういうの面倒臭がりそうだし。
まあ私にとっては贅沢極まりない悩みに思えるけど。
なんてぼんやり思いながら、教卓に立った先生に起立と礼、着席を済ませる。
「では今日は24ページから――」
教科書とノートを広げて、頬杖をつきながらぼけーっと先生の声を聞いていた。
なんて退屈な授業だろう。こんな公式、なんの役に立つわけ?なんて心の内でつっかかりながら終業のチャイムを待ち続ける。
欠伸を噛み殺しながら机の中の携帯をそっと開くと、一件の受信メールあり。
どうせメルマガだろうと思いながら受信フォルダを開いて、私は目を疑う。
件名の名前につい「え?」なんて小さく声を溢してしまって、慌ててわざとらしい咳払いで誤魔化す。
件名は『仁王』
メールを開いてみると、本文は『旧校舎屋上』
たったこれだけ。
私は仁王のメールアドレスを知らない。
誰かのイタズラじゃないかと思ったけど、でもこんなメールを送ってきそうな知り合いは、やはり彼しか思い当たらない。
受信時間を確認すると30分程前だったから、ばれないように携帯をポケットに閉まって。
どうしようと思案するまでもなく、私は席を立って先生に言った。
「すみません、具合悪いので保険室行ってきます」
………
旧校舎の屋上は確か立入禁止だったはず。
その記憶は間違いじゃなくて、やっぱり屋上へ上がる階段には立入禁止の札が下がっていた。
私は札が吊り下げてあるロープをくぐって、屋上のノブに手をかけた。
全く読めない彼の意図への動揺と、少しの不安を感じながら。
ノブを回して引いた途端、冷たい風が身体を突き刺してきた。
「っ、さむ」
身を縮める思いで、私はそっとドアを閉める。
「……来てくれたんやの」
と、いきなり背中で声がしたもんだから、私はビクッと驚いて振り返る。
「に、仁王」
彼はコートとマフラーをして、防寒対策万全な姿で立っていた。
「んな驚きなさんな」
「い、いやだって急にメールきたから」
「あー、悪い。授業大丈夫だったか?」
「あ、うん」
むしろ嫌いな数学だったから、丁度良かったというのが本音だったり。
カチャリとドアが閉じた音を確認すると、原因不明の緊張が這上がってきた。b
「で、いきなりどうしたの?」
私はそんな気持ちを誤魔化すように話し掛ける。
だけど何故か仁王は返事もなしにコートを脱いで、私に差し出してきた。
「…え?」
「着てろ、寒いだろ」
「え、いいよ、仁王だって‥」
「呼び出したん俺じゃし?」
言うなり無理矢理コートを渡されてしまう。
ためらっていると、ブレザー姿の仁王は給水塔の段差に腰かけて、隣を叩いて「座りんしゃい」と言う。
言われるままにおずおずと腰かけながら、改めて聞いてみる。
「私に何か話があるとか?」
「いーや、んなもんないぜ」
「え?じゃあ何?」
「――と、その前にそれ着んしゃい」
また話を逸らされてしまった気がする。
仁王は私の手からまだ温もりが残るコートを広げて、ばさっと肩に掛けてくれた。
「あ…ありがとう」
少し身体がポカポカしてきたのは、きっとコートのお陰だけじゃない。
仁王はそんな私をじっと見て、薄く笑う。
「で。何やと思う?」
「え?」
「呼び出した理由」
「…何?私、生憎プレゼントは持ってきてないんですが…」
瞬間、ふっと笑った仁王の横顔が、とても綺麗だと思った。
「そんなんいらんよ」
「…そっか」
そういえばそれもそうだ。
彼が今ここにいる理由を考えれば。
「女の子たち必死に探し回ってたよ」
「……どうすっかの」
頭押さえてため息吐き出す仁王に、私はまた質問を投げる。
「でもじゃあ、ますます分かんないんだけど。私って何のために呼び出されたの?」
「っはは、相変わらず直球やの」
「…言っとくけど変化球はいらないからね」
そう言えば、またクッと綺麗に笑って。
「…理由?特になし。以上」
「……は?」
またうまく交わそうとしてるんだと思って、つい口調がきつくなる。
「もー何だっての、やっぱプレゼント目当てだったとか?だったらいくらでも貰えるじゃんか」
「違うっての。プレゼントなんて何もいらんって」
「?じゃあ…」
「俺も直球投げるとだな、もうこれで満足じゃ」
そう言って私を見て――言葉通り満足気に笑う。
仁王は何を言いたいのか。
何を言おうとしてるのか。
「…と言いたいところなんだが。な、このまま一緒に抜け出さん?」
「え!?でも、この時期にサボるって」
「大丈夫大丈夫。勉強なら俺が教えちゃる」
ひょうひょうと言って、私の腕を引いて立ち上がる。
だから何で私?
やっぱりよく掴めない人だ。
そう思いながらもまた身体が温かくなってきて、私は多分、どこかで“何か”に気付き始めていた。
まったく読めなかった彼の”意図”の正体。
「じゃお互い早退ってことで。後で昇降口に集合じゃ」
頭にポンと乗せられた手に、借りたコートの大きさに。
向けた背の大きさに。
「――あっそうだ仁王…!誕生日、おめでとう」
思い出したように慌てて追い掛けた声は、先に階段を降る彼に届いて。
「ありがとさん」
そう笑って振り向いた彼に、私はまた身体の芯が温かくなるのを感じた。
2007.12.5
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